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三、王女と偽造された遺書 1
しおりを挟むあら?
あの人、何をしているのかしら?
確か、この部屋を担当してくれている侍女さんのひとりよね?
最早菜園と化しているこの部屋のバルコニーで、鉢植えにしてもらった花々やハーブに今日も元気ねと声をかけ、それぞれの様子を見ながら水をあげた私は、暫く癒されてから部屋に戻ろうと笑顔で歩き出したものの、その異様な雰囲気に窓際で動きを停止した。
私は未だ戻らないと思っているのだろう。
私の視線の先で、ひとりの侍女さんがきょろきょろと辺りを見回しながら、美しい文様が彫り込まれた文机の引き出しを閉めている。
華奢で優美な造りの把手に触れる手は震え、顔色は真っ青。
その見るからに尋常ならざる姿に笑顔も引っ込み、私は眉間にしわを寄せた。
あれって、侍女さんが開けていい引き出しではないような。
記憶は無いけれど、これまで色々なことを教えてもらっている私は、あの文机は私の個人的なもので、掃除はしてもらうけれど、引き出しの中については私が管理し、侍女さんは中の物に触ることはおろか、開けることも許されていない、と聞いている。
それに、明らかに周りを気にするその態度が気になって、私は侍女さんが部屋を出るのを確認してから戻り、文机の引き出しを確認した。
「新しい手紙?」
そこには、先日確認した時には無かった手紙らしきものが増えていて、私は首を傾げる。
「侍女さんからの手紙かしら?でも、そんなことも無い、わよね」
呟きつつ封を開いた私は、その内容を理解した瞬間、ぎょっとして目を見開いてしまった。
「え!?これって、私の遺書ってこと・・・っ?」
未だ、この国の文字を充分には読めない私だけれど、拾い読みしたところによれば間違いなくそう取れる。
その事実に思わず大きな声で叫びそうになった私は、何とか悲鳴を飲み込んだ。
これは、まだ私が気づいていない、と思わせた方がいいに違いない。
それに、あの侍女さんが今も廊下で耳をそばだてているかもしれないと思い、私は何とか息を整えた。
「と、とにかく、フレデリク様にご相談しないと」
動揺する心を沈めるよう、私は文机の前に立ったまま”私の遺書”を握り締め、もうすぐ来てくれる筈のフレデリク様を待つ。
「失礼します。エミリア様、フレデリク様がお越しに・・・っ。エミリア様っ、どうなさったのですか!?」
「エミィがどうかしたのか!?」
やがてこんこんと優しく扉が叩かれ、反射のように何とか返事はしたものの、アデラが扉を開けたときも私は同じ状態で固まっていたために、アデラもフレデリク様も驚かせてしまう結果となった。
ふたりが騒然となったのも、無理は無い。
後で聞いたところによれば、扉を開けた先で、私が何かを握り締めたままあらぬ方を見つめ、直立不動で立ち尽くしてというのだから何かあったと思うのが普通というもの。
けれどその時廊下にあの侍女さんの姿を見た私は、咄嗟に手にしたものを背後に隠し、顔に笑みを張り付けて取り繕った。
「ごめんなさい。少し大きな虫がいたものだから、驚いてしまって」
言いつつ、私はアデラに目で指示をして扉を閉めてもらった。
閉まる扉の向こうでは、侍女さんが安心したような顔になって去って行ったから、上手く誤魔化せたのだと思う。
「エミィ。大丈夫なのか?大きな虫など、怖かっただろう。鉢植えに居たものが、部屋に入りでもしたか」
ご自分で対処してくださるつもりなのか、そう言いつつフレデリク様が私の髪を撫で、部屋を見回す。
「エミリア様。さあ、こちらに」
アデラはクッションを整えると、そう言って優しく私をソファへと誘った。
「ごめんなさい。虫なんていないの」
出来るだけ声を落として言った私に、ふたりとも真剣な表情になる。
「エミリア。何があった?」
そして私の隣に座ったフレデリク様に、先ほど発見した”私の遺書”を見せれば、その顔がみるみるうちに怒りを帯びた。
「何なのでございますか?」
普段、侍女の鑑のようなアデラが、お茶の用意にその場を去ることもしないどころか、フレデリク様の様子に痺れを切らしたように発言する。
「あれはね。”私の遺書”よ。私の文机に仕込まれていたの。というか、仕込み終えたところを見てしまったのよ」
「なっ」
意外過ぎたのだろう。
私の言葉に、アデラが絶句した。
「これによれば、エミィは僕ではない男を愛したけれど結ばれない、それを嘆いて自ら死を選ぶのだそうだ。筆跡までエミィに似せていて、腹立たしいことこのうえない」
「今の私には、この国の文字をこんなにすらすら書くことすらできませんのにね」
私が記憶喪失となったことは、一部の人間にしか知らされていない。
つまり、今回の首謀者は、取り分け親しいひとではないということが私の気持ちを軽くして、”私の遺書”を読み上げ心底不快そうに言ったフレデリク様にも自嘲気味にそう言う余裕があった。
「では、エミリア様に危険が!?このお屋敷のなかで!」
けれどアデラは違ったようで、真っ青になりながらも、悲鳴のような声でそう言うと私を護るように寄り添う。
「ああ。そういうこと、だろうな。エミリア。これを仕込んだ侍女の名前は分かるか?」
遺書という言葉を使いたくない様子のフレデリク様は、唾棄するように”これ”と、”私の遺書”をひらひらさせた。
「はい。確か、コーラ、という名だったと思います」
アデラの下に付いて私の世話をしてくれているひとりである彼女の名を言えば、アデラが驚きに目を見開く。
「コーラが、でございますか?」
「ええ。残念ながら」
この邸、公爵家で働くには、下働きをするにも確かな身元が必要で、それが侍女ともなれば、高い素養と忠誠心さえも求められる。
つまり、公爵家に仕える侍女、それも女主人付きといえば、身元も素養も忠誠心も選り抜きの者達。
そのなかでいわば裏切り者が出た、しかもアデラにしてみれば、己が厳選した者なのだからその衝撃も一際だろうと、私はアデラへと身体の向きを変えた。
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