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五十七、都へ

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 どどどど、と凄まじい土埃をあげながら、馬の一団が駆け抜けて行く。 

 その中心を駆ける一頭の馬上で、白朝は必死に石工にしがみ付いていた。 

『後は、若い者に任せよう』 

 などと、年寄めいた事を言っていた昨夜と一転、鷹城を除く五大貴族家の当主たちと、すべての宮家の当主たちは、未だ夜も明けぬうちから精力的に動き出し、空が白む頃には隊列を組んで都へと出発した。 

『皆様、馬に乗られるのですね』 

 それぞれの愛馬を引く姿を初めて見、馬を愛好するのは皇様と石工だけではなかったのか、と思わず言った白朝に、当主たちは揃って頷きを返す。 

『ああ。何と言っても、一代前が素晴らしかったからの』 

『実戦でも、馬に乗れることはとても役に立ちました。いや、懐かしい』 

『あの頃は、其方も若かったのう』 

『何をいう。同じ年のくせに』 

 皆、にこにこと笑いながら白朝の疑問に答えてくれたものの、その瞳はまったく笑っておらず、彼等の若かりし頃の苦労が偲ばれた。 

 その彼等は今、石工を取り囲むようにして馬を駆けさせている。 

 当然のように護衛も付いているので、まるでこれから都へ切り込んで行くようにも見える、と白朝は、隣で馬を駆る風人かざとと、そこに同乗している加奈を見た。 

 加奈は、白朝の方を向いて横向きに座っているので、その視線が時折合う。 

 

 南雲なぐもと乗る、と言うかと思ったのだけれど。 

 

 思いつつ、白朝は自分の背後、つまり風人とは反対側の隣を走る南雲を思った。 

 体勢上、その表情を窺い見ることはできないけれど『何があっても、白朝媛様をお守りします』と改めて言った決意は、相当に固いと見えた。 

 いざという時、自由に動けなければ守りに支障が出る、とも言い、加奈を乗せるのは遠慮したいと言った南雲の瞳は、とても真剣だった。 

 

 考えてみれば、風人も同じ立場なのだけれど。 

 

 石工の傍仕えである風人は、その護衛の任も兼ねている。 

 なので、南雲の発言に風人も同意し、加奈を乗せることを拒絶するかと思いきや、意外にも自分が乗せると、自ら手を挙げた。 

 加奈ひとりを乗せていても、充分に動けると言って。 

 

 それに、とても安心したっていうか、嬉しそうだったのよね。 

 加奈は、複雑そうな顔をしていたけれど、南雲も、風人に自分より強いと言われたようなものと感じるかと思いきや、気にした様子も無いし、加奈の様子を見ることも無かったわ。 

 

 やはり、風人が加奈を気にかけているのは本当らしい、けれど加奈は変わらず南雲を意識していて、そして南雲はよく分からない、と白朝は小さくため息を吐いた。 

 

 まあ、私が悩んでもしょうがないのだけれど。 

 

「白朝。あと少しだ。あと少しで、決着がつく」 

 白朝が、何とかみんな幸せになって欲しいと思っていると、白朝の憂いを感じ取ったらしい石工が、今回の件と勘違いをして話を振る。 

「あ」 

「いい、話すな。この速さだ。舌を噛みかねない」 

 憂いていたのは今回の件の事ではない、と言おうとした白朝を、石工が優しく制した。 

 

 ごめん、石工。 

 実は、今回の件、は、もうあまり心配していないのよね。 

 それは、昨夜の件を鷹城家が既に把握していて、しかも動いているとなれば危険でしょうけど、武人を招集して、それぞれに武器を持たせて襲撃して、という時間があったとは思えないし、そんな動きがあれば連絡が来ると聞いてもいるし。 

 皇族、宮家、五大貴族家のうちの四家を相手に、鷹城だけで敵うとも思えないもの。 

 それに、扇様が若竹皇子を皇様の子だと謀った件を、鷹城家は知らなかったようだから、それなりに衝撃も受けると思うのよね。 

 最終的に、その事を無視して若竹皇子を日嗣皇子とすべく動くとしても『そうですか、はい』とは動けない気がする。 

 甘いのかな。 

 

 それにしても、と白朝は、もしも自分が扇の立場だったら、と想像し、昨夜交わした石工との会話を思い出す。 

 

  

『石工。あの枝田氏えだしの男の名。碧鮮へきせんって言っていたわ』 

『ああ。若竹の名は、扇殿が付けたと聞いた事がある。実の父の名が碧鮮だから、若竹と名付けたのか。父と名乗る事の許されない男であっても、せめてと思ったか』 

 碧鮮へきせん。 

 竹の異名であるそれを聞き、白朝と同じように感じたらしい石工が、重い溜息をついた。 

『でも、自分の孫はお父様の孫のはずだった、とも言っていたのよね。なんだか、矛盾している感じ』 

『女心の複雑さ、というものか?』 

『私にも分からないわ。経験の差というものかしら』 

 初恋のひと、婚姻した相手、そして恋人。 

 色々な感情があった結果か、と思う白朝に石工が難しい顔で言い切った。 

『白朝は、そのような経験を積む必要は無い。初恋、は、あれだが、婚姻相手も恋人も俺だけにしておけ』 

『初恋。初恋かあ。それも石工な気がする』 

 対して、呑気らしく考えつつ言った白朝に、石工が物凄い勢いで詰め寄る。 

『気がする?気がするとは何だ。定かではないのか?他にも、候補がいるのか?ん?どうなんだ』 

『候補、って。言い方。まあ、分かるけど。うーん。候補というなら、つまりはその候補がいないのよね。だって、若竹皇子を慕ったことは無いし、他にそう思うひともいなかったし。でも、石工には・・・その・・・』 

 急激に恥ずかしくなり、口ごもった白朝に、石工が期待とおかしみの籠った目を向けた。 

『俺には、何だ?』 

『さ、さあ・・何でしょうねえ・・・あ、お父様。今少しよろしいですか?』 

 石工に愉快そうに迫られ、言葉に詰まった白朝は、咄嗟に父へと助けを求めたが、その顔が首まで赤かったことで、石工は和智に睨まれた。 

 更に翌早朝、どちらが白朝を自分の馬に乗せるかで争っていたところ、後から来た白朝が当然のように石工の傍へと寄ったので、その睨みは更に激しいものになったのだが、その事実を白朝は知らない。 

 白朝が考えを巡らせる、その間も駆け続ける馬。 

 その背で石工に掴まりながら、白朝はこの先へと思いを馳せる。 

 

 今日。 

 すべてに決着がつく。 

 

 結果、中央で権勢を誇って来た鷹城という家が消えるのかもしれないと、白朝は静かに思った。 

 

~・~・~・~・~・ 

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