アーモンド ~王女とか溺愛とか殺害未遂とか!僅かな前世の記憶しかない私には荷が重すぎます!~

夏笆(なつは)

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八、王女と真実

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「ああ、リーア。よく顔を見せてちょうだい」 

 わたくしをしっかりと抱き留めてくださったお母様が涙声でおっしゃって、わたくしの顔を覗き込む。 

「はい、お母様」 

 それだけでどれほど心配をかけたのかが窺えて、わたくしは胸が苦しくなった。 

「ああ。わたくしのリーア」 

 もう一度深く包み込むように抱き締められて、わたくしは幼子のように甘えてしまう。 

  

 この、懐かしく優しい、わたくしの場所。 

 それは、幾つになっても変わらない。 

「エミリア。父も居るぞ」 

 言葉と共に、お母様ごと抱き締めてくださるお父様も変わらなくて、わたくしの胸が温かさで満ちる。 

「お父様」 

「リーア。体調はどうなの?記憶が無いと聞いていたのだけれど、わたくし達のことが分かるの?」 

 お父様とお母様のことをきちんと把握して呼んだからだろう、お母様が不思議そうな顔でわたくしを見た。 

「はい、お母様。身体は、もうすっかり元気です。魔力も元通りになりました。そして分かります、わたくし。お母様が」 

 今ならはっきりと言える。 

 わたくしは、エミリア・アールグレーン。 

 フレデリク様の妻、アールグレーン公爵夫人にして、この国の王女であると。 

「そうか。記憶も取り戻していたのか。良かった」 

 ほっとしつつも少し棘のあるお父様の言葉に、わたくしは少々、苦い笑みを零した。 

 わたくしの記憶が先ほどまで無かったのは紛れも無い真実であるのに、フレデリク様の手落ち、報告怠慢と言われてしまっては、あんまりというものである。 

「ご連絡がいっていませんよね。実は、思い出したのは今なのです」 

「「今?」」 

「はい」 

 両親の訝しむ声に、然もありなんと思いつつ、わたくしは頷きを返す。 

「エミィ。本当にすべて思い出したのか?僕のことも?」 

 そんなわたくしに、フレデリク様が不安そうな瞳を向けた。 

「ええ、思い出しましたわ。フレデリク様・・・いいえ、フレッド」 

 にっこりと微笑み、心込めて呼び慣れた愛称を口にすれば、泣き笑いの表情になったフレッドが、感極まってわたくしを抱き締めようとして。 

「では、ゆっくり話をしようかリーア。久しぶりに、リーアの淹れた茶が飲みたい。部屋に案内してくれるか?」 

 含みのある笑みを浮かべたお父様に阻まれた。 

  

  

 

「それで?何故、暗殺者を屋敷内へ取り込むことになったのだ?アールグレーン公爵」 

 当初の予定の応接室でわたくしは今、お父様とお母様に挟まれて座っている。 

 わたくしの正面には、フレッド。 

 これが、両親とわたくし達が話す時の、いつもの定位置。 

『もう婚姻したのだから、僕とエミィが並んで座り、その向かいに両陛下というのが普通ではないだろうか』 

 フレッドは、よくそう言って嘆いていたけれど、今はそのような様子をおくびにも出さず、神妙な顔つきでお父様を見返している。 

「はい。実行犯である侍女は、身内を人質に取り込まれての犯行でしたが、連絡係の侍従は、本来雇用する筈だった者に成りすました残党でした。見抜けず、結果エミリアを危険に晒すこととなった事態、誠に申し訳ありませんでした」 

 立ち上がり、深く礼をしたフレッドに倣い、わたくしも立ち上がって両親へ向かうように立ち直し、深く膝を折り頭を下げた。 

 これは、アールグレーン公爵夫妻としての不手際の謝罪。 

「ふたり共、座りなさい」 

 大きく息を吐いたお父様にもう一度深く礼をして、今度はフレッドの隣に座ろうとしたわたくしを、お母様が笑顔で招いた。 

「リーアはこちらでしょう?」 

  

 ごめんなさい、フレッド。 

 やはり、席は変えられないようです。 

 

 わたくしがフレッドの隣に座ろうとしたことで、その口元に僅かに浮かんだ笑みが消えたフレッドに心の中で謝罪して、わたくしは元の位置、お父様とお母様の間に座る。 

「しかし、真相究明から解決まで、異例の速さではあったな」 

「それは、エミリアのお蔭です」 

「それももちろんあるだろう。だが、君の機動力の素晴らしさは目を瞠るものがあった」 

「畏れ入ります」 

 既に書簡、もしくは直接の報告で遣り取りが成されているのだろうふたりの会話を聞きながら、わたくしもまた、フレッドから聞いた話を思い出す。 

 コーラから無事に毒を取り上げ、フレッドが騎士達を率いて邸を出立した、あの後。 

 まずフレッドは、二手に分かれた部隊の片方を直接指揮しながらもう片方の指揮も間接的に執り、囚われていたコーラの妹の救出と、黒幕の残党の本部の根城の洗い出しを同時に成功させたのだという。 

 そしてその後、今回の毒を用いての暗殺未遂を企てた組織が、王城帰りのわたくしとフレッドを襲撃した組織と同一、つまり同じ黒幕に繋がっていることを明らかにした。 

 その黒幕は、フレッドの予想通り元側妃ブリット様とその兄ヨーラン、そして、ふたりの子であるイェルド。 

 

 三人とも、王位に執着していたもの。 

 囚人の塔に入れられて尚、諦められなかったのでしょうね。 

 

『女のくせに、王位を欲するなど強欲ですな』 

『金色の髪だからって偉そうにしないでちょうだい』 

『女のくせに賢いなんて、それだけで欠陥品だ』 

 顔を合わせる度、言われた言葉を思い返して、わたくしはため息を吐きたくなった。 

 幼稚な発言、そちらこそが不条理と割り切ったつもりでも、言葉の棘は胸に刺さる。 

  

 それに、お母様の事も貶めて。 

 あれは、本当に不快だったわ。 

 

 お母様のことを石女うまずめ呼ばわりしたり、ブリット様の方が美しいと言ったり、本当に嫌だったと、わたくしは思わず眉間にしわを寄せそうになって、慌てて堪えた。 

 

 いけない。 

 フレッドが前に居るのに。 

 

 けれど、思った時には遅かったらしく、フレッドが意味深に笑っている。 

「それにしても凄い執念ですね。囚人の塔に入れられて尚、残党を指揮するなんて」 

 わざとらしく意識を逸らして言えば、フレッドも表情を改めて頷いてくれた。 

「本当に。しかしこれで完全に殲滅出来たからな。もう二度と、何も出来はしないだろう」 

「ああ。漸くだ。それについては、フレデリク。礼を言う」 

「一国の王が頭を下げるなど、おやめください」 

 今度はお父様がフレッドに頭を下げ、フレッドが慌てて止める。 

「フレッド。ひとつ聞きたいのだけれど、いいかしら?」 

「もちろん。何かな?エミィ」 

 フレッドに了解をもらい、わたくしは先ほどの話で気になったことを口にした。 

「先ほど、邸に入り込んでいた連絡係は、雇用予定の侍従に成りすましていた、と言っていたでしょう?その本当の侍従になる筈だった者は、無事でしたの?」 

「ああ、監禁されていた。奴隷として売り飛ばすつもりだったようだな。他にも被害者が居て、共に救出した」 

「それは。良かったですけれど、またひとつ別の犯罪があったということですね」 

「そうだな。人さらいまでしていたとは驚きだが、それが資金源だったのだろう」 

「では、その前にも被害者が?」 

「今、調査中だ。確認でき次第、尊厳を戻せるように対処する」 

「わたくしにも、お手伝いさせてくださいませ」 

「期待している」 

 甘いだけではない、務めを背負ってのフレッドとの対等な会話。 

 それが、書類仕事という安全圏での仕事だからだとしても、わたくしはとても嬉しい。 

 フレッドの隣に立てる喜び。 

 

 これで、危険な現場でも『期待している』と言って連れて行ってくれると、もっといいのだけれど。 

 

 思えばフレッドは、今回の捕り物のためにこの数日ずっと動き回っていて、漸く今朝方帰って来たばかり。 

 そうして、少し眠ったと思ったら、わたくしと庭で過ごしたいと言い出して、それからの今だから、と思い至って、わたくしはフレッドの目の下の隈をじっと見つめた。 

「どうした?いい男過ぎて見惚れたか?」 

「ええ。それはもう」 

「エミィ」 

 頷くわたくしにフレッドが手を伸ばして、お父様がわざとらしい咳払いをする。 

 そしてお母様が、わたくしの手をそっと握って微笑みを浮かべ、その麗しい表情とは裏腹に、物騒な言葉を零す。 

「このふたり、本気で剣を交えたら、どちらが勝つかしら」 

「それは分かりませんが、この中で一番強いのはお母様で決まりでしょう」 

 戻って来たわたくしの場所。 

 そこでわたくしも微笑みを浮かべて、いつものようにそう言った。 

 

 
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