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二、
しおりを挟む「ね、グラディス。今度の夜会の衣装のことなんだけどさ。父上主催なんだから、こう、ぱああっと派手にしたいんだ。なんたって僕は、王子殿下なんだから」
はあ。
十七にもなって、自分に殿下って付けちゃう頭の残念さ。
まあ、王子教育も、侯爵の伴侶としての教育も一向に進まない、っていうか、受けないんだものね。
励むのは、女性遊びばかりなり、ってか。
それにしても。
やっとこいつと縁が切れるのね・・・嬉しい。
「グラディス?何かいいことあった?すっごく嬉しそうだけど?」
「まあ、お分かりになります?」
『お前と縁が切れるからだよ!』とは音にせず、グラディスは上品に微笑んで見せた。
「うん、分かる。そうしてると、グラディスも可愛いのに。いっつもきついことばっか言って。少しはキャシー・・じゃなかった、ウェッブ伯爵令嬢を見倣いなよ」
「次期侯爵としての責任がありますので」
これまた『あの淫乱令嬢を見倣えとは、これ如何に。冗談は、ほどほどに』という言葉を、満面の笑みに隠してグラディスが冷静に言えば、エマニュエルがそれはもう、嫌な顔をする。
「うええええ。女の子は、いつも笑っていなくちゃ。キャシー・・ええと、ウェッブ伯爵令嬢みたいにさ。その方が絶対、好かれるよ。他の子もそういう子がもてているしね」
何が『うええええ』『その方が好かれる』よ。
好かれるんじゃなくて、遊ばれている、もしくは分かっていて遊んでいるっていうのよ、それ。
第一、次期侯爵が、いつもにこにこだけしていればいいなんて、本気で言っているの?
この馬鹿。
「笑いながら、領地経営は出来ません。領民の安全も守れません」
「だからあ、領地経営なんて、家臣・・ええと使用人に任せればいいんだって・・・領民のこと?そんなの放っておけばいいじゃん。面倒くさいことばっか言ってないでさ、遊んで暮らせばいいのに。領地なんて、金を手に入れるための手段じゃん。なのに苦労するなんて、ほんと馬鹿だよね・・グラディスって」
幾度目とも知れないエマニュエルの愚かな発言に、幾度目とも知れないにもかかわらずぴきっとなりながらも、グラディスは貴族令嬢としての表層の笑顔をきちんと保つ。
「それで?次の夜会のお衣装のことでしたか」
「そう!色は何にしようかな。最高級の絹以外、生地は無いとして。レースや宝石をふんだんに使って、こう、きらきらさせたい」
婚約した時から、エマニュエルの衣装も侯爵家が負担をしているにも関わらず、エマニュエルは当然のように自分の意見を最優先にしてグラディスの意見など聞かず、贅沢な品を誂えるのを当然と考えている。
それは『自分という至宝を手に入れたのだから』というのが理由だというのだが、グラディスはじめ、アシュトン侯爵家にとっては、ちゃんちゃら可笑しい言い訳でしかない。
『僕の妻になるんだから、僕の好みに従ってよね。そして、僕に最高の贅沢をさせること。それが、君の使命と心得て』
それが、婚約式に臨むにあたって、グラディスがエマニュエルからかけられた言葉だった。
そして、今もそれは変わらない。
「言ったよね、グラディス。君の使命は、僕の好みに従い、僕に最高の贅沢をさせることなんだって。だからやっぱり宝石も最高の物を用意してよね」
はああ?
未だ言いますか。
何が『使命』ですって?
私の使命は、領地領民を守り、よりよい方向へ導くことですが、何か?
ふうう。
落ち着け私。
この暗愚野郎の婚約者でいなくちゃいけないのも、あと少しよ。
頑張れ私。
「お色は、エマニュエル王子殿下が青でウェッブ伯爵令嬢が白。そしてエマニュエル王子殿下はオレンジの薔薇を腰に付け、ウェッブ伯爵令嬢は赤い薔薇を同じ位置に付けるのでしたか。今回の位置は、腰なんですね。何か意味が?」
「え?どうして、それを・・知って」
途端に青くなったエマニュエルを、グラディスは心のなかで、ふふんと笑った。
「それ、とはどれのことでしょうか?エマニュエル王子殿下がウェッブ伯爵令嬢の色であるオレンジの薔薇を、そしてウェッブ伯爵令嬢が、エマニュエル王子殿下のお色である赤い薔薇を、夜会や茶会の度、身に付けているということでしょうか。もちろん、エマニュエル王子殿下の婚約者として、把握しておりますが」
しれっと言って、グラディスはテーブルに置かれたカップに口を付ける。
「な・・・いつから」
「わたくしたちの婚約式の時から、ですわ」
結びたくもない第六王子エマニュエルとの婚約、そして婚約式。
やがてうまく立ち回って破棄をするつもりなのに、なんでこんな茶番をしなくてはならないのか、税の無駄使いじゃないかと思っていたその場で、グラディスは、ウェッブ伯爵令嬢が勝ち誇った顔で自分を見ているのに気づくと、あれがエマニュエルの今の恋人なのだと確信し、探りを入れることにした。
『エマニュエル王子殿下の本命はあたしよ。その証に、このドレスはエマニュエル王子殿下が贈ってくれたものなの。《ごめんな、少しの間辛抱してくれれば、正式な愛妾として必ず迎えるから》って。あたしを愛妾として迎えたら、あたしとの間に産まれた子を、アシュトン侯爵家の跡取りにするんですって。あの女には、子供なんて産ませないって言っていたわ。ふふ。かわいそう』
かわいそう、と言いながら優越感に満ちた顔で笑っていたウェッブ伯爵令嬢のドレスをじっくりと見たグラディスは、その肩に真っ赤な薔薇が刺繍されているのを見つけ、にんまりと唇を弓の形に持ち上げた。
なるほど。
エマニュエル王子殿下が肩に刺繍させたオレンジの薔薇は、あの令嬢の色ってことね。
それから何ですって?
ふたりの子供を我がアシュトン侯爵家の跡取りに?
夢物語は、眠ってどうぞ、だわ。
『あとは、この事実をきちんと証拠に残すだけ』
憂鬱さも何処かへ吹き飛んだグラディスは、弾むような足取りで両親のもとを目指し、その後約一年をかけて、様々な証拠の品を集めることに成功した。
~・~・~・~・~・~・
ありがとうございます。
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