ハズレ属性土魔法のせいで辺境に追放されたので、ガンガン領地開拓します!

潮ノ海月

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3巻

3-3

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「もう一つの特典もおもしろい。店を構えた者の賃料を無料にするか。考えたこともなかったわ。だがそれでは街に納められる税が減るではないか?」

 オルトビーンはゆったりと首を横に振る。

「城塞都市イオラは良い街だ、永住したい街だと思ってもらうことが重要なんですよ。他の部分で税金を払うことになっても住みたいと思ってもらえる街にするんです」

 ニッコリとオルトビーンが微笑む。

「まずは住民に定着してもらうこと、これが重要です。そのためには、店の賃料ぐらい無料にしても損はないです。後から取り戻せますからね」

 はじめに無料で遊ばせておいて、気に入ったら課金に誘導する。前世の時の商売の手法の一つに似ている。
 ゲルド皇帝はオルトビーンの言葉を聞いて、盛んに頷いていた。

「さすがは賢者オルトビーン。そこまで考えているとは天晴あっぱれだな」

 ゲルド皇帝はオルトビーンを見て目を鋭くする。

「実に惜しい。お主が我が国にいれば、もっと強大な国になっていただろうに……賢者オルトビーンよ」
「なんでしょうか、皇帝陛下」
「我の娘を嫁に貰わぬか。我には正妻の他に十六人の側室がいることもあって、息子が十三人、娘が十六人いてな、どの娘も可愛いぞ。好きなタイプがいれば教えよ、嫁に渡すぞ」

 正妻の他に十六人の側室……どこまで女好きなんだよ。
 俺が呆れる横で、オルトビーンは顔を引きつらせていた。

「そ、それは遠慮しておきます。私は独り身が性分に合っていますから。それに今はエクトの近くにいて楽しいですしね。そうだ、俺なんかではなく、エクト侯爵はいかがですか? 彼はいつも面白いアイデアを出してくれるんですよ」

 オルトビーン! 自分が困ったことになったからって、俺を売るな!
 ゲルド皇帝が俺を見て、ご機嫌に笑う。
 その笑顔怖いんですけど。

「ふむ、エクト・ヘルストレーム侯爵よ、どうだ? これはミルデンブルク帝国とファルスフォード王国のつながりをより強固にするものだと思うが」

 それを言われると断りづらいが、それでも皇女を嫁に貰うなんて勘弁だ。

「ありがたいお申し出ではありますが。お断りさせていただきます」

 ゲルド皇帝がつまらなそうな顔で不満気だ。

「なんだ、両国にとって良い話だと思ったのだがな」

 両国に良くても、俺にとってはよろしくない。謹んでお断りします。
 まぁ、ここであっさり引き下がるあたり、そこまで本気ではないとは思うけどさ。
 とにかく、話がこれ以上妙な方向に進まない内に、さっさとこの場から退散しよう。

「今回の広告の件は誠に申し訳ありませんでした。これからは何かある時には、ミルデンブルク帝国にも相談したいと思います」
「うむ。我はいつでもエクト・ヘルストレーム侯爵の訪問を歓迎する」
「ありがとうございます」

 俺とオルトビーンはゲルド皇帝とトシュテン宰相に深く頭を下げ、謁見の間を後にするのだった。



 閑話 グレンリード領、領都グレンデ


 俺、ベルドがボーダで仕事をしていたある日、父上から書状が届いた。
 それは、今すぐ領都グレンデに来いという内容だった。
 リンドベリ王国の怪しい動向をつかんだと書いてあるのを見て、俺は嫌な予感がした。
 その怪しい動きとやらが父上の勘違いであった場合、取返しのつかない事態になる。
 父上、アハト、間違っても早まって戦をしてくれるな。俺が領都グレンデに着くまで、どうか何も起こっていませんように。
 俺は心の中で神に祈りつつ、領都グレンデに向かって急いで馬車を走らせた。


 領都グレンデのグレンリード家の邸に到着すると、父上とアハトは私を見て、自慢気な表情を浮かべた。
 俺はもう軽くうんざりしつつ、一応尋ねる。

「書状は読みました。リンドベリ王国の怪しい動向を掴んだと書いてありましたが、本当のことですか?」

 父上は自信満々に大きく頷く。

「うむ、国境の警備を強化していたところ、リンドベリ王国の難民達が、国境近くの森林を抜けて我が領地へ逃げ込んできたのだ」

 父上のひとみに炎が宿る。

「どうやらリンドベリ王国は税を重くして、軍事強化を図っているらしい。となれば、強化が終わる前に一気にリンドベリ王国を攻めてくれようと考えているのだ」
「その情報の出所はどこですか? 信憑性しんぴょうせいはあるんですか?」
「情報の出所は逃げてきた難民達だ。真偽のほどについては、我の長年培ってきた勘が間違いないと告げている!」

 やはりどう考えても怪しいと思うんだが……何でも父上の勘で動かれては困るんだ。それじゃ何の証拠にもなっていないだろう。

「父上、きちんとした証拠を持たれたほうが良いと思います」

 俺がそう苦言を呈すると、アハトが両腕を組んで真顔で私を見る。

「リンドベリ王国は、意図的に難民を我が領地に押し付けてきているのかもしれない。これは明らかに嫌がらせだろう」

 アハトよ、自国民を減らしてまで他国に嫌がらせする意味があると思うのか?

「アハト、難民が出ているのは事実だろうが、それをリンドベリ王国が指示したと考えるのはこじつけではないか?」

 俺の言葉に、父上もアハトも不満そうな顔で口を尖らせている。

「いつからベルドはそんな慎重派になったのだ! あの勇猛だったベルドはどこへいった!」

 父上はそう言うが、そんな勇猛さなんて、とっくのとうに未開発の森林に住む魔獣達にポキリと折られている。

「とにかく、本当にリンドベリ王国が我らが辺境に手を出してくるとなれば、ファルスフォード王国の有事です。まずは宰相閣下と陛下に相談する案件でしょう」

 しかし父上は大きく首を横に振る。

「宰相閣下はファルスフォード王国全体を管理しておるのだぞ。辺境伯は隣国からの防衛のためにある。毎回、宰相閣下にうかがいを立てていれば、宰相閣下の迷惑になる。ここは辺境伯として独自に判断する時だ」

 もっともらしいことを言っているが、辺境伯だからといって独自の判断で隣国と戦をしていいわけがない。

「父上、今回のリンドベリ王国の件は宰相閣下に判断を仰ぐ案件と判断いたします」

 俺が重ねてそう言うと、アハトが顔を真っ赤にしてにらんできた。

「兄上は父上の判断が間違っていると言うのか! 父上は辺境伯、その判断に間違いがある訳がないだろう!」

 辺境伯だろうが、判断を間違える時はある。
 それよりアハト、父上に対する心酔具合がすごくなってきたな。早く独り立ちしたほうがいいぞ。
 そう言いたいのをぐっとこらえ、俺は言葉を重ねる。

「父上、少なくとも明確な証拠を掴むか、あるいはリンドベリ王国から戦を仕掛けられるまでは静観すべきです。下手に我ら側からリンドベリ王国へ戦争を仕掛ければ、間違っていた場合、国家反逆罪に問われるのは我々です」

 父上が私の言葉を聞いて激昂げっこうする。

「いつ我が国に反逆したというのだ! 我こそはファルスフォード王国の忠臣! ランド・グレンリード辺境伯ぞ! ベルドよ、言葉を慎め!」

 確かに父上ほどファルスフォード王国に忠誠を誓っている者はいないだろう。しかし間違った行動をしては元も子もない。

「父上への無礼はおびいたします。しかしリンドベリ王国に戦を仕掛けることはお控えください」
「敵が動いていない今こそ好機ではないか! 戦は先手必勝ぞ!」
「どうして、そこまでして戦がしたいのですか?」
「決まっておる! エクトに勝ちたいからだ!」

 鼻息荒くそう言う父上。
 しかしそれはリンドベリ王国とは一切関係ない、父上の私情でしかない。完全にアウトな発言だ。
 これでグランヴィル宰相へ報告することは決定だな。

「父上が王城へ行かないのであれば、私が行き、宰相閣下に報告し、判断を求めてまいります」
「ベルドよ、待て! 宰相閣下に報告すれば、戦を止められるではないか!」

 父上が泡を食って止めてくるが、グランヴィル宰相に相談すれば戦を止められることはわかっているのだな。

「待ちません。それでは今から私は王城へ行って、宰相閣下に面会してまいります」
「待て! それでは我の立場が悪くなる! 我も一緒に宰相閣下と面会しようぞ!」

 もう制止を聞く気はない。
 俺が邸を出て馬車に飛び乗ると、慌てて父上が後を追ってくるのだった。


 父上と共に王都に行き、グランヴィル宰相と面会した俺は、父上がリンドベリ王国と戦をしたがっていることを余さず報告した。
 父上も色々と主張したが、グランヴィル宰相に通じるはずがない。
 その結果、グランヴィル宰相から八時間にわたる説教を受け、帰りの馬車の中で肩を落として、涙を流している父上がいた。
 父上もこれに懲りて暴走を止めてくれればいいのだが……



 第3話 イオラの発展


 城塞都市イオラも住民が増え、大通りには店屋が多く並ぶようになった。
 店の前では露天商が屋台を出していて、くし焼きの香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
 俺、エクトはオルトビーン、『進撃の翼』の五人とともに、ドラゴンの素材を持ってそんな大通りを歩いていた。
 細い路地に入り歩いていくと、最近できた鍛冶工房が見えてくる。
 工房の中に入ると、体格の良いドワーフが炉に向かって座って作業をしていた。

「すまない、今大丈夫か」
「今は作業中だ! 邪魔をせんでくれ!」
「作業の邪魔になったのならすまない。この鍛冶工房に城塞都市イオラで一番の鍛冶師がいると聞いてやってきたんだ」

 ドワーフが作業の手を止めて、俺達のほうへ振り返る。

「この鍛冶工房には鍛冶師はわししかおらんから、その一番の鍛冶師とやらはわしのことだろう。いったい何の用だ? わしは自分が納得した仕事しかせんぞ」

 俺は無言で、背負ってきたドラゴンの鱗をドワーフに手渡す。
 そのドワーフはドラゴンの鱗を見て、驚きで目を見開いていた。

「これはドラゴンの鱗ではないか。どこで手に入れたんじゃ?」
「以前未開発の森林で倒したドラゴンの鱗だ。そいつを使って、今俺達が持っている剣を、もっと強力な武器にしてほしい」

 俺はそう言って、腰にげていたアダマンタイトの剣をドワーフに手渡す。
 赤い光を放つ剣を見て、ドワーフは手を震わせた。

「こ、これはアダマンタイトの剣ではないか。扱いの難しい金属だというのに、よく剣にしたな。これをドラゴンの鱗で強化すれば良いのだな」
「そうだ。この城塞都市イオラでアダマンタイトとドラゴンの鱗を扱える鍛冶師はあんたしかいないだろう」

 ドワーフは大きく深く頷くと、真剣な顔をして、ドラゴンの鱗とアダマンタイトの剣を見る。

「こんな大仕事ができるのは、城塞都市イオラではわしだけだろうな」

 やはりこの鍛冶工房へ持ちこんだのは間違いではないと確信する。

「だったら、この大仕事を引き受けてくれないか?」
「わかった、引き受けよう。アダマンタイトとドラゴンの鱗が素材とは、どれほど強力な剣が出来上がるか、今から楽しみじゃ」

 ドワーフは力強くニッコリと笑って、アダマンタイトの剣とドラゴンの鱗を作業台の上にせた。
 するとアマンダがドワーフに声をかける。

「鍛冶をしてもらいたいのは、その剣だけじゃないよ。私達の武器も一緒にお願いする。私達の武器もアダマンタイトさ」

 オルトビーンと『進撃の翼』の五人は、それぞれに自分の武器を作業台の上に置く。全てアダマンタイトでできていることに、ドワーフは目を丸くして驚いていた。

「こんな高価な武器、一般の冒険者では持てんぞ。いったいあんたらは何者じゃ。普通の冒険者ではないな」

 ドワーフは目を細め、視線を鋭くして、俺達を見回した。
 俺はニヤリと笑い、ドワーフに手を差し出す。

「俺はエクト、この城塞都市イオラの領主だ。隣にいるのは賢者オルトビーン」

 それに続いて、腕を組んだアマンダも口を開いた。

「私達五人はSランク冒険者パーティ『進撃の翼』さ」

 ドワーフは俺達の名を聞いて、目を丸くする。

「領主様とそのお仲間がわしに鍛冶を頼みにきたと?」
「そういうことだ。俺達の武器をよろしく頼む」
「わかりました。わしの一世一代の大仕事をやらせていただきます」

 ドワーフは俺達に深々と頭を下げた。
 このドワーフはただの自信家の頑固者ではなさそうだ。鍛錬と経験によって裏打ちされた実力があると確信した。

「では頼んだ。そういえば名前をまだ聞いていなかったね」
「わしの名前はダンカンと申しますじゃ」
「それではダンカン、頼んだよ。剣が出来上がったら俺の邸に報せにきてくれ。ドラゴンの鱗をあと五枚置いていくから、よろしく頼むよ」

 ダンカンに武器を預けた俺達は鍛冶工房を出るのだった。


 それから一週間後、ダンカンから剣ができたと報せが入った。
 鍛冶工房へ剣を取りにいくと、ダンカンは眼の下にクマを作って、俺達を待っていた。
 よほど神経を使ったのだろう。

「わしの全精力を使った逸品じゃ。これ以上の武器をわしは見たことがないわい」

 そう言ってダンカンは俺に剣を手渡した。
 元々アダマンタイトで赤かった剣が、ドラゴンの鱗が混ざってキラキラと光り輝いている。
 アダマンタイトとドラゴンの鱗の剣だから、アダマドラゴンの剣とでも呼ぶか。
 アダマドラゴンの剣を大上段から振ってみると、元よりも軽くなっていた。しかし空を切る音から察するに、切れ味は増しているようだ。
 武器を受け取ったオルトビーン、『進撃の翼』の五人はそれぞれに気に入ったようで、皆満足そうな笑みを浮かべている。

「では支払いをしたいが、いくら渡せばいい?」

 俺がそう尋ねると、ダンカンは一瞬悩む様子を見せ、決意したように口を開いた。

「……ドラゴンの鱗で支払ってもらうことは可能で? もっと色々な武器をドラゴンの鱗で作ってみたいんじゃ」
「わかった。俺の邸に来てくれれば、ドラゴンの鱗で支払おう……そうだな、せっかくなら、俺の他の仲間の武器も作ってくれないか」
「あ、ありがとうございます! 追加の依頼についても承知しましたじゃ」

 リンネとリリアーヌのつえも作ってもらうことになり、ダンカンは俺達のおかかえ鍛冶師となるのだった。


 そうして武器を作ってもらっている間にも、イオラは随分と発展してきた。
 ニクラスを内政庁長官に据えたお陰で内政も安定してきたし、都市内をいくつかの地区に分け、それぞれの地区長も任命した。
 都市全体のことは内政庁で決め、各地区での細かいことは地区長に任せる形だな。
 イオラ騎士団は引き続き城塞都市イオラの警備にあたっているので、治安もばっちりだ。
 とにかく内政長官のニクラスの手腕は素晴らしく、どんどんと城塞都市イオラの内政は整備され、定住者が暮らしやすい街へと変わっていた。
 治療院と学校も無事に完成し、学校も既に授業が始まっている。
 リンネは嬉しそうに、治療院と学校の手伝いをしていた。
 特に学校では、子供達に読み書きの練習の補助をしたり、子供達の良き相談相手となったりと、子供達からの人気も高い。
 皆幸せそうで、領主である俺としては大満足だ。
 ただ、全てが順調というわけではなかった。
 ミルデンブルク帝国とファルスフォード王国の同盟交渉が、上手く進んでいないようなのだ。
 問題があるのはミンデンブルク側で、ゲルド皇帝とトシュテン宰相は同盟に前向きなのだが、貴族達が猛反対しているという。
 その相談があるとかで、オルトビーンは王城のグランヴィル宰相から呼び出されることが多く、今も転移魔法で王城に行っている。
 どうにか早くまとまればいいが、手伝えることがないのが心苦しいな。
 とはいえ俺にできることがある訳ではないので、城塞都市イオラは平和を保っていた。
 今日は俺とリリアーヌしか邸にいないので、リビングで紅茶を飲みながらのんびりしている。
『進撃の翼』の面々は、新しい武器を試したいと言い、魔の森へ遠征に行ってしまった。
 まぁ、彼女達がいると何かと騒がしいので、こうして静かな時間を楽しむのも悪くない。
 リリアーヌが穏やかな表情で紅茶を一口飲む。

「こんなに平和な日が来るなんて思ってもみませんでしたわ」
「そうだね。ミルデンブルク帝国とも停戦しているし、内政も俺達がやることはほとんどないからね」
「エクトと二人っきりの時なんて、なかなかありませんでしたわ。いつもエクトは問題を抱えて飛び回っていましたもの」
「ああ。時には二人で穏やかに過ごすのもいいもんだね」

 俺がそう言うと、リリアーヌが嬉しそうに微笑んで、手をパンと叩く。

「エクト、お願いがありますわ。城塞都市イオラにも甘味処が一店舗できましたの。私を甘味処へ連れていってくださいな」

 甘味処か。そういえば久しく行ってないな。たまには甘いものもいいか。

「リリアーヌが行きたいというなら、一緒に甘味処へ行こう。他に行きたい所があれば、今日はリリアーヌに合わせるよ」
「それは嬉しいですわ。私、洋服店にも行きたいですし、夜に高級料理店でディナーも楽しみたいですわ」

 さすがは王都育ちのリリアーヌ、お洒落しゃれな場所に行きたがるものだ。
 今まで色々と我慢させてきたから、今日ぐらいは彼女のワガママに付き合ってもいいだろう。
 俺とリリアーヌは服を着替えて邸を出る。
 リリアーヌは薄ピンク色のドレスにうっすら化粧をして、なかなか可愛く似合っている。
 リリアーヌが俺の腕に自分の腕を絡めてきたので、そのまま大通りを歩いていく。
 少ししたところで、リリアーヌのお目当ての洋服店の前までやってきた。
 リリアーヌは嬉しそうに、笑顔で入店する。
 この洋服店は、ミルデンブルク帝国の流行の洋服が沢山置かれているようだ。
 ということは、ファルスフォード王国では珍しいものが多いということでもある。
 俺とリリアーヌを見た店員の女性が丁寧に頭を下げて、どんな服を探しているのかリリアーヌに尋ねていた。
 リリアーヌと店員の女性は相談しながら、幾つものドレスを選ぶと、試着室に向かっていった。
 俺もそれについていき、リリアーヌが披露してくれた数々のドレスを見ていく。
 一通り着終わったところで、リリアーヌが尋ねてきた。

「エクト、どのドレスが好みでしたか? エクトに選んでほしいですわ」

 うーん、悩ましいな。
 どのドレスが良いと決めることは俺にはできない。
 リリアーヌは美少女で貴族としての気品があるから、どんなドレスを着ても似合ってしまうんだよな。

「リリアーヌはどんなドレスを着ても、可愛くて美しいよ。だから俺では選べないよ。リリアーヌが欲しいと思ったドレスを買えばいい」
「困りましたわ。どのドレスも気に入っていますの。王都にいた時には、気に入ったドレスを見つけたら全て買っていたので、選ぶのは大変ですわ」

 うん、さすがにこれ全部は多いな。
 俺とリリアーヌは色々と相談して、五着までドレスを絞り込んだ。
 店員を呼んで俺がお金を渡すと、まさか全部買ってもらえるとは思っていなかったのか、リリアーヌは一瞬驚き、そしてとても嬉しそうにしていた。
 ちなみにドレスは邸まで運んでもらうことにした。今日はリリアーヌと街を楽しむと決めてるし、購入したドレスを持って歩くのは無粋だからな。
 店を出たところで、リリアーヌが満面の笑みで口を開いた。

「ドレスを五着も買っていただき、ありがとうございますわ。買ってもらったドレスは大事にいたしますわね」

 リリアーヌは嬉しそうに俺の腕に寄り添ってくる。
 そんな俺達は再び大通りを歩き始め、しばらくしたところでリリアーヌが少し小さい店を指差した。

「あれが甘味処ですわ。人気店ですので列ができていますわね」
「それじゃあ、列の最後尾に並ぼうか。リリアーヌと話をしている間に店の中に入れるだろう」
「そうですわね。今日は急いでいる訳ではないですし、ゆっくりと列で待ちますわ」

 俺とリリアーヌは日頃の他愛ないことを話しながら、列が進んでいくのを待つ。
 そうするうちにいつの間にか列の先頭になっていて、俺達が案内される番になった。
 店の中に入ると、店の店員が深々と頭を下げてくる。

「申し訳ございません。テーブル席が満席です。カウンター席でもよろしいでしょうか?」
「カウンター席でもかまいませんわ。お願いいたしますわ」

 店員に案内されて、カウンター席に座る。
 店が狭いので席の感覚も近く、肩が触れるくらいの距離だ。
 注文してしばらくすると、店員がホイップの載ったパンケーキを二皿運んできた。
 パンケーキの生地にはたっぷりとバターが使用されているようで、もうすでにいい香りが漂っている。
 リリアーヌはフォークとナイフを器用に使ってパンケーキを切り分けると、小さな口へと運んでいく。
 そして目を見開きつつ口の中のものを呑み込むと、満面の笑みになった。

「とても美味おいしいです。口の中から体中に甘さが広がっていきますわ」


 へぇ、そんなに美味しいのか、と思いつつ俺もパンケーキを食べる。
 前世で食べたスイーツを思い返せばそちらの方が美味しかった気もするが、リリアーヌが喜んでいるので、俺も嬉しくなった。

「王都の甘味処にも負けませんわね、素晴らしいお店です」

 嬉しそうにそう言ったリリアーヌは、王都のことを思い出したのだろう。王都ファルスについて色々と教えてくれた。
 王都にはたまに行ってるが、ほとんどが王城しか見ていないので、街中のことをあまり知らない俺にとって初耳なことが多く、楽しく談笑した。
 甘味処を出る頃には、太陽が城壁に隠れる時間になっていた。そろそろ高級料理店が開店するころだ。
 リリアーヌと俺は寄り添いながら、大通りをゆっくりと歩く。
 すれ違う男性達はこちらを振り向き、リリアーヌに見惚れていた。
 俺は少し誇らしい気分になった。

「今日は楽しかったですわ。エクト、ありがとうございますわ」
「こちらこそありがとう。こんなにゆったりと楽しい日もあってもいいよね」

 リリアーヌは穏やかな表情で、大きく頷いた。
 そして俺達二人は高級料理店でディナーを食べて、ワインを飲んで二人で穏やかな一時を過ごしたのだった。


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