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三十八、答え合わせ
しおりを挟む「さて、石工。答え合わせをお願い」
もう完全に持ち直したから大丈夫、と白朝は居住まいを正した。
「答え合わせ?」
それに対し、石工は不思議そうな顔をする。
「ほら。今後の方針とか、私としても聞いておきたいから」
「ああ。先ほどの、父上の発言か」
白朝が何を言いたいのか納得した、と石工もまた居住まいを正す。
「そういうこと。私に話すのは色々問題なのかもしれないけど、私としても今後の対処の仕方とかあるし、お話が食い違っても可笑しいでしょう?」
「確かに、俺達も真相を聞くなり、どういうおつもりでいるのかを確認するなりする必要があると、俺も思った。そうでないと、俺達としても動きようがないからな」
「そうなのよ。若竹皇子様は、本当に、その皇様のお子では云々の真相を私達も・・・・ん?達?」
石工の言い方に引っかかりを覚え、白朝はこてんと首を捻った。
「どうした?」
「うん。石工は、知っているのではないの?」
「いや。俺も若竹の話は初耳だった」
余りに不思議だったからか、深く首を倒しすぎてよろけかけた白朝を支えつつ、石工がはっきりとそう言う。
「初耳!?本当に!?」
「あ、ああ。そんなに驚くことか?」
「驚くでしょう!だって、あの落ち着きよう。私への心遣いも完璧なうえに、穏やかな物言いで、まったく焦ることなく、言葉に詰まることもなく、それはもう滑らかに対応していたではないの!あれで!?若竹皇子の事については知らなかったというの!?普通はもっと動揺するものでしょうが!」
思わず、ぜいぜいと息切れするほどの勢いで話し、白朝はじっと石工を見た。
「白朝だって、完璧な対応だったじゃないか」
「あれは、石工が肘で・・・ありがとう。あれ、凄く嬉しくて心強かった」
「驚くのは当たり前だ。だが、初めから表情には出ていなかったぞ。声も振るえていなかった。まあ、戸惑っているのは何となく察せられたが、声をかけるわけにもいかなかったからな」
それぞれの立場で、話をする必要がある場合、余り石工に頼り過ぎては白朝が舐められてしまう。
その兼ね合いをも危惧してくれた石工に、白朝は心から感謝する。
「石工が居てくれるだけで、ひとりじゃないって頑張れるから、そこは平気。後は、どういう対応をしていけばいいのかを、知ることが出来ればいいのだけど」
「俺もそう思う。父上と擦り合わせが必要だな。今行われている会合で、どの程度、共有しているかも問題だろう。宮家や貴族家がどう動くのかも」
「そうね。鷹城だって黙ってはいないでしょうから」
白朝の言葉に、石工は深く頷いた。
「確かに、実子ではないというのなら、それなりの証明、証拠を求められるだろうな」
「証拠。でも、自分の子ではないという証明って難しいのでは?」
「ああ。だがもしも、子を孕んだ頃に他の男とも関係、通じていることが発覚すれば、それだけで実子としての信憑性は下がるな」
「っ」
こ、子を孕む?
他の男とも関係、通じる、って・・・・・。
ええと、つまりは、そういうこと、よね?
私の場合は、石工と・・・・石工と同衾・・・共寝・・・っ!
「どうした?暑いか?急に、首や耳まで赤くなった」
淡々と言う石工の言葉に、色々と想像してしまった白朝が首まで熱を感じていれば、案じるように石工が声をかけて来た。
どうやら表にも出てしまっているらしい、と白朝は焦って、自分の指を忙しなく絡める。
「う、うん。暑いっていうか、熱い?」
「熱でも出たか」
「や、病ではないから大丈夫!」
違うの!
そうじゃなくて、想像したらこうなっただけで・・・・!
病ではない、違う、大丈夫だ、と白朝がぶんぶんと手を振るも、石工は優しく白朝の頬や額に触れ、穏やかな目で、安心させるように見つめるばかり。
「白朝。ここでは、気丈に振る舞うなど不要だ。色々なことがあって、気持ちが不安定なのだろう。今、床を」
「だ、大丈夫!」
「しかし」
「本当に大丈夫なの!確かに心の問題、一過性のものだから、すぐに収まるから!」
察して!という願いと共にひしと石工を見あげた白朝は、ぽんぽんと優しく頭を撫でられて、その手の動きの優しさ、瞳に感じる温かさに、何だか幸せな気持ちになる。
「分かった。だが、心の問題を甘くみるなよ?俺には、いくらでも弱いところを見せていいからな?」
「ありがとう」
白朝が発火する原因となった想像については察してもらえなかったが、却ってそれで良かったのかも、と白朝は再び石工が渡してくれた杯の水をこくりと飲んだ。
「蛍会の舞を、俺と白朝で舞うことを宮家、貴族家も容認した。それは、日嗣皇子の内定を意味する」
「それを、鷹城は否定した」
大勢の前で、はっきりと石工が日嗣皇子などと認めていない、と発言した鷹城家の焔。
その時の様相を思い出し、白朝はむっとした気持ちが蘇る。
「どうした?唇がとがっているぞ」
「だって、焔殿ってば、石工のこと公の場で呼び捨てにしたのよ?殴ってやろうかと思ったわ」
白朝の内心に、おおよその予想が付いていたのだろう石工が揶揄うように言えば、白朝もまた、隠すことなく本心を露呈した。
「殴れば、白朝の手の方が痛む。その時は、俺に任せろ」
「私の分も、殴ってね」
「ああ」
約束、と小指を絡め、白朝はふと廊下を見遣る。
そのずっと先の部屋では、今も会合が行われている。
「時間、未だかかるのかな?」
「国にとっての、一大事だからな」
「もしかして、皇様がずっと追っていらしたことって、これ?」
白朝の問いに、石工が考えるように口元を結んだ。
「石工?」
「表層はこの件だが、深部はもっとあるような気がする」
「深部?」
「ああ。もっと色々な要素があるのだと思う。例えば、地方豪族との関係性。協力して立ち上がれば、と考えたとしても可笑しくない」
石工の言葉に、白朝はこくりと息を飲む。
「それって」
「父上は、謀反の可能性も視野に入れているのだと思う」
「でも、お父様達は皇様のお味方よ?」
例え地方豪族と中央の貴族が協力したとしても、他の中央貴族、地方豪族が結束すれば反乱は鎮められる。
「分かっている。そして、鷹城もそれを分かっているが故に、出来るなら正攻法で済ませたいはずだ」
「そうね。それで、あの玉桐、凪霞異変を起こしたのだものね」
「奴等の前で、そんな風に笑うなよ?未だにあれは、俺の起こしたものだと言っているのだからな」
茶化すように言う白朝に、石工もまた苦笑しながら答えた。
「そうよねえ。もう、とっくにばれているのにねえ」
国の宝である玉桐と凪霞を奪い、石工の咎としようとした件は、盗みを実行しようとした咎人も捕らえられ、既に解決している。
しかし、皇が公に発表した咎人は逃走した、という発表を信じている若竹や鷹城、扇は、それで石工が助かったと言って憚らない。
「奴等のなかで、あの件はある程度の成功となっている。まあ、そのことを持ち出して俺を貶めようとすれば、自分達の首が締まるわけだが」
「分かっていないわよね、あれ。なんかもう、鷹城が暴走しているだけじゃない」
呆れたように言った白朝に、しかし石工は表情を改めた。
「強ちそうとも言い切れない。奴等には、若竹という旗頭が居る。まあ、奴が正当なる存在なら、だが」
「でも、皇様と他の宮家や貴族家は、既に石工を日嗣皇子と決定したのに?」
「未だ内定だからな。覆せると思っているのだろう」
冷静な石工の言葉を聞き、白朝の心に不安が過る。
「じゃあまた、石工が危険な目に遭ったりするの?」
「父上は恐らく、この争いを早期に収めるつもりでいる。だからこその、あの発言なのだと思う」
若竹は己の実子ではない。
思慮深い皇が、遠回しな言い様とはいえ、公の場で言葉にした。
「でもきっと、扇様は否定されるわ」
「だろうな。だが、父上も引き下がりはしないだろう。それこそが、幕切れの始まりだ」
「争いの幕あけ、ではなくて?」
そちらが先では、という白朝に石工が笑みを返す。
「言っただろう。父上は、早期に収めるつもりだろうと」
「んん?つまり、収めるため・・終わらせるために始めるってこと?」
「正解」
よくできました、と言わぬばかりに頭を撫でられ、子ども扱いと怒るつもりが絆されて、またも心地よくなってしまった白朝は、はっと我に返ってこほんと咳払いした。
「え、ええと・・・その争いというのは、つまり日嗣皇子に相応しいのは石工か若竹か、ってことよね?まあ、若竹こそ、って言っているのは、鷹城と扇様だけだけれど・・・って、それはともかくとして。鷹城が日嗣皇子のことで異議を唱えても正当なのは、若竹皇子がいるからで・・でも、その若竹皇子がもしも皇様のお子でないなら」
「奴等の牙城は、根底から崩れ落ちる」
平静な態度で石工が告げ、白朝も真剣な瞳で頷く。
「あ、でも」
「何だ?」
「お血筋だけでなく、その能力も才能も努力も。誰より日嗣皇子に相応しいのは、石工よね」
しかしてすぐ後に、ぽんと手を叩いた白朝に不思議そうな目を向けた石工に、白朝は満面の笑みでそう言い切った。
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