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しおりを挟む『ひとりで暮らしてんの?』
凛が住んでいるマンションは2LDKの賃貸で、ひとりで暮らすには充分な広さがある。
引っ越して来たのは半年ほど前。
元婚約者との婚姻を控え、新居に凛が先に入った形だった、のだが。
そういえば、ここ借りる費用とか電化製品揃えるのなんかも全額私持ちだったな。
引っ越しの手伝いにも来てくれなかったし。
その前までは結構真剣に結婚式の話とかしてたのに、何か様子がおかしい?って思ったんだっけ。
その辺りから、略奪は始まっていたのかもしれない、とぼんやり思う凛の前で幽霊女が物珍しそうに室内を見回している。
「あ、今お風呂にお湯落とすね」
『うん、お願い・・・ん?お湯を落とす?』
自分から風呂に入りたい、と希望した幽霊女は、凛のその言い方が気になったらしく、浴室へと移動する凛に付いて自分もふよふよと付いて来た。
幽霊だからなのか、幽霊女自身は全身泥まみれなのに何に触っても汚れないし、臭いもしない。
『ここがお風呂場?凄くきれい。それに風呂桶も、木じゃないんだね。この建物、ってか、周りも全部木の建物じゃなかったし』
「今は、木の浴槽、って方が珍しいかな。旅館とかなら別だけど。木造の建物は、ある所にはそれなりにあるよ」
説明しつつ、既に掃除してある浴槽に湯を落とすべくパネルを操作すれば、またも幽霊女が目を見開いた。
『何それ』
「こうしておけば、お湯が出て来て溜まるから、少し待って」
それまでお茶でも、と言いかけて、凛は、すっかりこの幽霊女を受け入れている自分がおかしくなる。
『なによ、急に笑って。不気味よ』
「ああ、うん。なんか貴女にも慣れたなあ、って」
『なるほどね。確かに、初対面では腰抜かして驚いた幽霊相手に普通にしゃべってるんだから、結構神経太いかも。でもそれ、順応性がある、って言うんじゃない?それより、ねえ、鏡ある?』
やはり幽霊とはいえ女性。
今の自分の姿が気になるのか、しきりに着物の衿を直しながら言うのに頷き、凛は姿見の前へと幽霊女を連れて行った。
『な・・・っ。かなり凄いだろうな、とは思ってたけど!この姿、まんま絵で見た幽霊みたい!・・ってあたし今幽霊か。それにしても、酷い格好。あんたが腰抜かすのも納得だわ』
衝撃を受けたように、鏡に映る自身を食い入るように見つめる幽霊女。
髪が乱れかかり、化粧がはげかけてはいるけれど、その顔は充分に美しいし、乱れ汚れ切っている着物も、元は美しい柄であることが分かる。
恐らくは、おしゃれな人だったのだろう、と凛は幽霊女の在りし日の姿を思い描いた。
「あ、着替えどうする?下着は新しいのがあるけど、部屋着は私のでもいい?洗濯はしてあるから」
もちろん、着物や浴衣ではないけれど、と凛が言えば幽霊女はあっさりと首を横に振った。
『ああ、それは心配ないわ。あたしが望めば、元に戻せそうだから』
「え?」
言われた言葉が理解できず凛が戸惑っている間に、幽霊女は望んだらしい。
一瞬後には、美しい着物姿の妖艶な美女が立っていた。
浮いていること以外、もはや何の違和感も無い彼女に凛は苦笑するしかない。
「お風呂、入らなくてもよくない?」
『いやあねえ。気持ちの問題よ』
そう言って幽霊女がからからと笑ったところで、お風呂が沸いたと電子音声が告げた。
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