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六、王女と毒 2
しおりを挟むさっきまでなかった、わよね?
突如として現れた赤い点滅が俄かには信じられず、私は一度目を閉じて再び開き、を三度ほど繰り返した。
それでも、そこに見える点滅。
コーラの口のなかと胸元に見える、というのが肝なのかしら?
だとしたら・・・っ、もしかして!?
はっとして立ち上がった私は、コーラがその赤く点滅する何かを紅茶のカップに入れようとして、ぶるぶると震える手を、もう片方の手で抑えているのを見た瞬間、叫んだ。
「コーラ!口のなかのそれを吐き出して!早く!」
私のカップに入れようとしている何かと、コーラの口のなかの何か。
それらふたつの考えられる共通点は、毒。
『エミィ!何があった!?』
私の叫びにいち早くフレデリク様が反応してくれる一方、目の前のコーラは固まってしまい、青ざめ引き攣った顔で私を見るばかり。
「コーラ!いいから早く吐き出して!それ、”毒”なのでしょう!?”毒”を口のなかに仕込むなんて、なんてこと!危なすぎるわ!”毒”は危険な物なのよ!」
『エミィ!すぐ行く!』
「フレデリク様!お願いします!」
「あ・・あ・・な・・」
既に普通にフレデリク様に答えてしまいながら、私はがくがくと震えているコーラへと手を伸ばした。
「いいから吐き出しなさい!」
「エミィ!」
「早く吐き出すのよ!早く!」
ばたんっ、と物凄い勢いで扉が開き、フレデリク様が最速で駆け寄って来るのを横目で見ながら、私はコーラに飛び付くようにして無理矢理口を開かせ、そのなかで赤く点滅するものを見つけると、遠慮容赦なく取り出した。
今度は私の手のひらで、それが赤く点滅する。
はあ・・・はあ。
これでコーラの自害は回避、出来たわよね?
「あ・・・あああ・・」
息があがりながらも、手のひらのそれに私が安堵した瞬間、コーラの身体から力が抜け、その場にずるずると座り込んでしまった。
「コーラ!」
咄嗟に支えようとするも、私の力などまったく役に立たず、コーラもろとも倒れそうになった所を強い腕に引きあげられ、引き寄せられる。
「エミィ!無事か!?」
「私は大丈夫です、フレデリク様。ありがとうございます」
すぐさま私を抱き込んだフレデリク様は、護衛騎士に指示をしてコーラを捕らえさせながら、私の腕を擦り覗き込むように顔色を見て、どこにも怪我がないことを確認する。
「ああ・・本当に良かった。君を囮にすると決めた時に覚悟はしていた筈なのに、甘かった。エミィの切羽詰まった声を聞いたら、肝が冷えた」
そして、私をソファに座らせてくれたフレデリク様は、その私の前に跪き、両手を握ってぬくもりを確かめるかのように目を閉じた。
「すみません。ですが、何となく私の絶体絶命の危機という感じではないと分かったのでは?」
何と言っても、突撃の合図となる”毒”という言葉を使ったのは、コーラに吐き出せと言いながらなのだ。
しかも”毒””毒”と連呼した。
我ながら、余り賢い言葉遣いとは思えない。
「それはもちろん通じたけれど。でもね。それとこれとは別だよ、エミィ。何と言っても、僕の手の届かない所で、君がその危険な物と一緒に居るのだからね」
いつ何時、私にその災いが及ぶか知れない状態は怖かったと言われ、私は心底申し訳ない気持ちになった。
「すみません。突然、赤く点滅する何かが見えるようになって。それが毒だと判断出来たので、手遅れにならないようにと動いてしまいました」
本当なら、もっと冷静にコーラに近づいて『それ、毒なのではなくて?』などと、貴婦人らしく問い詰める筈だったのに、実際は、あれ。
うう。
考えないようにしましょう。
終わりよければすべてよし、ってお話にもあった気がするもの。
思いつつ私は、縄打たれて絨毯に跪くコーラを見た。
「まあ、確かにあれは毒だったけれど。赤い点滅?」
何故か不思議そうに言ったフレデリク様だけれど、ちらりと感じたそれよりも、私は、自分の判断に誤りは無かったと知り安堵する。
「やはり、毒だったのですね。コーラが私のカップに入れようとしていたものと、コーラの口のなかの何かが赤く点滅して見えましたので、その共通点といえば毒だと思ったのです。コーラ、貴女、毒を口のなかに仕込んでいたのね」
コーラの口の中から取り出した赤い点滅はカプセルになっていて、それは歯で噛み砕くための仕様だと容易に推察出来、私は暗澹たる気持ちになった。
尤も今、それは既にコーラが胸元に忍ばせていた薬包と共に白いハンカチに乗せられて、誰より信頼できるフレデリク様の手にあるので、もう何の心配もない。
「実行した後は、自害しろとでも命じられていたのか」
「成功しても、失敗しても、死ねと言われたの?コーラ」
「・・・・・」
黒幕ありきの前提で尋ねても、俯くコーラが答えることは無い。
既に身を震わせることもなく、覚悟を決めたように、ただ静かに跪いている。
その姿勢はコーラの侍女としての、そしてひととしての資質を示しているようで、私は胸が痛くなった。
「コーラ。貴女は、何を守ろうとしているの?」
「・・・・・」
「貴様、だんまりもいい加減にしろ。エミリアに命を救われたのだということ、忘れるなよ」
じっと黙ったまま、断罪を待つかのようなコーラを冷たく見下ろし、フレデリク様が厳しい声を掛ける。
「コーラ。貴女、誰かに弱みを握られたのではなくて?」
今回の行動は、絶対にコーラが考えたものではない、私が死ぬことで得をする誰かの陰謀に巻き込まれただけだと考える私は、コーラに真実を話ししてもらうため、そっと床に膝を突き、彼女と向き合った。
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