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五十八、開闢
しおりを挟む「ねえ、南雲。このお色とこちらのお色だったら、どちらが好き?」
「・・・・・」
「もう、南雲ってば。聞こえていないふりなどしないで。わたくしね、南雲に想う方が居るのは知っているの。だから、無理強いはしないと約束するわ。でも、わたくしを隠れ蓑とする方法もあるのではなくて?わたくし、二番目に想われるのでも全然構わなくてよ?」
いつものように桜宮家に来るなり南雲に突撃している莎緒の言葉に、白朝はぎょっとなった。
皇の別邸で、扇が捕らえられて暫く。
石工を筆頭に、白朝の父である和智も、他の宮家、貴族家の面々も忙しく立ち働いているが、未だ正式に正妃ではない白朝は、自邸にて待機している状況。
なので白朝の護衛である南雲も当然桜宮家の屋敷におり、そして今、莎緒に突撃されていた。
「莎緒媛様。そのようなお考えをなされてはなりません。ご自身を二番目などと。そのような粗略な扱いを、自ら望まれるような真似をなさいますな」
窘めるように言った南雲を、莎緒は真剣な瞳で見つめる。
「南雲。それはわたくしが、芙蓉宮家の媛だから?その媛に相応しい矜持をということ?」
莎緒を直接拒絶する言葉ではなく、莎緒を思いやる言葉を告げた南雲に、莎緒だけでなく白朝も耳を傾け、見入ってしまう。
「確かに、莎緒媛様は芙蓉宮家の尊いお方です。なれど、それだけでなく、大切にされてしかるべき、心ある女人と、僭越ながら思っております」
「南雲!」
その南雲の言葉に、莎緒が喜びに満ちた表情を浮かべた。
喜びのあまりか、抱き付くのを堪えるためか、両手は胸の前でしっかりと組まれている。
そんな莎緒を、南雲は冷静な瞳で見つめ返した。
「そして、莎緒媛様には、莎緒媛様に相応しい貴公子が現れると信じてもおります。ですので、その日まで」
「南雲!それは、南雲よ!だってあの日、わたくしは南雲に運命を感じたの。それに、わたくしのこと、そこまで考えてくれて嬉しいわ。ああ、本当に幸せ」
大きな瞳をきらきらと輝かせ、莎緒が南雲を見あげた。
その勢いに、南雲は完全に付いて行けていないのが白朝には見て取れるも、莎緒は止まらない。
「分かったわ、南雲。わたくしは、自分を大切にします。ということで、覚悟してね」
「あの・・覚悟、とは」
「それはもちろん。これからは、南雲がわたくしを一番だと思ってくれるようになるよう、行動に移すということよ」
張りのある声で言い切った莎緒を、南雲が亡羊と見つめている。
ああ、なんというか。
南雲は絶対、これで諦めてもらうつもりだったのでしょうけれど。
逆効果というか。
莎緒は、益々本気でやる気に。
「あのふたり。また、やっているのか」
南雲の想い人次第かもしれないが、南雲が莎緒に陥落する日も近いかもしれない、などと白朝が考えていると、風人を伴って石工が現れた。
「石工。お疲れ様。ええ、そうなの。すっかり日常ね」
「ああ。安心する光景だ」
若竹を皇の子と偽った扇と碧鮮、枝田氏と組み、叛乱を企んでいた鷹城家当主焔をはじめとする数名は、既に処刑された。
そして、若竹と美鈴も、連座にて共に処刑の憂き目を見た。
『私は、日嗣皇子となるのだ!』
それが、若竹の最後の叫びで、美鈴はその最期まで泣き叫んでいたという。
私は、実際に見たわけではないけれど。
白朝は、扇にも若竹皇子にもいい思い出が無い。
むしろ、いつも嫌な思いをさせられた記憶しかないが、それでも処刑されたと聞けば複雑な心情となる。
それが、実際に指揮する立場だった石工ならば尚一層と思い、白朝は心を込めて労いの言葉を口にした。
「いいな。白朝の顔を見て、声を聞くと、とても癒される」
「存分に癒されて」
冗談めかした声でいい、白朝はそっと石工に寄り添う。
「白朝。長い間、五大貴族家として栄えて来た鷹城が潰えたことで、政でも色々な見直しが行われている。様々なことが、これから変化していくだろう」
「鷹城家に与していた家々の治めていた土地は?混乱などしていない?」
地方豪族の枝田氏を筆頭に、八名の生家である毛尾氏など、小規模ながら地方で権力を握っていた家々も、もちろん相応の処罰を受けた。
即ち、各家は取り潰しとなり、治めていた土地は、皇直轄と定められたのである。
「ああ、問題無い。民にしてみれば、治める人間が変わったというだけなのだろう。こちらから送った、管理の役人も問題無く受け入れられている」
「そっか。民に混乱が無いのは、よかったわ・・・それは本当に、良かったのだけれど」
安堵の息を吐いた白朝は、しかしその後、何故か遠い目になった。
「白朝?何か、案じることでもあるのか?」
「案じるっていうか、過去の自分が恥ずかしいというか」
「恥ずかしい?」
石工に首を傾げられ、白朝はその逞しい胸を、とんと拳で突いた。
「恥ずかしいでしょう。石工が深手を負ったと聞いて、あんなに大騒ぎして。それが全部、間者に聞かせ、動かすための偽りだったと知った時の恥ずかしさといったらもう」
言っていて、白朝は思わず顔を覆ってしまう。
「心配させてしまったのは、本当にすまない。しかし、白朝があれほどに俺を案じ、動揺してくれたからこそ、間者も信じた」
白朝に真実を告げずにいたからこそ上手くいった、と石工に言われ、白朝は複雑な瞳になる。
「あの時、お父様が言ったのよね。『石工殿がどのような状態であっても、冷静さを保つと約束しろ』って。まさか、ああいう意味だとは思わなくて」
石工が、どれほど酷い怪我をしていようと騒がないことを誓った事を思い出し、実際には怪我ひとつなくぴんぴんしていた姿を見た時の感情がよみがえった白朝は、じとりと石工を見た。
「元気で良かったけど・・・本当に、怪我など無くて良かったけど」
「すまない」
「考えてみれば。奇襲が失敗したなら、その時点で次の策を講じる筈なのに、お父様達にそのような動きはまったく無かったのよね・・・はあ。私の浅慮さが浮き彫りになってしまった感じがするわ。それに引き換え石工は、八名の姉が藤宮家に再び仕えられる対価として、生家である毛尾氏の情報を求める有能さ。私なんて、八名の両親が八名ばかりを可愛がって、八名が言う、若竹の愛妾となるという言葉をずっと信じていたことも、一方でその姉には、愛妾となった八名に仕えろとまで言うほど辛く当たっていたことも知らなかったわ・・・はあ。これぞ為政者って感じ。はあ。実力の差が凄すぎる」
己の能力の無さを知った、と幾度もため息を吐き、どんよりする白朝に、石工がくすりと笑い声を立てる。
「ちょっと!そこ笑うところじゃないわよ。もう。馬鹿にして」
「馬鹿になどしていない。そんな顔も可愛いと思っただけだ」
「可愛い・・・それ即ち思考力不足とか?」
「穿ち過ぎだ」
「なら、目が悪いのね」
「いいや。空を飛ぶ鳥も射落とせるが?」
「え?ほんとに?」
「ああ。嘘だと思うのなら、今度一緒に狩りに行くか?」
「行く!」
やいのやいのと言い合いながら、結局は仲良く出掛ける約束など交わす石工と白朝を、風人と加奈が見つめ、莎緒に迫られながらの南雲もしっかりと白朝を見守る。
そんないつもの光景が告げる、新しい時代の幕開け。
この後。
日嗣皇子となった石工と、その正妃となった白朝は、共に手を取り合い、宮家、四大貴族家と協力しあって国を発展させていくことになるのだが、それはまた、少し後の話。
完
~・~・~・~・~・~・
最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
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