腑抜けは要らない ~異国の美女と恋に落ち、腑抜けた皇子との縁を断ち切ることに成功した媛は、別の皇子と幸せを掴む~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
46 / 58

四十六、奇襲

しおりを挟む
 

 

 

 黒く、厚い雲がどんよりと空を覆い、今にも雨が降りそうな気配を漂わせるなか、かつてなく深刻な表情で白朝しろあさを訪ねた石工いしくは、その表情に違わぬ重い話を口にした。 

「白朝。いよいよ枝田氏えだしが蜂起するという情報が入った」 

「蜂起・・・つまり、相手の準備が整った、ということ?」 

 息詰まる空気のなか、こくりと息を飲み、白朝は食い入るように石工を見つめる。 

「そのようだな。だが、待ってやるつもりはない。俺は、少数の精鋭を連れ、先んじて奇襲をかける」 

「っ」 

「大丈夫だ。必ず、戻る」 

 目を見開き固まった白朝の手を取り、石工が宥めるようにそっと滑らかな手の甲を撫でた。 

「でも、奇襲だなんて、そんな危険なことを石工がするなんて。石工は、皇様すめらぎさまのお子なのに」 

「その俺が行くからこそ、意味がある」 

 しっかりと白朝の瞳を見つめ、石工が淡く笑む。 

「だとしても」 

「白朝。謀反といっても、大勢は主の命に従っているだけだ。それに、戦いが大きくなればなるほど、土地や民への被害が広がる。それは避けたいんだ。分かってほしい」 

「それは、分かる・・分かる・・・けど」 

 石工が自ら行く、ということがどうしても引っかかる、納得できないと白朝は、ふるふると首を横に振った。 

「その顔。まるで、俺では成功し得ないと言っているようだぞ?そんなに俺が信じられないか?」 

「石工が信じられないなんて・・・そんな訳ないでしょ」 

「なら、俺が弱いと思っている」 

「思っていないわよ、そんなこと。石工はとっても強いもの」 

 きゅ、と石工の手を握り、白朝はその、自分よりずっと大きな石工の手をじっと見つめる。 

 石工が強いことは知っている。 

 だが、武力蜂起をしようという敵を相手に、無傷でいられるとは限らない。 

 そのような実戦の場で、後方にて指揮を執るだけでも危険と思えるのに、石工は先頭きって切り込むつもりでいるのが感じられ、白朝の胸を不安が覆って行く。 

 

 石工が危険な目に遭うなんて、考えたくもない。 

 怪我でもしたら、どうするの? 

 ううん、それ以上の危険だってあり得るのに行ってほしくない。 

 ・・・でも、石工の決意も分かる。 

 民を治める責任ある者としては、とても立派なことだわ。 

 皇を護り、民をも護る。 

 それが、石工の求めるもの。 

 でも正直、誇りより安全を取ってほしい・・・けど。 

 それでは、石工の傍に居る資格なんて無い。 

 そうよ。 

 私は、石工と共に生きていくのだから。 

 

「白朝」 

 あたたかく、やわらかな声によびかけられ、白朝もまた決意を固める。 

「本当に、無事に帰って来てね?」 

「必ず、と約束する」 

 言われ、白朝は石工の指に自分の指を絡めた。 

「約束を破ったら、ただじゃおかないんだから」 

「それは、怖いな。一体、何をされるんだ?」 

「・・・・・石工が帰って来るまでに、考えておく」 

「そうか。楽しみにしておく」 

 そもそも、約束を破ったら、それは石工が戻らないということなので、その時は内容を伝えることも出来ないのだが、その事からは故意に目を逸らし、白朝も石工もしっかりと絡めた指を解かないままに、じっと見つめ合う。 

「石工。出発は、いつ?」 

「明朝だ。極秘に立つから、見送りは遠慮してくれ」 

「分かった。ちょっと待ってね」 

 そう言うと、白朝は加奈に何かを命じた。 

「白朝?」 

「石工。小刀かして」 

「小刀を?俺がしよう。何に使いたいんだ?」 

 白朝が小刀を扱うのは危ない、扱うのは自分がすると言いながら、石工が自分の小刀を取り出す。 

「髪を、少し切ろうと思って」 

「白朝!」 

 髪は、その人物にとってとても大切なもの。 

 故に、初めて枕を交わした朝には、互いの髪を絡め結び合う。 

 その髪を切ると宣言した白朝に、石工の顔色が悪くなった。 

「もう、何。この世の終わりのような顔をして。これから奇襲をかけようという武人の表情ではないわよ」 

「奇襲をかけるより恐ろしいことを、白朝が言うからだろう。髪を切るなど。性質たちの悪い冗談だ」 

「あら。髪を切るのは冗談ではないわよ」 

「いいや。冗談だ」 

 あくまでも冗談にしようと決めた様子で、石工が小刀を仕舞おうとする。 

「ちょっと待って!切ってくれるのではなかったの?小刀は自分が扱う、って石工が言ったのよ?ちゃんと切って」 

「切るのが、白朝の髪だなどと思わないじゃないか。そんな約束は、無効だ」 

「そんな、勝手に」 

「大体、何故髪を切る必要がある?俺は、戻って来ると言っているだろう」 

 想う相手を失い、髪を切るという話なら知っているという石工に、白朝がぽかんとした後、ぶんぶんと大きく手を振った。 

「いやだ、石工。それで、そんな悲痛な顔をしていたの?違うわよ。石工が無事に帰って来るように、ってお守りのために髪を切るの。ほんの少しだけよ?」 

「お守り・・・なんだ、そうか」 

「そうよ。今、加奈が小さい布の袋を持ってくるから、それに入れて持っていて・・・ということで、少し切ってちょうだいな」 

 改めて仕切り直し、と白朝が石工へと髪を差し出す。 

「いや、しかし」 

「この、結ってある部分の先を少し切れば平気よ。ほら、早く」 

「だが・・・折角、これほどきれいな髪を」 

「あのね、石工。これは私のお願いなの。本当は、私も一緒に行きたいけれど、流石にそれは出来ないから。せめて、髪を一緒に持って行ってほしいの」 

 躊躇う石工に、白朝は懇願するように言い、ならばと石工も覚悟を決めて小刀を握る。 

「私の心は、いつも石工の傍に」 

 白朝の言葉と共に、しゃり、という小気味よい音を立てて、ひと房の髪が石工の手によって切り落とされた。 

 

 

「石工。くれぐれも、気を付けてね」 

「ああ。行って来る。白朝も、身体を大事にな」 

 そう言って一度白朝を抱き寄せ、名残惜し気に帰って行く石工を邸の前まで見送り、白朝はその凛々しい馬上の後ろ姿が見えなくなるまで、涙を堪えて見送った。 

「絶対に、無事に戻って」 

 

~・~・~・~・~・ 

いいね、エール、お気に入り登録、そして投票も!ありがとうございます。 

応援、よろしくお願いします。 

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

歴史漫才~モトヤん家の変~

歴史漫才
歴史・時代
日本歴史のパロディ漫才です。モトヤ(ボケ)ソウマ(ツッコミ)の日常をお楽しみください。

若竹侍

岡山工場(inpipo)
歴史・時代
武内新十郎は長屋暮らしをしながらも仕官を夢見て城下の道場の助っ人をしていた。腕にはおぼえがあった。 また副業で竹細工を始めた。父親が仕官していた故郷では武士の修養の一つとして竹細工を藩主が推奨していたこともあり、新十郎も幼いころから仕込まれていたのだ。 そんな生活が安定してきたころ、伊坂左内という奇妙な剣筋を使う道場破りが現れた。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
国を、民を守るために、武田信玄は独裁者を目指す。 独裁国家が民主国家を数で上回っている現代だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 純粋に国を、民を憂う思いが、粛清の嵐を巻き起こす 【第弐章 川中島合戦】 甲斐の虎と越後の龍、激突す 【第参章 戦争の黒幕】 京の都が、二人の英雄を不倶戴天の敵と成す 【第四章 織田信長の愛娘】 清廉潔白な人々が、武器商人への憎悪を燃やす 【最終章 西上作戦】 武田家を滅ぼす策略に抗うべく、信長と家康打倒を決断す この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です))

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...