アーモンド ~王女とか溺愛とか殺害未遂とか!僅かな前世の記憶しかない私には荷が重すぎます!~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
28 / 32

七、記憶 3

しおりを挟む
 

 

 

「さ、エミィ。支度をして、応接室に急ごうか。きっと、やきもきしていらっしゃるだろうから」 

「あ、はい。そうですね」 

 フレデリク様の言葉の意味が気になって、思わず考え込んでしまった私を、フレデリク様が苦笑して見ている。 

「でも『約束破ったら、一日部屋から出さないぞ』っていう、言葉の意味を考えてくれるのは嬉しい」 

 かと思えば、本当に嬉しそうに笑いながらそんなことをさらりと言って私の髪を指で掬う。 

「ならば、教えてください」 

「うーん。どうしようかな」 

「やっぱり意地悪です」 

 おかしみの籠った瞳で見られ、私はぷくっと膨れて横を向いた。 

「そんな顔しても可愛いだけだ、って」 

 その頬をつんつんとつつかれ、避けようと身体を捻りながらも邸へと急ぎ向かっていた私は、急に立ち止まったフレデリク様を避け切れず、そのままぶつかってしまう。 

「っ・・・ごめんなさい!」 

「いや、僕こそごめん。でも、あそこ」 

 衝撃でふらついた私を危なげなく抱き留めて、フレデリク様が邸から庭へと出るテラス付近を苦笑いしながら見た。 

「テラスに何か・・・って。あれは」 

 そこには、数人の人が固まりのようになって歩いていて、どうやら庭へ出ようとしているのだと知れる。 

 今、この状況で庭へ来ようとしている客人といえば、該当するのはひと組みしかいない。 

「まさか」 

「待ちきれなかったみたいだね」 

 私は呆然と呟いてしまうも、フレデリク様は然程意外でもなかったようで、特に驚くことなく出迎える体勢になっている。 

 見えるのは、太陽を溶かし込んだような見事な金色の髪の男性と、その少し後ろを歩いている銀色の髪が美しい女性。 

 誰に聞かずとも分かる。 

 あのおふたりが、国王陛下と王妃陛下。 

 気づくと同時、私もおふたりを迎える体勢を整え、より近づく姿を見て、固まった。 

「あ」 

「エミィ。どうかした?」 

 突然目を見開いて硬直した私を、フレデリク様が心配そうに呼ぶ。 

「・・・お母様」 

「え?エミィ」 

「エミリア!リーア!」 

「お母様!」 

 そして銀色の髪の女性の表情がはっきり分かった時、私はそう叫ぶように呼んで走り出していた。 

  

『おかあさまのかみ、とってもきれい』 

『まあ、ありがとう!リーアの髪も、とてもきれいよ』 

『うさぎさん、して?』 

『ええ。可愛いうさぎさんにしましょうね』 

 

 

『エミリア。フォークの持ち方、忘れてしまったの?』 

『あ、ごめんなさい。うまくつかえなくて』 

『それなら少し見ていて。このお料理の時は、こうして、こうするの。はい、やってごらんなさい』 

『はい・・・あ、できた!』 

『ふふ。とっても上手よ、リーア』 

『おかあさまがたべていると、すごくおいしそう』 

『作法って素敵なのよ。ひとに不快感を与えることなく、みんなで美味しくお食事がいただけるの』 

『まほうみたい』 

『そうね。リーアの魔法は、とても素敵だものね』 

 

『おかあさま、おでかけ?』 

『そうよ。今日は街でお買い物をして、それからお茶もしましょうね』 

『はい!』 

 

『エミリア。いついかなる時も、凛と美しくありなさい』 

 

 溢れる光のなかで、お母様が笑う。 

 厳しくて、ドレスの裾の捌き方ひとつ取っても妥協無く出来るまで躾けられた。 

 普段からの行動が、いざという時に出てしまうとも言われ、学びの席では甘えることなど言語道断だった。 

 でも、それがお母様の愛だと、初めてひとりで茶会へ出た時に思い知った。 

 そこでは、私の一挙手一投足を見られていてとても緊張したけれど、お母様の教えのお蔭で少し経つと『流石、国王陛下と王妃陛下のお子様だ』という声でいっぱいになった。 

 

 わたくし次第で、周りも変わる。 

 

 そう自覚したからか、いつの頃からか、私は人前では気負うことなく背筋を伸ばしていられるようになった。 

『いついかなる時も、凛と美しく』 

 お母様の言うそれは、顔の美醜などではない。 

 誇り高く、けれど尊大になどならないよう、お母様はいつだって私を見守ってくれた。 

 街へもよく私を連れて行って、色々な人々の暮らしぶりを見せてくれたりもした。 

 それらはすべて、やがてこの国を背負い立つ私のために為されたこと。 

 

 でも、街のカフェで暗殺者に襲われた時が、やっぱり一番凄かったわよね。 

 

 客に成りすまして近づこうとした暗殺者が暗器を取り出すより早く、ケーキナイフを投げつけて事なきを得てしまったお母様。 

 その後は、護衛騎士を自ら指揮して、その時の黒幕ごと捕らえてしまった。 

 しっとりと美しい王妃なのに、智力にも武力にも長けていて、私もお母様のようになりたかったのに、武の才はからきしだった。 

『何を言っているの。素晴らしい魔法の使い手さんが』 

 武の才がまったくないと落ち込む私を、そう言って揶揄ったお母様。 

 

「お母様!」 

「リーア!」 

 そして私は、溢れる光のなか、お母様の胸へと飛び込んだ。 

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】 王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。 しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。 「君は俺と結婚したんだ」 「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」 目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。 どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

この罰は永遠に

豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」 「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」 「……ふうん」 その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。 なろう様でも公開中です。

王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…

ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。 王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。 それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。 貧しかった少女は番に愛されそして……え?

竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました

七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。  「お前は俺のものだろ?」  次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー! ※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。 ※全60話程度で完結の予定です。 ※いいね&お気に入り登録励みになります!

処理中です...