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試験
王妃と公爵令嬢のお茶会。結果通知
しおりを挟む「リリアーヌ。貴女には、王子妃教育は必要無いわ」
やわらかな微笑みを浮かべたまま、今までの和やかさを失わないまま、声だけが凛と強くなった王妃にそう告げられたとき、リリアーヌは余りに突然のことで理解が付いていかなかった。
王子妃試験の最終日である今日、いつものように試験を受けるべく指定の部屋へ行ったリリアーヌは、そこで、今日は王妃とのお茶会がある、と聞いて心臓が止まるほど驚きつつも、何とか平静を保って王妃の待つ場所まで案内され、それから王妃とふたり、色々な会話をしながらお茶をしていた。
諸外国のこと、今、この国で最も栄えている産業、貿易の主流となる物品、技術。
時折、自国のことわざと他国との同じようなことわざなども交えたりして、その間お茶のお代わりもスムースに行われ、たくさんの多くのお菓子もふるまわれ、また、そのお茶やお菓子に関しての話題を話しもした。
それは、最初に王妃陛下を迎え入れ、ご挨拶申し上げた時のリリアーヌには信じられないほどに楽しく、有意義な時間。
そのなかで、不意に言われた王妃の言葉。
リリアーヌに、王子妃教育は必要無い。
そのきっぱりとした言葉に、リリアーヌの心は瞬時に絶望で塗り固められた。
「それは。わたくしでは、無理、だということでしょうか」
背筋を伸ばし、下を向くことは何とか避けつつも、リリアーヌは自分の声が震えているのに気が付いた。
レオンスさまのお傍にいられない。
そのたったひとつの真実がリリアーヌを絶望に突き落とし、それでも、その試験の結果の理由を知りたいと願う。
一体、自分の何が足りなくて、レオンス王子の傍にいられないのか。
やはり、あのダンスの時の失敗が響いてしまったのだろうか。
もしくは、すべてに於いて足りなかったのか。
せめて、受けた試験のそれぞれの結果を知りたい、とリリアーヌは願う。
「無理、とは?」
「はい。王子妃教育がわたくしには必要無い、ということは、何を施しても王子妃として相応しくはなれない、ということなのですよね?どう努力しても足りない、ゆえに、王子妃となるのは無理だ、と」
言葉を選び、真剣に言うリリアーヌを、何処か呆然とした目で見つめた王妃は一転、そこからとても楽し気な笑みに表情が変わった。
「リリアーヌは、王子妃に、なりたいのかしら?」
「王子妃に、というよりも。わたくしは、レオンス王子殿下のお傍にいたいと願っておりましたので」
真剣なままのリリアーヌへと、王妃は少しだけ身を乗り出す。
「過去形なのね。それは、王子妃教育を必要無い、と言われたから?そう言われたら、引き下がるの?ただ、何もしないで?」
「恐れながら、そう決定をされたなら、わたくしに術はございません。ですが、おこがましいとは存じますが、せめてわたくしの何が足りなかったのかを知りたく思います。そうすれば、諦めも付く、と思うのです」
必死に訴えるリリアーヌの言葉を聞きながら、王妃は優雅にティーカップを口に運んだ。
「そうしたら、諦められるの?」
「・・・・・諦める、努力をします。己の力不足ですから」
テーブルの下で、きゅ、と両手を握り涙を堪えながら、それでも凛とした態度で言い切ったリリアーヌに、王妃は優しい瞳を向ける。
「諦めなくていいのよ、リリアーヌ。貴女に王子妃教育が必要無いのは、既にして必要事項を習得していたからなの。今日のこの、わたくしとのお茶会が最後の試験。話題選びや話の進め方、様々な所作、言葉遣いや目線、表情。もちろん、何の問題も無かったわ。わたくし、試験をしていることを忘れそうなくらいに楽しんでしまったのよ?それにね、他の試験官も全員、貴女をべた褒めだったわ。名乗りもさせず試験だけさせて、と陛下共々怒られてしまったのよ。皆、早く貴女に名乗りたいのですって。あの試験官達は、王家の相談役も兼ねている者達だから、今度きちんと紹介をするわね。物凄く楽しみにされているから、覚悟しておいて。それにしてもリリアーヌ。貴女、本当にレオンスのこと、想ってくれているのね。母として、とても嬉しいわ」
王妃が何かを言っている。
しかし、リリアーヌは余りに予想外のことに思考が停止し、言葉が発せない。
そんなリリアーヌを労わるよう、王妃は優しく、嬉しそうに見つめた。
「・・・・・王妃さま?あの、それはつまり、わたくしは合格、ということでしょうか?」
「もちろんよ。というか、元より王命での婚約なのよ?あの試験だって、王子妃教育の指針を固めるためのものであって、その結果次第で婚約の話をなかったことにするためのものではないわ」
王妃の言葉に、リリアーヌはこれまでを回想する。
確かに、王子妃教育の方針、指針を決める為の試験、と言われていた。
しかし、その結果、王子妃教育が必要無い、と言われたことで、王子妃候補そのものから外れる、と思ってしまったのだ。
既に王命で、婚約、と言われているにも関わらず。
「あ、判ったわ。リリアーヌは、王子妃教育が必要無い、と言われた段階で、婚約者になれない、と思ったのね」
リリアーヌの内心の葛藤を理解した王妃は、頷きながらカップを口に運ぶ。
「はい。早とちりしてしまいました」
穴があったら入りたい、と小さくなるリリアーヌに、王妃は明るい笑みを浮かべた。
「そうね。未だ調印をしていないから、婚約の書類は完全には整っていない訳だし、不安にもなるわね。それに、わたくしの言い方も悪かったわ。最初に『合格よ!』と言えばよかったわ」
「いいえ、そのような。わたくしが」
「ふふ、もうよしましょう。それにしても、リリアーヌは本当に優秀よね。外語も巧みだし、言葉選びもとてもきれいだったわ」
笑顔で再びお菓子を勧められ、リリアーヌは、ほっと肩から力を抜く。
「ありがとうございます。ですが、実際の経験には乏しく、机上の空論が多い面もあります」
領地経営のことや、外交など、然程経験があるわけではないリリアーヌが不安を隠せず口にすれば、王妃が明るく笑い飛ばした。
「それは、これから経験していけばいいことよ。嫌でも経験値はあがるのだから、今から心配することないわ。もちろん、手助けが必要だと思えばわたくしが声を掛けるし、レオンスもいる。リリアーヌが不安だと思ったときには、遠慮なく言ってくれればいいの」
「ありがとうございます。未熟者ですが、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。ああ、ただ街へお忍びでひとりきりで行くのは止めること。行くときは、レオンスを必ず連れて行きなさい。あの子、とてつもなく強いから。そうね、レオンスに魔法を使ってもらって、姿を変えて行くのもいいと思うけれど、そのままの姿で行って、王子とその婚約者の仲の良さを見せつけるのも楽しいと、わたくしは思うのよね」
本当に楽しそうに言う王妃は、まるで少女のような笑みを浮かべた。
「レオンス王子殿下のご迷惑にならないよう」
「迷惑、なんてことないわよ。リリアーヌのことだから、執務の邪魔をするようなことはしないでしょうし。むしろ、リリアーヌとデート出来る、とレオンスは喜ぶと思うの。今だって、リリアーヌとのお茶の時間という鼻先のにんじん、もとい楽しみがあるからか、とても政務の効率がよく、しかも発想も豊かになっている、と陛下がとても喜んでいたわ。だから、積極的に誘ってあげて。まあ、仕事に関しては、有能な側近がいてくれる、というのもあるのだけれど。って、アルノーは貴女の兄君だったわね」
己が街をひとり歩きしていたことも当然のようにばれていた、と焦るリリアーヌの、迷惑にならないようにします、の言葉を奪い去り、王妃は楽しそうに話し続ける。
「はい。アルノーは、わたくしの兄です。兄共々、お世話になります」
「こちらこそ、よ。親戚でもあるのだから、これから親しくしてくれると嬉しいわ」
本当に嬉しそうに言い、次の政務だからと呼ばれ名残惜しそうに立ち上がった王妃は、最後に婚約の調印式は明日だという特大の爆弾をリリアーヌに落として行った。
「明日・・・?儀礼用のドレス、用意しなくては。それに、式の段取り」
王子妃試験のことで頭がいっぱいだったリリアーヌは、まだそこまで考えておらず、焦りを覚えて席を立つ。
「リリアーヌ?どうかしたのか?挙動不審になっているぞ?」
そこに現れたのは、訝しい顔をしたレオンス王子。
「ああ、レオンスさま。わたくし、明日が調印式とは考えてもおらず、その、準備を何もしていないのです。段取りも、判っておりませんし」
混乱ぎみに言ったリリアーヌの肩を、レオンス王子は、ぽんぽん、と優しく叩いた。
「そのことなら、心配要らない。これから、説明がある。そのために、俺が迎えに来た」
「レオンスさま。お手数をおかけして、申し訳ありません」
ほっとすると同時に情けなくもなってリリアーヌが言えば、レオンス王子の目が泳ぐ。
「あー。それは、リリアーヌのせいじゃないから気にしなくていい。本当に全然。普通は、こんなに日にちに余裕なく調印式するなんて有り得ない、と散々言われたからな」
「そうなのですね。何か、特別な事情があるのですか?」
気まずそうに言うレオンス王子を不思議そうに見上げ、リリアーヌが澄んだ瞳で問いかけた。
「特別な事情、というか、俺の希望だ。婚約式や婚姻式は、衣装の用意や招待客を呼ぶ都合もあって、そこまで早くは出来ない、というから。調印だけでも早く済ませて、リリアーヌの正式な婚約者は俺だ、と対外的に言える立場になりたかった」
言いつつレオンス王子は、調印式を明日に、と押し切った時の周りの、特にアルノーの生ぬるい瞳を思い出していた。
それでも、冷たくなかっただけいいと思うレオンス王子は、当のリリアーヌに迷惑がられたら、と少々不安になり、彼女を見つめる。
「わたくしも、同じ気持ちです。調印式、早い方が嬉しいです。ありがとうございます、レオンスさま」
しかし、そんな不安を吹き飛ばすリリアーヌの言葉に、レオンス王子は一瞬で舞い上がった。
「ああ!大好きだ、リリアーヌ!」
そうして、ぎゅうっ、とリリアーヌを抱き締めたレオンス王子は、けれど一瞬の後には、べりっ、と見事に離される。
「レオンス!やっぱりか!早く行かないと、打ち合わせが間に合わなくなると言っただろう!」
鮮やかな手際で引き離したのは、レオンス王子が戻らないことを危惧、むしろ決定事項だろうと判じて現れたアルノー。
「いいじゃないか、少しくらい」
「良くない!もう皆、揃っているのだから早くしろ。さ、リリアーヌ。兄様と行こう。大丈夫。そんなに複雑な手順は無いから安心して。ドレスのことも、調印式が明日になったと母上に伝令を飛ばしたから、ちゃんと用意してくれると思うよ」
言いつつ、アルノーはリリアーヌをエスコートして、さっさと歩き出してしまう。
「ちょっと待て!リリアーヌをエスコートするのは、俺の役目だろう!」
叫ぶように言い、リリアーヌの手を取ろうとするも、アルノーは上手く躱してしまい、叶わない。
「レオンスさま」
自分を振り仰ぎ呼ぶリリアーヌの可愛さに癒され、その腕を取れないことに焦らされながら、レオンス王子は無事、時刻通り打ち合わせの場所へ辿り着いた。
そのことで、アルノーが周りから称賛されたのは言うまでもない。
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