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4巻

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 第1話 逃亡


 俺の名前はエクト・ヘルストレーム。
 地球で生きていた頃の記憶と共に、ファルスフォード王国グレンリード辺境伯家の三男として生まれたのだが……領都グレンデで十五歳を迎え、自身固有のスキルを与えられる『託宣たくせん』を受けたところ、ハズレ属性とされる『土魔法』を得てしまった。
 グレンリード辺境伯家は代々、炎・水・風の三属性のいずれかを使える魔法士、通称三属性魔法士を輩出はいしゅつしてきた名家だ。
 そんな中でハズレ属性を手にしたため、最果てにあるボーダ村の領主として封じられてしまった。
 しかし俺は持ち前の転生者としての知識をいかし、女性だらけの冒険者パーティ『進撃しんげきつばさ』の面々や、道中助けた商人のアルベドにゆずってもらった奴隷どれいメイドのリンネ、宰相さいしょうの孫娘リリアーヌ、宮廷魔術師のオルトビーンといった仲間と共に、ボーダの村を発展させていく。
 発展したボーダを手放すことになったり、険しいアブルケル連峰の領地に城塞都市じょうさいとしアブルを作ったり、果ては連峰の向こうのミルデンブルク帝国が攻めてきたのを撃退し、領地を勝ち取ってそこにも城塞都市イオラを作ったり……そんな功績もあって、俺は公爵こうしゃくにまで上り詰めた。
 その後、再び帝国が攻めてきたのを撃退した際、俺達は皇帝ゲルドを討つことに成功する。
 それをきっかけに、新皇帝アーロンが治めることとなったミルデンブルク帝国と、俺が所属するファルスフォード王国は、ついに戦争状態を解消。
 ようやく俺達の住むイオラに、平和な時間が訪れたのだった。


 ミルデンブルク帝国でアーロンが即位して、一年が過ぎた。
 この一年、当然ではあるのだが、帝国が王国に戦いを挑んでくることはなかった。
 アーロン皇帝が約束を守っているのか、あるいは国力が以前ほどには戻っていないだけなのかはわからないが……それでも平和になったことは確かだ。
 ただ別の問題で、俺は机の前で頭を抱えていた。

「毎日、毎日……いつまで経っても事務作業が終わらない……」

 俺が治めるヘルストレーム領の管理は、各地にいる内政官に任せている。
 しかし内政庁長官であるニクラスには、半年前から領内の視察に出てもらっている。
 その間はリンネが長官代理として内政庁を取り仕切っているのだが、彼女はあくまでも代理であって、重要な最終決定は俺かオルトビーンが行う必要がある。
 それにその代理としての仕事も、リンネ一人では処理しきれないほどあるので、その負担を減らすために、俺とオルトビーンが事務作業を手伝っていた。

「俺は書類仕事が嫌いで王都から逃げてきたのに、これじゃあ王城と同じじゃないか」

 隣の机では、オルトビーンがそう言って大きくため息をつきながら、事務作業に追われている。
 この一年で、俺とオルトビーンは領地の内政を大きく変革させた。
 その内容は税の取り立て方、教育、防衛など多岐たきにわたり、俺達の仲間も内政官達も大忙しだ。
 おかげで領内は豊かになってきたが、その皺寄しわよせが膨大ぼうだいな事務仕事となって、自分達の首を絞めている状態だ。
 ニクラスが視察に出発したタイミングで、グランヴィル宰相に頼んで多くの有能な人材を王都から送ってもらったが、それでも人手が足りていなかった。
 俺とオルトビーンが二人でブツブツと文句を言いながら書類仕事をこなしていると、執務室の扉が開いた。
 リリアーヌが紅茶を持って入ってきて、俺達の様子を見てクスクスと笑う。

「苦労していらっしゃるようですわね。二人共、紅茶でもお飲みくださいまし」

 リリアーヌはこの一年で驚くほど大人びて美しくなった。
 元々、宰相の孫娘であるので、貴族としての気品にあふれていたが、昔の勝気さが抜けて美しさが洗練されてきたように見える。

「やめたやめた。休憩きゅうけいしないと息が詰まるよ」

 オルトビーンは机の上にペンを放って、肩をすくめて笑った。
 俺もペンを置き、リリアーヌから紅茶を受け取って一口飲む。美味おいしい。

「そういえば、もうすぐニクラスが戻ってくる頃ですわね」

 リリアーヌの言葉を聞いて思い出した。
 ニクラスが戻ってくるってことは、書類仕事が減る……目から汁がこぼれそうだ。
 オルトビーンもこぶしにぎって、小さくガッツポーズをしている。
 ホッと一息ついて三人で紅茶を楽しんでいると、扉がバタンと開いてオラムが飛び込んできた。

「エクト、助けて。僕、倒れちゃうよー」
「また逃げてきたのか?」
「だって仕方ないよ。セファーの訓練が厳しいのがいけないんだ!」

 オラム達『進撃の翼』の五人は、イオラの主戦力である騎士団を強化するための訓練に付き合ってもらっている。
 彼女達は冒険者なので戦術的な部分は門外漢もんがいかんだが、騎士個人の能力を伸ばすのにはけている。中でもセファーが大活躍で、いつも涼しげな彼女は鬼教官として騎士団員達を震え上がらせていた。
 オラムも当然訓練に参加しているのだが、いつもこうして俺達の所に逃げ込んできていた。
 俺の紅茶を奪い取ったオラムが、体を寄せてジト目で見てくる。

「最近はアマンダも訓練に乗り気で、僕やドリーンやノーラまで被害にあってるんだから」

 訓練のお願いをして以来、『進撃の翼』の皆は冒険者らしい活動をしていないからな。アマンダもまったストレスを訓練で発散しているのだろう。
 するとリリアーヌがオラムの持っている紅茶を取り上げて、俺の机の上に置く。そしてオラムの手に自分の手を添えた。

「紅茶が欲しいのなられて差しあげますわ。クッキーもありますから、一緒にどうかしら?」
「うん、食べる!」

 オラムはそう言うと、リリアーヌと手を握り合って執務室から出ていった。
 リリアーヌもオラムの機嫌を取るのが上手くなったな。
 そんな二人を見送っていると、オルトビーンが何かに悩んだような表情であごに手を置く。
 そして立ち上がって、一枚の紙を俺のほうに持ってきた。
 俺はその紙を手に持って内容を読む。
 それはオースムンド王国という、獣人が王を務めている国からの書状だった。差出人は王ではなく、ドーグラス右大臣という人物からのようだが。
 ここ最近、ミルデンブルク帝国の周りの国々が、外交をしたいと書状を送ってくることが増えていた。ミルデンブルク帝国に戦で勝った俺達と懇意こんいにしたいらしい。
 しかしこのオースムンド王国は、ヘルストレーム領から随分と離れている。

「これがどうしたんだ?」

 オルトビーンがニヤリと笑う。それは悪だくみを考えている時の表情だ。

「ここへ行くついでに、書類仕事から逃げるんだ」

 そう言うオルトビーンの瞳孔どうこうが開いている。マジでヤバイ目だ。

「そんなことを言っても、俺達だけ逃げ出すわけにいかないだろ」

 俺達がいなくなれば、誰かが俺達の仕事を受け持たないといけない。今でも仲間達には多くの負担がかかっているのに、これ以上無理を言える状態ではない。

「それに、俺達じゃないと決められないこともあるだろう」

 俺はそう主張したのだが、バンという大きな音を立てて、オルトビーンが机に両手を置く。

「一週間もあれば、ニクラスも、彼と行動している内政官達も戻ってくる。それまでの期間で俺達が決裁しないといけない案件はもう終わらせたし、何も問題はないさ。それに俺達が休みを取れば、皆も休みを取りやすくなるだろう。これは皆のためでもあるんだよ」

 オルトビーンの言っていることには、確かにうなずける。
 誘惑が俺の心をグラグラと揺らす。

「確かに重要案件はしばらくないけど……でも、黙っていなくなると皆を心配させることになるだろ。それはできないよ」
「そんなの、書き置きをしておけばいいんだよ。外交のためにオースムンド王国に行くのは立派な仕事だ、何もやましいことはないね。仮に、ついでに休暇を楽しんだとしてもさ」
「でも、他にも色々書状が来てるし、その中にはもっと行きやすい土地もあるだろう。どうしてオースムンド王国なんだ?」


 俺がそう尋ねると、オルトビーンが俺の耳元へ口を近付けてささやいてきた。

「オースムンド王国は獣人が多い。ということはケモ耳が……モフモフが多いということだよ。エクトは見たくないか、触りたくないか? モフモフ」

 前世の時から動物は好きだ。特に犬や猫のモフモフは大好きだ。
 俺は思わず大きく頷いていた。
 するとオルトビーンが勝ちほこったような顔でニヤリと笑う。

「行くよね?」
「行く」

 この時、俺は完全にオルトビーンの誘惑に負けてしまった。
 皆、許してくれ。
 そうと決まってからの俺達の行動は早かった。
 時間をかければリリアーヌやオラムに見つかってしまう。
 至急皆に向けての置き手紙をしたためて封筒に入れ、机の上に置いておく。
 これを読んだ時の皆の顔を思い浮かべるが、そのことは心の隅へと押しやった。
 準備を終えた俺とオルトビーンは、転移の魔法陣で騎士団隊長であるゲオルグの執務室に向かう。
 そして彼に外交のため出かけるとだけ告げて、厩舎きゅうしゃつないでいた二本角の魔獣――バイコーンに乗って、イオラの街を出た。
 街の城壁を抜けると、どこまでも続く青空が俺達を出迎えているようだった。



 第2話 獣人の国


 ヘルストレーム領は、王国の西部から南西部に位置している。
 南側は俺の実家であるグレンリード領で、このヘルストレーム領が接している他国は西のミルデンブルク帝国だけ。
 今回向かうオースムンド王国は帝国の西側にあるバルトサール王国のさらに西にあるため、二か国を抜ける必要があった。
 ただ、俺は帝国の人々にとって、前皇帝を討ち取ったかたきのようなものだから、身元がバレると厄介なことになる可能性がある。
 よって人に発見されないように街は避け、野営をしながらミルデンブルク帝国内を進んだ。
 広大な帝国だが、バイコーンの移動速度のおかげで、一週間ほどでミルデンブルク帝国とバルトサール王国の国境へと辿たどり着いた。
 バルトサール王国は、標高の低い山々が密集した土地にある。
 ミルデンブルク帝国に隣接しているものの、この山々が自然の要塞となって、本格的な侵略を拒んでおり、この世界では珍しく長い歴史を持っていた。
 また、山が多いということは盆地も多く、それぞれの街が栄えている。それらを繋ぐ街道もしっかりと整備されており、そのおかげで国が発展してきたのだろう。
 俺達は国境に程近い街に入り、この先は街道を進むことにした。
 街に入ろうとしたところで、バイコーンが目立って警備兵に警戒されたが、冒険者カードを見せ、金貨三枚をつかませるとニッコリと笑顔で通してくれた。
 まずは必要なものを店で購入してから、冒険者ギルドに向かって情報収集を行う。
 そこで得た情報によると、どうやらバルトサール国内では、強力な魔獣は存在しないらしい。
 しかし野盗が蔓延はびこっているんだとか。
 さらに最近では、去年の戦争の影響でミルデンブルク帝国から流れてきた人々も多く、職に就けずに野盗になってしまった者も少なくないそうだ。
 その野盗に警戒して、商人達は複数で集まって商団を組み、護衛も大勢雇って街から街へ移動しているようだ。
 護衛については、冒険者ギルドだけでは人手が足りないため、傭兵ようへいギルドからも派遣してもらうのが普通らしい。まぁ、傭兵のほうが対人戦の経験が豊富だろうしな。

「そんなに危険なのか……」
「俺達も護衛の冒険者として商団に同行するのがいいだろうね。さすがに二人じゃ危険そうだ」

 俺が思わず零した言葉に、オルトビーンがそう提案してきた。
 というわけで、俺達は今日出発する商団があると聞き、その護衛の依頼を受けることにした。
 護衛対象は、エルマルという獣人が代表を務める、オースムンド王国の商人の一団だ。

「エルマルと申します。以後、お見知りおきを」

 エルマルはコアラのような顔だが、小熊族という獣人の種族らしい。丸い体形で身長は一メートルもない。燕尾服えんびふくを着たコアラのイメージでとても愛らしい。
 商団は六つの商会で組まれ、馬車だけでも二十台以上ある。雇われたのは傭兵が二十人、冒険者が二十人だった。

「ここは経験のある俺が指揮しきする。冒険者連中には魔獣が出たら出番を回してやるから、それまで大人しく、俺達の後ろで隠れてろ」

 そう言ったのは、傭兵達の代表というパーティ『血塗られた剣』のリーダー、クラースだった。
 クラースは身長が二メートルを超え、よろいを着ていてもわかるほどに筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの男だ。
 俺とオルトビーン……というか冒険者全般を見くびっているような様子である。

「俺達は冒険者だからね。野盗は専門外さ。野盗の時は頼むよ」

 オルトビーンが飄々ひょうひょうと答えると、クラースは気に入らないという風に鼻息を荒くして、俺達から遠ざかっていった。

「ちっ、傭兵風情が偉そうに」

 俺達の近くにいる冒険者の数人が、クラースをにらんで呟いていた。

「まぁ、冒険者と傭兵のいがみ合いはどこの国も変わらないね。エクトも気にしなくていいよ」

 そう言ってオルトビーンは俺の肩をポンとたたく。
 それから程なくして、商団は出発したのだった。


 街を出て四日目、オースムンド王国との国境を目指して進んでいくと、段々と標高が高くなっていき、難所と言われるカスペル峠に差しかかった。
 警戒しつつ峠を進んでいると、森林の奥から商団の先頭に矢が射かけられた。

「敵襲、敵襲だ! 皆、備えよ!」

 先頭の馬車を護衛していたクラースの怒号が聞こえる。
 商団の中央あたりを護衛していた俺とオルトビーンはバイコーンから降りて、馬車の陰に隠れながら戦闘準備に入る。
 そんな時、バキバキという音が右手の斜面の上のほうから聞こえてきた。
 見上げると、大きな岩々が転がり落ちてきて、あっという間に先頭の馬車を巻き込んだ。
 まずいな、壊れた馬車と岩が邪魔で、身動きが取れなくなったぞ。

「――皆、狩っちまえ!」

 内心で焦っていると、馬車が動けなくなったのを確認したからだろう、反対側の斜面から野盗達が一斉に現れた。
 俺とオルトビーンの目が合う。

「馬車をつぶされたらおしまいだ。馬車を守るぞ」

 俺の言葉にオルトビーンは頷いて、馬車の反対側へと走っていった。
 向こう側とこちらとで分担して、馬車を守ろうということだろう。
 俺は野盗達のほうへ手をかざして詠唱する。

「《岩剣山いわけんざん》」

 俺の魔法が発動して、馬車の周りの地面から、剣のような岩が続々と突き出てきた。
 岩の剣は一部の野盗を貫き、後ろに続いていた野盗達はそれ以上進めなくなっていた。
 しかしこれでは終わらない。
 俺は再び野盗達に向かって手をかざす。

「《岩重荷いわじゅうか》」

 すると野盗達の背中に土が集まり、その土は岩となって彼らを押し潰した。
 これで身動きは取れなくなったな。
 ちらりと横を見ると、オルトビーンがつえを構えて魔法を唱えている。

「《紫電しでん》」

 杖の先から稲妻が放出され、次々と野盗達をしびれさせていく。
 魔法を終えたオルトビーンは、俺のほうを向いてニッコリと笑った。

「俺達の受け持ちの馬車は守ることができたね。後はどうしようか?」
「他の冒険者や商人達が心配だ。手分けして助けに行こう。俺は先頭へ向かうから、オルトビーンは後方を頼む」

 オルトビーンが頷いて後方へと走っていくのを確認して、俺は先頭のほうへ急ぐ。
 途中苦戦していた仲間達に手を貸しつつ、先頭に辿り着くと、クラースが両手剣を振り回して大暴れしていた。
 両手剣を振り回すさまは、まるで竜巻たつまきのようだ。周りにいた野盗達はなすすべもなく斬り刻まれていく。

「まだまだだ、かかってこい。ワハハハ!!」

 クラースは笑顔だが目が怖い……まぁ、あれなら放っておいても問題なさそうだな。
 そう思った時、森林の茂みから大きな影が飛び出してきた。
 そしてクラースの両手剣と、その人影が振るった大斧おおおのがガキッとぶつかり合う。

「お前が護衛のリーダーだな。覚悟しろ」

 その人影の正体は、頭以外の全身を鎧で覆った野獣のような大男だった。野盗のかしらのようだ。
 力と剣技が拮抗きっこうしているようで、クラースと野盗のかしらの武器が何度もぶつかり合う。
 このままでは長引きそうだし、手伝ったほうがいいか……?
 そう思い身構えた瞬間、こちらに気づいたクラースと野盗のかしらに睨まれた。

「邪魔するな、お前はそこで見ていろ」

 クラースめ、変な意地を張ってるみたいだな。
 どう考えても、敵をさっさと倒して先に進んだほうがいいと思うが……
 そう思っていると、二両目の馬車の扉が開き、エルマルが飛び出してくる。
 そして予想外に俊敏な動きで、俺の腕に飛びついた。

「まったく、彼は何を考えているのですか。今は何より、積み荷と我々を守ることが優先だというのに……エクトさん、私を野盗のほうに飛ばしてくれますか」

 エルマルが何をしたいのかはわからないが、とにかく言われた通りに、野盗のかしらめがけて土魔法で勢いよくエルマルを飛ばす。
 すごい勢いで飛んでいったエルマルは空中でクルクルと回転し、野盗のかしらの背中に飛びついた。それと同時にエルマルのつめが鋭く伸びる。

「商人だからと甘く見ないでください」

 そう言ってエルマルが爪を振るった次の瞬間、野盗のかしらの首が地面に転がった。
 倒れていく野盗のかしらの体から飛び下りたエルマルは、小さい瞳でキョロキョロと俺やクラースを見る。
 そして爪をひっこめて可愛く頭をいた。

「私としたことがやりすぎました」

 その姿に、俺は獣人の可愛らしさと、その裏にある恐ろしさを改めて理解したのだった。


 その他の野盗達は、かしらがやられたことで戦闘意欲をなくしたのか、あっさりと捕まった。
 こちらの被害としては、護衛に数人の死傷者が出たが、護衛対象に怪我人はいなかった。
 潰れてしまった先頭の馬車から他の馬車へと荷を移し、道を塞いでいた岩々を土魔法で排除する。
 その後、捕まえた野盗達に土魔法で作った岩の手錠てじょうかせをかけて、ロープで繋いで馬車の後ろをついてこさせることにした。
 クラースとエルマルの見立てでは、野盗のかしらは賞金首の可能性があるらしく、オルトビーンが冷凍魔法れいとうまほうを施して、死体も運ぶことになった。
 そして、さっきはあれだけ俺のことを邪魔そうに見ていたクラースだが、傭兵仲間から俺とオルトビーンの活躍を聞いたようで、親しげに話しかけてくるようになった。

「お前達、傭兵にならないか。俺達の傭兵パーティ『血塗られた剣』に入れてやるぞ」

 そんなことも言われたが、丁重ていちょうに断ると、クラースは気にしていないように笑っていた。細かいことは気にしないタイプらしい。
 ちなみに、カスペル峠を下り、近くの街で門番に死体を渡したところ、野盗のかしらはやはり賞金首だったようで、エルマルのふところには臨時収入が入ったようだった。


 それからも俺達の商団は、国境を目指してバルトサール王国を横断していく。
 オースムンド王国との国境まであと三日の距離まで近付いた日、野営の焚火たきびを俺とオルトビーンが囲んでいると、クラースが難しい顔をして歩いてきた。
 そしてドカリと俺の隣に座る。

「手下の傭兵達にオースムンド王国の情報を集めさせていたんだが、どうもオースムンド王国がきな臭い。俺達には都合がいいんだが」
「どういう意味だ?」
「どうやらエルフとめているらしい」

 クラースの話を詳しく聞くと、オースムンド王国は、『迷宮の森』と呼ばれる森林に隣接しており、そこはエルフ族の管理下にあるらしい。
 その『迷宮の森』には、いくつものエルフの集落があるそうだ。
 しかし最近、オースムンド王国が『迷宮の森』を開拓し始めようとした。
 そのことが原因で、エルフ族とオースムンド王国の間で小競り合いが頻発しているという。
 オースムンド王国の主張としては、『迷宮の森』の奥深くまで開拓するつもりはなかった。しかしエルフ族にとって『迷宮の森』は神聖な場所であり、少しの開拓も許さない姿勢を崩さない。
 オースムンド王国も王国としての面子めんつがあり、引くに引けなくなっている……とのことだった。

「このままだと戦争になるかもな」

 クラースは難しい顔でそう締めくくる。

「そうなんですよ。商人にとってはもうけ時と言えますが、命がかかってくる話でもありますから、悩みどころですね」

 急に聞こえてきた声のほうへ振り返ると、いつの間にかエルマルが座っていた。

「『迷宮の森』の特産品は、オースムンド王国の商人にとっては貴重な品なのです。戦で人々が命を落とすのもいけません。困ったものです」

 その言葉を聞いた俺は、エルマルは善良な商人の部類なんだと実感した。
 戦争になれば物の値段が高騰こうとうするので、そこにつけ込んで商売をしようとする商人も少なくない。しかしエルマルはそういう考えではないようだ。

「戦争では一時的に儲かりますが、永続的に儲けることはできません」

 そう結んだエルマルに対して、腕を組んだクラースは険しい表情をしている。

「俺達は傭兵だからな、稼ぐためなら戦争にも参加する。しかし『迷宮の森』での戦争はいただけない。『迷宮の森』はエルフの土俵だ。エルフ達の数が少ないとはいえ、地の利は向こうにある。もし戦になるとしても考えもんだ」

 今回の揉め事はオースムンド王国が無理に『迷宮の森』の開拓を進めようとしたことが原因だ。
 住んでいる土地を守るという大義名分は、エルフ族にある。
 王国が兵を集めようとしても、大義名分が相手にあるとなると、上手く集まらないだろう。
 エルマルの説明では、獣人の多いオースムンド王国では、個々人の膂力りょりょくに頼りがちで、人族ほど兵士をそろえていないという。
 だから大きな戦の時には、傭兵を雇うことが多い。
 今回はその兵を集めるのにも苦労しそうだけどな。
 クラースが酒をグイッと飲み、俺達を見る。

「そういえば、そもそもお前達はオースムンド王国へ何をしに行くんだ?」
「俺達は色々な土地で魔獣を狩る修業をしている最中さ。まだ冒険者ランクが低いからね。今回は『迷宮の森』へ行くつもりだったんだよ」

 オルトビーンは肩を竦めて手をヒラヒラとさせる。
 今回は冒険者として動いているし、外交で来ていることは言わないつもりらしい。

「なるほど……ともかく森に入れるかどうかは、オースムンド王国の動き次第になりそうですね。さて、そろそろ私は眠らせてもらいますよ」

 エルマルの一言で、その場は解散となった。
 クラースは見張りがあるのでその場に残り、俺とオルトビーンはテントに戻ると、何も言わずに毛布にくるまった。
 まずいタイミングでの訪問になったかもな。


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