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2巻
2-2
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「おじい様、お久しぶりです。今回はオルトビーンに連れてきてもらいましたの」
「リリアーヌ、顔を見たかったぞ。私に顔を見せておくれ」
グランヴィル宰相は、両手をリリアーヌの頬にそっとあてる。
「恥ずかしいですわ。もう子供ではないのですのよ?」
「私からすれば、いつまでもリリアーヌは子供だ」
「おじい様の意地悪」
リリアーヌはグランヴィル宰相の手から抜け出して、俺の横に来ると、俺に腕を絡めてきた。
それを見たグランヴィル宰相は苦笑を浮かべている。
「陛下は既にお待ちだ。謁見の間に案内しよう」
「わかりました」
「三人共、私の後についてくるように」
グランヴィル宰相に続いて、俺、オルトビーン、リリアーヌの三人も執務室を出る。
いつものように、謁見の間に入る前に近衛兵に武具を預けてから中に入った。
玉座には既にエルランド陛下が座っていた。
俺とリリアーヌの二人は、謁見の間へ入り、玉座から二十メートル離れた位置で膝をついて頭を下げる。
グランヴィル宰相とオルトビーンは玉座の横に立った。
「二人とも面をあげよ」
顔を上げれば、下はニッコリと笑っていた。
「エクトよ。オルトビーンからの報告によれば、アブルケル連峰で鉄鉱石の鉱脈を発見したそうだが……誠か?」
「事実でございます」
「そうか。我が王国では近年、鉄が不足気味でな。よくぞ発見してくれた。褒めてつかわす」
「ありがたきお言葉」
エルランド陛下は満足そうに大きく頷く。
「エクトよ、今日は王城で、我が主催した舞踏会が開催される。せっかく王城に来たのだ。舞踏会に出席するように」
え! そんなこと聞いていませんけど?
エルランド陛下は優しい目でリリアーヌを見る。
「リリアーヌも参加するのであろう?」
「もちろんですわ!」
そう言って微笑むリリアーヌに、陛下は納得したように頷く。
「ふむ、舞踏会が初めてのエクトの補佐をしに来たというわけか。リリアーヌは機転が利くな」
まさかリリアーヌは、今日の舞踏会のことを知っていたのか!
ということは多分、オルトビーンも知っていたよな……俺だけが知らされていなかったのか。
まあ確かに、事前に舞踏会があることを知らされていたら、理由をつけて今日は王城に来てなかったかもしれない。オルトビーンとリリアーヌに謀られたな。
そう俺が察したのがわかったのか、エルランド陛下は面白そうにクスクスと笑っている。
「エクトよ。これでお主は逃げられないぞ。今日がエクト伯爵の社交界デビューだ。大いに楽しむがよい」
冗談じゃないぞ。俺はダンスなんて踊れないからな!
一応、辺境伯家で成人するまでに教わったりはしていたが……苦手なのだ。
リリアーヌは俺を見てニッコリと笑う。
「ダンスの心配はありませんわ。私がリードいたしますから。エクトは私に任せていればいいのです」
オルトビーンが悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「服は用意してあるから、心配する必要はないよ。寝ている間に体の寸法を測っておいたからね」
グランヴィル宰相が穏やかに微笑む。
「エクト伯爵、今日はリリアーヌを頼むよ。しっかりとエスコートするように」
駄目だ、もう逃げられそうにない。
「全て私にお任せくださいまし」
リリアーヌは俺を見て、満面の笑みになるのだった。
謁見の間を後にした俺は、貴賓室へ案内された。
俺と一緒に貴賓室に入ってきたオルトビーンはソファーに座って紅茶を飲んでいる。
「エクト、騙したのは悪かったよ。陛下にエクトを舞踏会に呼べと命令されてね。大抜擢で伯爵になったエクトを、他の貴族に紹介する必要もあるんだろう」
「俺みたいなダンスも踊れない男が舞踏会に出席してもいいことなんかないじゃないか。俺は辺境の田舎者だぞ」
「そう言って断ると思ったから、隠すしかなかったんだよ。怒っているならゴメンよ」
オルトビーンはペコリと頭を下げてから顔を上げると、ニッコリと微笑んだ。
「それに、リリアーヌは今夜の舞踏会のことを知っていたからね。エクトと一緒に参加したかったんだと思うよ。エクトにエスコートしてほしくて」
「エスコートしてくれる相手なら、いくらでもいるじゃないか。それこそオルトビーンでもよかっただろう」
「エクトはわかっていないな。今日みたいに陛下の主催の舞踏会となれば、エスコートの相手っていうのは、自分の婚約者や恋人を意味するんだよ」
え、そうなのか? そりゃあ、パートナーとして舞踏会に参加するんだから、適当な相手はダメだろうけど……リリアーヌはそこまで考えているんだろうか?
「エクトはリリアーヌのこと好きじゃないのかい?」
「リリアーヌは仲間だ。嫌いなわけないじゃないか!」
「そういう意味じゃないよ……やれやれ、エクトがここまで鈍感だと、リリアーヌも苦労するね」
あれ? 何気にディスられた?
「もう舞踏会に出席することは決まっている。覚悟を決めて、この部屋でゆっくりと時間を待とう」
オルトビーンのそんな言葉に、俺はゆっくりとソファーに座り、紅茶を一口飲んだ。
それからしばらく待って、俺とオルトビーンが着替え終えたところで、リリアーヌがノックと共に部屋に入ってきた。
金髪をカールにして、化粧をしたリリアーヌはいつもよりも艶めかしい。
胸と背中が大きく開かれた、薄ピンク色のドレスがとても似合っている。胸元はちょっと開きすぎな気もするけど。
俺は素直に褒めることにする。
「リリアーヌ、似合っているよ」
「当然ですわ。私は舞踏会が大好きですもの。今日はしっかりとエスコートしてくださいまし……期待してますわよ?」
これは変なことをして失敗なんてできないな。
「わかったよ、任せてくれ」
俺が左腕を肘の高さまであげると、リリアーヌが腕を絡めてきた。そして二人で貴賓室を出て、舞踏会場まで歩いていった。
オルトビーンは俺達の後ろをノンビリと歩いてくる。
舞踏会場へ入場すると、既にダンスを踊っている者達もいた。
リリアーヌが目を潤ませて、熱い眼差しで俺を見る。
「私をダンスに誘ってはくださらないの?」
「俺がダンスを苦手なこと、リリアーヌも知っているじゃないか!」
「そんなの構いませんわ。きちんと誘ってくださいませ」
しょうがない、腹をくくろう。
俺は右手を出して、リリアーヌを見て微笑む。
「美しいお嬢様、私とダンスを踊っていただけませんか?」
「喜んで!」
リリアーヌのリードで、俺達のダンスが始まる。
「余分な体の力を抜いて、私の視線を追って踊るのです。そうすれば私がどうしたいかわかりますわ」
なるほど、アイコンタクトか。俺は言われるがままにリリアーヌと視線を合わせ、流れに乗って身体を動かす。
少しは余裕が出て、周りの様子が見えてきた。
オルトビーンがどこかの令嬢と楽しそうにダンスをしているが、彼のダンスは洗練されていて、とても美しかった。
一曲が終わって壁際に戻ろうとすると、リリアーヌが頬を艶めかしくピンク色に染めて、顔を寄せてきた。
そしてそのまま、小さく囁く。
「もう一曲お願いしたいですわ。よろしいでしょう?」
「仕方がないな。もう一曲だけだよ」
再びダンスを始めると、リリアーヌの瞳が潤んでいるのに気付いた。
「こうしてエクトとダンスを踊ることが私の夢でしたの。夢が叶って嬉しいですわ」
「こんな俺とダンスするのが夢なんて、リリアーヌは変わっているな」
「そうですわ。私は変わり者ですもの。ですから変わり者が好きなのですわ」
そう言って、リリアーヌはにこりと微笑む。
「それに、私とダンスを踊っている間は、他の貴族の方々から声をかけられることもありませんわよ」
なるほど、だからリリアーヌは俺をダンスに誘ってくれているのか。
それから結局、四曲も踊ってしまい、疲れた俺は壁際に移動してワインを飲むことにした。
そういえば、さっきまで令嬢達に視線を向けられていた気がするが、すっかり消えたな。少しは話をしたかったんだけど……
そう思ってきょろきょろしていると、ボーダの隣領の領主であるアドバンス子爵が、ワインを持って微笑みながらやってきた。
「もう踊らないのかい?」
「ええ、残念なことに、令嬢の皆様に避けられているようでして」
まぁ、実際のところは別に残念でもないんだけどね。
すると、アドバンス子爵は当然だと言いたげに頷いた。
「それはそうだろう。ダンスを四回も踊るというのは、私達は深い仲だって公言しているようなものだからね。他の令嬢達も遠慮するさ」
え! そういうことだったの?
まさかオルトビーンが言っていたみたいに、リリアーヌは俺のことをそういう風に意識しているってことなのか……?
そう考え込みかけたところで、アドバンス子爵はいきなり真剣な顔になって、ワインをグイっと飲む。
「ところでエクト……アブルケル連峰で鉄の鉱脈を発見したらしいね。もう採掘は始めているのかい?」
「はい。計画を立て、少しずつ始めています」
鉱員の数が少なく、本格稼働に時間がかかっているだけなんだけどね。
「そうか。私の領土でも鉄の需要がある。商会を通さず、直接、エクトと取引したい。便宜を図ってくれないか?」
「ええ、アドバンス子爵には以前に後見人になってもらっていましたからね。ボーダと直接取引できるようにしておきますよ」
「助かる。エクトが鉄の鉱脈を発見したことは既に他の貴族達も知るところだ。彼らからの接触もあると思うが、気をつけることだ」
アドバンス子爵はそう言って、去っていった。
確かに王国内での鉄の需要は高いからな、誰がどんな手を使ってくるかわからない。警戒するに越したことはないな。
ふとリリアーヌはどこだろうかと見回すと、多くの男性陣からダンスの誘いを受けているところだった。あの男達は、リリアーヌが俺と踊っていたことに気付いてなかったんだろう。
リリアーヌの人気はスゴイな。
しかしどうやら、全ての誘いを断っているようだ。
すると、リリアーヌはこちらに気付いたのか、助けてほしいと視線で訴えてきた。
俺は壁際からリリアーヌの所へ移動して、さりげなく右手を差し出す。
「美しいお嬢様、私と一曲踊っていただけませんか」
リリアーヌはとても安堵したような、嬉しそうな顔で微笑んだ。
「喜んで、お願いいたしますわ」
俺達は舞踏会が終わるまで、ダンスをしながら二人の時間を楽しんだのだった。
第3話 城塞都市ボーダの発展
俺、リリアーヌ、オルトビーンの三人が転移魔法陣で王都からボーダに戻って三日が経った。
その日、俺がリビングで休憩していると、ダンジョン探索から戻ってきた『進撃の翼』の五人が、俺の邸にやってきた。
彼女達は先日王都から戻ってきて以来、スタンピード以降封鎖されていたダンジョンの調査に向かっていたのだ。
「おーい。エクト、ダンジョンから戻ってきたぞ。露天風呂に入らせてくれ」
その声に玄関先まで向かって姿を見ると、五人共すっかりドロドロだった。
「やあ、お帰り。今回は長い遠征だったな。それにドロドロだ」
「ああ、今回はかなり進んだぞ。冒険者の中では最速だ……と、とにかく話は後だ。露天風呂を借りるぞ」
アマンダはそう言って、他のメンバーと一緒に脱衣所へ向かっていった。
しばらく待っていると、さっぱりした様子で五人が戻ってきた。
体が火照っているのか、顔から首元までピンク色に染めている。なかなか艶めかしい。
アマンダがジト目を向けてきたので、俺は話を促す。
「それで、ダンジョンの様子はどうだ?」
「エクトと一緒に潜った時と比べると、大きく変わっていたな。高ランクの魔獣が出るようになったのは三十階層になってからだが、まだドラゴン種とは出会っていない。低階層に異常に強い魔獣が出ることもなかったし、普通のダンジョンに戻ったみたいだ」
俺達がスタンピードの前に調査に向かった時は、十七階層でドラゴンがいたんだよな。
なるほど、やっぱり前はかなり異常だったんだな。
これなら大怪我を追う冒険者達も少なくて済みそうだ。
俺が安心していると、アマンダが言葉を続ける。
「それで砂漠の階層まで行ったんだけど、サンドワームが多いしアリジゴクの魔獣も砂に隠れてるしで厄介でね。食料も水も尽きたから、急いで戻ってきた、ってわけさ。あの階層を踏破するには準備が足りなかった」
なかなかハードなダンジョン生活をしていたみたいだな。
「冒険者ギルドの冒険者達はどうしてる?」
「ああ、ダンジョンの中で無理のない範囲で、魔獣を狩って小銭稼ぎをしているよ……普通に他のダンジョンでもよくあるような難度だ、エクトが特別気に掛ける気にすることじゃないさ」
確かに俺は気にし過ぎているかもしれない。
しかし、あのダンジョンはスタンピードを起こしている。
いつどんな異変が起来てもおかしくないし、油断は禁物だ。
今のところ、何の問題もなさそうだけど。
アマンダはわざわざ俺の隣に座りなおして、体を寄せてくる。優しくて甘い香りが漂う。
「まぁ、ダンジョンについてはそんなところだな……ところでせっかく久しぶりに戻ってきたし、最近評判になっているっていう甘味処へ行ってみたいぞ。エクト、案内してくれないか」
アマンダ達も女の子だな。やはり甘いモノには目がないような。
「フフフ、それでしたら、私に任せてください」
そんな笑い声と共に、仕事が一段落したらしきリリアーヌがリビングに入ってきた。
「ボーダで一番の甘味処を紹介いたしますわ」
「いいのか?」
アマンダ達はそれを聞いて大喜びだ。
「俺も甘いモノは好きなんだ。皆が一緒に行くなら、俺もついていくよ」
リリアーヌの背後にいたオルトビーンが、おっとりした調子でにっこりと笑う。
「よし、それなら全員で行くか!」
俺の言葉に、全員が完成を上げる。
そうして俺、リリアーヌ、オルトビーン、『進撃の翼』の合計八人で、邸を出てボーダの街へと繰り出した。
リリアーヌを先頭に歩いていると、後ろの方からオラムが俺の隣に走ってきた。
「今日はエクトの奢りでいいよね。というか、エクトに奢ってほしいな」
「おいおい、『進撃の翼』も相当魔石を手に入れてるだろうし、金だって溜め込んでいるだろう。俺が奢らないといけないのか?」
魔石とは魔獣の体内にある力の源のようなもので、冒険者はこの魔石や魔獣の素材をとって冒険者ギルドに売ることで生計を立てている。
「女の子が頼んでるんだよ。そこは奢ってやるぞって言うところ!」
オラムは頬を膨らませている。
まぁ、資金に困っているわけでもない。甘味処の支払いぐらい、俺が持ってもいいだろう。
甘味処に到着すると、評判通り大繁盛していて、列に並ばなければならなかった。
リリアーヌが家紋の入った短剣を取り出して店員に見せようとするが、俺は無言で止めた。
ここは王都ファルスではなくボーダだ。宰相閣下のことを知る者も少ない……というかいない。いや、この店の人とか、王都から移ってきた人達は知っているかもしれないけど。
ともかく、そうやって権力を使うのはやめたいんだよな。住民からの信頼がなくなっちゃうかもしれないし。
俺達は静かに待って入店する。
店内には大テーブルがあったので、そこに案内された。
すぐに店員が持ってきたメニューに目を通すと、中でも目を引いたのは、季節限定ウルトラジャンボパフェというものだった。
しかも、時間内に食べられた方には賞品が贈られる。
俺は苺タルトと紅茶を、オルトビーンはアップルパイと紅茶、リリアーヌは果実のクレープとチーズケーキと紅茶を頼んだ。
そして『進撃の翼』の五人はといえば、全員がウルトラジャンボパフェに挑戦した。
注文を聞き終わった店員は目を丸くすると、慌てて厨房へ入っていった。
待つことしばし、店員がワゴンで料理とドリンクを運んできてくれる。
『進撃の翼』の五人の前には、文字通りウルトラジャンボなパフェが置かれた。
俺の頭くらいのサイズがあるんだけど……本当に食べきれるのか?
そんな俺の心配をよそに、『進撃の翼』の五人はさっそくパフェに手を着ける。スプーンですくって口に入れる度に、「美味しい」「冷たーい」「癖になるー」と大はしゃぎだ。
そしてあっという間にぜんぶ平らげてしまった。ノーラなど、同じものをおかわりしている。
それを見た俺達全員は腹を抱えて笑った。ノーラは恥ずかしそうにしていたが、甘いモノが大好きらしい。
賞品はといえば、この店の割引券だった。
手に入れたのは彼女達だし、ということで割引券を渡すと、アマンダ達五人はとても嬉しそうに微笑んだ。
そしてアマンダが俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
「今日はとても美味しかった。また連れて来てくれると嬉しいな……私と二人だけでも良いぞ」
するとリリアーヌが横から口を挟んできた。
「あらアマンダ、私はこのボーダの街の甘味処を知り尽くしていますから、次は他の店を紹介しますわ……抜け駆けはいけませんわよ」
抜け駆け? ああ、自分抜きで美味しい店に行ったら許さないってことかな?
まぁいずれにしても、俺は美味しい店がわからないからな。
「わかった。それじゃあ、今度三人で食べに行こう!」
俺がそう言うと、リリアーヌもアマンダも、可哀そうなものを見る目で、深いため息をついていた。
「エクトなら、そういう答えが返ってくると思っていましたわ」
「私もそれほど期待はしていなかったからな」
あれ? 俺って何か変なことを言ったかな?
悩んでいる俺を見て、リリアーヌとアマンダはお腹を抱えて笑っていた。
翌朝、リビングへ行くと既にオルトビーンとリリアーヌが座っていた。だがリンネの姿が見えない。
昨日は時間帯的に内政庁――ボーダの行政機関に行っていたから一緒に甘味処に行けなかったけど……この時間にいないのは珍しいな。
「リンネは?」
「朝早くから内政庁へ行きましたわ」
宰相の紹介で人材も増えて、リンネから内政長官のイマールへの引継ぎも終わっているから、リンネが内政庁に行く用事はほとんどないと思うんだけどな。
ちなみに俺は、すっかり内政庁にはご無沙汰だ。
久々に様子を見に行こうかな。
内政庁の建物に入ると、内政長官の椅子に座ってイマールが忙しそうに仕事をしていた。
リンネはイマールの補助をしているみたいだ。
俺に気付いたリンネは、柔らかい微笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「エクト様が内政庁に来るなんて珍しいですね。何か急ぎの用ですか?」
「いや。リンネが朝から内政庁に行っていると聞いたから、何をしているのか気になって、様子を見に来たんだ」
「そうだったんですか。実は、面接で受からなかった方々も、そのままボーダに住みたいという方が多くて……その方々に仕事を斡旋したり、住居へ案内する手続きをしたりしていたんです」
へぇ、そんなに多かったのか。それは意外だったな。
「まだ、五階建ての建物は空き部屋があっただろう? そこへ入居してもらうのか?」
「はい。そのように対処していますが、段々と住居の空きがなくなってきている状態です。エクト様にお願いして、また住居を作っていただくことを考えていました」
「そんなに住人が増えているとは知らなかったな」
移住先を探しに来た人が多いのかな?
今でも王都から面接に来る者はいるし、このままだと住居の空き部屋はすぐに埋まるだろう。
また新しく住居を作る必要があるな。
俺はリンネの肩をポンポンと叩く。
「それじゃあ、今すぐ住居を作ってくるよ」
「ありがとうございます! 私も一緒に行っていいですか? 内政庁の中での仕事は終わったので」
「わかった。一緒に行こうか」
イマールをちらりと見るが問題ないようなので、リンネと一緒に内政庁を出る。
第一外壁の内側は、主要な建物と住居で埋まってきている。
第二外壁と第三外壁の間にある大型の農耕地のうち、現在は持ち主がいない部分に新たに建物を作ることにした。
目的地に着いた俺は、リンネの指示のもと、三階建ての3LDKの建物を三棟と五階建ての2LDKの長屋を二棟作る。
もともとある家の方が狭くなってしまったので、希望者にはそちらから移ってもらって、余った部屋や空いた部屋に新しい入居者に入ってもらおう。
しかし、随分と土地が少なくなってきたな。
あと少しで、残しておいた空地や農耕予定地も埋まってしまうだろう。
それから俺達は、視察ついでに学校に顔を出してみた。
俺が突然登場したことで、学校長と副学校長は緊張していた。
そんな二人に案内されて構内を回っていたのだが、授業を受けている生徒達は全く気付いた様子もなかった。
やはり読み書き教室は人気で、子供から大人まで授業を受けている。教室は満員で、立ち見の生徒達もいるほどだ。
それを見て、俺は校長に問いかける。
「ちょっと教室が狭かったんじゃないか? 生徒達全員が座れていない」
「教室自体は大きいのですが、それ以上に授業を受ける生徒達が多くなってしまっているんですよ」
「学校の教室を増改築しないといけないな。その時は俺を呼んでくれ」
「ありがとうございます。助かります」
俺とリンネは他の教室も回った。
次に人気があったのは算術の教室だ。やはり子供から大人まで授業を受けているので、教室は満員状態だ。これでは授業を受ける生徒達も大変だろう。
農業、狩り、剣術の授業は屋外で行なわれていた。
しかし、授業風景は完全にただの農作業だな。
生徒達は鍬で畑を耕して、均等に種を蒔いて、水をやっている。のどかな風景が広がっていた。
ふと、疑問に思ったことを聞いてみる。
「リリアーヌ、顔を見たかったぞ。私に顔を見せておくれ」
グランヴィル宰相は、両手をリリアーヌの頬にそっとあてる。
「恥ずかしいですわ。もう子供ではないのですのよ?」
「私からすれば、いつまでもリリアーヌは子供だ」
「おじい様の意地悪」
リリアーヌはグランヴィル宰相の手から抜け出して、俺の横に来ると、俺に腕を絡めてきた。
それを見たグランヴィル宰相は苦笑を浮かべている。
「陛下は既にお待ちだ。謁見の間に案内しよう」
「わかりました」
「三人共、私の後についてくるように」
グランヴィル宰相に続いて、俺、オルトビーン、リリアーヌの三人も執務室を出る。
いつものように、謁見の間に入る前に近衛兵に武具を預けてから中に入った。
玉座には既にエルランド陛下が座っていた。
俺とリリアーヌの二人は、謁見の間へ入り、玉座から二十メートル離れた位置で膝をついて頭を下げる。
グランヴィル宰相とオルトビーンは玉座の横に立った。
「二人とも面をあげよ」
顔を上げれば、下はニッコリと笑っていた。
「エクトよ。オルトビーンからの報告によれば、アブルケル連峰で鉄鉱石の鉱脈を発見したそうだが……誠か?」
「事実でございます」
「そうか。我が王国では近年、鉄が不足気味でな。よくぞ発見してくれた。褒めてつかわす」
「ありがたきお言葉」
エルランド陛下は満足そうに大きく頷く。
「エクトよ、今日は王城で、我が主催した舞踏会が開催される。せっかく王城に来たのだ。舞踏会に出席するように」
え! そんなこと聞いていませんけど?
エルランド陛下は優しい目でリリアーヌを見る。
「リリアーヌも参加するのであろう?」
「もちろんですわ!」
そう言って微笑むリリアーヌに、陛下は納得したように頷く。
「ふむ、舞踏会が初めてのエクトの補佐をしに来たというわけか。リリアーヌは機転が利くな」
まさかリリアーヌは、今日の舞踏会のことを知っていたのか!
ということは多分、オルトビーンも知っていたよな……俺だけが知らされていなかったのか。
まあ確かに、事前に舞踏会があることを知らされていたら、理由をつけて今日は王城に来てなかったかもしれない。オルトビーンとリリアーヌに謀られたな。
そう俺が察したのがわかったのか、エルランド陛下は面白そうにクスクスと笑っている。
「エクトよ。これでお主は逃げられないぞ。今日がエクト伯爵の社交界デビューだ。大いに楽しむがよい」
冗談じゃないぞ。俺はダンスなんて踊れないからな!
一応、辺境伯家で成人するまでに教わったりはしていたが……苦手なのだ。
リリアーヌは俺を見てニッコリと笑う。
「ダンスの心配はありませんわ。私がリードいたしますから。エクトは私に任せていればいいのです」
オルトビーンが悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「服は用意してあるから、心配する必要はないよ。寝ている間に体の寸法を測っておいたからね」
グランヴィル宰相が穏やかに微笑む。
「エクト伯爵、今日はリリアーヌを頼むよ。しっかりとエスコートするように」
駄目だ、もう逃げられそうにない。
「全て私にお任せくださいまし」
リリアーヌは俺を見て、満面の笑みになるのだった。
謁見の間を後にした俺は、貴賓室へ案内された。
俺と一緒に貴賓室に入ってきたオルトビーンはソファーに座って紅茶を飲んでいる。
「エクト、騙したのは悪かったよ。陛下にエクトを舞踏会に呼べと命令されてね。大抜擢で伯爵になったエクトを、他の貴族に紹介する必要もあるんだろう」
「俺みたいなダンスも踊れない男が舞踏会に出席してもいいことなんかないじゃないか。俺は辺境の田舎者だぞ」
「そう言って断ると思ったから、隠すしかなかったんだよ。怒っているならゴメンよ」
オルトビーンはペコリと頭を下げてから顔を上げると、ニッコリと微笑んだ。
「それに、リリアーヌは今夜の舞踏会のことを知っていたからね。エクトと一緒に参加したかったんだと思うよ。エクトにエスコートしてほしくて」
「エスコートしてくれる相手なら、いくらでもいるじゃないか。それこそオルトビーンでもよかっただろう」
「エクトはわかっていないな。今日みたいに陛下の主催の舞踏会となれば、エスコートの相手っていうのは、自分の婚約者や恋人を意味するんだよ」
え、そうなのか? そりゃあ、パートナーとして舞踏会に参加するんだから、適当な相手はダメだろうけど……リリアーヌはそこまで考えているんだろうか?
「エクトはリリアーヌのこと好きじゃないのかい?」
「リリアーヌは仲間だ。嫌いなわけないじゃないか!」
「そういう意味じゃないよ……やれやれ、エクトがここまで鈍感だと、リリアーヌも苦労するね」
あれ? 何気にディスられた?
「もう舞踏会に出席することは決まっている。覚悟を決めて、この部屋でゆっくりと時間を待とう」
オルトビーンのそんな言葉に、俺はゆっくりとソファーに座り、紅茶を一口飲んだ。
それからしばらく待って、俺とオルトビーンが着替え終えたところで、リリアーヌがノックと共に部屋に入ってきた。
金髪をカールにして、化粧をしたリリアーヌはいつもよりも艶めかしい。
胸と背中が大きく開かれた、薄ピンク色のドレスがとても似合っている。胸元はちょっと開きすぎな気もするけど。
俺は素直に褒めることにする。
「リリアーヌ、似合っているよ」
「当然ですわ。私は舞踏会が大好きですもの。今日はしっかりとエスコートしてくださいまし……期待してますわよ?」
これは変なことをして失敗なんてできないな。
「わかったよ、任せてくれ」
俺が左腕を肘の高さまであげると、リリアーヌが腕を絡めてきた。そして二人で貴賓室を出て、舞踏会場まで歩いていった。
オルトビーンは俺達の後ろをノンビリと歩いてくる。
舞踏会場へ入場すると、既にダンスを踊っている者達もいた。
リリアーヌが目を潤ませて、熱い眼差しで俺を見る。
「私をダンスに誘ってはくださらないの?」
「俺がダンスを苦手なこと、リリアーヌも知っているじゃないか!」
「そんなの構いませんわ。きちんと誘ってくださいませ」
しょうがない、腹をくくろう。
俺は右手を出して、リリアーヌを見て微笑む。
「美しいお嬢様、私とダンスを踊っていただけませんか?」
「喜んで!」
リリアーヌのリードで、俺達のダンスが始まる。
「余分な体の力を抜いて、私の視線を追って踊るのです。そうすれば私がどうしたいかわかりますわ」
なるほど、アイコンタクトか。俺は言われるがままにリリアーヌと視線を合わせ、流れに乗って身体を動かす。
少しは余裕が出て、周りの様子が見えてきた。
オルトビーンがどこかの令嬢と楽しそうにダンスをしているが、彼のダンスは洗練されていて、とても美しかった。
一曲が終わって壁際に戻ろうとすると、リリアーヌが頬を艶めかしくピンク色に染めて、顔を寄せてきた。
そしてそのまま、小さく囁く。
「もう一曲お願いしたいですわ。よろしいでしょう?」
「仕方がないな。もう一曲だけだよ」
再びダンスを始めると、リリアーヌの瞳が潤んでいるのに気付いた。
「こうしてエクトとダンスを踊ることが私の夢でしたの。夢が叶って嬉しいですわ」
「こんな俺とダンスするのが夢なんて、リリアーヌは変わっているな」
「そうですわ。私は変わり者ですもの。ですから変わり者が好きなのですわ」
そう言って、リリアーヌはにこりと微笑む。
「それに、私とダンスを踊っている間は、他の貴族の方々から声をかけられることもありませんわよ」
なるほど、だからリリアーヌは俺をダンスに誘ってくれているのか。
それから結局、四曲も踊ってしまい、疲れた俺は壁際に移動してワインを飲むことにした。
そういえば、さっきまで令嬢達に視線を向けられていた気がするが、すっかり消えたな。少しは話をしたかったんだけど……
そう思ってきょろきょろしていると、ボーダの隣領の領主であるアドバンス子爵が、ワインを持って微笑みながらやってきた。
「もう踊らないのかい?」
「ええ、残念なことに、令嬢の皆様に避けられているようでして」
まぁ、実際のところは別に残念でもないんだけどね。
すると、アドバンス子爵は当然だと言いたげに頷いた。
「それはそうだろう。ダンスを四回も踊るというのは、私達は深い仲だって公言しているようなものだからね。他の令嬢達も遠慮するさ」
え! そういうことだったの?
まさかオルトビーンが言っていたみたいに、リリアーヌは俺のことをそういう風に意識しているってことなのか……?
そう考え込みかけたところで、アドバンス子爵はいきなり真剣な顔になって、ワインをグイっと飲む。
「ところでエクト……アブルケル連峰で鉄の鉱脈を発見したらしいね。もう採掘は始めているのかい?」
「はい。計画を立て、少しずつ始めています」
鉱員の数が少なく、本格稼働に時間がかかっているだけなんだけどね。
「そうか。私の領土でも鉄の需要がある。商会を通さず、直接、エクトと取引したい。便宜を図ってくれないか?」
「ええ、アドバンス子爵には以前に後見人になってもらっていましたからね。ボーダと直接取引できるようにしておきますよ」
「助かる。エクトが鉄の鉱脈を発見したことは既に他の貴族達も知るところだ。彼らからの接触もあると思うが、気をつけることだ」
アドバンス子爵はそう言って、去っていった。
確かに王国内での鉄の需要は高いからな、誰がどんな手を使ってくるかわからない。警戒するに越したことはないな。
ふとリリアーヌはどこだろうかと見回すと、多くの男性陣からダンスの誘いを受けているところだった。あの男達は、リリアーヌが俺と踊っていたことに気付いてなかったんだろう。
リリアーヌの人気はスゴイな。
しかしどうやら、全ての誘いを断っているようだ。
すると、リリアーヌはこちらに気付いたのか、助けてほしいと視線で訴えてきた。
俺は壁際からリリアーヌの所へ移動して、さりげなく右手を差し出す。
「美しいお嬢様、私と一曲踊っていただけませんか」
リリアーヌはとても安堵したような、嬉しそうな顔で微笑んだ。
「喜んで、お願いいたしますわ」
俺達は舞踏会が終わるまで、ダンスをしながら二人の時間を楽しんだのだった。
第3話 城塞都市ボーダの発展
俺、リリアーヌ、オルトビーンの三人が転移魔法陣で王都からボーダに戻って三日が経った。
その日、俺がリビングで休憩していると、ダンジョン探索から戻ってきた『進撃の翼』の五人が、俺の邸にやってきた。
彼女達は先日王都から戻ってきて以来、スタンピード以降封鎖されていたダンジョンの調査に向かっていたのだ。
「おーい。エクト、ダンジョンから戻ってきたぞ。露天風呂に入らせてくれ」
その声に玄関先まで向かって姿を見ると、五人共すっかりドロドロだった。
「やあ、お帰り。今回は長い遠征だったな。それにドロドロだ」
「ああ、今回はかなり進んだぞ。冒険者の中では最速だ……と、とにかく話は後だ。露天風呂を借りるぞ」
アマンダはそう言って、他のメンバーと一緒に脱衣所へ向かっていった。
しばらく待っていると、さっぱりした様子で五人が戻ってきた。
体が火照っているのか、顔から首元までピンク色に染めている。なかなか艶めかしい。
アマンダがジト目を向けてきたので、俺は話を促す。
「それで、ダンジョンの様子はどうだ?」
「エクトと一緒に潜った時と比べると、大きく変わっていたな。高ランクの魔獣が出るようになったのは三十階層になってからだが、まだドラゴン種とは出会っていない。低階層に異常に強い魔獣が出ることもなかったし、普通のダンジョンに戻ったみたいだ」
俺達がスタンピードの前に調査に向かった時は、十七階層でドラゴンがいたんだよな。
なるほど、やっぱり前はかなり異常だったんだな。
これなら大怪我を追う冒険者達も少なくて済みそうだ。
俺が安心していると、アマンダが言葉を続ける。
「それで砂漠の階層まで行ったんだけど、サンドワームが多いしアリジゴクの魔獣も砂に隠れてるしで厄介でね。食料も水も尽きたから、急いで戻ってきた、ってわけさ。あの階層を踏破するには準備が足りなかった」
なかなかハードなダンジョン生活をしていたみたいだな。
「冒険者ギルドの冒険者達はどうしてる?」
「ああ、ダンジョンの中で無理のない範囲で、魔獣を狩って小銭稼ぎをしているよ……普通に他のダンジョンでもよくあるような難度だ、エクトが特別気に掛ける気にすることじゃないさ」
確かに俺は気にし過ぎているかもしれない。
しかし、あのダンジョンはスタンピードを起こしている。
いつどんな異変が起来てもおかしくないし、油断は禁物だ。
今のところ、何の問題もなさそうだけど。
アマンダはわざわざ俺の隣に座りなおして、体を寄せてくる。優しくて甘い香りが漂う。
「まぁ、ダンジョンについてはそんなところだな……ところでせっかく久しぶりに戻ってきたし、最近評判になっているっていう甘味処へ行ってみたいぞ。エクト、案内してくれないか」
アマンダ達も女の子だな。やはり甘いモノには目がないような。
「フフフ、それでしたら、私に任せてください」
そんな笑い声と共に、仕事が一段落したらしきリリアーヌがリビングに入ってきた。
「ボーダで一番の甘味処を紹介いたしますわ」
「いいのか?」
アマンダ達はそれを聞いて大喜びだ。
「俺も甘いモノは好きなんだ。皆が一緒に行くなら、俺もついていくよ」
リリアーヌの背後にいたオルトビーンが、おっとりした調子でにっこりと笑う。
「よし、それなら全員で行くか!」
俺の言葉に、全員が完成を上げる。
そうして俺、リリアーヌ、オルトビーン、『進撃の翼』の合計八人で、邸を出てボーダの街へと繰り出した。
リリアーヌを先頭に歩いていると、後ろの方からオラムが俺の隣に走ってきた。
「今日はエクトの奢りでいいよね。というか、エクトに奢ってほしいな」
「おいおい、『進撃の翼』も相当魔石を手に入れてるだろうし、金だって溜め込んでいるだろう。俺が奢らないといけないのか?」
魔石とは魔獣の体内にある力の源のようなもので、冒険者はこの魔石や魔獣の素材をとって冒険者ギルドに売ることで生計を立てている。
「女の子が頼んでるんだよ。そこは奢ってやるぞって言うところ!」
オラムは頬を膨らませている。
まぁ、資金に困っているわけでもない。甘味処の支払いぐらい、俺が持ってもいいだろう。
甘味処に到着すると、評判通り大繁盛していて、列に並ばなければならなかった。
リリアーヌが家紋の入った短剣を取り出して店員に見せようとするが、俺は無言で止めた。
ここは王都ファルスではなくボーダだ。宰相閣下のことを知る者も少ない……というかいない。いや、この店の人とか、王都から移ってきた人達は知っているかもしれないけど。
ともかく、そうやって権力を使うのはやめたいんだよな。住民からの信頼がなくなっちゃうかもしれないし。
俺達は静かに待って入店する。
店内には大テーブルがあったので、そこに案内された。
すぐに店員が持ってきたメニューに目を通すと、中でも目を引いたのは、季節限定ウルトラジャンボパフェというものだった。
しかも、時間内に食べられた方には賞品が贈られる。
俺は苺タルトと紅茶を、オルトビーンはアップルパイと紅茶、リリアーヌは果実のクレープとチーズケーキと紅茶を頼んだ。
そして『進撃の翼』の五人はといえば、全員がウルトラジャンボパフェに挑戦した。
注文を聞き終わった店員は目を丸くすると、慌てて厨房へ入っていった。
待つことしばし、店員がワゴンで料理とドリンクを運んできてくれる。
『進撃の翼』の五人の前には、文字通りウルトラジャンボなパフェが置かれた。
俺の頭くらいのサイズがあるんだけど……本当に食べきれるのか?
そんな俺の心配をよそに、『進撃の翼』の五人はさっそくパフェに手を着ける。スプーンですくって口に入れる度に、「美味しい」「冷たーい」「癖になるー」と大はしゃぎだ。
そしてあっという間にぜんぶ平らげてしまった。ノーラなど、同じものをおかわりしている。
それを見た俺達全員は腹を抱えて笑った。ノーラは恥ずかしそうにしていたが、甘いモノが大好きらしい。
賞品はといえば、この店の割引券だった。
手に入れたのは彼女達だし、ということで割引券を渡すと、アマンダ達五人はとても嬉しそうに微笑んだ。
そしてアマンダが俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
「今日はとても美味しかった。また連れて来てくれると嬉しいな……私と二人だけでも良いぞ」
するとリリアーヌが横から口を挟んできた。
「あらアマンダ、私はこのボーダの街の甘味処を知り尽くしていますから、次は他の店を紹介しますわ……抜け駆けはいけませんわよ」
抜け駆け? ああ、自分抜きで美味しい店に行ったら許さないってことかな?
まぁいずれにしても、俺は美味しい店がわからないからな。
「わかった。それじゃあ、今度三人で食べに行こう!」
俺がそう言うと、リリアーヌもアマンダも、可哀そうなものを見る目で、深いため息をついていた。
「エクトなら、そういう答えが返ってくると思っていましたわ」
「私もそれほど期待はしていなかったからな」
あれ? 俺って何か変なことを言ったかな?
悩んでいる俺を見て、リリアーヌとアマンダはお腹を抱えて笑っていた。
翌朝、リビングへ行くと既にオルトビーンとリリアーヌが座っていた。だがリンネの姿が見えない。
昨日は時間帯的に内政庁――ボーダの行政機関に行っていたから一緒に甘味処に行けなかったけど……この時間にいないのは珍しいな。
「リンネは?」
「朝早くから内政庁へ行きましたわ」
宰相の紹介で人材も増えて、リンネから内政長官のイマールへの引継ぎも終わっているから、リンネが内政庁に行く用事はほとんどないと思うんだけどな。
ちなみに俺は、すっかり内政庁にはご無沙汰だ。
久々に様子を見に行こうかな。
内政庁の建物に入ると、内政長官の椅子に座ってイマールが忙しそうに仕事をしていた。
リンネはイマールの補助をしているみたいだ。
俺に気付いたリンネは、柔らかい微笑みを浮かべて駆け寄ってきた。
「エクト様が内政庁に来るなんて珍しいですね。何か急ぎの用ですか?」
「いや。リンネが朝から内政庁に行っていると聞いたから、何をしているのか気になって、様子を見に来たんだ」
「そうだったんですか。実は、面接で受からなかった方々も、そのままボーダに住みたいという方が多くて……その方々に仕事を斡旋したり、住居へ案内する手続きをしたりしていたんです」
へぇ、そんなに多かったのか。それは意外だったな。
「まだ、五階建ての建物は空き部屋があっただろう? そこへ入居してもらうのか?」
「はい。そのように対処していますが、段々と住居の空きがなくなってきている状態です。エクト様にお願いして、また住居を作っていただくことを考えていました」
「そんなに住人が増えているとは知らなかったな」
移住先を探しに来た人が多いのかな?
今でも王都から面接に来る者はいるし、このままだと住居の空き部屋はすぐに埋まるだろう。
また新しく住居を作る必要があるな。
俺はリンネの肩をポンポンと叩く。
「それじゃあ、今すぐ住居を作ってくるよ」
「ありがとうございます! 私も一緒に行っていいですか? 内政庁の中での仕事は終わったので」
「わかった。一緒に行こうか」
イマールをちらりと見るが問題ないようなので、リンネと一緒に内政庁を出る。
第一外壁の内側は、主要な建物と住居で埋まってきている。
第二外壁と第三外壁の間にある大型の農耕地のうち、現在は持ち主がいない部分に新たに建物を作ることにした。
目的地に着いた俺は、リンネの指示のもと、三階建ての3LDKの建物を三棟と五階建ての2LDKの長屋を二棟作る。
もともとある家の方が狭くなってしまったので、希望者にはそちらから移ってもらって、余った部屋や空いた部屋に新しい入居者に入ってもらおう。
しかし、随分と土地が少なくなってきたな。
あと少しで、残しておいた空地や農耕予定地も埋まってしまうだろう。
それから俺達は、視察ついでに学校に顔を出してみた。
俺が突然登場したことで、学校長と副学校長は緊張していた。
そんな二人に案内されて構内を回っていたのだが、授業を受けている生徒達は全く気付いた様子もなかった。
やはり読み書き教室は人気で、子供から大人まで授業を受けている。教室は満員で、立ち見の生徒達もいるほどだ。
それを見て、俺は校長に問いかける。
「ちょっと教室が狭かったんじゃないか? 生徒達全員が座れていない」
「教室自体は大きいのですが、それ以上に授業を受ける生徒達が多くなってしまっているんですよ」
「学校の教室を増改築しないといけないな。その時は俺を呼んでくれ」
「ありがとうございます。助かります」
俺とリンネは他の教室も回った。
次に人気があったのは算術の教室だ。やはり子供から大人まで授業を受けているので、教室は満員状態だ。これでは授業を受ける生徒達も大変だろう。
農業、狩り、剣術の授業は屋外で行なわれていた。
しかし、授業風景は完全にただの農作業だな。
生徒達は鍬で畑を耕して、均等に種を蒔いて、水をやっている。のどかな風景が広がっていた。
ふと、疑問に思ったことを聞いてみる。
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