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六、王女と毒 4
しおりを挟むもう絶対に、黙っていよう。
私は、固くそう心に誓う。
「君には残念なことだろうが、私は立場柄、毒物にも薬物にも詳しくてね。当然、薬としてのシクータも、毒としてのシクータも、幾度も目にしたことがある」
「っ」
冷たいフレデリク様の声と視線が、鋭くコーラに突き刺さる。
凄い。
強烈。
フレデリク様が『私』って言うと、迫力と凄みで切り刻まれたうえ凍り付きそう。
私に向けられた威圧ではないのに、私までどきどきして口が乾いてしまうほど、この場の緊張感が凄い。
「そして私は、エミリアを害する者を許しはしない。貴様が今ここに居られるのは、エミリアの温情だ。それが無ければ即座に拷問にかけ、黒幕を吐かせていた。だがエミリアは、貴様にはこの計画に加担した理由があると言ってきかない。望んでの犯行などではない、と。もしその信頼を踏みにじるならば、一族郎党死ぬより辛い目に遭うと思え」
「それはっ。それだけはお許しください!」
ぎろりと睨みつけられ、コーラは敷物に額を擦り付けるようにして懇願した。
「これだけの事をしておいて、そのような陳情が罷り通ると思うなど、言語道断。まずは貴様から、じっくりと痛みを味わわせてやろう。まずは、そうだな。爪を一枚ずつ失うか、指を一本ずつ関節ごとに失う方がましか。選ばせてやろう」
言いながら、フレデリク様がすらりと抜いた剣が光り、私は思わずコーラの前に出た。
「正直に言って!コーラ!そうしたら助けられるって、フレデリク様はおっしゃっているのよ!」
黙っていられなくなって言った私を、コーラは絶望の瞳で見る。
「コーラ!どのみち死ぬのなら、言いたいことを言ってからにすればいいのよ!実行犯なんて、そもそも割に合わないのが相場なのに、無理矢理なんて更にじゃないの!それを全部言葉にすればいいのよ!」
そうよ。
ひとに全部押し付けて、高みの見物なんて許せないとか、ひとの大事な妹に何してくれちゃってるの、とか!
ぶつけちゃって!
コーラ!
「・・・私は、エミリア様をお慕いしています。それは嘘偽りない真実です。お仕えできることに喜びを感じていました。エミリア様が信頼してくださっていて、とても嬉しいです」
「え?」
コーラの恨み辛みを全部受け止めるつもりだと言いたかったのに上手く言葉にできず、支離滅裂な言葉で無理難題を強いた私に、コーラは静かにそう言った。
そこには、私に対する確かな情と信頼がある。
「コーラ。ならば教えて。どうして、こんなことをしたの?」
「そうしなければ、殺すと言われました」
「脅されたのね。でも、安心なさい。コーラの身は必ず」
「違うのです・・っ。対象は私ではなく、妹なのです。私自身なら、このようなこと絶対にしませんでした。けれど、人質に取られたのは大切な妹で・・・私は、エミリア様への忠誠よりも、妹の命を選んでしまいました」
静かに語るコーラが痛々しい。
その道を選ぶに至るまでの葛藤が見えるだけに、尚のこと。
「人質・・・それは、妹さんが拐かされたということ?」
「はい。両親から、妹が攫われたと連絡があって。それからすぐに、ローブで深く顔を隠した男が接触して来ました。『エミリア様に毒を盛れば妹は無傷で帰す』と」
「この邸内で?」
「いいえ。買い物に出た際、声を掛けられて。その時に毒も渡されました」
「口のなかにも毒を含んでいたのは?」
「エミリア様がこと切れるのを確認したら、私もそれを噛むようにとの指示でした」
「分かったわ。話ししてくれてありがとう」
そう言って私が立ち上がると、今度はフレデリク様が問いかける。
「その男が、妹を攫った相手だと認定した理由は?まさか、何の確証も無いわけではないよな?」
「りぼんです。祖母が編む独特のレース編みで、妹の名も編み込んであるものです。いなくなった当日も身に着けていたと、両親に確認もしました。それを、その男が有していたのです」
はっきりとしたコーラの答えに、フレデリク様が満足そうに頷いた。
「分かった。最後に妹が目撃された場所は何処だ?それから妹の年齢、髪と瞳の色、当日の服装、その他何か特徴があれば教えろ」
すっかりと捜査官、騎士の顔となったフレデリク様が、頼もしく凛々しい。
私もしっかりお役に立たないと。
思い、そのためにも素早く支度をしなければと動き出しながら、私はフレデリク様が雄々しく並び立つ騎士の面々に向き合う凛々しい姿を目に焼き付け、張りのある声を耳に沁み通らせる。
「皆も聞いた通り、この事件には誘拐も絡んでいる。そしてすべての黒幕は、件の残党の可能性が非常に高い。これを機に奴等を今度こそ殲滅し、二度と立ち上がれないようにする。まずは、邸内に居た連絡係を捕らえた部隊と合流し、被害者の救出と敵本体の潜伏場所の限定を急げ!」
「はっ」
フレデリク様の檄に答える声が、見事にひとつとなって重なる。
その見事さに惚れ惚れしながら、私はコーラにそっと声をかけた。
「妹さんのことは、私達が全力で捜索しますからね」
言いつつ私は、着替えのために続きの部屋へと移動しようとして、フレデリク様に声を掛けられる。
「エミィ、何処へ行く?見送ってはくれないのか?」
「フレデリク様こそ、何を言っているのです?一緒に行くのに見送りなど・・・あ、フレデリク様と私は別働ですか?」
純粋に疑問に思った私がそう問えば、フレデリク様の眉間に谷の如く深いしわが寄った。
「もしかして、エミィも行くつもりなのか?」
「はい、もちろん」
私の感覚ではそれが当然なのだけれど、フレデリク様の顔が険しい。
「え?私も一緒に行くのですよね?」
「そんなわけないだろう!」
「ひょっ」
行くのが当然、当たり前、とフレデリク様の態度を怪訝に思っていると、部屋中の調度が揺れるほどの怒号が響き渡った。
なっ、なっ、なっ。
余りのことに心臓がばくばくし、血液が流れる音さえ聞こえて来る。
「君を殺そうとした連中の所へ乗り込むんだぞ!?一緒になど行くわけないだろうが!」
慣れないフレデリク様の怒号に奇妙な声を発してしまった私は、暴れる心臓が収まらないままに目を吊り上げて言われ、それでも怖いもの見たさのようにフレデリク様から目が離せない。
「で、でも、さっき見えた赤い点滅。あれって、探知の魔法ですよね?つまりもう充分に快復した証なのではないかと」
言った瞬間、フレデリク様の顔色が変わった。
「探知?エミィ、記憶が戻ったのか?」
「全部ではありません。さきほどのフレデリク様の怒号を聞いたら、何故かそれだけ思い出しました。無意識で探知していたのですね、私」
「そうか」
私の肩に両手を置き、期待に満ちた目で見ていたフレデリク様が静かに言った声にも瞳にも、残念さが滲む。
「すみません。ですが、やれば出来ると思うのです。ですので連れて行ってください。別動隊との合流完了までに支度を間に合わせますから」
「着替えなどしなくていい。君は、このままここで待機だ」
「フレデリク様」
「そんな顔をしても駄目だ。君は、ここで、待機」
一語一語区切るようにはっきり言われ、その強い瞳に晒されて私は白旗をあげた。
「・・・・・分かりました。お時間取らせてすみません。コーラの妹さんのこと、よろしくお願いします」
「ああ。黒幕も殲滅して、今度こそ遺恨のすべてを絶って来る」
「ご武運を」
凛々しく言うフレデリク様に膝を折って言えば、フレデリク様が私の額に唇を落とす。
「行って来る」
それは、戦地へ行く騎士が旅立ちの際に妻と交わす再会の約束。
思い出しもしないまま、無意識にその行動を取った私を優しく抱擁し、フレデリク様は騎士のマントを翻して出立した。
「はあ。記憶があったら、一緒に行けたのに」
「真、エミリア様はご記憶が無くとも変わられませんね」
その後、バルコニーからフレデリク様達を見送った私がそう言えば、後ろで控えていたバートが即座にそう言った。
「どういうこと?」
振り返り見れば、バートだけでなくアデラも、それから他にその場に居た使用人全員も同意するように大きく頷いている。
「そのままの意味でございますよ。さあ、エミリア様はお眠りに」
「私だけ眠るなんて、出来ないわよ」
今私が見下ろす門へと続く道には、篝火が焚かれ、邸内と言わず、屋敷内すべてが厳重な警備体制となっている。
しかも、フレデリク様は騎士達を率いて黒幕の殲滅、コーラの妹さんの救出に向かっている、今のこの状況。
そんななか、ひとり呑気に寝ていられるほど私の神経は太くないと、バートに向かって苦笑してしまう。
「ではせめて、お部屋に」
「分かったわ」
アデラに言われ、私は部屋に戻った。
コーラ。
先ほどまで縄打たれてその場に跪いていたコーラは今、騎士に連行されてここには居ない。
『ありがとうございます。エミリア様』
去り際に言われたコーラの言葉が、鮮明によみがえる。
どうか、みんな無事でありますように。
込み上げる不安を拭えないまま、私もまた、眠れぬ夜を過ごした。
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