53 / 58
五十三、囲碁とかりうち
しおりを挟む「暇ねえ」
石工皇子は深手を負って静養しており、白朝媛は急ぎ馳せ参じて、その傍で付き切りで看病している。
そういった情報を流しているがために、石工はもちろん、白朝もあまり外へ出ることが出来ない。
当然、機織りをすることも出来ず、白朝は暇を持て余していた。
「俺が、身体を動かしたくなる気持ちが分かるか?」
「それはもう。とてもよく分かったわ。でも、深手を負っているひとが、元気に動き回っていてはおかしいでしょ」
「それはそうだが。この部屋の、この辺りまでならいいと思わないか?大体、ばれるものなら、寝台に居ない時点でばれているだろ」
部屋から出られない、この軟禁状態も長くなって来たからか、石工は粗暴な言葉でそう言った。
「苛立っているわね」
「はあ。よくないことだと、これも計画の一環だとは分かっているが、どうにも身体が鈍るし気も滅入る」
日々、鍛錬を欠かさない石工にとって、部屋を出ずに過ごすというのは初めてのことで、想像以上に堪えると呟く。
「何か、気を紛らわせることでもあるといいけど」
「白朝が居てくれて、本当に良かった。これでひとりでなど、考えたくも無い」
身震いするように首を振る石工に、白朝が、ふふと笑った。
「ふたりなら、会話できるものね」
「ああ。それに、囲碁やかりうちも・・・あ」
「そうよ。囲碁やかりうちをすればいいんじゃない」
話をしていて、石工はその事実に気づき、白朝もぽんと手を打った。
「早速、用意させよう」
「ああ、待って。石工はここに居ないと。私が頼んで来るから」
善は急げとばかり、自分で行こうとする石工を止め白朝が言えば、石工がはたと立ち止まる。
「そうだった。頼む」
「お任せあれ」
そして白朝は、部屋の外で控えている加奈に、囲碁とかりうちを用意するよう、依頼した。
「ねえ、石工。鷹城は、どれくらいで動くと思う?」
ぱちり、と首を捻りつつ碁石を置いて白朝が問う。
「そろそろ、とは思うが。下調べも入念にするだろうからな」
対する石工は、迷うことなく碁石を打って、淡々と答える。
「そっか下調べ・・・・ん?どうしたら?・・ここかな」
「ああ。恐らくは枝田氏の男を消す方向で行くだろうが、手を下したのが鷹城だと知れれば、関係性を疑われるのは当然だからな。万が一にも自分達に調べが及ばないようにする必要がある・・・ん?そこでいいのか?」
「え?駄目?」
「駄目、というか」
駄目ではないが、俺の勝ちだと笑う石工に、白朝は頬を膨らませた。
「話をしながら、っていうのは同じなのに、どうして?」
「いや。話をしていたかどうかは、この際あまり問題では無いだろう」
「そんな、当たり前みたいに言わないでよ・・・って、当たり前なのか。石工、強いものね。というか、私が最弱?」
しみじみと言った白朝は、終局を迎えた碁石の置かれ方を見てため息を吐く。
「どうした?」
「うん。私、無駄に石を打っている気がして。その割に、隙間に入り込まれているような」
「それが分かれば、次に繋がる。それに、楽しめればいいんじゃないか?」
「まあ、そうなんだけど。何とも情けない気がして」
実戦だったら大惨事だと、白朝が笑えない冗談を言えば、石工が真顔になった。
「白朝を、実戦になど出さ・・・いや。今の状況も実戦か?だが、戦場ではない・・といえなくもないのか?今回の場合、ここが戦場という考えも」
ぶつぶつと言い出した石工の頬を、白朝が軽くつつく。
「武器を持って闘うことは出来ないけど、石工が闘う時は、私も一緒に闘うわよ。でも、指揮は石工に任せて、私は付いて行くことにする。なので、よろしくお願いします」
「承知した。では、俺から離れるな。命令だぞ?」
「畏まりました。皇子様」
お道化て言う石工に、白朝も、ふふと笑って答え、そわそわと、かりうちを取り出す。
「今度は、かりうちをしましょう?これなら、負けないわ」
「それは、どうかな?」
互いににやりと笑い合い、棒を転がし、駒を進めてかりうちを楽しむ。
「ああ、また!石工、妨害が上手い」
「白朝は、妨害が苦手か?」
「やっぱり、実戦向きではないわね、私・・・あ、だからといって、手を抜いたりしないでよ?」
絶対に自力で勝つ、と気合を入れ、白朝は真剣な面持ちで石工との勝負に挑んだ。
「白朝。意外な方が動いたぞ」
囲碁とかりうちで勝負を繰り返し、白朝の負けが込んで来たある日のこと。
いつものように加奈の手を借りて朝の身支度を整え、石工の部屋へと赴いた白朝に、和智からの報告を手にした石工が、困惑の表情を浮かべてそう言った。
「意外な方?」
「扇殿だ。しかも、鷹城は扇殿の動きに関与していないどころか、知らない様子とのことだ」
「え?」
石工の言葉に、白朝は首を傾げてしまう。
扇は鷹城出身で、現当主である兄、焔と共に若竹を日嗣皇子とすべく動いているのではなかったのか。
「何故、鷹城にも秘密にして、扇殿が動くのか」
考え込む石工に、白朝も首を捻る。
「鷹城と離反したということ?何か、意見が食い違ったとか」
「それも有り得る。が、もうひとつ考えられるのは、若竹の出生の件。鷹城にさえ気取られずに動く必要があるということは、若竹の実父が父上ではないという事実を、鷹城は知らぬということか」
重々しい石工の声に、白朝も身を引き締めた。
「確かに。鷹城に秘密にしてまでも扇殿が単独で動く理由としては、かなりの確率があるわね」
「つまり。鷹城も知らぬ若竹の実父を、あの枝田氏の男は知っているということか」
石工の言葉に、白朝は、若竹と枝田氏の男の容姿を思い浮かべる。
「知っているというか、あの枝田氏の男が若竹皇子の実父だったりしてね」
深く考えたわけでもなく、ただ思ったことを口にした白朝に、石工が目を見開いた。
「若竹の実父?あの男がか?」
「だって、似ていない?青白いところとか、ひょろりんなところとか。まあ、顔立ちは扇様そっくりだけど」
皇様と石工を並べたくらい、体格や受ける印象は似ている、と言った白朝に、石工は難しい顔になった。
「だとすれば、決定的な会話をする可能性も高いな。白朝、慧眼に感謝する」
軽く頭を下げて言う石工に、白朝は動揺して、口を幾度も開け閉めしてしまう。
「え・・え。それって、つまり本当に?」
「わざわざ内密に、扇殿自身が動くのだからな。可能性は、かなり高いだろう。自身の口から語られるとなれば、これ以上の証拠はない。後は、それを聞く側を揃えなければ・・・っ、と・・白朝、悪いが風人を呼んで来てくれ」
普段、風人を呼ぶ時のように大きな声を出そうといた石工は、今の自分の状態の設定を思い出し、静かな声で白朝にそう頼んだ。
~・~・~・~・~・
いいね、エール、お気に入り登録、そして投票も!ありがとうございます。
応援、ありがとうございました。
10
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
戦国を駆ける軍師・山本勘助の嫡男、山本雪之丞
沙羅双樹
歴史・時代
川中島の合戦で亡くなった軍師、山本勘助に嫡男がいた。その男は、山本雪之丞と言い、頭が良く、姿かたちも美しい若者であった。その日、信玄の館を訪れた雪之丞は、上洛の手段を考えている信玄に、「第二啄木鳥の戦法」を提案したのだった……。
この小説はカクヨムに連載中の「武田信玄上洛記」を大幅に加筆訂正したものです。より読みやすく面白く書き直しました。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
比翼連理
夏笆(なつは)
歴史・時代
左大臣家の姫でありながら、漢詩や剣を扱うことが大好きなゆすらは幼馴染の千尋や兄である左大臣|日垣《ひがき》のもと、幸せな日々を送っていた。
それでも、権力を持つ貴族の姫として|入内《じゅだい》することを容認していたゆすらは、しかし入内すれば自分が思っていた以上に窮屈な生活を強いられると自覚して抵抗し、呆気なく成功するも、入内を拒んだ相手である第一皇子彰鷹と思いがけず遭遇し、自らの運命を覆してしまうこととなる。
平安時代っぽい、なんちゃって平安絵巻です。
春宮に嫁ぐのに、入内という言葉を使っています。
作者は、中宮彰子のファンです。
かなり前に、同人で書いたものを大幅に改変しました。
蘭癖高家
八島唯
歴史・時代
一八世紀末、日本では浅間山が大噴火をおこし天明の大飢饉が発生する。当時の権力者田沼意次は一〇代将軍家治の急死とともに失脚し、その後松平定信が老中首座に就任する。
遠く離れたフランスでは革命の意気が揚がる。ロシアは積極的に蝦夷地への進出を進めており、遠くない未来ヨーロッパの船が日本にやってくることが予想された。
時ここに至り、老中松平定信は消極的であるとはいえ、外国への備えを画策する。
大権現家康公の秘中の秘、後に『蘭癖高家』と呼ばれる旗本を登用することを――
※挿絵はAI作成です。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
狂乱の桜(表紙イラスト・挿絵あり)
東郷しのぶ
歴史・時代
戦国の世。十六歳の少女、万は築山御前の侍女となる。
御前は、三河の太守である徳川家康の正妻。万は、気高い貴婦人の御前を一心に慕うようになるのだが……?
※表紙イラスト・挿絵7枚を、ますこ様より頂きました! ありがとうございます!(各ページに掲載しています)
他サイトにも投稿中。
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる