腑抜けは要らない ~異国の美女と恋に落ち、腑抜けた皇子との縁を断ち切ることに成功した媛は、別の皇子と幸せを掴む~

夏笆(なつは)

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四十八、男が心を移すとき

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「駄目だ」 

 石工の傍へ行きたいという願いを一瞬の迷いもなく却下され、白朝は喰いつくように身体を乗り出した。 

「お父様!お願いします!」 

「白朝。今の話を聞いていなかったのか?石工殿が潜んでいるのは、隠れ家だと言っただろう。知らぬ場所へ、どうやって行くというのだ」 

 冷淡ともとれる表情で淡々と言われるも、白朝は諦めない。 

「お父様は、ご存じなのでしょう?」 

「白朝は、知らぬではないか」 

「お願いです、お父様。連れて行ってくださいませ。この通り。後生ごしょうですから」 

 自分も知らない、と言わなかった父の言葉から、今石工が潜んでいる場所を把握しているのだと察知した白朝は、両手を合わせ、こいねがった。 

「しつこいぞ、白朝。今、石工殿は深手を負って潜んでいると言っただろう。その場へ間者かんじゃを誘導するような真似をするというのか?暗殺の手伝いをすると」 

「そ、それは」 

「白朝がしようとしているのは、己の安心のために石工殿を危険に晒すという愚行、恥ずべき行いだ。いいから、大人しく邸で待っていなさい」 

 いつになく強い言葉を使い、高圧的なものの言い方をする和智わちに、白朝もそれ以上は強く出られない。 

 

 石工を、これ以上危険に晒したくはない。 

 それが私の安心のために、なんて尚のこと。 

  

「怪我の療養中にねんごろになるって、よくあるお話よね」 

 ならば諦めるのが賢明なのか、と白朝が思ったその時、母である奈菜香藻ななかもが、少女のような笑みを浮かべつつ、笑えない言葉を口にした。 

「療養中に、懇ろに・・・お母様、それって」 

「ほら、怪我をしていて動けないから、色々と手助けをしてもらうでしょう?ほだされ、情が通って、そのうち深い仲になってしまったりするのですって。怪我をして心が不安定な時に傍に居てくれるひとって、特別らしいわ」 

「怪我をしているとき・・傍にいる・・特別・・・・・」 

 

石工皇子様いしくのみこさま。お食事にしましょう』 

『ああ。いつもすまない』 

『すまない、などとおっしゃらないでくださいませ。こうして、お世話出来るのが幸せなのですから』 

『いつも助かっている』 

『ふふ。お食事を終えたら、傷口の布を替えましょうね』 

『頼む』 

『それにしても。お顔の色、随分とよくなられました』 

『そうか?』 

『はい。ここへ運び込まれて来た時は、泥だらけの血だらけで、お顔は黒いとも青いとも言えぬお色をされていて、とても案じられました』 

『苦労をかけた。心遣い、感謝する』 

『わたくしは、石工皇子様のお傍にいられるだけで、幸せでございます』 

『傍に、か』 

『はい。できましたら、この先もずっと』 

 

 ずっと・・・・・。 

 

 奈菜香藻ななかもの言葉に白朝のなかで妄想がはしり、見た事もないどころか、実在するかも分からない手弱女たおやめが、『石工皇子様』と甘い声で囁きながら石工にしなだれかかる。 

「そんなの、いや」 

 そして、思わず呟いてしまった白朝の声に、和智が呆れたような声を発した。 

「くだらない。そのような相手が、いると決まったわけでなし。白朝は、石工殿を信頼していないのか?」 

「それは、信頼しています・・けれど」 

おのこは、目新しい女人に弱いものですもの。ねえ?」 

 ふふ、と笑い、意味深に和智を見つめる奈菜香藻ななかもの目が笑っていない。 

「奈菜香藻?・・・っ、もしかして、あの折の話か。あのような、ずっと昔の」 

「昔だろうと何だろうと、事実に変わりはございません」 

 つん、と澄まして言う奈菜香藻に、和智が必死に話しかける。 

「奈菜香藻」 

側妻そばめを置かれるというのなら、それは、宮家の主のなさることです。当然と思います。ですが、あれは。あれは、無いと思いましたわ」 

 思い出し、怒りが再燃したのか、奈菜香藻の表情がどんどんと険しくなる。 

「それこそ、気持ちが弱っていたゆえの過ちではないか」 

 隣に座る奈菜香藻の手を取ろうとして失敗した和智が、その手を持て余すように自身で拳に握るも、それはひどく弱弱しい。 

「過ち。それ、相手の方にも失礼かと」 

「奈菜香藻がそう言うから!きちんと話をし、身を固める相手も探しただろう?」 

「わたくしが言わなければ、金品を渡して済ませておしまいになろうとされて。あの時ほど、貴方様が分からなくなったことはありませんわ」 

「相手とて!其方のように貞淑な女人だったわけではない」 

 

 ああ。 

 なんというか、お父様も昔、心が弱っている時にお母様を裏切ったことがある、と。 

 しかも、側妻そばめとして迎えたのではない、ということは、突発的な完全なる浮気。 

 家や、自身の利を考えたものではない、単なる浮気ということよね。 

 ふうん。 

 お父様が。 

 

 石工が気になるあまり、どこか亡羊とした面持ちで両親の遣り取りを聞く白朝は、やはりどこか遠い事のようにその事実を思う。 

 

 皇族や貴族が側妻を持つことは、自分の血を残すという意味でも、少し前までごく普通、当然のことだった。 

 しかし、白朝の親世代となり、その風習が一変したのは、その前の世代が余りに酷かったからだと白朝は聞いている。 

 

 子どもをたくさん残せばいいというものではない、ということよね。 

 まあ、少なくても若竹皇子のような勘違い皇子は存在するけど。 

 ともかく私は、平穏な時代に生まれてよかった。 

 ・・・・・良かった、けど。 

 このお話、いつまで続くの? 

 

「あの・・・」 

おのことは、弱っている時にこそ安らぎ、癒しを求めると、わたくしは実際に学んだのです。そのような思い、白朝にはさせたくありません」 

 そろそろ本題に戻ってもらおうと、声をかけた白朝の、その声に被せるように、奈菜香藻ななかもがきっぱりと言い切った。 

「いや、しかし」 

「和智様。どうか白朝を、石工皇子様のもとへ、連れて行ってくださいませ。貴方様が、おひとりで。つまり、単騎で駆けられるなら、間者とて油断をするでしょう」 

「奈菜香藻・・・」 

 

 お母様? 

 

 奈菜香藻が何やら部屋の外を意識した話し方をしているのに気づき、続いて和智が、何故か疲れたようにため息を吐くのを見て、白朝は首を傾げてしまう。 

「おか・・・っ」 

 しかし、何かあったのか、と尋ねようとした白朝は、両親に、揃って指を唇の前にた立てられ、慌てて口を噤んだ。 

「分かった。では、俺が単騎で出よう。白朝、明日、早朝に立つからそのつもりでいなさい」 

「え?は、はい。よろしくお願いします、お父様。そして、ありがとうございます、お母様」 

 何がどうして、突然そのような結末になったのかよく分からないまま、それでも母のお蔭だと白朝が礼を言ったところで、部屋の外で何か動く気配がしたように思い、白朝はそちらへ意識を向ける。 

「・・・・・行ったか」 

「ええ。しっかりと、こちらの情報を持って行ったと思いますわ」 

「あの。お父様?お母様?」 

 くすくすと笑う母、そして、そんな母を複雑な表情で見つめる父を、白朝は交互に見つめて、更に首を傾げた。 

  

  

~・~・~・~・~・ 

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