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五十三、囲碁とかりうち

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「暇ねえ」 

 石工皇子いしくのみこは深手を負って静養しており、白朝媛しろあさひめは急ぎ馳せ参じて、その傍で付き切りで看病している。 

 そういった情報を流しているがために、石工はもちろん、白朝もあまり外へ出ることが出来ない。 

 当然、機織りをすることも出来ず、白朝は暇を持て余していた。 

「俺が、身体を動かしたくなる気持ちが分かるか?」 

「それはもう。とてもよく分かったわ。でも、深手を負っているひとが、元気に動き回っていてはおかしいでしょ」 

「それはそうだが。この部屋の、この辺りまでならいいと思わないか?大体、ばれるものなら、寝台に居ない時点でばれているだろ」 

 部屋から出られない、この軟禁状態も長くなって来たからか、石工は粗暴な言葉でそう言った。 

「苛立っているわね」 

「はあ。よくないことだと、これも計画の一環だとは分かっているが、どうにも身体が鈍るし気も滅入る」 

 日々、鍛錬を欠かさない石工にとって、部屋を出ずに過ごすというのは初めてのことで、想像以上に堪えると呟く。 

「何か、気を紛らわせることでもあるといいけど」 

「白朝が居てくれて、本当に良かった。これでひとりでなど、考えたくも無い」 

 身震いするように首を振る石工に、白朝が、ふふと笑った。 

「ふたりなら、会話できるものね」 

「ああ。それに、囲碁やかりうちも・・・あ」 

「そうよ。囲碁やかりうちをすればいいんじゃない」 

 話をしていて、石工はその事実に気づき、白朝もぽんと手を打った。 

「早速、用意させよう」 

「ああ、待って。石工はここに居ないと。私が頼んで来るから」 

 善は急げとばかり、自分で行こうとする石工を止め白朝が言えば、石工がはたと立ち止まる。 

「そうだった。頼む」 

「お任せあれ」 

 そして白朝は、部屋の外で控えている加奈に、囲碁とかりうちを用意するよう、依頼した。 

 

 

「ねえ、石工。鷹城は、どれくらいで動くと思う?」 

 ぱちり、と首を捻りつつ碁石を置いて白朝が問う。 

「そろそろ、とは思うが。下調べも入念にするだろうからな」 

 対する石工は、迷うことなく碁石を打って、淡々と答える。 

「そっか下調べ・・・・ん?どうしたら?・・ここかな」 

「ああ。恐らくは枝田氏えだしの男を消す方向で行くだろうが、手を下したのが鷹城だと知れれば、関係性を疑われるのは当然だからな。万が一にも自分達に調べが及ばないようにする必要がある・・・ん?そこでいいのか?」 

「え?駄目?」 

「駄目、というか」 

 駄目ではないが、俺の勝ちだと笑う石工に、白朝は頬を膨らませた。 

「話をしながら、っていうのは同じなのに、どうして?」 

「いや。話をしていたかどうかは、この際あまり問題では無いだろう」 

「そんな、当たり前みたいに言わないでよ・・・って、当たり前なのか。石工、強いものね。というか、私が最弱?」 

 しみじみと言った白朝は、終局を迎えた碁石の置かれ方を見てため息を吐く。 

「どうした?」 

「うん。私、無駄に石を打っている気がして。その割に、隙間に入り込まれているような」 

「それが分かれば、次に繋がる。それに、楽しめればいいんじゃないか?」 

「まあ、そうなんだけど。何とも情けない気がして」 

 実戦だったら大惨事だと、白朝が笑えない冗談を言えば、石工が真顔になった。 

「白朝を、実戦になど出さ・・・いや。今の状況も実戦か?だが、戦場いくさばではない・・といえなくもないのか?今回の場合、ここが戦場という考えも」 

 ぶつぶつと言い出した石工の頬を、白朝が軽くつつく。 

「武器を持って闘うことは出来ないけど、石工が闘う時は、私も一緒に闘うわよ。でも、指揮は石工に任せて、私は付いて行くことにする。なので、よろしくお願いします」 

「承知した。では、俺から離れるな。命令だぞ?」 

「畏まりました。皇子様」 

 お道化て言う石工に、白朝も、ふふと笑って答え、そわそわと、かりうちを取り出す。 

「今度は、かりうちをしましょう?これなら、負けないわ」 

「それは、どうかな?」 

 互いににやりと笑い合い、棒を転がし、駒を進めてかりうちを楽しむ。 

「ああ、また!石工、妨害が上手い」 

「白朝は、妨害が苦手か?」 

「やっぱり、実戦向きではないわね、私・・・あ、だからといって、手を抜いたりしないでよ?」 

 絶対に自力で勝つ、と気合を入れ、白朝は真剣な面持ちで石工との勝負に挑んだ。 

 

 

「白朝。意外なほうが動いたぞ」 

 囲碁とかりうちで勝負を繰り返し、白朝の負けが込んで来たある日のこと。 

 いつものように加奈の手を借りて朝の身支度を整え、石工の部屋へと赴いた白朝に、和智からの報告を手にした石工が、困惑の表情を浮かべてそう言った。 

「意外なほう?」 

扇殿おうぎどのだ。しかも、鷹城たかじょうは扇殿の動きに関与していないどころか、知らない様子とのことだ」 

「え?」 

 石工の言葉に、白朝は首を傾げてしまう。 

 扇は鷹城出身で、現当主である兄、焔と共に若竹を日嗣皇子とすべく動いているのではなかったのか。 

「何故、鷹城にも秘密にして、扇殿が動くのか」 

 考え込む石工に、白朝も首を捻る。 

「鷹城と離反したということ?何か、意見が食い違ったとか」 

「それも有り得る。が、もうひとつ考えられるのは、若竹の出生の件。鷹城にさえ気取られずに動く必要があるということは、若竹の実父が父上ではないという事実を、鷹城は知らぬということか」 

 重々しい石工の声に、白朝も身を引き締めた。 

「確かに。鷹城に秘密にしてまでも扇殿が単独で動く理由としては、かなりの確率があるわね」 

「つまり。鷹城も知らぬ若竹の実父を、あの枝田氏の男は知っているということか」 

 石工の言葉に、白朝は、若竹と枝田氏の男の容姿を思い浮かべる。 

「知っているというか、あの枝田氏の男が若竹皇子の実父だったりしてね」 

 深く考えたわけでもなく、ただ思ったことを口にした白朝に、石工が目を見開いた。 

「若竹の実父?あの男がか?」 

「だって、似ていない?青白いところとか、ひょろりんなところとか。まあ、顔立ちは扇様そっくりだけど」 

 皇様すめらぎさまと石工を並べたくらい、体格や受ける印象は似ている、と言った白朝に、石工は難しい顔になった。 

「だとすれば、決定的な会話をする可能性も高いな。白朝、慧眼に感謝する」 

 軽く頭を下げて言う石工に、白朝は動揺して、口を幾度も開け閉めしてしまう。 

「え・・え。それって、つまり本当に?」 

「わざわざ内密に、扇殿自身が動くのだからな。可能性は、かなり高いだろう。自身の口から語られるとなれば、これ以上の証拠はない。後は、それを聞く側を揃えなければ・・・っ、と・・白朝、悪いが風人かざとを呼んで来てくれ」 

 普段、風人を呼ぶ時のように大きな声を出そうといた石工は、今の自分の状態の設定を思い出し、静かな声で白朝にそう頼んだ。 

 

~・~・~・~・~・ 

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