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二、王女と公爵 4
しおりを挟む「閣下!」
「後方にエミリアも出た!絶対にここを通すなよ!」
「「「はっ」」」
抜剣しながら叫んだフレデリクに、騎士達の戦闘意力が更に増す。
それは王女であるエミリアを必ず守り抜くという気合と同時に、彼女の魔術の護りを得られる心強さから来ているのだと知っているフレデリクは、自身、早くも彼女の身体強化の恩恵を受けながら、エミリアという存在がこの国にとってもどれだけ掛け替えのないものなのかを改めて思い知る。
誰もが大切に思い、慕うエミリア。
まあ、その筆頭の座は譲らんがな。
まるで悪役のような笑みを浮かべて襲撃者に切り込んで行くフレデリクの動きに迷いは無い。
今はただ、エミリアを護る、それだけのために。
こちらの護衛は手練れとはいえ魔術師を入れて八人。
それに対し相手の数は倍ほどに多く、しかも破落戸とは思えない正騎士の如き動きでこちらを翻弄する。
互いに一歩も譲らない、一瞬も気が抜けない状況のなか、フレデリクは小剣を用いて相手を攪乱し何とか膠着状態を抜け出そうと試みた。
「っ!エミリア!」
しかし、相手も考えることは同じ。
時を同じくして襲撃者側の魔術師がエミリアへ向かって眩い光を放ち、フレデリクは焦りのままにその軌跡を追った。
「問題ありません!」
咄嗟に防御壁を強化したらしいエミリアの前で光が霧散し、更に無事を知らせる声が聞こえて安堵したフレデリクは、相手の魔術師が続けて放った第二波に、味方の魔術師が頽れるのを見た。
「大丈夫!気絶しているだけです!」
慌てて駆け寄ったエミリアがその魔術師を端へと移動させ再び戦線へと復帰すれば、何が逆鱗に触れたか、怒り狂ったように襲撃者側の魔術師の攻撃が激しくなった。
相手の身体強化はそのままに、フレデリク達騎士全体へも及ぶようになった攻撃に、エミリアが防御を展開する。
そのなかで剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。
続く一進一退の闘いのなか、それでもフレデリクは護衛隊を率い、じりじりと相手を追い詰めて行った。
「ボリス!捕縛の用意を!」
「はっ」
そしていよいよ敵がその数を減らし始め、行動不能となった者から捕縛を、とフレデリクが指示を飛ばした時、後方からも声があがる。
「閣下!王城からの救援です!」
「漸く来たか」
王城の動きとしては遅いと感じるフレデリクは、この襲撃犯の黒幕が誰なのか明確に理解した。
それでも、こうなれば襲撃者側に勝ち目は無い。
自ら命を絶つこと許さず一網打尽、と王城からの救援部隊へも指示を出したフレデリクは、激しく抵抗しながらも次々縄を打たれて行く襲撃者を横目に見ながら、今尚衰えることなく攻撃を仕掛けて来る魔術師を捕縛すべく動いた。
既にかなりの魔力を使っているとはいえ、油断のならない相手。
現に、幾人かの襲撃者を従えるように立ち、その瞳を爛々と輝かせてフレデリクを睨みつけている。
あれは、ただの手先ではないのか?
その執念に雇用関係だけでは言い表せない強さを感じ、フレデリクは慎重に剣を構えた。
「はあっ」
フレデリクの剣の腕は国随一と名高い。
その彼を前に怯みそうになりながらも、剣士がフレデリクへと突き込んで来る。
「甘いっ」
フレデリクは魔術師を護るように立ち塞がる騎士達と剣を合わせながら、じりじりとその間合いを詰めた。
「武器を捨て降伏しろ!魔術師も!これ以上の抵抗は無駄だ!」
「降伏したとて、待っているのは極刑だ!死ぬのはここでも刑場でも同じ!」
気迫あるフレデリクの声に襲撃者たちがたじろぐなか、魔術師は怒りも露わに叫び返して両手を天へと突きあげる。
「街よ滅びろ!人よ苦しめ!我が恨み、我が呪い、そのすべてを受けるがいい!」
それは、この場に居るフレデリクやエミリア個人への怨嗟ではない。
その恨みはすべて王都、そして王都に住む人々へと向けられている。
「なんだ、あれは」
魔術師が王都を呪詛する。
その想定外の出来事に対応が遅れたフレデリクは、魔術師が叫んだ瞬間、その怨嗟を形にしたかの如く黒煙が立ち上り、空を覆うように黒雲が湧くのを見た。
そしてそれらは見る間に巨大化すると、瞬く間に見渡す限りの空すべてを覆い尽くす。
「はははははっ!苦しめ!存分に苦しんで死ね!・・ぐうぉっ」
黒煙を操り、垂れ下がる黒雲を満足気に見つめて高笑いしていた魔術師は、突然苦しみ出したかと思うと木乃伊の如き干からびた姿となって倒れ伏した。
「全身全霊の、命がけの魔術。いや、これは呪術か。ボリス!王都民の避難を急げ!」
この魔術がどのような作用をするのかさえ不明ななか、正に絶望の色に染まった王都の空を見上げたフレデリクは、今出来ることをすべく動き出す。
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これほどに禍々しい黒煙が上空を覆っているのだ。
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「エミリア!駄目だ!」
叫び、騎士達を掻き分け進む間にも光はどんどん強くなり、人々は神々しいそれに魅入られて行く。
「凄い・・・神の光か」
「いや違う。エミリア様だ」
「エミリア様が」
「エミリア様」
「やめるんだ!エミリア!!」
たくさんの声が聞こえるなか、フレデリクはエミリアの姿を求めて絶叫した。
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