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5巻

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 第1話 次の目的地


 俺の名前はエクト・ヘルストレーム。
 地球で生きていた頃の記憶と共に、ファルスフォード王国グレンリード辺境伯家の三男として生まれたのだが……領都グレンデで十五歳を迎え、自身固有のスキルを与えられる『託宣たくせん』を受けたところ、ハズレ属性とされる『土魔法』を得てしまった。
 グレンリード辺境伯家は代々、炎・水・風の三属性のいずれかを使える魔法士、通称三属性魔法士を輩出はいしゅつしてきた名家だ。
 そんな中でハズレ属性を手にしたため、最果てにあるボーダ村の領主として封じられてしまった。
 しかし俺は持ち前の転生者としての知識をいかし、女性だらけの冒険者パーティ『進撃しんげきつばさ』の面々や、道中助けた商人のアルベドにゆずってもらった奴隷どれいメイドのリンネ、宰相さいしょうの孫娘リリアーヌ、宮廷魔術師のオルトビーンといった仲間と共に、ボーダの村を発展させていく。
 発展したボーダを手放すことになったり、険しいアブルケル連峰れんぽうの領地に城塞都市じょうさいとしアブルを作ったり、果ては連峰の向こうのミルデンブルク帝国が攻めてきたのを撃退し、領地を勝ち取ってそこにも城塞都市イオラを作ったり……そんな功績もあって、俺は公爵こうしゃくにまで上り詰めた。
 その後、再び帝国が攻めてきたのを撃退した際、俺達は皇帝ゲルドを討つことに成功する。
 それをきっかけに、新皇帝アーロンが治めることとなったミルデンブルク帝国と、俺が所属するファルスフォード王国は、ついに戦争状態を解消。
 ようやく俺達の住むイオラに、平和な時間が訪れ……俺達は精霊界に足を運んだり、遠い国にあるダンジョンを満喫まんきつしたりと、日々を楽しんでいた。
 ……まあ、仕事をさぼって遊び回っていたから、帰ってくるなりリリアーヌにしこたま怒られて、仕事けの日々を送ることになったんだけど。


 そんなこんなで、ウィルモン王国から戻ってきて一ヵ月が過ぎた。
 まりに溜まった仕事をようやく消化したところで、グランヴィル宰相から呼び出されたため、俺とオルトビーンは王城へと転移する。
 執務室へ入ると、暗い目をしたグランヴィル宰相がデスクの上で手を組んでいた。
 俺は部屋の中央まで歩んで礼をする。

「ウィルモン王国から帰還してから、挨拶あいさつが遅れてすみません」

 俺の顔をマジマジと見て、グランヴィル宰相が重々しく口を開く。

「エクト、お前は自分の領地の大きさを自覚しているか?」
「自分の領地ですから、それは知っていますよ」

 口をとがらせた俺を見て、グランヴィル宰相は大きく息を吐く。

「お前の領地はアブルケル連峰と未開発の森の周辺だけではないのだぞ」
「ええ、グレンリード辺境伯から譲渡じょうとされた領地のことですよね。内政長官のニクラスを視察に行かせましたから、把握はあくしていますよ」

 そういえば、俺とオルトビーンがオースムンド王国から戻ってきた時には、ニクラスも戻ってきてたんだっけ。
 グランヴィル宰相は組んでいる指をピクリと動かす。

「であれば、リンドベリ王国との国境に隣接していることもわかっているだろう。その点についてはどう考えている? それに、どう運営していくつもりだ?」
「具体的には検討中ですね」

 視察から戻ってきたニクラスからは、領地の譲渡については順調に進んでいると報告を受けていた。
 しかし、領地発展の具体的な構想はまだない。
 俺の言葉を聞いて、グランヴィル宰相は目を細める。
 そして、組んでいた両手を解いてデスクの上の書類を取り上げた。

「そうか……この報告書では、譲渡された土地に都市を作り、そこを中心に発展させていくとある。国境の警備については、リンドベリ王国へ続く街道の先、国境付近に要塞を建造すると書かれているが……これはエクトが考えたことではないのか?」
「いいえ、ニクラスが考案した政策かもしれないですね」

 報告書だって? 誰がグランヴィル宰相に渡したんだ?
 いつものニクラスであれば、俺に確認してから報告書を上げると思うんだが……ってことは、ニクラスの報告書じゃないよな?
 俺は不思議に思い、オルトビーンへ視線を向ける。
 するとオルトビーンが涼しい表情で手をヒラヒラと振った。

「グランヴィル宰相へ書類を渡したのは俺だけど、考えたのは俺じゃないよ。だって俺はエクトとアマンダを探していたからね」

 ああ、俺とアマンダが抜け出してから、オルトビーンが俺達を探しに行かされてたんだっけ?
 それならますます、これを考えたのは誰なんだ?
 疑問に首を傾げていると、グランヴィル宰相が大きく息を吐く。

「この書類はクラフトとニクラスが原案を考え、リリアーヌがまとめたものだ。お前がいない間、リリアーヌが主導していた案だそうだ」

 クラフトは俺がスカウトした軍略家で、今は領地経営に協力してくれている一員だ。
 しかしリリアーヌがそんなことまでしてくれていたなんて……
 感心する俺を見て、グランヴィル宰相が視線を鋭くする。
 本来であれば、領地経営の構想については俺が主導しなければならない。俺がいなければ宮廷魔術師であるオルトビーンが代わることもある。
 しかしその二人共がいなかったので、リリアーヌが代行してくれたということだろう。
 俺はグランヴィル宰相へ素直に頭を下げて謝罪する。

「領地を不在にしていた俺の不手際です」

 するとグランヴィル宰相は椅子いすからゆっくりと立ち上がった。

「領主が不在であれば、その妻や高官達が代わりをする。よって婚約者のリリアーヌが役割を果たしたのだろう。しかし、そのことをエクトが知らなければ、リリアーヌが不憫ふびんだ」

 宰相にとって、リリアーヌは可愛い孫娘だ。
 その孫が苦労していると心配するよね。
 さらに宰相は、デスクの上に置いてある紙の束を指差す。

「エクトとリリアーヌは婚約している。そのことは陛下によりおおやけにされているが、貴族とはあきらめの悪いモノでな。今も貴族達からリリアーヌをよめにと、これほどの書類が送られてくる」

 あの紙の束、全部見合いの申し込みかよ。
 でも確かに、リリアーヌは教養もあって頭の回転も速い。その上、美人でスタイルも良く、まさに容姿端麗ようしたんれいだ。
 それにリリアーヌと結婚すれば、宰相という後ろ盾もできる。
 そう考えると、リリアーヌを狙う貴族達が多いのも当然だろう。
 もちろんそれはわかってはいたが……俺との婚約が公表されていても諦めていない者達もいたんだな。
 まあ、相次ぐ出世で公爵になった俺のことを気に入らない貴族も多いし、奪ってやろうという気持ちの奴もいるだろうな。
 そんな奴らにとって、俺が領主としての仕事をろくにできていないというのは攻撃材料になるだろう。それにないとは思うが、リリアーヌが俺を見限る可能性だってあり得るのだ。
 俺は姿勢を正してグランヴィル宰相のひとみを見る。

「申し訳ありません。俺はリリアーヌに甘えすぎていました」
「リリアーヌがエクトに甘いのはわかっている。そのことはとがめん。リリアーヌがお主のことを愛しているが故だからな。しかしその好意にどう応えるのか、祖父として聞きたい」

 リリアーヌは俺には勿体もったいないほどの女性だ。
 俺はリリアーヌと幸せな未来を築きたいと考えている。

「リリアーヌのことは大事にします……今すぐ何をしていいかわかりませんが」
「そうであれば早く婚姻を考えてほしい。そうなればリリアーヌも安心できるだろう」
「心配をかけて申し訳ありません」

 俺が深々と頭を下げると、隣でオルトビーンがニヤニヤと笑う。

「エクトは色々と大変だな。俺は一生独身だから身軽だけどね」

 その言葉を聞いて、グランヴィル宰相は鋭い視線をオルトビーンへ向けた。

「お前はお前で、宮廷魔術師の自覚が足りん。エクトも含めてお前達二人に責務とは何かを、じっくりと話してやろう」

 グランヴィル宰相がズンズンと歩いてきて、俺とオルトビーンの肩をグッと掴む。
 せっかく宰相の怒りが収まってきてたのに、オルトビーンは一言多いんだよ。
 慌てて逃げようとするオルトビーンを捕まえたまま、グランヴィル宰相が笑みを浮かべる。
 そうして俺達二人は、深夜遅くまでは説教を聞く羽目はめになったのだった。


 夜も遅いからということで何とか逃げた俺達は、拠点にしているイオラの邸に戻り、眠りにつく。
 そして翌朝、俺はリリアーヌやリンネ、それから『進撃の翼』の面々、そしてニクラス、クラフトを邸に呼び寄せた。
 ソファーに座って優雅に足を組んでいたリリアーヌが、不思議そうに首をかしげる。

「今日はどういう集まりですの? 何か重要なことでもあるのでしょうか?」
「どうした? 次は何を始めるんだ? ダンジョン攻略か? どこかの国と戦争か?」

 アマンダが戦闘狂のような物騒な発言をする。
 その隣に座っているオラムが元気良く手を上げた。

「わかった! 新しい料理ができたのかな? もしかするとデザート?」
「エクトのことだから、また何かのめ事でしょ」

 ノーラの隣に座っているセファーがニヤニヤと微笑ほほえむ。
 確かに俺が皆を邸に集めることはめずらしいけどさ、なんでそんな物騒だったり遊ぶことだったりしか出てこないんだ?
 というか、常に揉め事を起こしているわけではないからね?
 仲間達が何かを言う度に、ニクラスの顔色が蒼白そうはくになっていく。
 また何か問題が始まるとでも思っているんだろうな。
 俺は周囲を見回して、咳払せきばらいをする。

「いや、今日は俺から皆に感謝を言いたくてさ。俺がオースムンド王国とウィルモン王国へ行っている間、領土の経営管理をしてくれてありがとう」

 皆に向かってペコリと頭を下げると、アマンダは不思議そうな表情をする。

「『進撃の翼』は特に何もしていないぞ。だいたい、アタシはエクトと一緒にオースムンド王国のダンジョンへ行ってたわけだしね」
「そうだね。僕も父ちゃんと母ちゃんに会えたから……ニヒヒヒヒ」

 オラムは精霊の国で両親に会えたことを思い出したのか、楽しそうに笑っている。
 アマンダとオラムは俺と一緒に旅に出ていたから、君達は満足しているよね。
 俺は改めて、クラフト、ニクラスを見る。

「私は内政長官として、領地の経営管理を担う役職です。ですから謝意はサポートしてくれたリリアーヌ様、リンネ様にお願いします」
「領地の管理経営も軍略を考える上で勉強になるんだよ。だから私にもお構いなく」

 キリッと姿勢を正したクラフトはリリアーヌに向けて微笑む。
 そしてニクラスは照れたような表情で頭をいた。
 俺はうなずいて、リンネとリリアーヌへ視線を送る。

「いつも色々とサポートしてくれてありがとう。俺は事務系の仕事は苦手だから、二人がいてくれて本当に助かるよ」
「私は自分の務めを行っているだけです。エクト様をお支えできて光栄です」

 控え目で、謙虚で、有能で、初めて出会った時からリンネは変わらないな。
 リンネはいつも、俺の目端めはしが利かないところまでカバーしてくれる。
 リリアーヌはスラリとした足を組み替えて微笑む。

「私のことはお気になさらないで。私はエクトの婚約者ですわ。エクトが留守の時、代行として領地の経営管理をするのは当然ですもの」
「そう言ってくれると助かるよ」

 そんなリリアーヌへ、俺は軽く頭を下げた。
 すると今まで黙っていたドリーンが恐る恐る手を上げる。

「エクト、次にどこかへ行く予定はある?」
「いや、差し当たって大きな問題もないし、当分はイオラにいるつもりだけど」

 なにせグランヴィル宰相に怒られたばかりだしな。
 俺の言葉を聞いたドリーンは、胸に両手を置いて、意を決したように、ハッキリと口を開く。

「アマンダ、オラム、セファーだけズルい! 私とノーラはイオラに置いていかれたのに」

 いつも大人しいドリーンがこんなハキハキと大声を出すなんて、珍しいな。
 でもドリーンの言う通り、『進撃の翼』の五人の中では二人だけ、どこにも連れていってない。
 リンネやリリアーヌもイオラにいたけど、ノーラもドリーンも冒険者だ。ずっと街中で平和に暮らすのは窮屈きゅうくつだったのかもしれないな。
 すると菓子へ手を伸ばしていたノーラが、口をモグモグさせながら言う。

「私のことはいいだ。でもドリーンは行きたい所があるだ。話だけでも聞いてやってくんろ」

 いつも静かなノーラとドリーンは仲良しコンビだから、ノーラはドリーンの望みをかなえてあげたいのだろう。
 それに二人は感情をぶつけてくるタイプではないし、今までワガママを言ったことがない。少しぐらい要望に答えてあげてもいいよね。
 俺はノーラに頷いて、ドリーンへ視線を送る。
 するとドリーンはうつむいたまま話し始めた。

「私には恩師がいます。その恩師に精霊界が実在したことを伝えたい。そして研究を少しだけお手伝いしたいんです」
「恩師って? 魔法士としての?」
「そう……カフラマン王国にあるリシュタイン魔法学園の教授。魔法と魔道具について研究している」

 カフラマン王国と言えば、俺の領地と隣接しているリンドベリ王国を越えた先にある王国だ。
 魔法先進国として有名で、多くの魔法士を育て、魔道具を輸出している国だよね。なかでもリシュタイン魔法学園は俺でも名前を知っているくらいの名門だ。
 ドリーンはそこの卒業生だったのか。
 アマンダがあきれたような表情で大きく息を吐く。

「ドリーンは根っからの魔法士なんだ。いつも小難しい魔導書ばかり読んで、何が面白いのかアタシには全くわからないけどね」
「アマンダは脳筋だもんね。本を読むと頭が痛くなっちゃうんだよ。キャハハハ」
「オラム~。お前もアタシと一緒じゃねーか」

 殺気のこもった視線を向けて、アマンダがオラムを捕まえようとする。
 しかしオラムはスルリとかわすと、振り向いて挑発ちょうはつするように舌を出した。
 ムキッと怒ったアマンダとオラムの追いかけっこが始まった。
 そんな二人を無視して、セファーが俺を見つめる。

「私もオラムも願いを叶えてもらって、エクトには感謝してるわ。だから今度はドリーンの願いを叶えてもらえないかしら」

 そうしてあげたいけど、他国へ行けばグランヴィル宰相の逆鱗げきりんに触れることなる。できることなら、今は避けたいな。
 そう悩んでいると、オルトビーンが目を輝かせて、俺の肩に手を置く。

「いいじゃないか、カフラマン王国へ行こうよ。リシュタイン魔法学園か。是非ぜひ、魔法の研究をこの目で見たい」

 そういえばオルトビーンは賢者と呼ばれるくらい魔法に精通しているし、魔法や魔道具が大好きなんだよな。
 カフラマン王国って聞いたら好奇心が抑えられないのも無理ないね。
 でもなぁ……オルトビーンを連れていけば、グランヴィル宰相の怒りが増すに決まってる。
 するとオルトビーンは、悪魔が誘惑ゆうわくするようにささやいてきた。

「考える必要はないさ。エクト、君には何の障害もない。自由に羽ばたくんだ」
「オルトビーン、エクトは洗脳させませんわよ」
「イテテテテ、痛いって。リリアーヌ、耳を引っ張らないで」

 いつの間にか立ち上がったリリアーヌが、オルトビーンの耳を引っ張る。
 そして痛がるオルトビーンへ鋭い視線を向けた後、俺の方を向いて微笑みを浮かべる。

「エクト、ドリーンと一緒にカフラマン王国へ行ってはいかがかしら。その間はオルトビーンに領地管理をしてもらいますわ」

 そんなリリアーヌの言葉に、オルトビーンが口を尖らせる。

「代行はリリアーヌがすればいいじゃないか」
「前回もそうでしたが、私とリンネでは、王宮も絡むような重要案件を対処することはできませんわ。オルトビーンには留守番してもらいます」
「そんな横暴な。だいたいリリアーヌはエクトに甘過ぎる。エクトだけズルい」

 首根っこを掴まれたオルトビーンは不平を言いながら、恨めしそうに俺を見る。
 領地の経営管理をするのは本来であれば俺の役割だし、無理に押し付けるのはやっぱり気が引けるような……
 ドリーンには諦めてもらおうと口を開くと、その前にリリアーヌが俺を制した。

「領地経営も大事ですが、女性の望みを叶えるのも立派な紳士しんしの務めですわ。それもできない殿方とのがたは、領地経営などできません。ここは私達に任せて、エクトはドリーン一緒に行ってくださいまし」
「でも、グランヴィル宰相の目もあるしさ」
「私が小さい頃、お爺様じいさまもお婆様ばあさまの望みは何でも叶えておられましたわ」

 あの厳めしい顔のグランヴィル宰相も嫁には勝てずに、尻に敷かれていたのか。
 これも世の中の摂理せつりかもしれないな。
 俺がどうしたものかと思っていると、リリアーヌは爽快そうかいな表情で胸を張る。

「お爺様のことは私に任せてくださいな」

 その笑顔の迫力に、誰も反対を言う者はいなかった。
 今回はリリアーヌの厚意にありがたく甘えておこう。
 なんだかリリアーヌの方が、領主が似合っているような気がするな。



 第2話 魔法学園への道程みちのり


 カフラマン王国へ行くためには、リンドベリ王国を通り抜ける必要がある。
 以前、リンドベリ王国は国境を越えて、グレンリード辺境伯の領地――今は俺の領地となっている場所に侵攻してきた。
 その時、実家の危機を知った俺は、ファイアードラゴンのニブルと共に敵軍を殲滅せんめつしたんだ。
 それからは改めて王国の騎士団が配置されたので、相手も妙な動きはしていない。
 そのため今は、ファルスフォード王国とリンドベリ王国は微妙な緊張状態にある。
 そんな中で、敵軍を殲滅した俺が、リンドベリ王国を通過することは難しい。
 もし見つかりでもすれば、問答無用で処刑されるだろう。
 そのことをオルトビーンに相談したところ、彼は「簡単なことだよ」と言って肩をすくめた。

「リンドベリ王国を通らなければいいんだ」
「……転移ってことか?」
「その通り。でもエクトも知ってると思うけど、俺の転移魔法は、行ったことのある場所にしか転移できない……でも精霊女王にお願いすればどうかな?」
「そうか! 精霊界を使えばリンドベリ王国を通る必要もないな」

 しかも精霊界には距離の概念がいねんがなく、一瞬いっしゅんで望んだ場所に移動することができる。それでカラフマン王国の近くまで行ってから、精霊界を出ればいいんだ。
 俺は納得すると、右手の中指にハマっている指輪を口に近付ける。
 この指輪は精霊女王からもらったもので、精霊の力が制御しやすくなるものだ。精霊女王はこの指輪を通してこちらの世界のことを観察できると言っていたから、逆に言えば、こちらから向こうにコンタクトをとれるはず。
 まずは挨拶だよな。

「エクトです、ご無沙汰ぶさたしています。あの、お願いしたいことがあるんですが……」
「旅に出たいのね。エクトのことなら全て知っているわ。指輪は私の分身だもの」

 すかさず指輪から精霊女王の声が聞こえてきた。
 俺達の状況は筒抜つつぬけなのか。
 全てを把握されていると知り、俺は冷や汗を流す。
 精霊女王は茶目っ気いっぱいな声でうれしそうに言い放つ。

「精霊界は娯楽が少ないんだもの。秘密は守るから安心してね」

 彼女だけに知られるならいいけど……でも迂闊うかつなことはできなくなったな。
 まぁ、秘密は守るって言ってくれてるし大丈夫だろう。
 俺は気を取り直して、さっそく本題にとりかかる。

「イオラからカフラマン王国へ行きたいんだ」
「精霊界を通りたいのよね。今回は特別よ。うふふ」

 そして一方的に指輪からの通信が切れた。
 どうしたんだろうと思いつつオルトビーンへ視線を向けると、彼は空中を凝視したまま固まっていた。
 何が起こったのかと振り返ると、空中に剣で斬ったような切れ目が広がっていく。
 その向こうから、精霊女王がよいしょっといった感じで現れた。
 そしてトンと両手を後ろに組んで俺の前に立つ。


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