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七、記憶 1
しおりを挟む「ああ。癒される」
「フレデリク様。お疲れなのですから、きちんとお部屋でお休みになられた方が」
「ここがいい」
優しい陽射しが降り注ぐ庭で、気持ちよさげに目を瞑るフレデリク様。
その表情は、本当に寛いでいるようで喜ばしいのだけれど、本当にこれでいいのだろうかと私は周りを見渡してしまう。
今フレデリク様が横になっているのは、庭に敷いた敷物の上。
そしてその頭は、同じく敷物の上に座った私の膝に乗せられている。
フレデリク様たっての希望でこの状態になったのではあるけれど、この数日、満足に眠る時間も取れないほど忙しくしていたのを知っている私としては、きちんと部屋で休んで欲しい。
そう思って辺りを見回すも、侍女さん達も護衛さん達も微笑ましく見守ってくれるばかりで、援護は期待できそうもない。
「ああ。本当に気持ちがいい」
「確かに。心地いい陽射しですね」
確かに今日は日向ぼっこに最適な陽気で、とても気持ちがいい。
油断していると、とろんと瞼が落ちてきそうなほど。
「ああ。エミィの膝枕、というのも最高だ」
「っ・・・気に入ったのなら、そのまま眠ってしまっていいですよ」
うっとりとした表情で、心底気持ちよさそうに目を瞑っているフレデリク様。
その整った顔を上から見るという、常には無い体験に戸惑いつつも見惚れていると思いがけない発言が聞こえて、私は火が点いたように全身が熱くなった。
私の膝枕が最高?
最高なのは、フレデリク様のお顔では?
思えば、膝に乗っているフレデリク様の頭の重さ、僅かに触れる肩から感じる体温にさえ意識してしまって、自分が真っ赤になるのが分かる。
それでも、目を瞑っているフレデリク様には見られないのだから、といつもなら気まずく逸らせてしまう視線もそのままに、私はフレデリク様を見つめたまま赤味がかった金色の髪を梳く。
「ああ、ほんとに心地いい。確かにこのまま眠ったら、凄くいい夢が見られそうだな。でも、そんな勿体ないことしたくない」
「もったいない、ですか?」
「うん。凄く勿体ない。国家的損失に匹敵するくらい」
「またそんな、冗談を」
「冗談なんかじゃないよ。僕にとっては、本当にそう」
薄目を開けて、心底幸せそうに微笑むフレデリク様を見つめていると、私まで幸せな気持ちが溢れて、ぽかぽかと胸が温かくなる。
「それにしても、フレデリク様は本当に凄いのですね。あんなに早く、すべてを解決させるなんて」
「見直した?」
言われて、私は首を捻った。
「記憶が無いのにおかしいのかも知れませんが。フレデリク様が凄いことは何となく分かっていましたから、見直した、というのは少し違うかと」
「じゃあ、惚れ直した?」
「っ・・・それ、も記憶の無い私には難しい質問です」
「そっか。今のエミィから見てはどう?僕が夫というのに嫌悪感は?」
「まさか。皆無です」
そのようなものは微塵も無いと言えば、フレデリク様が真顔になった。
「それなら、寝室のことだけれど。そろそろ戻って来る気はないかい?エミィ」
「寝室、ですか?戻るとは?」
意味がよく分からず首を傾げてしまってから、私は、それがフレデリク様の部屋へ戻ろうという合図の言葉なのでは、と予測が付いた。
「エミィ?」
けれど、戻るのならば、とフレデリク様に掛けていたブランケットにそっと手を伸ばした私を、フレデリク様が不思議そうな目で見あげてくる。
「お部屋に戻られるのでしょう?夕食まで、お休みになるといいと思います。眠れなくとも、ベッドでゆっくりされるだけでも」
「違うよ、エミィ。今のは、部屋に戻ろうという意味じゃない」
「え?では、どういう」
「夫婦の寝室。僕達ふたりの寝室に戻って来て、ってことだよ」
「夫婦の、寝室」
言われ、私は呆然と呟いた。
その響きに少しの羞恥は感じるものの、何と言うか、当たり前という感覚が強い。
どこにある部屋なのか、そもそもそんな部屋があること自体、知らなかったのに。
変な感じ。
思う私に、フレデリク様が大きく頷く。
「そうだよ。結婚してからずっと一緒の寝室を使っていたから、今僕は寂しさの限界なんだ」
「フレデリク様は今も、その、ふう・・ふたりの寝室にお休みなのですか?」
どうしても夫婦の寝室と言えず誤魔化すように言えば、フレデリク様の目に揶揄いの色が宿った。
「夫婦の寝室って言うの、恥ずかしい?エミィ」
「っ・・・そこは、聞き逃してください。おかしいですよね。耳で聞く分には普通のことな気がするのに、自分で言うのは恥ずかしいです」
茶化すように言われ、自分でもおかしいと思いながら答えれば、フレデリク様が嬉しそうに笑った。
「エミィはいつもそうだったよ。使用人や僕がその言葉を口にしても平気なのに、自分で言うと恥ずかしそうになって。可愛いのは、変わらないね」
つんつんとつつかれる頬が熱い。
「そ、それで、どうなのですか?フレデリク様は、今もそちらでお休みなのですか?」
「ううん。僕も今は自室で休んでいるよ。エミィが居ないあの部屋にひとりは、耐えられない」
「っ」
想像以上、深刻な表情で言われ、私は思わず息を飲んだ。
「今エミィが使っている寝室は、エミィ個人の寝室。そして僕が使っているのは、僕個人の寝室。お互い、個人の寝室を使うのは結婚以来初めてのことなんだよ。それがこんなに長くなってしまって、僕は哀しい」
「・・・フレデリク様」
「一応、何かあって夫婦の寝室が使えない場合のために、って個人の寝室も用意したけど、こんなことなら要らなかったかな、と思っているんだ。そうしたら、エミィとこんなに離れなくて済んだのに」
「でも、そうしたらフレデリク様に多大な迷惑がかかりました。私は、目覚めるまでにも時間がかかったのでしょう?」
生死の境を彷徨ったという私に、もし個人の寝室が無かったらと考える方が恐ろしいと私は思う。
「だからこそ、だよ。ずっと付きっ切りでいたかったのに、目が覚めてからはそれも出来ない」
「充分、傍に居てくださったと思いますが」
「夜、一緒に眠れないのは嫌だ」
まるで子どものように言って、フレデリク様が私の手を掴んだ。
「いつも、こんな風に手を繋いで寝ていたんだよ。それか、僕がエミィを抱き締めて」
「っ・・・・・覚えていなくて、すみません」
「覚えていなくとも、戻って来てくれる?」
期待の籠った目で見つめられて、私は自分の耳がどんどん熱くなるのを感じる。
「そ、そんな状況で、今の私が眠れると思えません。心臓が爆発する予感がします」
「心臓が爆発、ってエミィ」
思わず、といったように吹き出したフレデリク様が手を伸ばし、そっと私の頬に触れた。
「だって本当なのです。今、この状況だって恥ずかしいのに」
「じゃあ、慣れよう。大丈夫、記憶を失う前のエミィだって、そうやって恥ずかしがっていたから」
大丈夫だよ、と重ねて言われ、一体何が大丈夫なのかよく分からないままに、私はこくりと頷いていた。
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