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1巻
1-2
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「アマンダ、こいつで山賊達を括って、近くの街で引き取ってもらわないか。山賊達を捕まえると報奨金が貰えるんだろう?」
「そうだな。山賊は生きたまま街の警備兵に引き渡せば報奨金が貰えるからそうするか……取り分は山分けだぞ」
アマンダの了承も得たところで、俺は縄を量産して、『進撃の翼』のメンバーが、山賊達を縛っていく。
あっという間に縛り終わり、俺達は再び出発した。
アルベドとリンネは俺と一緒に馬車に乗り、『進撃の翼』の五人は馬車を警護しながら、馬車の後ろに山賊達を引き連れて進んでいく。
アルベドは馬車の座席に座って落ち着いたのか、始終ニコニコと微笑んでいる。リンネは澄んだ瞳で、馬車の窓から外を眺めていた。
アルベドは愛想良く、俺に笑いかける。
「商品を全て売り終わった後だったのでよかったです。もし荷がある時に山賊に襲われていたら大損害でした」
商売を終えたばかりか。だから馬車が一台だけだったんだな。
一人納得する俺へと、少し悩んだような顔でアルベドが質問してくる。
「エクト様はボーダ村まで何をされに行かれるのですか?」
「グレンリード辺境伯の命令で、ボーダ村の領主を務めることになったからだよ」
「なんと、領主に……しかしボーダ村は、西の端の僻地です。村の周囲には未開発の森林が広がる不毛の地だと噂で聞いています」
父上め。そんな不毛の地へ俺を追放したんだな。生きて戻ってくるなという意味か。絶対に生き残ってみせるからな。
「未開発の森林か。この目で確かめないといけないな」
「屈強な魔獣が多数生息している危険な森林と聞いています。その奥にはドラゴンが生息しているという噂もあるくらいです」
ドラゴンか……神話でしか聞いたことがないが、興味はあるな。
俺の表情を見たアルベドは、両手を膝の上に乗せて、穏やかに微笑む。
「エクト様が領主になられるのであれば、三ヵ月に一度、ボーダ村へ訪れることにいたしましょう。これまで向かったことがない辺境ですが……これも何かの縁ですからね」
アルベドの申し出は大変ありがたい。ボーダ村がどういう場所なのかわからないが、商人が来ないことには生活必需品が不足したりするだろうし、村を発展させるのも難しいだろうしな。
「それはありがとう。是非、そうしてほしい」
俺の言葉にアルベドが頷いたところで、馬車の扉がドンドンと叩かれ、アマンダの声がした。
「次の街が見えてきたぞ。もうすぐ馬車を停める。山賊達を街の警備兵に引き渡すからな」
「わかった。知らせてくれてありがとう」
もう次の街へ着くのか。アマンダの声が聞こえていたのだろう、アルベドは俺の手を掴んで満面の笑みを浮かべる。
「本当にお世話になりました。助けていただいた上に馬車にまで乗せてもらっては申し訳ない。エクト様にはお礼を差し上げたいと思います」
お礼ってさっきも言ってたよな? まさか資金か? 資金ならそれなりに持ってるぞ!
アルベドは俺の表情から何を考えているのかわかったらしく、首を大きく横に振る。
「エクト様には、私の隣に座っておりますリンネをお譲りしたく思います。金貨百枚の奴隷メイドでございます」
こんなきれいで可愛い子を貰っちゃってもいいのか? なんて思っている間にも、アルベドは言葉を続ける。
「リンネは読み書き、算術もでき、家事全般も得意としております。傍に置いて、損になることはありません」
「エクト様、末永くよろしくお願いいたします」
アルベドが目配せすると、リンネはそう言って頭を下げてきた。
そして、アルベドの手首が淡く紫色に光り、段々と消えていく。
「――これで私とリンネとの奴隷契約を解除いたしました。これからはエクト様が、リンネの正式な主人となります。奴隷契約を結ぶならば、契約の儀式を行わなければなりませんが」
つまり、今のリンネは自由の身というわけか。せっかく奴隷から解放されたのなら、リンネの意思を尊重したい。そう思い、俺はリンネに向き直る。
「リンネ、今のお前は自由だ。俺は奴隷を必要としているわけではないし、後のことはリンネの意思に任せたいと思う。俺と一緒にボーダ村へ来るか?」
「……私の生まれた村は、飢饉によってなくなりました。自由になったところで、どこにも身寄りはありません。それに命を救われたこの身、どうかエクト様のお傍に置かせてください」
リンネがそう言うなら断る理由もないか。
「わかったよ、リンネ。それじゃあ奴隷契約は結ばないが、メイドとしてこれからもよろしくな」
リンネはふわりと微笑んで、深々と頭を下げた。
そんな話をしている間に、俺達の馬車は隣街へと到着した。
アルベドは改めてお礼を言うと、馬車から降りて街の中へと去っていく。
アマンダ達は、街の警備兵に山賊達を引き渡して、報酬を貰い戻ってきた。
そしてアマンダはアルベドを見送る俺へと、金貨の入った革袋を投げてくる。
「山賊達の報酬は皆で山分けだからね。それはエクトの取り分さ」
アマンダ以外の『進撃の翼』のメンバーも、革袋を手にニコニコと笑っている。
とりあえず、グレンデを出たばかりの今、この街に寄る用事もないので、俺達は再びボーダ村を目指して馬車を走らせるのだった。
領都グレンデを出発してから半月以上が経った。
辺境地帯の街道沿いは見渡す限りの森林で、途中立ち寄った中規模の街を越えてボーダ村に近づくにつれて、街道も細くなっていった。やはり、人の往来が少ないのだろう。
そんな道中だったが、『進撃の翼』の五人とリンネのおかげで、毎日が新鮮で楽しく、旅を続けることができた。この半月で、かなり仲良くなれたと思う。
そうしてそろそろボーダ村に到着するかという頃、斥候に出ていたオラムが焦った顔で戻ってきた。
「ボーダ村を発見したけど、今は近寄らない方がいいかも。オークの集団に襲われてるんだ」
オークといえば、豚の顔を持つ身長三メートルぐらいのDランク魔獣で、ゴブリンと同じくらいの繁殖力を持っている。魔獣のランクは上からA、B、C、D、E、Fとなっているが、Dランクだと普通の村人では対応できないだろう。
「ボーダ村の様子はどうなんだ? それとオークの数は?」
「村の外周を木の柵で囲んでる。今はそれで持ちこたえているけど、オークは十数体いるから、いつ破られてもおかしくない、危ない状況だよ」
俺の言葉に、オラムがすぐに答えてくれる。
このままだと俺達がボーダ村に到着する前に、ボーダ村がなくなる可能性がある。それは非常にまずい。なんとかボーダ村を助けないと。
「これからボーダ村の救出に向かう。皆、戦闘準備だ」
「おいおい。確かに私達の仕事はエクトを村まで護衛することだけど、オークがそんなにいるなら、追加報酬でもないとやってらんないぞ」
アマンダが不満げに言うが……それもそうか。それじゃあやる気を出してもらうしかないな。
「わかった。オーク一体を倒すごとに、金貨一枚でどうだ? それなら文句はないだろう」
「ふん、妥当なところだな。皆、戦闘準備をするよ」
アマンダの号令で、『進撃の翼』の他のメンバーも戦闘準備に入る。
そして我先にとアマンダが両手剣を抜いて走り始め、大楯を持ったノーラがそれに続く。
「待ってー! 僕達も行くからさー!」
オラムとセファーも慌てて飛び出し、ドリーンが最後尾を駆けていった。
一連の話を聞いていたのだろう、馬車から降りたリンネが、心配そうに胸の前で両手を握りしめている。
「リンネは危ないから、馬車を端に寄せて待っていてくれるか?」
「わかりました。くれぐれもお気をつけて。お帰りをお待ちしております」
「ありがとう。行ってくる」
リンネに頷いた俺は走り出す。
そうしてボーダ村に到着した時には、アマンダとノーラ、オラムがオークの群れに突入していて、乱戦となっていた。
セファー、ドリーンも少し離れた場所から、遠距離でオーク達に攻撃を加えている。
村の方はどうかと見てみれば、村を守る木の柵はガタガタで、今にも倒れそうだった。おそらく『進撃の翼』の突入が遅れていたら、じきに破られていただろう。
俺は土魔法で周囲の土を操り、木の柵の外側に土壁を出現させる。
同時に、空中に魔力で形成した岩を出現させて飛ばし、オークを貫いた。
この壁の形成や岩の出現は、普通の土魔法士の魔力量だとギリギリ可能な技だ。俺は魔力が多いから、苦でもないけどな。
もろに岩を食らったオーク達が、絶叫をあげる。
「ブゥモォォオー!」
俺は魔力を温存するため、持ってきていた剣を抜く。
これでも領主の息子として、人並以上に剣術は学んでいるのだ。
まずはオークの一体に近づいて、横薙ぎに一閃。続いてアマンダとノーラの所まで走っていき、途中にいた一体を袈裟切りにする。
アマンダは両手剣を振るいながら、俺の動きを見て獰猛な笑みを浮かべていた。
「へえ、けっこう剣を使えるみたいじゃないか。魔法だけと思ったけど、普通に戦えるんだね」
「それはありがとう。お褒めの言葉は戦いが終わってからいただくよ」
「それもそうだな。さっさと片付けてしまおうぜ」
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
全てのオークを倒した頃には、全身汗でビッショリになっていた。アマンダやノーラも肩で息をしている。
そこへオラムがピョンと飛び跳ねてやってきた。ホクホクとした笑顔で俺達を見ている。
「はい。これオークの魔石。全部で二十四個もあったよ」
俺達が息を整えている間に、オラムはオーク達の死体から魔石を抜き取ってくれていたらしい。
魔石というのは、魔物の体内にある力の源のようなもので、高額で換金できる。
というか、はじめの報告ではオーク達の数は十数体のはずだったが、予想以上にいたようだ。
オラムからオークの魔石を受け取ったアマンダは、なぜか俺の所へ持ってきた。
「オーク一体につき金貨一枚が、私達への報酬だろう。だからオークの魔石は全てエクトのものだ。大事に持っておけよ」
そう言ってくれるが、魔石は換金できるので、俺一人だけが貰うのは気が引ける。
「これはアマンダ達が倒したオークの魔石だろう。だから全部は貰えない……そうだな、半分だけ貰うよ」
「そうか。ありがたくいただいておくよ」
アマンダはニヤリと笑って、魔石の半分を受け取った。最初から俺がそう言うのを待っていたんだろう。まったく、冒険者は抜け目がないな。
さて、周囲の危険もないようだし、リンネと馬車を呼ぶことにするか。
「セファー、馬車まで戻って、オークとの戦いが終わったことを、リンネに伝えてほしい。馬車と一緒にここまで戻ってきてくれ」
「わかったわ」
セファーは俺の言葉に頷くと、エメラルドグリーンの長髪をなびかせて走っていった。
とりあえず、村を守るために作った土壁を、元の土へと戻して地面を均しておく。
すると、元々あった木の柵の隙間から、ボーダ村の住人達が俺達を見ているのに気が付いた。
と、アマンダが村人達に聞こえるように、声を響かせる。
「オーク達は全て倒した。新しい領主様の到着だ。さっさと門を開けな」
すぐにボーダ村の門が開き、老人が出てくる。
「ボーダ村の村長をしておりますオンジという者ですじゃ。領主様とはどういうことですかのう?」
「これを」
俺は懐にしまっておいた封書を、村長のオンジに渡す。
父上からのもので、中には俺が新しい領主であることが書かれているはずだ。
オンジは震える手で封書を破り、中の手紙に目を通す。
そして読み終えるなり俺を見て、目を瞑って両手を合わせて拝み始めた。
「領主様じゃ。領主様じゃ。これでこの村も救われますじゃ」
あのー? まだ何もしていないんだけど?
「と、とにかく村の様子を見たいので、案内してもらってもいいですか?」
「もちろんですじゃ。何もない村ですが、ご覧になってください」
丁度リンネとセファーが戻ってきたので、他の『進撃の翼』のメンバーも含め、全員でオンジについて村の中を歩いていく。
ほとんどの家があばら家で、今まで倒れていないのが不思議な有様だった。
村人達は痩せた者が多く、農作物も上手く育っていないようだ。
色々と村中を見て回って、村の中央から少し外れた場所にある広場に到着した。広場といっても、ただ広々とした空地になっているだけで、何かあるわけではないが。
あまり発展していないことは予想通りだったが、問題は、俺が住めそうな家がなかったことだな。
「この広場は空地なんだよな? ここに俺の家を建ててもいいかな?」
俺に質問されたオンジは不思議そうな顔をして深く頷く。
「もちろん、領主様の好きに使っていただいて大丈夫ですじゃ」
許可が出たところでさっそく、俺は魔法で土を移動させ、大きな長方形の穴を掘る。続いて、その長方形の穴の角から、今どかした土を圧縮して作った柱を垂直に建てる。
圧縮した土は、普通の石のような強度になるので、そう簡単に壊れることはない。
そして同じく土を圧縮した梁を水平に組み合わせ、家の骨組みを作っていった。床や壁、天井にあたる部分も、土を板状に圧縮して作っていく。
といっても、強度的に足りない部分もあるので、そのあたりは追い追い、木材で補強しなきゃな。
とにかくこれで、地下一階地上三階建ての家の大枠の出来上がりだ。
最後に、家の敷地を主張するために、それなりに広い庭が作れそうな範囲を塀で囲って……まだ外観だけで中身はスカスカなので、完成には程遠いが、雨がしのげる頑丈な家ができた。
時間にして十五分ほどの作業だろうか。この一軒を建てるのに、けっこう魔力を使ってしまったな。まだまだ余裕はあるけど、こんな土魔法の使い方、俺にしかできないんじゃないだろうか。
自分ではそれなりに満足している。
「さて、これで俺とリンネの家が完成だな」
ふと見れば、リンネは出来上がったばかりの家を見て、手を震わせていた。
「この家に私も住んでいいんですか?」
「ああ、もちろんだよ」
リンネは頬を真っ赤に染め、胸の前で両手を握って感動している。そこまで喜んでもらえるとは思わなかった。
周りを見ると、オンジも、『進撃の翼』の五人も、口をポカーンと開けたまま家を眺めていた。
そして我に戻ったアマンダが、唾を飛ばしながら俺の胸倉を掴んでくる。
「今何をした?」
「自分の家を建てただけだよ。土魔法を使えば簡単さ」
「こんな土魔法の使い方、見たことがないぞ……いや、それより私達の住む所も作ってくれ」
あれ? アマンダがおかしなことを言ってるぞ?
「アマンダ達は俺をここに送り届けるまでの護衛が仕事だろ? ボーダ村に無事に到着したんだから、アマンダ達は依頼達成で、領都に戻るんじゃないのか?」
「グレンデより、エクトのいるボーダ村に残った方が面白いことが起こるって、私の勘がささやくのさ」
アマンダはそう言うが、他のメンバーはグレンデに帰りたいかもしれないじゃないか。
そう思って『進撃の翼』のメンバーの顔を見るが、皆はニコニコと笑って頷いている。
誰もアマンダに反対する者はいないようだ。
「……わかった。俺の家の隣に『進撃の翼』の家も建てよう」
それから同じように、十五分ほどで『進撃の翼』の家を作ったのだが……
気が付けば、いつの間にか集まっていた村人達が、羨ましそうに家を見ていた。
この期待の眼差しは……村人全員の家を建て直すしかないか。
「あー、村人の皆さんの家も、明日から建て直していきますので、それまで待ってくださいね」
「「「やったぁぁあー!」」」
集まってきていた村人達は、喜びの声をあげる。
これだけ喜んでもらえるのなら、早めに家を建てて回りたいな。
オンジはニッコリと笑って村人達に指示を出す。
「領主様が到着された祝いじゃ。外のオークを解体して、今日は肉祭りじゃー」
そうして、俺の歓迎会となるその日の宴は、明け方まで続いたのだった。
第2話 ボーダの鍛冶師
翌日、窓から差し込む朝日を浴びながら、眠い目を擦って体を起こす。何やら家の外から声が聞こえるが……
家具がないので床に寝ていたのだが、いつの間にか毛布がかけられていて、そこに顔を乗せてリンネが寝息を立てていた。
俺が起きたことで目が覚めたのか、リンネが目を開けて、ふわりと微笑んで俺を見る。
「おはようございます、エクト様。今日は寝すぎてしまいましたね」
「ああ、昨日は楽しくて飲みすぎてしまったな」
「そうですね……表から聞こえるこの声は、オラムさんですかね?」
「みたいだな、どうしたんだろう」
起き上がり伸びをしてから玄関に向かうと、オラムが元気にピョンピョンと跳ねていた。
「エクト、家の外装はできたけど、内装がまだでしょ。だから手伝いに来たんだ」
ハーフノームのオラムは土魔法が使える上、手先が器用だという。内装を手伝ってもらえるのはありがたいな。
「ありがとう、助かるよ。ちょうど頼もうと思っていたんだ。それじゃあ、オラムは上の部屋に続く階段や、各部屋の壁なんかを作ってくれないか? 俺は地下と一階、それから厨房を作るよ。何かあったら聞いてくれ」
「わかったよ」
オラムが頷いたところで、俺は土魔法で土を生み出し、玄関ホール部分に積み上げておく。これでオラムも作業がしやすいはずだ。
オラムが二階に行くのを見送って、俺は地下に下りて、サクっと地下室と通路を完成させる。
続いて一階に戻り、厨房を作ることにする。
まずは厨房に二つのかまどを作り、その隣に洗い場や作業台を作った。
家の外側には煙突を作り、かまどの煙が厨房に溜まらないように工夫した。
あとは水だが……毎回外の井戸に汲みに行くのも大変なので、地下水脈がないか探してみる。
土魔法には《地質調査》という、魔力が浸透する範囲でどんな成分の何があるかわかるというものがあり、それを使えば……地下百メートルほどの所に、地下水脈を見つけた。
さっそく土魔法で、地下百メートルまで細い穴を作っていく。
そして地下水脈に辿り着くなり、地下水が噴き出した。これを洗い場の方に繋げて、蛇口をつければ完成だ。
それから、忘れてはいけないのは排水溝だ。こちらはそのまま、壁に穴をあけて洗い場から庭となる部分へと流すことにした。近くに川がありそうなら、そこへ排水できるように水路を作った方がいいかな。
他にも木製の家具など必要なものはまだまだあるが、追い追い揃えていけば良いかと思っていると、オラムが現れた。
「二階、できたよ。必要そうなものも作っておいたから、見にきてよ」
「ありがとう、オラム。もう終わったのか?」
「もちろんだよ。僕はハーフノームだからね。土魔法は得意中の得意さ。内装ぐらいなら簡単だよ」
「俺と同じように、オラムも家を建てることはできるかい?」
「それは無理。エクトの家の作り方って独特なんだもん。真似できないよ」
やはり村の家々の建て直しは、俺一人でやらないといけないようだ。
「でも内装ぐらいなら、簡単に手伝えるから、いつでも声をかけてね」
オラムはそう言って、ニッコリと笑った。
オラムの案内でリンネと一緒に二階へ行くと、既に部屋を仕切る壁などは作り終えたようだった。
廊下の壁に燭台がついていたりと、センスが光っている。
部屋の中に入れば、ベッドの土台になる部分や、机や椅子など、大まかな家具ができていた。
しかもシンプルで武骨なものではなく、装飾が施されている。俺にはこれは作れないな。
隣にいるリンネは、興奮して頬を赤くしている。
「こんなに立派な内装の家に住めるなんて夢のようです」
「オラムのおかげさ。オラム、ありがとうな」
「僕達の家を建ててもらったんだから、そのお礼だよ」
そう言って、オラムは照れたようにはにかんだ。
さて、ここまでやると、風呂が欲しくなってくるな。
「少しやりたいことがある。庭に出るから一緒に来てくれ」
そう言うと、オラムとリンネが不思議そうな顔でついてきた。
俺は地面に手の平を押し当てて《地質調査》を開始する。地下五百メートルの所に源泉を発見した。
このあたりには活火山があるようには見えないが……まあ、温泉に入れるならいいか。
まずは二十メートル四方、深さ八十センチくらいのスペースを掘る。
内側と縁には、土を圧縮して作った疑似的な石や、周囲の地中から集めた岩を敷き詰める。
そして、さっき見つけた源泉まで、土魔法で管を通すように穴をあけていき、地下の源泉を引き上げる。すると熱い源泉が地表まで昇ってきて、乳白の温泉が流れ込んできた。大体、四十度ちょっとくらいだろうか。
それなりのスピードでお湯が上がってくるので、蛇口とかをつけた方がいいかな。
排水のことはまた考える必要があるが……とりあえず、今は溢れた分をキッチンと同じ場所に向かって流れるようにしておけばいいか。
リンネが驚いた顔をして、両手を口に当てている。
「これは……お風呂ですよね?」
「ああ、露天風呂だな。初めて見たか?」
しかし、このままでは周囲から風呂に入っているのが丸見えだ。
というわけで、家の周りの壁を高くしておき、ついでに露天風呂の周囲も簡単に壁で囲う。
「リンネ、俺は風呂へ入る。タオルを持ってきてくれるか?」
「わかりました」
リンネはお辞儀をして、庭から家の中へと入っていった。
その隙に俺はぱぱっと服を脱いで、露天風呂へと飛び込む。実に良い湯加減だ。
すると隣からザブンという音が聞こえ、顔にしぶきがかかる。そちらへ顔を向けると、オラムが露天風呂に入っていた……え!?
「ノームは温泉には目がないんだよ。とってもいい湯だね」
オラムは肩まで湯に浸かって、足を出してチャプチャプさせて楽しんでいる。
温泉が乳白色で助かった――ってそうじゃなくて。
「オラム、お前は女の子だろう。男性と一緒に風呂に入っちゃダメじゃないか」
慌てている俺を、オラムは不思議そうに首を傾げながら見る。
「エクト、何を言ってんの? ノームの村では温泉は混浴だよ!」
なに! そんなことが許されるのか!
オラムがいいなら俺は気にしないようにすればいい……と思うのは簡単だが、つい視線が彼女の方へと向いてしまう。
「エクト、気にしない。気にしない」
オラムはニッコリと笑って、俺の顔に温泉の湯をかけてくるので、俺もすかさず湯をかけ返した。
何だか段々と楽しくなってきたぞ。
「お二人共、すごく楽しそうですね」
突然、隣から声が聞こえたので振り返ると、リンネが俺の隣で温泉に入っていた。
透けそうなほど白い肌に、きれいな鎖骨が浮き出ている。頬がほんのりとピンク色に染まって美しい。湯船には豊かに実った双丘が浮かんでいた……いつの間に入ったんだ?
「リンネさん、なぜ温泉に入っているのかな?」
「私はエクト様の専属メイドです。エクト様のお背中を流そうと思いまして、私も温泉には興味がありましたし」
「俺の背中なんて流さなくていいよ。リンネと一緒に温泉に入るのはさすがにマズいよ」
「オラムさんが良くて、私はダメなんですか? それはどうしてですか?」
まさか正直にリンネを意識してしまうからとは言えないし、何と説明すればいいんだろう。俺はリンネから視線を外して、庭を見ながら狼狽える。
オラムが無邪気に俺に話しかける。
「楽しいんだから混浴でいいじゃん。エクトは考えすぎなんだよ」
「そういう問題じゃない」
俺は混乱しながら露天風呂を出ると、慌ててタオルを腰に巻いて、家の中へと逃げ込んだ。
露天風呂からは、楽しそうにはしゃぐリンネとオラムの声が聞こえてきたのだった。
「そうだな。山賊は生きたまま街の警備兵に引き渡せば報奨金が貰えるからそうするか……取り分は山分けだぞ」
アマンダの了承も得たところで、俺は縄を量産して、『進撃の翼』のメンバーが、山賊達を縛っていく。
あっという間に縛り終わり、俺達は再び出発した。
アルベドとリンネは俺と一緒に馬車に乗り、『進撃の翼』の五人は馬車を警護しながら、馬車の後ろに山賊達を引き連れて進んでいく。
アルベドは馬車の座席に座って落ち着いたのか、始終ニコニコと微笑んでいる。リンネは澄んだ瞳で、馬車の窓から外を眺めていた。
アルベドは愛想良く、俺に笑いかける。
「商品を全て売り終わった後だったのでよかったです。もし荷がある時に山賊に襲われていたら大損害でした」
商売を終えたばかりか。だから馬車が一台だけだったんだな。
一人納得する俺へと、少し悩んだような顔でアルベドが質問してくる。
「エクト様はボーダ村まで何をされに行かれるのですか?」
「グレンリード辺境伯の命令で、ボーダ村の領主を務めることになったからだよ」
「なんと、領主に……しかしボーダ村は、西の端の僻地です。村の周囲には未開発の森林が広がる不毛の地だと噂で聞いています」
父上め。そんな不毛の地へ俺を追放したんだな。生きて戻ってくるなという意味か。絶対に生き残ってみせるからな。
「未開発の森林か。この目で確かめないといけないな」
「屈強な魔獣が多数生息している危険な森林と聞いています。その奥にはドラゴンが生息しているという噂もあるくらいです」
ドラゴンか……神話でしか聞いたことがないが、興味はあるな。
俺の表情を見たアルベドは、両手を膝の上に乗せて、穏やかに微笑む。
「エクト様が領主になられるのであれば、三ヵ月に一度、ボーダ村へ訪れることにいたしましょう。これまで向かったことがない辺境ですが……これも何かの縁ですからね」
アルベドの申し出は大変ありがたい。ボーダ村がどういう場所なのかわからないが、商人が来ないことには生活必需品が不足したりするだろうし、村を発展させるのも難しいだろうしな。
「それはありがとう。是非、そうしてほしい」
俺の言葉にアルベドが頷いたところで、馬車の扉がドンドンと叩かれ、アマンダの声がした。
「次の街が見えてきたぞ。もうすぐ馬車を停める。山賊達を街の警備兵に引き渡すからな」
「わかった。知らせてくれてありがとう」
もう次の街へ着くのか。アマンダの声が聞こえていたのだろう、アルベドは俺の手を掴んで満面の笑みを浮かべる。
「本当にお世話になりました。助けていただいた上に馬車にまで乗せてもらっては申し訳ない。エクト様にはお礼を差し上げたいと思います」
お礼ってさっきも言ってたよな? まさか資金か? 資金ならそれなりに持ってるぞ!
アルベドは俺の表情から何を考えているのかわかったらしく、首を大きく横に振る。
「エクト様には、私の隣に座っておりますリンネをお譲りしたく思います。金貨百枚の奴隷メイドでございます」
こんなきれいで可愛い子を貰っちゃってもいいのか? なんて思っている間にも、アルベドは言葉を続ける。
「リンネは読み書き、算術もでき、家事全般も得意としております。傍に置いて、損になることはありません」
「エクト様、末永くよろしくお願いいたします」
アルベドが目配せすると、リンネはそう言って頭を下げてきた。
そして、アルベドの手首が淡く紫色に光り、段々と消えていく。
「――これで私とリンネとの奴隷契約を解除いたしました。これからはエクト様が、リンネの正式な主人となります。奴隷契約を結ぶならば、契約の儀式を行わなければなりませんが」
つまり、今のリンネは自由の身というわけか。せっかく奴隷から解放されたのなら、リンネの意思を尊重したい。そう思い、俺はリンネに向き直る。
「リンネ、今のお前は自由だ。俺は奴隷を必要としているわけではないし、後のことはリンネの意思に任せたいと思う。俺と一緒にボーダ村へ来るか?」
「……私の生まれた村は、飢饉によってなくなりました。自由になったところで、どこにも身寄りはありません。それに命を救われたこの身、どうかエクト様のお傍に置かせてください」
リンネがそう言うなら断る理由もないか。
「わかったよ、リンネ。それじゃあ奴隷契約は結ばないが、メイドとしてこれからもよろしくな」
リンネはふわりと微笑んで、深々と頭を下げた。
そんな話をしている間に、俺達の馬車は隣街へと到着した。
アルベドは改めてお礼を言うと、馬車から降りて街の中へと去っていく。
アマンダ達は、街の警備兵に山賊達を引き渡して、報酬を貰い戻ってきた。
そしてアマンダはアルベドを見送る俺へと、金貨の入った革袋を投げてくる。
「山賊達の報酬は皆で山分けだからね。それはエクトの取り分さ」
アマンダ以外の『進撃の翼』のメンバーも、革袋を手にニコニコと笑っている。
とりあえず、グレンデを出たばかりの今、この街に寄る用事もないので、俺達は再びボーダ村を目指して馬車を走らせるのだった。
領都グレンデを出発してから半月以上が経った。
辺境地帯の街道沿いは見渡す限りの森林で、途中立ち寄った中規模の街を越えてボーダ村に近づくにつれて、街道も細くなっていった。やはり、人の往来が少ないのだろう。
そんな道中だったが、『進撃の翼』の五人とリンネのおかげで、毎日が新鮮で楽しく、旅を続けることができた。この半月で、かなり仲良くなれたと思う。
そうしてそろそろボーダ村に到着するかという頃、斥候に出ていたオラムが焦った顔で戻ってきた。
「ボーダ村を発見したけど、今は近寄らない方がいいかも。オークの集団に襲われてるんだ」
オークといえば、豚の顔を持つ身長三メートルぐらいのDランク魔獣で、ゴブリンと同じくらいの繁殖力を持っている。魔獣のランクは上からA、B、C、D、E、Fとなっているが、Dランクだと普通の村人では対応できないだろう。
「ボーダ村の様子はどうなんだ? それとオークの数は?」
「村の外周を木の柵で囲んでる。今はそれで持ちこたえているけど、オークは十数体いるから、いつ破られてもおかしくない、危ない状況だよ」
俺の言葉に、オラムがすぐに答えてくれる。
このままだと俺達がボーダ村に到着する前に、ボーダ村がなくなる可能性がある。それは非常にまずい。なんとかボーダ村を助けないと。
「これからボーダ村の救出に向かう。皆、戦闘準備だ」
「おいおい。確かに私達の仕事はエクトを村まで護衛することだけど、オークがそんなにいるなら、追加報酬でもないとやってらんないぞ」
アマンダが不満げに言うが……それもそうか。それじゃあやる気を出してもらうしかないな。
「わかった。オーク一体を倒すごとに、金貨一枚でどうだ? それなら文句はないだろう」
「ふん、妥当なところだな。皆、戦闘準備をするよ」
アマンダの号令で、『進撃の翼』の他のメンバーも戦闘準備に入る。
そして我先にとアマンダが両手剣を抜いて走り始め、大楯を持ったノーラがそれに続く。
「待ってー! 僕達も行くからさー!」
オラムとセファーも慌てて飛び出し、ドリーンが最後尾を駆けていった。
一連の話を聞いていたのだろう、馬車から降りたリンネが、心配そうに胸の前で両手を握りしめている。
「リンネは危ないから、馬車を端に寄せて待っていてくれるか?」
「わかりました。くれぐれもお気をつけて。お帰りをお待ちしております」
「ありがとう。行ってくる」
リンネに頷いた俺は走り出す。
そうしてボーダ村に到着した時には、アマンダとノーラ、オラムがオークの群れに突入していて、乱戦となっていた。
セファー、ドリーンも少し離れた場所から、遠距離でオーク達に攻撃を加えている。
村の方はどうかと見てみれば、村を守る木の柵はガタガタで、今にも倒れそうだった。おそらく『進撃の翼』の突入が遅れていたら、じきに破られていただろう。
俺は土魔法で周囲の土を操り、木の柵の外側に土壁を出現させる。
同時に、空中に魔力で形成した岩を出現させて飛ばし、オークを貫いた。
この壁の形成や岩の出現は、普通の土魔法士の魔力量だとギリギリ可能な技だ。俺は魔力が多いから、苦でもないけどな。
もろに岩を食らったオーク達が、絶叫をあげる。
「ブゥモォォオー!」
俺は魔力を温存するため、持ってきていた剣を抜く。
これでも領主の息子として、人並以上に剣術は学んでいるのだ。
まずはオークの一体に近づいて、横薙ぎに一閃。続いてアマンダとノーラの所まで走っていき、途中にいた一体を袈裟切りにする。
アマンダは両手剣を振るいながら、俺の動きを見て獰猛な笑みを浮かべていた。
「へえ、けっこう剣を使えるみたいじゃないか。魔法だけと思ったけど、普通に戦えるんだね」
「それはありがとう。お褒めの言葉は戦いが終わってからいただくよ」
「それもそうだな。さっさと片付けてしまおうぜ」
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
全てのオークを倒した頃には、全身汗でビッショリになっていた。アマンダやノーラも肩で息をしている。
そこへオラムがピョンと飛び跳ねてやってきた。ホクホクとした笑顔で俺達を見ている。
「はい。これオークの魔石。全部で二十四個もあったよ」
俺達が息を整えている間に、オラムはオーク達の死体から魔石を抜き取ってくれていたらしい。
魔石というのは、魔物の体内にある力の源のようなもので、高額で換金できる。
というか、はじめの報告ではオーク達の数は十数体のはずだったが、予想以上にいたようだ。
オラムからオークの魔石を受け取ったアマンダは、なぜか俺の所へ持ってきた。
「オーク一体につき金貨一枚が、私達への報酬だろう。だからオークの魔石は全てエクトのものだ。大事に持っておけよ」
そう言ってくれるが、魔石は換金できるので、俺一人だけが貰うのは気が引ける。
「これはアマンダ達が倒したオークの魔石だろう。だから全部は貰えない……そうだな、半分だけ貰うよ」
「そうか。ありがたくいただいておくよ」
アマンダはニヤリと笑って、魔石の半分を受け取った。最初から俺がそう言うのを待っていたんだろう。まったく、冒険者は抜け目がないな。
さて、周囲の危険もないようだし、リンネと馬車を呼ぶことにするか。
「セファー、馬車まで戻って、オークとの戦いが終わったことを、リンネに伝えてほしい。馬車と一緒にここまで戻ってきてくれ」
「わかったわ」
セファーは俺の言葉に頷くと、エメラルドグリーンの長髪をなびかせて走っていった。
とりあえず、村を守るために作った土壁を、元の土へと戻して地面を均しておく。
すると、元々あった木の柵の隙間から、ボーダ村の住人達が俺達を見ているのに気が付いた。
と、アマンダが村人達に聞こえるように、声を響かせる。
「オーク達は全て倒した。新しい領主様の到着だ。さっさと門を開けな」
すぐにボーダ村の門が開き、老人が出てくる。
「ボーダ村の村長をしておりますオンジという者ですじゃ。領主様とはどういうことですかのう?」
「これを」
俺は懐にしまっておいた封書を、村長のオンジに渡す。
父上からのもので、中には俺が新しい領主であることが書かれているはずだ。
オンジは震える手で封書を破り、中の手紙に目を通す。
そして読み終えるなり俺を見て、目を瞑って両手を合わせて拝み始めた。
「領主様じゃ。領主様じゃ。これでこの村も救われますじゃ」
あのー? まだ何もしていないんだけど?
「と、とにかく村の様子を見たいので、案内してもらってもいいですか?」
「もちろんですじゃ。何もない村ですが、ご覧になってください」
丁度リンネとセファーが戻ってきたので、他の『進撃の翼』のメンバーも含め、全員でオンジについて村の中を歩いていく。
ほとんどの家があばら家で、今まで倒れていないのが不思議な有様だった。
村人達は痩せた者が多く、農作物も上手く育っていないようだ。
色々と村中を見て回って、村の中央から少し外れた場所にある広場に到着した。広場といっても、ただ広々とした空地になっているだけで、何かあるわけではないが。
あまり発展していないことは予想通りだったが、問題は、俺が住めそうな家がなかったことだな。
「この広場は空地なんだよな? ここに俺の家を建ててもいいかな?」
俺に質問されたオンジは不思議そうな顔をして深く頷く。
「もちろん、領主様の好きに使っていただいて大丈夫ですじゃ」
許可が出たところでさっそく、俺は魔法で土を移動させ、大きな長方形の穴を掘る。続いて、その長方形の穴の角から、今どかした土を圧縮して作った柱を垂直に建てる。
圧縮した土は、普通の石のような強度になるので、そう簡単に壊れることはない。
そして同じく土を圧縮した梁を水平に組み合わせ、家の骨組みを作っていった。床や壁、天井にあたる部分も、土を板状に圧縮して作っていく。
といっても、強度的に足りない部分もあるので、そのあたりは追い追い、木材で補強しなきゃな。
とにかくこれで、地下一階地上三階建ての家の大枠の出来上がりだ。
最後に、家の敷地を主張するために、それなりに広い庭が作れそうな範囲を塀で囲って……まだ外観だけで中身はスカスカなので、完成には程遠いが、雨がしのげる頑丈な家ができた。
時間にして十五分ほどの作業だろうか。この一軒を建てるのに、けっこう魔力を使ってしまったな。まだまだ余裕はあるけど、こんな土魔法の使い方、俺にしかできないんじゃないだろうか。
自分ではそれなりに満足している。
「さて、これで俺とリンネの家が完成だな」
ふと見れば、リンネは出来上がったばかりの家を見て、手を震わせていた。
「この家に私も住んでいいんですか?」
「ああ、もちろんだよ」
リンネは頬を真っ赤に染め、胸の前で両手を握って感動している。そこまで喜んでもらえるとは思わなかった。
周りを見ると、オンジも、『進撃の翼』の五人も、口をポカーンと開けたまま家を眺めていた。
そして我に戻ったアマンダが、唾を飛ばしながら俺の胸倉を掴んでくる。
「今何をした?」
「自分の家を建てただけだよ。土魔法を使えば簡単さ」
「こんな土魔法の使い方、見たことがないぞ……いや、それより私達の住む所も作ってくれ」
あれ? アマンダがおかしなことを言ってるぞ?
「アマンダ達は俺をここに送り届けるまでの護衛が仕事だろ? ボーダ村に無事に到着したんだから、アマンダ達は依頼達成で、領都に戻るんじゃないのか?」
「グレンデより、エクトのいるボーダ村に残った方が面白いことが起こるって、私の勘がささやくのさ」
アマンダはそう言うが、他のメンバーはグレンデに帰りたいかもしれないじゃないか。
そう思って『進撃の翼』のメンバーの顔を見るが、皆はニコニコと笑って頷いている。
誰もアマンダに反対する者はいないようだ。
「……わかった。俺の家の隣に『進撃の翼』の家も建てよう」
それから同じように、十五分ほどで『進撃の翼』の家を作ったのだが……
気が付けば、いつの間にか集まっていた村人達が、羨ましそうに家を見ていた。
この期待の眼差しは……村人全員の家を建て直すしかないか。
「あー、村人の皆さんの家も、明日から建て直していきますので、それまで待ってくださいね」
「「「やったぁぁあー!」」」
集まってきていた村人達は、喜びの声をあげる。
これだけ喜んでもらえるのなら、早めに家を建てて回りたいな。
オンジはニッコリと笑って村人達に指示を出す。
「領主様が到着された祝いじゃ。外のオークを解体して、今日は肉祭りじゃー」
そうして、俺の歓迎会となるその日の宴は、明け方まで続いたのだった。
第2話 ボーダの鍛冶師
翌日、窓から差し込む朝日を浴びながら、眠い目を擦って体を起こす。何やら家の外から声が聞こえるが……
家具がないので床に寝ていたのだが、いつの間にか毛布がかけられていて、そこに顔を乗せてリンネが寝息を立てていた。
俺が起きたことで目が覚めたのか、リンネが目を開けて、ふわりと微笑んで俺を見る。
「おはようございます、エクト様。今日は寝すぎてしまいましたね」
「ああ、昨日は楽しくて飲みすぎてしまったな」
「そうですね……表から聞こえるこの声は、オラムさんですかね?」
「みたいだな、どうしたんだろう」
起き上がり伸びをしてから玄関に向かうと、オラムが元気にピョンピョンと跳ねていた。
「エクト、家の外装はできたけど、内装がまだでしょ。だから手伝いに来たんだ」
ハーフノームのオラムは土魔法が使える上、手先が器用だという。内装を手伝ってもらえるのはありがたいな。
「ありがとう、助かるよ。ちょうど頼もうと思っていたんだ。それじゃあ、オラムは上の部屋に続く階段や、各部屋の壁なんかを作ってくれないか? 俺は地下と一階、それから厨房を作るよ。何かあったら聞いてくれ」
「わかったよ」
オラムが頷いたところで、俺は土魔法で土を生み出し、玄関ホール部分に積み上げておく。これでオラムも作業がしやすいはずだ。
オラムが二階に行くのを見送って、俺は地下に下りて、サクっと地下室と通路を完成させる。
続いて一階に戻り、厨房を作ることにする。
まずは厨房に二つのかまどを作り、その隣に洗い場や作業台を作った。
家の外側には煙突を作り、かまどの煙が厨房に溜まらないように工夫した。
あとは水だが……毎回外の井戸に汲みに行くのも大変なので、地下水脈がないか探してみる。
土魔法には《地質調査》という、魔力が浸透する範囲でどんな成分の何があるかわかるというものがあり、それを使えば……地下百メートルほどの所に、地下水脈を見つけた。
さっそく土魔法で、地下百メートルまで細い穴を作っていく。
そして地下水脈に辿り着くなり、地下水が噴き出した。これを洗い場の方に繋げて、蛇口をつければ完成だ。
それから、忘れてはいけないのは排水溝だ。こちらはそのまま、壁に穴をあけて洗い場から庭となる部分へと流すことにした。近くに川がありそうなら、そこへ排水できるように水路を作った方がいいかな。
他にも木製の家具など必要なものはまだまだあるが、追い追い揃えていけば良いかと思っていると、オラムが現れた。
「二階、できたよ。必要そうなものも作っておいたから、見にきてよ」
「ありがとう、オラム。もう終わったのか?」
「もちろんだよ。僕はハーフノームだからね。土魔法は得意中の得意さ。内装ぐらいなら簡単だよ」
「俺と同じように、オラムも家を建てることはできるかい?」
「それは無理。エクトの家の作り方って独特なんだもん。真似できないよ」
やはり村の家々の建て直しは、俺一人でやらないといけないようだ。
「でも内装ぐらいなら、簡単に手伝えるから、いつでも声をかけてね」
オラムはそう言って、ニッコリと笑った。
オラムの案内でリンネと一緒に二階へ行くと、既に部屋を仕切る壁などは作り終えたようだった。
廊下の壁に燭台がついていたりと、センスが光っている。
部屋の中に入れば、ベッドの土台になる部分や、机や椅子など、大まかな家具ができていた。
しかもシンプルで武骨なものではなく、装飾が施されている。俺にはこれは作れないな。
隣にいるリンネは、興奮して頬を赤くしている。
「こんなに立派な内装の家に住めるなんて夢のようです」
「オラムのおかげさ。オラム、ありがとうな」
「僕達の家を建ててもらったんだから、そのお礼だよ」
そう言って、オラムは照れたようにはにかんだ。
さて、ここまでやると、風呂が欲しくなってくるな。
「少しやりたいことがある。庭に出るから一緒に来てくれ」
そう言うと、オラムとリンネが不思議そうな顔でついてきた。
俺は地面に手の平を押し当てて《地質調査》を開始する。地下五百メートルの所に源泉を発見した。
このあたりには活火山があるようには見えないが……まあ、温泉に入れるならいいか。
まずは二十メートル四方、深さ八十センチくらいのスペースを掘る。
内側と縁には、土を圧縮して作った疑似的な石や、周囲の地中から集めた岩を敷き詰める。
そして、さっき見つけた源泉まで、土魔法で管を通すように穴をあけていき、地下の源泉を引き上げる。すると熱い源泉が地表まで昇ってきて、乳白の温泉が流れ込んできた。大体、四十度ちょっとくらいだろうか。
それなりのスピードでお湯が上がってくるので、蛇口とかをつけた方がいいかな。
排水のことはまた考える必要があるが……とりあえず、今は溢れた分をキッチンと同じ場所に向かって流れるようにしておけばいいか。
リンネが驚いた顔をして、両手を口に当てている。
「これは……お風呂ですよね?」
「ああ、露天風呂だな。初めて見たか?」
しかし、このままでは周囲から風呂に入っているのが丸見えだ。
というわけで、家の周りの壁を高くしておき、ついでに露天風呂の周囲も簡単に壁で囲う。
「リンネ、俺は風呂へ入る。タオルを持ってきてくれるか?」
「わかりました」
リンネはお辞儀をして、庭から家の中へと入っていった。
その隙に俺はぱぱっと服を脱いで、露天風呂へと飛び込む。実に良い湯加減だ。
すると隣からザブンという音が聞こえ、顔にしぶきがかかる。そちらへ顔を向けると、オラムが露天風呂に入っていた……え!?
「ノームは温泉には目がないんだよ。とってもいい湯だね」
オラムは肩まで湯に浸かって、足を出してチャプチャプさせて楽しんでいる。
温泉が乳白色で助かった――ってそうじゃなくて。
「オラム、お前は女の子だろう。男性と一緒に風呂に入っちゃダメじゃないか」
慌てている俺を、オラムは不思議そうに首を傾げながら見る。
「エクト、何を言ってんの? ノームの村では温泉は混浴だよ!」
なに! そんなことが許されるのか!
オラムがいいなら俺は気にしないようにすればいい……と思うのは簡単だが、つい視線が彼女の方へと向いてしまう。
「エクト、気にしない。気にしない」
オラムはニッコリと笑って、俺の顔に温泉の湯をかけてくるので、俺もすかさず湯をかけ返した。
何だか段々と楽しくなってきたぞ。
「お二人共、すごく楽しそうですね」
突然、隣から声が聞こえたので振り返ると、リンネが俺の隣で温泉に入っていた。
透けそうなほど白い肌に、きれいな鎖骨が浮き出ている。頬がほんのりとピンク色に染まって美しい。湯船には豊かに実った双丘が浮かんでいた……いつの間に入ったんだ?
「リンネさん、なぜ温泉に入っているのかな?」
「私はエクト様の専属メイドです。エクト様のお背中を流そうと思いまして、私も温泉には興味がありましたし」
「俺の背中なんて流さなくていいよ。リンネと一緒に温泉に入るのはさすがにマズいよ」
「オラムさんが良くて、私はダメなんですか? それはどうしてですか?」
まさか正直にリンネを意識してしまうからとは言えないし、何と説明すればいいんだろう。俺はリンネから視線を外して、庭を見ながら狼狽える。
オラムが無邪気に俺に話しかける。
「楽しいんだから混浴でいいじゃん。エクトは考えすぎなんだよ」
「そういう問題じゃない」
俺は混乱しながら露天風呂を出ると、慌ててタオルを腰に巻いて、家の中へと逃げ込んだ。
露天風呂からは、楽しそうにはしゃぐリンネとオラムの声が聞こえてきたのだった。
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