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4巻

4-2

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 カスペル峠を越えてから二週間が経ち、やっと国境を越えてオースムンド王国へ入った。
 ここからは商会ごとに小さく分かれて、各地へ向かっていくことになる。
 当然その分、護衛の数も少なくなるのだが、俺達とクラース達『血塗られた剣』はエルマルの馬車の護衛として、オースムンド王国の王都オムンドを目指していく。
 そして五日後の昼前には、無事に王都オムンドに到着した。
 王都の門をくぐった俺を待ち受けていたのは――多種多様な獣人達が行き交う光景だった。

「こんなにいろんな獣人がいるのか! ねずみ、犬、猫、とらおおかみ、ライオン、馬、うさぎ、カバ、ワニ、亀までいるぞ」
「エクト、落ち着いて。獣人の知り合いならいるじゃないか」

 バイコーンに乗ったまま大声を上げる俺を、オルトビーンがジト目で見ている。
 狼系獣人のルーダと知り合いだが、ここまで沢山の獣人を目にしたら、驚くのも仕方ないだろう。
 そう反論しようとしたところで、エルマルの馬車が止まった。
 コアラマークの看板が掲げられている三階建ての建物の前。ここがエルマルの商店のようだ。
 馬車から降りたエルマルが丁寧に頭を下げる。

「護衛、ありがとうございました。何かご入用の時には当店に相談ください。どのような品でも取り寄せいたしますので」

 エルマルから依頼完了の紙を受け取ったクラースが豪快に笑った。

「エクト、オルトビーン、傭兵になりたくなったらいつでも相談に乗るぜ。伝言は傭兵ギルドに残しておいてくれればいい。またな。ワハハハ」

 そう言い残してクラースと『血塗られた剣』の面々は去っていった。

「エルマルさん、また機会があればよろしく」

 俺とオルトビーンもエルマルから紙を受け取り、冒険者ギルドの場所を教えてもらってその場を離れる。
 バイコーンに乗って大通りを進んでいくと、冒険者ギルドの看板を見つけた。バイコーンを建物の横の厩舎に預けて扉を開ける。
 中に入ると、一斉に鋭い視線が集まった。
 あからさまに「ちっ、人族か」という文句まで聞こえてくる。
 どうやら人族の冒険者はあまり歓迎されていないらしい……まぁ、この国では獣人族が人族を見下しているとは、旅の途中でエルマルから聞いてたけど。
 しかし俺達は気にせずに受付カウンターに行き、任務完了の紙を受付の兎娘に渡して金をもらう。
 このまま長居してもトラブルが起こる予感がしたので、そそくさと冒険者ギルドから出た。
 厩舎に向かうとバイコーンをでている虎獣人の娘がいた。
 バイコーンは危険を感じていないようで、気持ち良さそうに尻尾を振っている。

「俺達のバイコーンに何か用かな?」

 俺が声をかけると、その娘は振り向いて目を細めた。

「アンタ達のバイコーンだったのか。テイマーなのか?」
「いや、俺達はテイマーではないよ。ただ俺の知人にテイマーがいて、俺達の言うことを聞くようにしてもらっているんだ」
「そうなのか。それにしてもこのバイコーンはよくアンタ達に懐いているね。アンタ達のことを慕っているってさ」

 まるでバイコーンがそう言っていたみたいに言うじゃないか。
 俺が不思議そうにしていたのか、虎娘が金色の目を細めて笑った。

「フッ、テイムされている魔獣の心が、少しはわかるのさ」

 なるほど、獣人だからそういう能力を持つ者がいても不思議ではないか。
 この虎娘は人族を嫌っていないようだし、色々と話を聞けるかもしれないな。
 そんなことを考えていると、俺達の後ろから声が聞こえてきた。

「おい、人族風情がダニエラと仲良くするんじゃねぇ。ダニエラは俺達とパーティを組むんだ」

 その声を聞いた瞬間に、俺は厄介事が起きたと確信する。
 振り返るとそこには、いのしし、猫、犬、馬の獣人達が剣を構えていた。さっき冒険者ギルドの中にいた連中だ。
 彼らが鋭い視線で俺達を睨む中、ダニエラと呼ばれた虎娘が俺達の横をすり抜けて進み、獣人達の前で腰に手をやる。

「アタシはアンタ達とパーティを組むと言った覚えはないよ。キチンと断ったはずだけどね。アタシは誇り高い虎月族こげつぞく、群れるのは嫌いなんだ」
「だったら、なぜ人族なんかと仲良くしてるんだ? 人族のような下品な種族、放っておけばいいだろ」

 人族が嫌われているとは聞いていたが、下品とまで言われているのか。
 俺が内心驚いていると、ダニエラは首を横に振る。

「この人族はテイムした魔獣にも慕われている。悪い人族ではないさ。さぁ、これ以上騒ぎを大きくするのなら、アタシのサーベルの餌食えじきにするよ」

 そう言ってダニエラは腰のさやから二本のサーベルを抜くと、体を低く構えて臨戦態勢をとる。しなやかな猛獣の動きだ。
 それを見た獣人達は剣を構えたまま後退し、そのまま逃げるように去っていった。
 ダニエラは「毎度毎度、しつこい奴らだね」とため息をつきながら振り返り、俺達を見て微笑んだ。

「巻き込んじまって悪かったね」
「別にいいよ。しかしオースムンド王国では人族があなどられてるとは聞いてたけど、ここまでとは思わなかったな」
「この国の王族は獣人だからね。人族は力が弱いし、体毛もうすいから下に見られるのさ」

 ダニエラの言葉に驚きを隠せない。
 体毛の濃さも問題になるのか。
 隣でオルトビーンが自分の腕を擦って、体毛を確認している。
 そんな俺達の姿を見て、ダニエラがニヤリと笑んだ。

「アンタ達、流れの冒険者だろ。さっきの通り、この王国では人族は絡まれやすいが……どうだい、この王国にいる間、アタシを雇うつもりはないかい? 獣人が仲間にいればとやかく言う奴は減るだろうし、アタシはBランク冒険者だ。役に立つよ」

 俺が黙っていると、オルトビーンが俺の肩をポンと叩いて頷いた。

「確かに街の中にいても絡まれそうな雰囲気だよ。ここは雇っておいたほうがいい。きっと獣人達との仲介をしてくれるはずだから」

 無用な揉め事は起こしたくないし、巻き込まれたくない。金を払って済むなら、それがいいか。

「雇うことにするよ。俺の名はエクト。隣にいるのはオルトビーンだ」
「アタシの名はダニエラ。虎月族のダニエラさ。よろしく」

 話がまとまったところで、厩舎からバイコーンを出して三人で大通りを歩く。
 安い宿を探しているとダニエラに言ったところ、一軒の宿へ案内してくれた。
 どうやらダニエラも同じ宿に泊まるようで、三部屋を用意してもらう。
 とりあえず部屋に荷物を置いてから、一階の食堂で再び集まる。
 鼠獣人のウエイトレスに食堂のオススメを頼むと、大きなステーキが運ばれてきた。
 一人で食べきるのは難しそうなほど大量だ。

「ここのステーキは牛系魔獣のハザックバフアーロの肉でね。血がしたたるようなレア加減が売りなのさ。食べてみなよ。旨いから」

 ダニエラは金色の目を細くして笑いながら、さっそく肉にかぶりつく。
 さすが虎の獣人、旨そうに食べるもんだな。
 俺も肉を口に運ぶと、大きな一切れだったのにあっという間に口の中で溶けていった。口の中いっぱいに旨みと肉汁が広がる。

「これは旨い」
「へぇ、なかなかだね」

 隣を見るとオルトビーンも旨さに驚いているようだ。
 食べきれないと思っていたが、ステーキはあっという間に皿の上からなくなった。
 俺達の様子を満足そうに見ていたダニエラが、ふと小首をかしげる。

「まだ日は高いよ。これからどうするんだい?」
「そうだね。せっかく王都まで来たんだから、王城を見物したいな」

 オルトビーンが柔らかい笑みを浮かべ飄々と答える。
 王城に行ったら、そのまま書状の送り主である右大臣と会うことになると思うが……その時まで俺達の身分や目的を伏せて、驚かせるつもりなんだろうな。
 まったく、オルトビーンの悪戯いたずら好きは相変わらずだ。
 しかしダニエラは微妙な顔をする。

「王城の門は閉められていて、中の観光はできないよ」
「見るだけだから、門まで行って引き返せばいいよ。それで満足だし」

 オルトビーンの言葉を聞いてダニエラは大きく頷いた。



 第3話 オースムンド王国の内情


 勘定を済ませた俺達三人は、王城へ向かって大通りを歩く。
 王城は小高い丘の上に建てられていて、実用的な形で、まるで要塞のようだ。
 丘のふもとには貴族街が広がっており、そちらはなかなかにきらびやかだった。
 そんな街並みを楽しみながら王城の大門まで近付くと、門の衛兵が出てきて俺達に向かってやりを構えた。
 ダニエラが慌てて何か言おうとしたが、俺は手でそれを制した。

「俺はファルスフォード王国のエクト・ヘルストレームだ。ドーグラス右大臣からの書状を持参している。面会を求める」
「見せてもらおう。確認のため待たれよ」

 衛兵は俺から書状を受け取ると、門の横の通用口から中へ消えた。
 ダニエラは衛兵と俺のやり取りを見て、あんぐりと口を開けている。

「なんだ、ただの王城見学じゃなかったのかい。アンタ達はいったい何者なんだい?」
「それは後で説明するよ。悪いようにはしないから、付き合ってね」

 オルトビーンがニヤリと笑ってダニエラにそう告げた。
 右大臣との会談にも同席させるつもりか? ……まぁ、会談の内容についてこの国に詳しい獣人に色々と意見を聞きたくなるかもしれないし、それなら最初から同席してもらったほうが楽か。
 すぐに教えてもらえなかったダニエラは不満顔だが、好奇心が勝ったようで素直に頷いてくれた。
 しばらく待っていると、王城の門が開かれ、中から鎧を着た猿……というかゴリラの獣人が駆けてきた。
 ゴリラが鎧を着ると迫力がものすごいな。

「騎士隊長をしているエゲルドだ。ドーグラス右大臣が呼んでおられる。ついてこい」

 どうやら問題なく面会できるみたいだ。
 俺達はエゲルドの後に続いて王城の中へと入ると、来賓室らしき一室に通された。
 廊下や部屋の中には、力を誇示こじするように魔獣の剥製はくせいが飾られていて、なかなかの威圧感だ。
 しばらくすると扉が開き、ダックスフンドのような容貌ようぼうの犬獣人が入ってきた。
 着けている装飾品や服装から貴族であることがわかる。少し出ているお腹が愛らしい。
 俺達が立ち上がると、犬獣人が口を開いた。

「私がドーグラス右大臣である。どなたがヘルストレーム公爵であらせられるか?」
「私です。隣にいるのは俺の腹心で、ファルスフォード王国の宮廷魔術師でもあるオルトビーンです。よろしくお願いします」
「おお、うわさに聞く、ドラゴンスレイヤーのヘルストレーム公爵と賢者オルトビーン殿。お会いできたことは我が喜びです……そちらは獣人冒険者の案内人ですか?」

 俺とオルトビーンの正体を聞いて、ダニエラは目を丸くして驚いているようだったが、なんとか頷いていた。
 それにしても、オースムンド王国にはファルスフォード王国の情報が筒抜けのようだな。
 警戒を強めると、ドーグラス右大臣がニヤリと笑った。

「我が王国は獣人の国……その中には諜報活動ちょうほうかつどうが得意な種族もいるというわけです。さぁ、お座りください」

 ドーグラス右大臣はそう言いながら、俺達が座っていたソファーの向かい側のソファーに座る。
 ソファーに脚が届いていない。思わずき出しそうになるが、すぐに気を引き締める。

「書状を読みましたが、オースムンド王国はどのような外交を望んでいるのですか?」

 俺はさっそく、本題を切り出す。
 ファルスフォード王国は農業が盛んで、最北には海もある豊かな国だ。
 それにヘルストレーム領には未開発の森林と魔の森があり、魔獣の狩場に事欠かない。アブルケル連邦からは鉄、銀、ミスリルなどの鉱石も採掘されており、これからの開発も見込める。
 さらに長年敵対していた帝国との戦争も終わり、比較的安定している状況にある。
 ファルスフォード王国からすれば、よほどの特産品がなければ、無理に遠方のオースムンド王国と交易をする必要はない。

「是非ともファルスフォード王国と――いえ、ヘルストレーム公と友誼ゆうぎを結びたいのです。何しろ、ミルデンブルク帝国の前皇帝を討ったお方ですからな」

 ここで帝国の名前が出るということは、帝国を警戒しているのだろうか。

「それでは交易ではなく、同盟を望まれていると? それならばなぜ、王城ではなくこちらに手紙を?」

 同じようなことを考えたのか、オルトビーンが質問した。
 するとドーグラス右大臣は大きく頷く。

「左様。ミルデンブルク帝国は皇帝が代わってしばらく経ち、安定しているように見えて、その実は混乱しています。そして、そんな国内をまとめるために、どこかの国に派兵する恐れがあると私は考えているのです。あなた方に手紙をお送りしたのは、帝国と戦った本人だからです」
「その時には、オースムンド王国が標的になる可能性があると?」
「我が国は帝国とは友好的ではありませんからな。ほんのわずかな可能性ですが、小さなうちに対策しておくのが善策というものでしょう」

 ドーグラス右大臣の考えは理解した。
 右大臣ということは、ファルスフォード王国で言う宰相の地位。オースムンド王国の総意ととらえてもいいだろう。
 ただ、交易だけであれば、俺が裁量さいりょうしてもよかったのだが……同盟となるとグランヴィル宰相の意見も聞いておいたほうがいいだろう。

「少し考える時間をいただきたい。オースムンド王国を去るまでに判断させていただく」
「良き返事をお待ちしています」

 ドーグラス右大臣も、ここですぐに答えが出るとは思っていなかったようで、俺達はにこやかに握手する。
 王城内に宿泊すればいいと誘いをもらったが、ダニエラ一人を帰すわけにもいかない。
 それに街の中のほうが気楽だ。しばらく歓談して、俺達三人は王城を後にした。


 王城を出た俺、オルトビーン、ダニエラの三人は夕暮れの中、丘を下りて街へ向かって歩いていく。
 その間、ダニエラがチラチラと俺達二人を見ていたが、ついに口を開いた。

「右大臣の言っていたことは本当か? お前達はドラゴンスレイヤーと賢者なのか?」
「そんなたいしたものじゃないよ」
「周りが勝手に評価しているだけだし、自分達でそう思ったことないしね」

 俺とオルトビーンの答えを聞いたダニエラは納得していないようだ。
 まぁ、オルトビーンは全属性魔法を使えるので賢者なのも頷けるが、俺の場合は自分の領地を守ろうとして巻き込まれただけだから。
 それに個人技であれば、『進撃の翼』の五人のほうが俺より強い。魔法ではオルトビーンがいる。
 俺は仲間に支えられているだけだ。仲間のありがたさを今更ながらに感じる……まぁ、仕事を押し付けてきてしまったけど。ニクラスはもう帰ってるはずだし、大丈夫だろうけどさ。

「随分と謙虚だね。だけどお前達と一緒にいれば、技を盗めるかもしれない。これはアタシにとってチャンスだ、存分に利用させてもらうよ」

 そう獰猛どうもうに笑って、ダニエラは俺の背中を叩く。
 三人で他愛もない話をしている間に、俺達は宿に着いた。
 ダニエラと別れ、俺とオルトビーンは部屋に集まり、今後について話し合うことにする。

「右大臣の言葉をエクトはどう思う?」
「オースムンド王国はこれまでも、ミルデンブルク帝国からの侵攻を防いできたはずだ。それが今更、ファルスフォード王国と同盟を結ぶ意味はないんじゃないかな」
「それではなぜ同盟を結びたいのか……わかるかい?」

 この口ぶり、オルトビーンは何かを思いついているようだな。

「備えるのは帝国に対してだけじゃない、ってことか」
「そうだね。俺達もここに到着する前に、その可能性の話を聞いただろう」

 オルトビーンの言葉を聞いて、道中で聞いた情報を思い出した。
『迷宮の森』、エルフ族。

「――エルフ族と本格的に戦をするつもりか。その間、背後にある帝国に攻められないようにするために、俺達と同盟を結んだことをアピールしたいってことか? しかしそこまでして『迷宮の森』を開拓したいのか」
「おそらくね。それに俺達が聞いたのは、あくまでもただの噂だ。国の上層部が何を考えているかはわからないよ」

 そう言ってオルトビーンは大きく肩を竦めた。
 俺もオルトビーンと同意見だ。

「それを踏まえた上でグランヴィル宰相に報告して、今後の方針を検討したほうがいいだろうね」

 俺たちは、明日の早朝からファルスフォード王国の王城へ転移することに決めた。
 夜になるとダニエラが夕食に行こうと誘ってきたので、食堂でエールを飲んで三人で語らう。
 そしてダニエラに、明日は自由に行動してもらうように頼んだ。
 ダニエラは不思議な顔をしていたが、急用ができたと説明すると了承してくれた。


 次の日の朝、部屋の中にオルトビーンが転移魔法陣を書いて、俺達はファルスフォード王国の王城へと転移した。
 そして宰相の執務室へ赴いたのだが、グランヴィル宰相は俺達二人を見て険しい表情をする。

「今日はエクトとオルトビーンだけか。リリアーヌはいないのか?」

 可愛い孫娘がいないことで不機嫌なようだ。
 オルトビーンは慣れているようで、ペコリと礼をする。

「今日は急用があるんだ。今、俺とエクトはオースムンド王国に滞在しているんだけどね。そこで同盟の話が持ち上がったんだよ」
「我らが王国と同盟だと。詳しく聞かせてもらおう」

 オルトビーンは身振り手振りを交えて、丁寧に経緯を説明する。
 グランヴィル宰相は黙って頷いていたが、オルトビーンが説明を終えると、眉間みけんに寄った皺を親指で押した。

「話を聞く限りでは、オースムンド王国にはメリットのある話だろうが……我が王国については、メリットが少なそうだな」
「俺もそう思うけど、エルフと獣人の争いのすきをついて帝国が動いて、侵略によって彼らを傘下に加えるかもしれない。そうなると帝国が国力を増して、また厄介な動きをするようになるかもしれないよ。それなら事前にオースムンド王国と同盟を組んでおくのもありじゃないかな」

 オルトビーンの言葉に、グランヴィル宰相は目をつむり、腕を組む。

「だが、オースムンド王国と同盟を組めば、『迷宮の森』のエルフ族はファルスフォード王国を敵視するだろう。我々に敵意がなくてもそうなる。それは避けねばならん」

 エルフ族は長寿で、魔法に長け、精霊に好かれている平和を愛する種族だ。そのエルフ族と事を構えるとなれば、ファルスフォード王国は精霊の加護から外されるかもしれない。
 この世界では精霊信仰が強く、精霊の加護がなくなれば豊かな自然が失われると信じられている。
『迷宮の森』のエルフ族と敵対したということが広まれば、国民は不安になるだろうし、ファルスフォード王国のこれからに影を落とすことになりかねない。
 グランヴィル宰相は目を開いてオルトビーンと俺を見つめる。

「オースムンド王国と同盟を結ぶのは待て。二人はオースムンド王国と『迷宮の森』のエルフ族の情報を集めよ。そして可能なら、開戦を阻止するのだ」

 オースムンド王国と同盟を結んでも、結ばなくても問題は起きる。発端はオースムンド王国と『迷宮の森』との間の揉め事だから、そこから解決するのが重要か。

「しかし、私やオルトビーンが入り込む問題でしょうか?」
「エクトよ、無理に開戦を止めよとは言わん。情報を集めれば良策を思いつくこともある」

 確かにグランヴィル宰相の言う通りだ。
 俺とオルトビーンは礼をして執務室を後にして、オースムンド王国の宿へと転移した。


 それから俺はオルトビーンと話し合って、ダニエラにはもう少し事情を説明することにした。
 ダニエラの部屋を訪れた俺達は、オースムンド王国の情報と『迷宮の森』のエルフ族の情報が欲しいことを伝える。

「申し訳ないけど、アタシが持っている情報は街に広がっている噂話と大差ないよ」

 ダニエラが首を横に振るのを見て、オルトビーンがこちらを向く。

「そうか……だったら情報収集だね。街や戦の情報に詳しい人に聞きに行くか」
「そうだな、それじゃあエルマルさんとクラースに聞けばいいか」

 エルマルは商人の情報網を持っている。クラースは傭兵ギルドに顔が利く。二人に情報をもらうのが確実だ。

「そうと決まれば行動だ、ダニエラもついてきてくれ」

 俺達はすぐに街へ繰り出すのだった。


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