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1巻

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 プロローグ ハズレ属性


 ファルスフォード王国の最南端から西部にかけての辺境を領土とする、グレンリード辺境伯へんきょうはく家。
 その三男として生まれたおれ、エクトは、十五歳になってしばらく経った今日、成人の儀式である『託宣たくせんの儀』を受ける。
 託宣の儀とは、教会において自分固有のスキルを与えられるという、大変ありがたい儀式だ。この国では、よほどの田舎いなかで教会がないとかでもない限り、成人になる男女のほとんどが受けることになっている。
 スキルとは、鍛冶かじや商売などの生活に直結する才能だったり、戦闘に使えるような身体能力を上げるものだったり、属性魔法を扱えるようになるものだったりと、色々なものがある。
 儀式ではその中から一つ、スキルを与えられるのだ。
 特にこの国の貴族の子として重視されるスキルは、属性魔法である。
 魔法スキルの属性は、炎、水、風、土の四属性が基本だ。さらに他にも、持つ者は少ないが光属性ややみ属性も存在する。
 中でも、炎、水、風の三属性の魔法は、騎士や兵士として即戦力になることもあり、ファルスフォード王国の貴族、そして教会で特に重宝されていた。
 俺の生まれたグレンリード辺境伯家は代々、『三属性魔法士』とも呼ばれる、炎、水、風の三属性のどれかのスキルを持つ魔法士を輩出はいしゅつしてきた家系である。
 父であるランド・グレンリード辺境伯、そして兄である長男のベルドも次男のアハトも、当然三属性魔法士だ。
 だから、領都グレンデにある領主の館から教会へと向かう馬車の中、同乗する父上も俺自身も、当然俺は三属性魔法士になるだろうと期待して、窓の外をボーッと眺めていた。
 教会へ着くと、多くの民衆が託宣の儀の見物に来ていた。年に一回の儀式だ、これだけ人が集まるのもうなずける。
 教会の前で馬車が停まり、父上が降りると、教会に群がっていた民衆が静かになる。そして、領主である父上に道をゆずるように、人混みは二つに割れた。
 父上はこちらに振り向き、じっと見つめてくる。

「エクト、わかっているとは思うが、今日はお前にとって重要な日だ。我が家系は、多くの三属性魔法士を輩出している――意味はわかるな?」
「はい、父上の期待を裏切らないようにいたします」

 俺が頷くと、父上はまっすぐに教会へと向かった。
 まぁ、託宣の儀で明らかになるスキルは、自分の意志でどうこうできるものではないんだが……グレンリード家の血を信じて、儀式にのぞむまでだな。
 俺は父上の後ろを追うようにして、教会の中へと進む。
 教会の中では、成人になったばかりの男女が、前方の祭壇さいだんのところにいる神父を先頭に、列を作って並んでいた。
 俺はその最後尾に並んで、自分が呼ばれる順番を待つ。領主の息子という権力を使って、順番に割り込むこともできるが、そこまでする必要はないだろう。
 父上はといえば、教会内に並べられたなが椅子いすの最前列に座って、俺の結果を待っていた。
 儀式の流れはこうだ。
 壇上にある水晶は魔道具で、新成人が右手をかざすことで、神父がスキルを読み取ることができるようになっている。そして読み取ったスキルを、神父が新成人に伝える――それだけだ。
 あっという間に順番は進み、俺の前に並んでいた男子の番になる。
 どうやら彼は鍛冶スキルがあったようで、それを聞くと喜びに目を輝かせて、両親に向かって手を振っていた。服装からして父は鍛冶師なのだろう、壇上から降りて両親の元に駆け寄った彼は、二人に抱きしめられて教会を後にした。
 それを見送った神父が俺に目を向ける。

「エクト・グレンリード君、壇上に登ってきてください」

 俺は緊張きんちょうしつつ、ゆっくりとした足取りで壇上に登って、神父の前に立つ。

「成人、おめでとう。これより託宣の儀を執り行います。水晶の上に手をかざしてください」

 言われるがまま、水晶の上に右手をかざすと、水晶が光り輝き始めた。神父は真剣な顔つきで、水晶の光を読み解いている。
 じきにその輝きが静まると、神父が複雑な顔で俺を見た。

「……エクト・グレンリード君、君のスキルは土属性魔法だ」

 え? 三属性魔法士じゃないのか?
 予想外のことに俺が何も言えないでいると、父上が席から立ち上がり、悲痛な面持ちで神父に語りかけた。

「エクトはグレンリード家の……三属性魔法士を輩出してきた家系の三男だぞ。それが土魔法士とは、間違いではないのか。神父よ、やり直しを要求する」
「グレンリード辺境伯、お気持ちは理解できますが、エクト・グレンリード君のスキルは土属性魔法に間違いなく、何度やっても変わるものではありません。残念ですがあきらめてください」

 神父の言葉を聞いた父上は、今までの威厳いげんがなくなり、力なく席に座った。
 壇上から降りた俺は、無言のまま父上の隣に座る。かける言葉が浮かばないのだ。
 この国においては、炎、水、風の三属性魔法士が優遇される一方で、土魔法士はハズレ扱いされている。
 なぜならば、戦闘で役に立たないと言われているからだ。
 そもそも魔法というのは、体内の魔力を放出し、自然界にある魔素と融合ゆうごうさせることで発動するものである。
 炎、水、風が重宝されているのは、遠距離攻撃や広範囲高威力の攻撃に向くためだ。
 一方土魔法は、魔力を土に変えたり、その辺の土や石に魔力を浸透しんとうさせて操ったり、といった使い方しかできないので、あまり攻撃に向かない……と言われている。しかも、魔力の効率が比較的悪く、相当魔力量がないと、有用な使い方ができない。
 そのせいで、魔法士の中でも土魔法士は馬鹿にされがちなのだ。しかもそれが貴族の息子ともなれば、戦場に出ることもできない役立たずとして、さげすまれること間違いなしだろう。
 父上は席を立つと、顔を真っ赤にして、憤怒ふんぬの形相で俺を見下ろす。

「グレンリードの家名にどろりおって、この面汚つらよごしが。さっさとやしきに帰るぞ」

 父上は俺が席を立つのも待たずに、ズカズカと外へ出て行ってしまった。
 俺は急いで父上の後を追って教会を出るが、儀式を受けるために並んでいた新成人や、教会の中にいた家族は、俺がどんなスキルを手に入れたか、聞こえていただろう。
 となると、グレンリードの三男が土魔法士だといううわさは、あっという間に広がるはずだ。
 ……これで、領都グレンデでの俺の居場所はなくなるんだろうな。


 父上と共に邸に戻ってからすぐに、俺は軟禁なんきん状態になった。
「グレンリード家のはじを外出させるわけにはいかん」と父上からの命令が下ったからだ。
 さらに、今朝まで一緒に食事をとっていた家族とさえ、顔を合わせることを禁じられた。
 その上、さっそく俺のスキルのことが邸内に広まったせいで、使用人達まで俺をあからさまにけるようになっていた。
 流石さすがに食事は用意してくれているようなので、食堂に向かったのだが……
 運が悪いことに、長男のベルドと、次男のアハトが食事をしていた。
 二人とも、俺に気付くと不潔ふけつなものを見るような目を向けてくる。
 ベルドは炎の魔法士で、アハトは風の魔法士だ。二人とも三属性魔法士であることを誇りに思い、それゆえに俺が土の魔法士であることを嫌悪けんおしているようだった。
 ベルドは俺を見ると、顔をゆがませる。

「同じテーブルで食事などできん。自分の立場をわきまえて、時間をずらして食堂に来てほしいものだ」

 今朝から随分ずいぶんな態度の変わりようだ、そんなに土魔法士が嫌か、なんて心の中でつぶやくが、言葉にすることはできない。この家において、土属性魔法士である俺が、三属性魔法士に逆らうことは許されないからだ。
 アハトはといえば、ベルドに注意されている俺を見て、あざけりの表情を浮かべている。

「臭い。臭い。土臭い。せっかくの料理が不味まずくなる。エクト、お前は食堂に来るな」
「……申し訳ありません。改めて出直してきます」

 俺が頭を下げて自室へ戻ろうとすると、まだ料理が残っているのに、ベルド達は席を立った。

「俺達は食事を終えた。お前がいては、料理が不味くなるからな。お前は一人で食事をすればいい。行くぞ、アハト」
「はい、兄上。おいエクト、これからは俺達が食事している時、食堂に顔を出すな。わかったな」
「申し訳ありません。以後、気をつけます」

 俺は二人に丁寧に頭を下げる。その横を、二人は通り抜けて去っていった。
 内心へこみつつ、席に着いた俺の元に、メイドが料理を運んでくる。
 しかしその肩は震えていて、笑いをこらえるような表情を浮かべていた。
 彼女が足早に厨房ちゅうぼうへと戻っていくなり、中から笑い声が聞こえる。
 どうにも居心地が悪く感じた俺は、手早く食事を済ませ、部屋へと戻ることにした。
 しかしその途中でも、すれ違いざまに立ち止まって頭を下げてくるメイド達の肩が震えていることに気が付いてしまい、気分が晴れることはなかった。


 自室へ戻った俺はベッドに座って、安堵あんどのため息をつく。やっぱり一人になれる部屋が一番落ち着くな。
 そのままベッドにゴロンと寝転んで、両手を握ったり広げたりして、ぽつりと呟く。

「ここまで露骨ろこつな態度を取られるなんて、さすがに予想外だったな……土魔法も使いようによっては便利な魔法だと思うんだけど」

 俺は土魔法の有用性を確信していた。
 なぜならば、俺にはこことは違う世界――二十一世紀の日本で生きていた人間の記憶を持っているからだ。
 俺は十歳の時、原因不明の高熱で一週間ほど寝込んだことがあるのだが、その時に日本での記憶を取り戻している。
 それからというもの、いずれ三属性魔法士になった時に、どうスキルを使い、どう領地を発展させていくか、地球での知識が使えないかと色々模索もさくしていたのだが……まさか土魔法士になるなんてな。
 とはいえ、土魔法を有用に使う、この世界の住民には思いつかないであろう方法もいくつか考えてある。血筋のおかげか元々の魔力量も多いし、将来のためにきたえてきているので、土魔法を使うのに十分な魔力もあるのだ。
 どうせしばらく軟禁状態だろうから、もっと色々アイデアを出してみるのもいいかもしれないな。


 ――託宣の儀から半年。
 邸から出ないまま過ごしていた俺はある日、父上に執務室へと呼び出された。
 執務室の扉を開けて中に入ると、机の上の書類を整理していた父上が、手を止めていかめしい顔で俺をにらむ。そういえば、託宣の儀以降、父上の笑顔を見ていない。

「お呼びにより、エクト参りました」

 俺がそう頭を下げると、父上は忌々いまいましげに言い放った。

「お前を、辺境伯領の西端にあるボーダ村の領主に任命する。用意ができ次第、出発しろ」

 ――とうとうこの日が来たか。
 この領都グレンデでは既に、俺が領主の一族であるにもかかわらず土魔法士であることが広まっている。いつか追放されるのではないかと思っていた。
 それにしても、随分と遠い所まで追放されたものだが……このまま領都グレンデに、そしてこの邸にいても笑いものでしかないだろうし、文句は言えないな。殺されなかっただけマシだろう。
 当然、俺に拒否権はない。
 父上は椅子から立ち上がり、顔を真っ赤に染めて、俺を指差す。

「お前のような者はグレンリード家にはいらん。これからはグレンリード家の名を名乗ることも、この家に戻ってくることも許さぬ。ただのエクトとして領主を務めよ」

 別にグレンリードの家名にも未練はないので、俺は淡々と頭を下げる。

「承りました。ボーダ村へおもむきます」
「旅の護衛として冒険者パーティをつけてやる――さあ、部屋から出て行くのだ」

 こうして俺はグレンリード家を追放となった。




 第1話 ボーダ村へ


 三日後の早朝、全ての準備を整えた俺は、邸を出発し、領都グレンデを離れた。
 馬車の中は俺一人で、周囲をBランク冒険者パーティ『進撃しんげきつばさ』の五人が護衛してくれている。
 冒険者のランクは、最初はFでE、D、C、B、Aと上がっていき、数は少ないがその上にSがある。Bランクというのは、かなり優秀な部類だ。
 邸に『進撃の翼』がやってきて自己紹介をされた時、俺は驚いてしまった。
 なぜならば、メンバーが全員女性だったからだ。
 御者ぎょしゃとして馬車を動かしているのは、パーティのリーダーを務めるアマンダ。長身で豊満な双丘そうきゅう、細い腰から臀部でんぶにかけてのラインがなまめかしい、スタイル抜群の赤髪の女性だ。
 馬車の前方でピョンピョンとねながら、馬とたわむれている紫髪むらさきがみの女性は、俺の腰までぐらいしか身長のない、ハーフノームのオラム。
 馬車の扉の横を清楚せいそに歩いているのは、ハーフエルフのセファー。エメラルドグリーンの長髪が風になびいて美しい。
 後方にいるのは、ドリーンとノーラ。
 炎魔法士のドリーンは、黒い外套がいとうのフードを目深まぶかに被って、顔を隠している。挨拶あいさつの時に見えた顔は童顔で可愛らしかったが、それが嫌でフードを被っているみたいだ。
 ドリーンの隣で大楯おおたてを担ぐノーラは、巨人族と人間族のハーフだそうだ。戦闘の時は大楯を持ちタンクとして前衛に立つが、いつもは後方から皆を見守るような立場らしい。
 アマンダが退屈そうに、腕を頭の上で組んでため息をつく。

「あーあ、なんでこんなおぼっちゃんを護衛して、西の辺境まで行かないといけないんだよ。グレンデで遊んでたかったな」

 そんなアマンダに、オラムが振り向いて答えた。

報酬ほうしゅうが良いからって引き受けたのはアマンダじゃん。護衛するだけで一人金貨十枚なんだから文句は言えないよ」

 父上は俺をボーダ村まで護衛するのに、一人金貨十枚も支払ったのか。
 この世界の金貨一枚は、日本円で十万円に相当する。金貨二枚もあれば、一般庶民が一ヵ月間暮らせる。最後は嫌われていた割に、父上も奮発したもんだな……餞別せんべつとか手切れ金とかのつもりだったのかもしれないけど。
 ちなみに俺は出発の準備の時、邸内を家探やさがしして、両親や兄達のへそくりをもらってきた。二度と邸に戻してもらえないのだから、これぐらいの仕返しをしてもいいだろう。
 というわけで、俺の荷物の中にある革袋の中は、金貨十枚分の価値のある大金貨でザクザクだ。辺境で使う機会がどの程度あるかわからないが、資金に困ることはないはずだ。
 今頃、父上達は慌てているんだろうな、と俺は馬車の中で一人ほくそ笑む。
 少し気分転換したくなったので、馬車の窓を開けて外の空気を吸う。とても気持ちがいい。

「アマンダ、ボーダ村までは何日かかるんだ?」
「あんまりれしく話しかけてくるんじゃないよ。私は実力のない男は認めない主義なんだ。坊やは黙って馬車の中へこもってろ」

 実際は準備期間中に調べて知っていたのだが、仲良くなろうと思って聞いてみたところ、アマンダはフンと鼻を鳴らした。
 なるほど、『進撃の翼』は領都を拠点にしているパーティだから、俺が土魔法士であることを知っているんだな。
 となると、これ以上、アマンダに何も聞かない方がいいのだろうか。
 すると前方から、オラムがピョンと馬車の横へやってきて、俺の顔を見てニッコリと笑った。

「ボーダ村へは馬車で片道半月近くかかると思うよ」
「教えてくれてありがとう」
「僕はハーフノームだからさ。同じ土魔法士だから安心して」

 ノームは地属性の妖精ようせいだから、ハーフノームのオラムが土魔法士というのも納得だ。オラムとは友達になれそうだな。
 アマンダがオラムの頭にコツンと軽くこぶしを落とす。

「こらオラム、勝手に坊やと話すな。私はまだ坊やを信用してないし、坊やはただの護衛対象だよ」
「アマンダは頭が固いよね。もっと気楽に考えればいいのに」

 その言葉を聞いたアマンダが、オラムを捕まえようとするが、彼女はスルリとかわして、ニッコリと笑って馬車の前へと走っていった。


 太陽が西にかたむき、森林に隠れようとする頃。街道の少し先で、路肩の窪地くぼちに斜めになって動かなくなっている馬車と、それを囲む山賊さんぞくらしき、馬に乗った人影を発見した。
 あの様子だと、山賊達に襲われ逃げている最中に、路肩の窪地にハマり込んで動けなくなったのだろう。このまま放っておけば山賊達の餌食えじきだ。
 アマンダはといえば、険しい顔で前方の山賊達を見ていた。

「この距離だと、私達の馬車もじきに山賊達に見つけられるね。そうなれば山賊達は襲ってくるだろうし、先制攻撃を仕掛けることにするか」

 アマンダの言葉を聞いた『進撃の翼』のメンバーは臨戦態勢に入る。
 アマンダとノーラが馬車の前を駆け走っていく。オラムとセファーがその後ろにつき、最後尾をドリーンが走る。
 俺も馬車を降りてオラムに並走すると、アマンダが振り向き睨んできた。

「坊やは馬車の中にいな。これは私達の仕事だよ」
「あれを見ろよ。山賊達の数、二十人を超えてるぞ。俺も手伝うよ」
「土魔法士に何ができる。足手まといだよ」
「アマンダに認められるように頑張るさ」

 俺はそう軽く返しながらアマンダの睨みを受け流して、オラムの隣を走る。

「……勝手にしな。そのかわり、危なくなっても助けないからな」

 アマンダはさやから両手剣を抜き、ノーラは背中から取り出した大楯を前に構え、そのまま走り続ける。
 そこでようやく、山賊達が振り返って、俺達の接近に気付いた。

「また来やがったぜ。今日の獲物えものは大漁だな」
「馬鹿な連中だ」

 十人ほどは馬車を取り囲んだまま、残りの山賊達が、馬をひるがえして俺達の方向へ走ってくる。
 俺はすかさず、心の中で《土網どあみ》と唱えた。
 途端に、俺達と山賊達の間の地面が、網状に盛り上がった。一見ただの土だが、魔力が通っているため頑丈だ。
 そして山賊達の馬がそのエリアに差し掛かった瞬間、心の中で《土網移動》と念じると、網状の土が一斉に移動し、足を取られた馬が、次々と転倒していく。
 それを見て、アマンダが両手剣をかざして、皆に号令をかける。

「今だ! 行くぞー!」

 両手剣を握ったアマンダと、大楯を持ったノーラが先ほどまでの勢いをそのままに山賊に突進していく。
 オラムが両手で短剣を投擲とうてきし、セファーが矢を連射する。
 後方でつえを持ったドリーンが炎魔法で空中に《火球かきゅう》を生み出し、山賊達に火を浴びせた。
 俺はといえば、負傷して次々と倒れていく山賊達の手足を地面に埋めて、身動きが取れないように固定していた。もちろん、馬の脚を固定することも忘れない。
 動けない馬車を囲っていた山賊達も味方の危機を知って、慌てて俺達の方へ馬を走らせてきた。
 しかし、アマンダが両手剣で馬を両断し、ノーラが大楯ごと突進することで山賊達を落馬させ、足を止めた。そこにオラムが接近し切りつけ、とどめとばかりにセファーの矢とドリーンの《火球》が降り注ぐ。
 そうして倒れ込んだ山賊全員の手足を土魔法によって固定すると、戦意を喪失した彼らが泣き叫んだ。

「もうやめてくれー! 俺達の負けだー!」
後生ごしょうだー! 命だけは助けてくれー!」

 そんな声を背景に、アマンダはひと暴れしてスッキリしたのか、俺の方を向いてニッコリと笑っている。

「土魔法しか使えないだろうって馬鹿にしすぎていたよ、坊やはなかなかやるじゃないか。気に入った。これから坊やも私達の仲間だ」

 土魔法でも十分に役に立てることを証明したからか、アマンダは俺のことを認めてくれたようだ。これで道中に気まずい思いをしなくてよさそうだ。

「認めてくれてありがとう。もう坊やはやめて、エクトと呼んでくれ」
「わかった。エクト、これからよろしくな」

 アマンダはニッコリと笑みを浮かべて、俺に手を差し伸べてきた。
 もちろん俺も、アマンダの手をしっかりと握りしめる。
 そうして改めて、動けなくなっている馬車に近づくと、馬車の扉が開いて、中背の男性が表へ出てきた。年の頃は三十歳前後だろうか、その男性は丁寧ていねいに頭を下げてくる。

「襲われているところを助けていただき、感謝いたします。私は領都グレンデを中心に商業を営んでいるアルベドと申します」

 アマンダが代表してアルベドに声をかける。

「私達は冒険者パーティ『進撃の翼』だ。このエクトをボーダ村まで送り届けるところでね。通りかかったのは偶然だし、どうせ巻き込まれるだろうから倒しただけさ」
「それでもありがとうございます」

 アルベドが再び頭を下げていると、彼の馬車を点検していたセファーとオラムが、渋い顔をして戻ってきた。

「あの馬車、車軸も車輪も壊れてる。修理するのは無理だよ。この場に放置していくしかないね」

 オラムがお手上げのポーズをとるのを見たアルベドは、一瞬表情を険しくするが、すぐに笑顔でこちらに向き直った。

「できれば、次の街までそちらの馬車に乗せていただくことはできないでしょうか? もちろんお礼はしますので」

 馬車の中は十分に余裕がある。アルベドを乗せていっても別に問題はないだろう。
 むしろ、一人で馬車に乗っているのに飽きていたところだから、同乗者が増えるのは大歓迎だ。

「問題ないよ、馬車の中は俺しか利用していないから。俺の名はエクト、よろしくな」
「エクト……まさか、こんな場所におられるはずはないが、しかし……いえ、よろしくお願いいたします」

 俺の名前を聞いたアルベドが、アゴに手を当てて呟く。しかしすぐに笑みを浮かべると、深くお辞儀をして、動かなくなった馬車へと戻っていった。
 するとすぐに、庶民風の少女が一人、アルベドに連れられて馬車から出てきた。
 栗色くりいろのミディアムヘアが美しい彼女は、俺達を見てお辞儀をする。どうもアルベドの連れらしい。
 アルベドは少女の手を取って、俺達の方へと歩いてくる。

「この娘は私の身の回りの世話をする奴隷どれいメイドで、リンネと申します。私と一緒に次の街までお願いいたします」

 商人ともなれば、身の回りの世話をする奴隷メイドが一人いてもおかしくないか。

「いいですよ。皆で一緒に次の街まで行きましょう」
「おい! ちょっと待て! 俺達はどうなるんだ!」

 俺達の話がまとまったところで、地面に手足を固定されている山賊達が騒ぎ始めた。そういえばこいつらがいることを忘れていたな。
 オラムは山賊達の頭をペシペシとたたきながら、ケラケラと笑って言う。

「皆どうする? このままにしておいても、夜になったら魔獣が現れて、綺麗きれいさっぱり食べてくれるから問題ないと思うけど」
「嫌だー! 魔獣のえさになるのは嫌だー!」

 山賊達は目から涙を流して訴えてくる。オラムの冗談は少しやりすぎだったかな。
 俺が《土縄つちなわ》と念じると、足元の土が盛り上がり、縄状に変化した。こちらも網と同様、魔力を通してあるので頑丈で、ロープとして利用するのに最適だ。


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