腑抜けは要らない ~異国の美女と恋に落ち、腑抜けた皇子との縁を断ち切ることに成功した媛は、別の皇子と幸せを掴む~

夏笆(なつは)

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五十、罠

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石工殿いしくどの。『部屋の奥に居てください』と、我らはお願いした筈ですが」 

「ん?だから居ただろう?」 

 和智わちの苦言に、石工が言われた通りにしていたのに、と首を捻る。 

「あそこは、部屋の奥とは言いません。外から見えたら、どうするのですか。屋敷内には誰も入り込めないようにしているとはいえ、絶対ではないのですよ?」 

「もちろん、それは承知だが。あの位置ならば、見えないだろう?ずっと部屋に居るのだ。少々身体を動かすくらいはしたい」 

 そう言った時には、ぐいぐいと和智に押され続けた石工は、部屋のずっと奥まで移動していた。 

「邸の外はともかく、廊下からは見えましたよ。現に白朝しろあさが」 

「そうだ!白朝!どうして、ここに?」 

「どうして、って・・・それは、石工皇子様いしくのみこさまが深手を負われた、と聞いたからなのですが。そのような必要皆無、いえ、余計なお世話だったようですわね」 

 石工がそう問うた時、既にして白朝の眦はつり上がっており、怒りを抑えた冷静な声音で繰り出される嫌味なほどに丁寧な言葉遣いが、刃となって石工に襲いかかる。 

「いや、それは・・・うん、それは、だな・・心配したか?それは・・その・・それは、すまぬことを」 

「それは、それは、幾度もおっしゃらないでください。は?石工皇子様が深手を負われたと聞いて、心配せぬとでも?それこそ、それはわたくしが、冷血女だとでもおっしゃりたいのですか、石工皇子様は」 

「そのようなこと、ある筈ないではないか。白朝が、冷血など。有り得ない」 

 強く首を横に振り、石工は、きっぱりと言い切った。 

 その様相に、白朝の留飲も下がる。 

「・・・・・はあ。本当に、お怪我は無いのですね?」 

「どこも何ともない。白朝、こちらへ来てくれ」 

 幾分か声を和らげ言った白朝に安堵し、石工は白朝を部屋の奥へと招き入れる。 

 板敷のその部屋で、石工の隣には和智が座り、白朝はふたりを前にする形で着座した。 

「石工皇子様、本当にお元気そうで。それは、大変によろしかったのですけれど。これはつまり、わたくしも騙された、ということでしょうか?」 

「し、白朝」 

 やんわりと微笑み言う白朝の、その目が少しも笑っていない。 

 そして、尚も続く嫌味なばかりに丁寧な言葉遣いに、許してくれたのではなかったのか、と油断していた石工は心を深く抉られた。 

「何故黙っていらっしゃるのです?この現状。おふたり揃って、わたくしをお騙しになったということですわよね!?」 

 きっ、と再び眦をつり上げ、白朝が威圧するように静かな、けれど、のがしはしないという強さを孕んだ声を発し、ふたりをゆっくりと、順番に見据える。 

「お父様?」 

 置物と化したかのように、我関せずを貫こうとした和智を土俵へと引き上げ、白朝はにっこりと微笑んだ。 

「大丈夫ですわ、お父様。わたくし、お約束通り冷静ですから」 

「その笑みが怖いだろう」 

「まあ、お父様ったらひどいわ」 

 ほほ、と品よく笑う白朝の、その無言の圧と迫力に石工は凍り付き、和智はため息を吐く。 

「分かった。きちんと説明する」 

「今、ですの?」 

「ああ。石工殿、私から説明しても構わぬか?」 

 許可を求めるように石工を見た和智は、石工が顔を引き攣らせたまま頷きを返すのを見て、改めて白朝に向き直る。 

「白朝。騙した事は悪かった。言い訳になるが、後できちんと説明する筈だったのだ。其方をここへ連れて来る予定もなかった」 

 和智の言葉に、白朝がじっと考え込む。 

「後できちんと説明・・・それは、すべてが終わった後に、ということですか?」 

「そうだ」 

「つまり今は、計画の半ばということですよね?」 

 間者かんじゃが付いて来ていることを確認していた和智を思い出し、白朝はじっと父の目を見た。 

「間者が鷹城たかじょうへ報告すれば、ほぼ間違いなく暗殺者が来る。そこを捕えるのが、今回の計画だ」 

「それは、枝田氏えだしの叛乱を事前に抑えるためですか?でも、なぜわざわざ石工が」 

 叛乱を事前に抑えたいのは分かる。 

 だがなぜ、旗頭である石工を囮としたのか、と問う白朝に和智が為政者の顔で答えた。 

「石工殿を餌とすれば、敵方も大物が釣れるからだ。言い方は、悪いがな」 

「だが、事実ではないですか和智殿。白朝、そういうことだ。俺が出れば、相手方も確実を狙って手練れを寄こす。つまり、あの男が来る」 

 あの男、と石工に言われ、白朝はおうぎの傍仕えの男を思い出す。 

「都で、枝田氏の統括をしているという、扇様の傍仕えの男ね?」 

「そうだ。白朝を矢で狙ったという許し難い男だ。見た目で騙されやすいが、武人としての能力も相当高い」 

「確かに。あんな青白い顔してひょろりんとしているくせに、矢の威力は凄かったわ」 

 自分で体験したそれを思い出し、白朝は確かにあの男の容姿からは想像も出来なかったと深く頷きを返した。 

「あの男を捕らえられれば、扇殿に大きな打撃を与えることが出来る。そして、扇殿を最後の権力のよすがとしている鷹城も崩れるだろう」 

「鷹城が崩れれば、枝田氏えだしも叛乱を諦める?」 

「ああ。都との連携が失われれば、枝田氏には逆らい切るだけの力は無い」 

「そもそも、地方で叛乱を起こしたとて、今の我らなら簡単に鎮圧できる」 

 力を込めて言った和智に、白朝の表情が苦くなる。 

「お父様。そのような油断、なさらない方がよろしいのではありませんか?相手を侮るなど」 

「油断ではない。侮っているわけでもない。そうできるよう、我らは組織を作り尽力して来た。その結果だ」 

 和智の目にある光を見た白朝は、そこに自分の知らない彼等の歴史があることを知った。 

 恐らく和智は、そのため自ら剣を握って戦ったこともあるのだろう。 

「すみません。何も知らず、口が過ぎました」 

「いや、構わない。油断をしないというのは、確かに大事だからな。そして、正に今がその時」 

「白朝。言ったように、ここにはこれから手練れの暗殺者が来る。すぐ、何処か安全な場所へ移動しろ」 

 石工が決定のように言い、すぐさまと用意させようとするのを、白朝はそっと押さえた。 

「駄目よ、石工。そんな事をすれば、襲撃に備えていると言っているようなものじゃない。我儘を言って来たのだもの。私も、ここにいるわ」 

「しかし、間者は恐らく今報告に走っている。その隙なら」 

「見張りを置いているかもしれないでしょ?」 

「・・・白朝」 

 言い募り、頑として動こうとしない白朝を、石工が困惑の瞳で見つめる。 

「石工。ここへ来る前、お母様に覚悟を問われたの。それで分かったのよ。私ね。例えどんなに恐ろしい思いをしたとしても、石工に置いて行かれるほど、怖いことは無いの。だから、傍にいさせてほしい。邪魔にならないようにするから」 

 予想と違い、剣を振るうに何の問題も無い石工が迎え撃つのであれば、却って自分の存在は邪魔となるかもしれない。 

 そんな不安と共に石工を見あげた白朝は、その強い瞳に囚われた。 

 

 

~・~・~・~・~・ 

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