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二、王女と公爵 1
しおりを挟む「エミィ、今日は庭を散歩しようか」
目覚めてから、ひと月弱。
かなり体調の戻った私は、少し前から外に出たいと願っていたのだけれど、なかなかお医者様の許可が下りず、過保護なフレデリク様が裏で操作しているからなのでは、などと疑いを持ってさえいた。
けれど、倒れた時の私は魔力枯渇というかなり危険な状態だったため、過保護でもなんでもなく未だ許可できないとお医者様にはっきり言われてしまい、何も言えなくなってしまっていた。
それを超えての今日。
漸くお医者様の許可も下りて、フレデリク様がお庭のお散歩に誘ってくださった。
「はい!よろしくお願いします!」
嬉しくて、弾んだ声で即答した私は、そのまま浮き浮きと出かけようとしてアデラに止められた。
曰く、庭とはいえ外に行くのだからそれなりの用意が必要とのこと。
なるほどと思ってから、何がなるほど?と思いはしたものの、日傘やショールを揃える姿を見て、そういうことかと納得した私は、張り切るアデラに髪を可愛く結われてフレデリク様の元へと送り出された。
そしてフレデリク様とふたり、広い公爵邸の庭を歩く。
ふたりといっても後ろからアデラと護衛の方も付いて来ているのだけれど、私はそれも気にならないくらいはしゃいで、跳ねるように歩き回り日傘をくるくると回してしまい、はっとした時にはフレデリク様がやわらかな目で見つめてくれていて気恥ずかしくなった。
少し、落ち着かないと。
けれどそんな風に思い、何となく日傘の持ち手を強く握った私に、フレデリク様は包み込むような眼差しを向ける。
「ああ。陽に輝くエミィの髪は、本当に美しいね。また見られて、本当に良かった」
フレデリク様が感慨深く言うのを聞くと、それだけ私が心配をかけたのだという事を実感する。
事件当日。
そのまま儚くなってしまっても何の不思議もない状態だった私をフレデリク様が片腕で抱き締め、単騎駆け戻って来たのだとバートさんに聞いた。
しかも同時にお医者様へと連絡も飛ばしていたという、抜かりの無さ。
そんな冷静さを併せ持ちながらも、駆け戻った時の気迫がとても凄まじかったこと、そしてその後、意識の戻らない私のことを自ら必死で看病してくれたのだということも、目に涙を浮かべて教えてくれた。
だから今私がこうして再び外へ出られるようになったことは、フレデリク様にとって、自分のことながら記憶の無い私とは比べものにならないくらい大きなことなのだと思う。
「ふふ。私の髪、蜂蜜みたいな色ですよね。舐めてみます?」
「えっ!?思い出したのか!?エミィ!」
しんみりしているフレデリク様に笑ってほしくて、わざとらしくふざけた調子で言えば、フレデリク様が焦った様子で私の両肩を掴んだ。
その目はとても真剣で、肩を掴む手は食い込むほどに力強い。
「え?あの」
私の髪は蜂蜜のような淡い金色なのでそう言っただけで、それ以上の含みは何も無い。
けれどフレデリク様には違ったようで、私を見つめるその目には期待の籠った強い光が宿るも、きょとんとした私に見る間にその光は消えてしまった。
「ああ・・思い出した訳じゃないのか・・・いや、エミィは記憶を失う前もそう言ってよく僕を揶揄っていたから、なんか、こう」
「ごめんなさい」
謀らずも落胆させてしまったことを謝れば、フレデリク様は大きく首を横に振ってくれる。
「いいや。いきなり大きな声を出したりして、驚いただろう。それに肩も力任せに強く掴んで悪かった。痛かったよね」
こちらこそごめん、と言いながら私の肩付近を丁寧に整え、髪を撫でてくれる手は大きくて優しい。
きっと記憶を失う前もこうしてたくさん撫でてもらっていたのだと思えば、早くその記憶を取り戻したいと思わずにいられない。
ど、どうしましょう。
何か話題・・・。
残念な気持ちが大きかったのだろう、何処か覇気のないフレデリク様を元気づけたくて、私は懸命に話題を探した。
そして、ひとつのそれを思いつく。
「フレデリク様。そういえばフレデリク様のお父様とお母様からも、私宛にお見舞いの品をいただいていて。お礼状だけでなく、何かお返しに贈り物をしたいと思っているのですが、そうしてもご迷惑にならないでしょうか?」
記憶を取り戻すためにも、と私は周りに教えてもらいながら、なるべく前と変わらない生活をするように心がけている。
もちろん心がけているだけで大した役には立たないのだけれど、それでも公爵夫人として今の私でも出来ることはしたいと我儘を言って、まずは義理の両親である先代公爵ご夫妻から頂いたお見舞いのお礼をすることに決めた。
お礼状は未だ簡単な文章しか書けないけれど、お礼の品を選ぶことなら出来そうだし、何より自分がいただいたお見舞いなのだから自分でお返ししたいと言えば、フレデリク様はその髪と同じ赤味がかった金色の瞳を細めて嬉しそうに笑ってくれた。
「もちろん。ふたりとも、とても喜ぶ」
その言葉と瞳に、迷惑では無さそうだと私はほっと息を吐く。
「それから、国王陛下と王妃陛下からもお見舞いの品をいただいていて。こちらは、私個人としてではなく、公爵家としてお礼した方がいいでしょうか?」
公爵家も大家だけれど、王家となれば更にその上。
そして先代公爵夫妻は身内になるので多少の失敗は甘くみてもらえるかもしれないけれど、国王陛下と王妃陛下はそうもいかないのでは、記憶の無い私が出しゃばって何か失礼があってもいけないし、と私が考えつつ言えばフレデリク様が微妙な顔になった。
「それは、悲しまれるだろうな」
「え?悲しまれる、ですか?」
国王ご夫妻が一公爵家の夫人に見舞いの品を贈り、それを家としてお礼されて悲しまれる、という理由が分からず私は首を傾げてしまう。
「ああ。ましてや父上や母上にはエミィの心づくしの贈り物もあった、などと分かった日には兄弟喧嘩が始まりかねない・・・いや、確実に始まる。うん。目に見えるようだ」
そう言ってどこか楽し気に苦笑するという器用な表情を見せるフレデリク様の言葉に、私の疑問は更に深くなった。
「きょうだい喧嘩、ですか?」
一体、誰と誰の、とフレデリク様の言葉を反芻していると。
「ああ。父上は、今の国王陛下の同母の弟にあたるからね」
そんな、爆弾発言が繰り出された。
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