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立太子
機密
しおりを挟む「レオンスさま。今日から暫く、寝室を別にしませんか?」
夕食のデザートを食べ終わる頃、そう口火を切ったリリアーヌに、レオンス王子は持っていたフォークを取り落としそうになるほど驚いた。
「リリアーヌ。今、寝室を別にしよう、と聞こえた気がするのは、俺の気のせいだよな?」
「いいえ。確かに、そう申し上げました。寝室を暫く別にしましょう、と」
そして、レオンス王子は、混乱したまま現実逃避気味に否定の言葉を引き出そうとするも、敢え無く失敗し、呆然となる。
「何故、と聞いてもいいか?」
「レオンスさまの為です」
きっぱりと言い切るリリアーヌの瞳は澄んで、冗談を言っているようには見えず、レオンス王子は途方に暮れた。
「俺の為?」
「はい。レオンスさまは、わたくしと寝室を共にするのが嫌になってしまわれたのではないですか?」
「そんなこと、ある筈無いだろう!」
何を言い出すのか、とレオンス王子が焦燥するも、リリアーヌは止まらない。
「嫌ではないのですか?」
「嫌なんかじゃない、絶対!寝室を別に、など認めないからな」
レオンス王子が、即、強く否定し、睨むようにしてリリアーヌを見ると、その視線を受けたリリアーヌが不思議そうに首を傾げた。
「嫌ではない、のですか・・・ですが、とても眠り難そうにされて・・・」
「ああ、それは。理由があるんだ」
リリアーヌの言葉に、レオンス王子は憮然となって、グラスの水を勢いよく飲む。
「理由・・・やはりそれは、飽きた、ということですよね?嫌ではないけれど飽きた、と」
「何の話だ?」
一体、リリアーヌは何を言おうとしているのか。
レオンス王子こそは理解できずに、訝しい表情になる。
「ですから、レオンスさまが、わたくしに飽きた、という」
「何だ、それは!?そんな事実は、何処にも無いぞ!?」
流石に周りを憚り、声を小さくしたリリアーヌだが、それはばっちりとレオンス王子のみならず、給仕の為に控えていた使用人達の耳にも届き、全員がぎょっとしてリリアーヌを見た。
そして、当のレオンス王子は終に立ち上がって力いっぱい叫んでしまう。
「ですが、あの・・・」
「リリアーヌ。何でそんな誤解をしたんだ?」
「だって、最近・・・」
「最近?・・・最近、何だ?」
「何、っていうか、ナニが無い、というか」
真っ赤になりながら呟くように言うリリアーヌの声は、最早聞き取れないほどに小さくなっていたが、その場の全員が全身を耳とし、物音ひとつ立てないよう息をひそめていたので、その言葉も使用人達に聞こえ、彼等は首を動かすことなく、非難を込めた目玉だけをレオンス王子に向ける、という高等技術を披露していたのだが、羞恥に染まっているリリアーヌと、リリアーヌの言おうとしていることを懸命に理解しようとしているレオンス王子は気づいていない。
「なにがない?・・・ナニ・・・飽きた・・・ああ!いや、あれは違う!リリアーヌが原因ではない、こともないのだが、断じて、リリアーヌに飽きたわけではない!」
強く叫んだレオンス王子の言葉に、使用人達は、うん知っている、と内心で頷いているが、リリアーヌは納得できない。
「ない、こともない。つまりは、わたくしが原因、ということですか?」
「いや、根本的には俺が、というか、リリアーヌにあんなことさせられな・・じゃなくて。あいつら、憶えていろよ」
何やら不穏な空気を醸したレオンス王子を、リリアーヌはじっと見つめた。
「あいつら、とは何方ですか?何か、問題でも?わたくしに関わることで、ですか?」
もしかして、自分が考えた低俗なことではなく、もっと重大な何かがあったのかもしれない、と姿勢を正したリリアーヌに、レオンス王子は遠い目を向ける。
「問題。ああ、そうだ。リリアーヌに関わることで、俺にとっては、それこそ大問題が発生したのだが・・・流石にここでは言えない」
ごにょごにょと、レオンス王子が視線を彷徨わせ、言葉を濁す。
「もう既に、結構な内容のお話をしてしまったような、気がしますが」
自分は一体、夕食の席で何の話をしたのか、とリリアーヌは使用人達を見られない。
ただ、寝室を別にしましょう、そうだな、で終わると思っていた会話が、かなり赤裸々に深堀りされてしまった。
「いや。それ以上、のうえ、俺の尊厳に関わる」
「それほど、機密性の高いお話なのですね」
レオンス王子の言葉にリリアーヌは真顔で息を呑むも、その”機密性”の内容について大体のことを把握した使用人達は、忙しなく視線で会話を始める。
「ああ。だから、ここでは」
「では、後ほど?」
表情を真面目なものに改め、固い表情で問うリリアーヌに、レオンス王子は力なく頷いた。
「ああ。絶対に言う。言うが・・・嫌わないでくれ」
気弱な瞳で言ったレオンス王子に、リリアーヌは重大な機密を知ったから、と言って嫌うことなど絶対に無い、と力強く頷いた。
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