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魔獣討伐

第四騎士団

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「これはこれは、噂のご令嬢ではありませんか。本日は、物見遊山ではない、とご理解していらっしゃればいいのですが」 

 魔獣討伐当日。 

第四騎士団の団員が集まって来る様子を少し離れた場所から見ていたリリアーヌに、突然掛けられた礼を失する言葉。 

 その瞬間、リリアーヌを護るように、王城でのリリアーヌ付きの侍女兼護衛であるセレストとフラヴィが、左右からリリアーヌの前にさっと出た。 

「大丈夫よ、ありがとう」 

 そのふたりの背に怒りを感じたリリアーヌは、そっと宥めるように言うと、言葉を掛けて来た存在へと凛とした視線を移す。 

「足を引っ張られては困るのです。ああ、いや、今日の魔獣討伐は、愚民の貴女に対する評判のメッキ強化の為でした。忘れそうになりますよ、くだらなすぎて」 

「失礼ですが、貴方方は?」 

 相手が、自分より上位の貴族。 

 しかも、王子の婚約者と判っていながら自分達から声を掛ける。 

 まずは、騎士らしからぬその不躾さに内心眉を顰めながら、リリアーヌは表面おっとりと尋ねた。 

「第四騎士団の騎士ですよ。今日、貴女の茶番に付き合わされる」 

「茶番、なあ。シャンタル公爵令嬢の方が、貴殿等より余程優秀だと理解しているのか? 
なあ、コーム サド男爵子息、ドニ モロー男爵子息」 

「そうだぞ、ふたりとも。街でのシャンタル公爵令嬢の活躍を、お前達知らないのか?」 

 いきなり、何のマウント取りなのか、と怒りよりも戸惑いと呆れの方が大きかったリリアーヌは、その声に崩れそうになっていた令嬢としての表情を作り直す。 

 尤も、表面はずっと、王子の婚約者らしいものだったのだけれど。 

「突然、失礼いたしましたシャンタル公爵令嬢。私は、第四騎士団所属のシリル ラルミナと申します。以後お見知りおきを」 

「同じく、エヴァリスト デュランと申します。シャンタル公爵令嬢のお噂は、かねがね伺っております。本日ご一緒出来ること、光栄に思います」 

 後から来たふたりの騎士は、そう言ってリリアーヌに丁重な騎士の礼を取った。 

「ご丁寧にありがとうございます。ラルミナさま、デュランさま。未熟者ですが、本日はよろしくお願いいたします」 

返す礼も美しくリリアーヌが言えば、シリル ラルミナが、その女性受けするきれいな顔で美しい笑みを浮かべる。 

「ふん。伯爵家と子爵家ともあろうものが、あのような盛りに盛った嘘事を信じるとは。第四騎士団も終わりだな」 

 吐き捨てるようなその言葉にリリアーヌがそちらを向けば、男爵家の子息、コーム サドとドニ モローが、リリアーヌに尊敬の眼差しを向けるシリル ラルミナとエヴァリスト デュランを唾棄するような瞳で見ていた。 

「嘘事?多くの証言者が居たあの事件を、嘘事だと言うのか?」 

 シリル ラルミナの言葉に、男爵家のふたりは、呆れたように口の端をあげる。 

「多くの証言者、などと。平民の言うことを真に受けるなど、愚かな。何か、まやかしのような術を用いでもして目くらましをしたのだろう。愚民を騙すなど、簡単なことだ」 

「言葉を慎め、コーム サド。愚民、などと。その証言者のなかには、我が第四騎士団の騎士もいたのだぞ」 

「騎士といえども平民なら、愚民だろう。そのような愚物は騙せても、貴族である俺達を騙すことなど出来ない。残念だったな、ご令嬢。俺達に、小手先のものなど通用しない」 

 策を弄しても無駄だ、とうすら笑いを浮かべたまま言い切るドニ モローに、エヴァリスト デュランが驚いたような瞳を向けた。 

「シャンタル公爵令嬢は、学園在籍時に弓術大会で優勝しているのだぞ?その実力は本物だ」 

 その黒曜の瞳は澄んで、虚偽の欠片も無い。 

「何を馬鹿な。貴族令嬢が集まって、遊戯の如くの大会で優勝したからといって、それが何だというのか。貴様、本当に愚かだな」 

 侮蔑の表情を隠しもしないコーム サドとドニ モローに、けれど、エヴァリスト デュランは益々不思議そうに首を傾げる。 

「貴殿等こそ、何を言っているのだ?貴族のご令嬢が集まって、というのは正しいが、あの大会は騎士団で行われるのと同じ形式で競われる本格的なもので、かなりの技術が無いと参加することさえ難しいのだぞ?」 

「ああ、エヴァリスト。それこそ、貴族の間では有名な話だが、姉妹がいなければ知らないことなのかも知れないな」 

「なるほど。そういうことか」 

 ゆったりとした、けれど底意地の悪い笑みを浮かべて言うシリル ラルミナに、その真意には気づかないまま、エヴァリスト デュランが納得したように頷いた。 

「貴様。我が家を愚弄する気か」 

「いや、これは失礼。貴殿等にも姉妹はいらしたな。学園に入学はしていない、だけ、で」 

 コーム男爵家にも、モロー男爵家にも、娘がいる。 

 しかし、彼女らは能力不足、ということで学園に入学できなかった。 

「そうか。姉妹が入学していなのなら知らないのかもしれないが、学園の弓術指導は凄いらしいぞ。俺も、姉が在学時に大会を見たが、あれを遊びだなどとは、とても言えない雰囲気と実力だった」 

「それに、学園で学ぶ魔術も素晴らしいものがあるよな。俺も妹の話を聞くにつけ、ご令嬢方にも是非、騎士団入団を考慮して欲しいと思うほどだ」 

 シリル ラルミナとエヴァリスト デュランは、それぞれ思い出すように遠い目をする。 

「おふたりとも、学園に詳しくていらっしゃるのですね。それに、そのように評価していただいて、卒業生として嬉しく思います」 

 貴族令嬢ばかりが集められた箱庭のようなあの場所のことを、それほど重要視しているとは思いもしなかったリリアーヌは、驚きの声をあげる。 

「ふん。所詮は花嫁養成所じゃないか。あのような学園など、くだらない。姉も妹も行かなくてよかった」 

「その通りだ。あの学園で認められた腕を持つからと言って、俺達に敵う筈も無い」 

 すっかり忘れ去っていた方向から声がして、リリアーヌもシリル ラルミナも、そしてエヴァリスト デュランも呆れの混じった瞳を向けた。 

「まだいたのか」 

 リリアーヌの内心を代弁するように言ったのは、エヴァリスト デュラン。 

「貴殿等の姉妹は、あの学園に行かなかった、のではなく、行けなかった、の誤りだろう。それに、その自信はどこから来るのだろうね。貴殿等こそ、魔力値も低いうえに剣技の鍛錬も疎かにするくせ貴族として威張り散らすことだけは忘れない、第四騎士団の困り者だったと記憶しているのだが」 

 侮蔑をたっぷり含んだシリル ラルミナの言葉に、コーム サドとドニ モローが息巻いた。 

「馬鹿にするのもいい加減にしろ!そんな女より俺達の方が強いに決まっているだろう!そいつは、剣を握ったことも無いだろうに!」 

「剣技で女性より勝るから、と言って何の自慢になるのだ?騎士ならば、当然だろう。それに、王子殿下のご婚約者であり、公爵令嬢である方に対して言っていい言葉ではない。即座に謝罪しろ」 

 剣を抜きかけたコーム サドを片手で軽く押さえ、エヴァリスト デュランが強い瞳を向ける。 

 その軽い動きだけで、コーム サドは動くことも出来ない。 

「今日、俺達はその女の子守をさせられるんだぞ!何を謝る必要がある。いいか、女。必ず俺達の言うことを聞けよ。まあ、聞いたとしても、助けてなどはやらないがな!魔獣の恐ろしさの前で自分の未熟さを思い知るがいい。ざまあみろだ!」 

 まるで子供のように言い捨てて、コーム サドとドニ モローが去って行く。 

「まったく、困ったものだ。貴女のその、溢れるような魔力を感じ取れない段階で、貴女に数段劣っているというのに」 

 その背を見送り、シリル ラルミナが大きなため息を吐いた。 

「不愉快な思いをさせて申し訳ない、シャンタル公爵令嬢」 

「数々の無礼。彼奴らに代わって、お詫び申し上げる」 

 そして、エヴァリスト デュランとシリル ラルミナに深々と頭を下げられ、リリアーヌは慌ててそれを制する。 

「そんな、頭をおあげください。おふたりとも、わたくしの為に来てくださったのでしょう?本当に助かりました。お礼申し上げます」 

「リリアーヌ!どうした、何かあったのか!?」 

 その時、国王と共に姿を見せたレオンス王子が、物凄い勢いでリリアーヌの元へ駆けて来た。 

「王子殿下。申し訳なくも、我が騎士団の者がシャンタル公爵令嬢に失礼な物言いを」 

 レオンス王子の前で騎士の礼を取ったシリル ラルミナが告げ、エヴァリスト デュランもそれに続く。 

「失礼な物言い?リリアーヌ、何を言われたんだ?」 

 鍛錬場でも、あの男爵家の次男と三男。 

 コーム サドとドニ モローと名前を既に確認済みの彼らが、リリアーヌに対し侮蔑の言葉を吐いていたことを知っているレオンス王子は、彼らとリリアーヌが直接会う機会を持ってしまった事実に臍を噛んだ。 

 そして、リリアーヌと彼らの邂逅を避け切れなかったうえは、リリアーヌから侮蔑の事実を聞き出して何か処罰を、と思うレオンス王子がリリアーヌを労わるように引き寄せるも、リリアーヌは訴える様子もなく、ただ迷いの無い笑顔を返した。 

「大丈夫ですわ、レオンス王子殿下。こちらのお二方がお助けくださいましたので。それに、言われたことも、お耳に入れるほどのことではございません。本日、わたくしの行動如何で彼らの認識を変えることが出来ればいいだけのこと、と存じます」  

 元より、この魔獣討伐を物見遊山などと思っていないリリアーヌは、男爵子息達の物言いに、強い怒りを覚えていた。 

 例え、お仕着せの魔獣討伐だろうと、気を抜けば危険なことなど百も承知している。 

 何よりリリアーヌは、自分より立場が弱いとみなした相手に居丈高に出る、彼らのような人間が大嫌いだった。 

 絶対、彼らに弱みを見せるような真似だけはすまい、とリリアーヌは心に誓う。 

「いい瞳をなさいますね、シャンタル公爵令嬢」 

「ああ。まるで騎士の如く、だ」 

 あのような矮小な存在に侮られるような真似は、絶対にしない。 

 そう決意したリリアーヌの瞳を見、シリル ラルミナとエヴァリスト デュランが感心したような声を出した。 

「貴君らは?」 

 エクトル イルとして彼らのことは当然知っており、気概のある騎士だと認めてもいるレオンス王子は、この機会に王子としても面識を持とうと名乗りを促す。 

「はっ、私は第四騎士団所属、シリル ラルミナと申します」 

「自分は、同じく第四騎士団所属のエヴァリスト デュランと申します。王子殿下」 

「そうか。ふたり共、リリアーヌが世話になったようで、礼を言う。本日の貴殿等の働きに期待している」 

 レオンス王子直々の言葉に、ふたりは感無量の様子で、その場を辞す。 

「さあ、リリアーヌ。私達も行こうか」 

「はい。レオンス王子殿下」 

 公式の場の王子の顔になって言うレオンス王子に、リリアーヌも頷き、美しい所作でそのエスコートに従った。 

 


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