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三十、嫌疑
しおりを挟む「「白朝!」」
「・・・お父様、お母様」
その後、家人と共に現れた父と母の姿を見て、白朝は驚きに目を見開いた。
ふたりとも、白朝が見た事もないほどに動揺しているのが容易に見て取れる。
「白朝。賊と行き会ったわけではないと聞いてはいるが、怪我はないか?」
「白朝。大丈夫?お母様が分かる?」
「・・・大丈夫です。お父様、お母様。ただ、物凄く衝撃で・・・っ」
両親の姿を見ての安堵からか、白朝の目にみるみる涙が溜まって行く。
「そうよね、こんな。幾ら、貴女の織物が素敵だからって、許されることではないわ」
「必ず、咎人を捕まえてやるからな」
「さ、ともかくお部屋に戻りましょう」
両親に支えられるように立ち上がり、白朝は、そのままふたりに挟まれる形で邸まで戻った。
そこに南雲と、既に白朝の傍に付いている加奈も続く。
「本当に。一体、誰があんなことを。見つけたら、頭の毛を全部むしってやりたい」
「あの織物を一番欲しいと思う人物、となればひとりだが・・・まさか、そこまでとも思う」
実際にむしる想像でもしているのか、指を閉じたり開いたりしながら怒りを露わにする加奈に、南雲がぽつりと呟いた。
「媛様の織物を一番欲する人物?・・・まさか!」
その人物に思い当たった加奈が、目を見開いて南雲を見る。
「そうだな。まさかとも思う。何しろ、既に披露目も済んでいる織物で、誰が見ても白朝媛様の作だと分かる物だからな。そこまで愚かとは思いたくないが」
「でも。そうだとすると、実際に盗み出したのは誰?」
「宮家の屋敷に忍び入るなど、容易ではないからな。内通者がいるのだろう」
宮家の警護は厳しい。
まして、白朝の織物小屋は屋敷のなかでも奥まった場所にあって、余所から訪れた人物は誰であろうと確認され、招かれない限りは入ることが出来ないようになっている。
そのような所で見慣れない人物が徘徊などしていれば、直ぐに侵入者だと判明してしまう。
「ではまず、その内通者を探せばいいの?」
「うまく、尻尾を出してくれるといいのだが。そう簡単にはいかないだろうな」
考えるように言った南雲に頷いた加奈が、白朝が両親と共に部屋に入ったのを確認して、南雲と共にその隅に控えようとしたところで、急に表が騒がしくなった。
「何事だ?」
白朝と奈菜香藻を庇うように言った和智に、その片腕である甲斐が素早く反応し、確認に走る。
「・・・どうやら、白朝媛様の織物を盗んだ者を見たと言って、騒いでいる者がいるようです」
「なに?」
「こちらの使用人。お邸内の仕事をしている者のようですが、如何いたしますか?」
「連れてこい。直接、話を聞く」
「畏まりました」
「・・・お父様」
ふたりの遣り取りを聞いていた白朝が、忙しく立ち動く甲斐を不安そうな目で見遣った。
「大丈夫だ。この父を信じろ」
「お父様の事は、信じています」
迷いなく言った白朝に、和智の頬が緩む。
「そうか」
「ふふ。良かったですね。けれど、その言葉の後に『石工皇子様の次に』と続くやも知れませんわよ?」
「・・・・・奈菜香藻」
途端、塩をふられた青菜のように肩を落とした和智に、白朝は慌てて声をかける。
「大丈夫です、お父様!お母様は、誰よりお父様を信頼していらっしゃいますから!」
「和智様。連れてまいりました」
白朝が、何とか、と拳を握って言った時、甲斐が使用人と思しきひとりの女人を連れて戻り、そのまま廊下に待機させた。
「分かった。話を聞こう」
そして、すぐさま凛とした体勢になった和智と奈菜香藻を見て、白朝はふたりが自分を元気づけようとしていたのだと気づく。
確かに、気持ちが少し向上したわ。
ありがとう、お父様、お母様。
先ほどよりずっと前向きな気持ちになって、白朝もまた、廊下で面を伏せる女人へと意識を集中した。
「お前は、内向きの仕事をする使用人だな?」
「はい。八名と申します」
内向きの使用人。
洗濯や掃除などの下働きではなく、邸内で主人家族の傍近く仕えるということは、加奈と同じく地方豪族の出身なのだなと、白朝は、意識もしたことのなかったその女人を見つめる。
かなり矜持が高そう。
生家に居る時には、自分が使う方だったのに、都に来てからは仕える立場になったわけだから、複雑なのでしょうね。
そういった話はよく聞く、と白朝は、使用人としてはぎりぎりではないかと思われる、その派手目な装いに眉を寄せた。
「では、お前の知っていることをすべて話せ」
「はい。本日夜明けの頃、白朝媛様の織物小屋付近で、南雲を見ました。その時には、特段可笑しなこととも思いませんでしたが、白朝媛様の織物が盗まれたとなれば、あれは、と思い至り、我が身の浅慮さを嘆いていたところです」
は!?
一体、何を言い出すのよ!
まるで悲劇の主人公のように言い切った八名に抗議しようと声をあげかけた白朝を、和智が片手で制す。
「ほう。南雲が。それで?其の方は、どのような理由で己が浅慮だと悔いたのだ?」
「あの時南雲は、織物を奪う直前だったのでしょう。声をかけていれば、と悔やまれてなりません」
赤い唇を噛むその姿は煽情的で、この場に似つかわしくない艶めかしさが漂う。
「では、南雲が白朝の織物を盗んだと、其の方は言うのだな」
「その通りでございます」
「何故?何故、南雲はそのような行為に及んだと?」
和智の問いに、我が意を得たりと言わぬばかりの表情で、八名が顔をあげた。
「南雲は元々、若竹皇子様の右腕と言われた存在です。故に、今も繋がりがあるものと推察いたします」
勝ち誇って言った八名に嫌悪を覚え、咎人と決めつけられている南雲の心情を案じてその顔を見た白朝は、ふと首を傾げた。
え?
傷ついた様子が微塵も無いどころか、何だろう。
あの、ちょっと小馬鹿にしたような薄い笑み。
それと見なければ分からない程度ではあるが、南雲は確実に口角をあげている。
そして、周りを見てみれば、皆一様に同じような表情をしている。
え?
なに?
一体、どういうこと?
意味が分からず様子を見るしかない白朝の耳に、父、和智の声が響く。
「そうか。若竹皇子殿のためか」
「はい!」
「何故、言い切れる?南雲は、自分の物とするために奪ったやも知れぬではないか」
「そのような筈がございません!絶対に、若竹皇子様の指示で」
「そうか。若竹皇子殿の指示で盗んだのか」
「さようにございます」
頬を紅潮させた八名が、真っ直ぐに和智を見て答えた瞬間、その和智の目が眇められた。
「報酬には、何を貰う約束だ?愛妾にでもしてやると言われたか」
「え?」
「盗んだ織物を何処へやった!?」
突然の和智の怒号に、八名が驚愕したように目を見開くが、白朝もまた、余りの急展開に頭が付いて行かない。
「な、何を仰って・・・」
「明け方に、白朝の織物小屋の辺りで南雲を見たと言ったな。して、其の方は、何のためにそこにいたのだ?」
「な、奈菜香藻様のお部屋のお花を摘みに・・・信じてください!南雲は元々、若竹皇子様の片腕だったのです!未だこちらへは何の益ももたらしていないのに、いきなり白朝媛様の護衛など、周りの皆だって不満、不快に思っているに決まっています!」
必死に周りを見ながら叫ぶ八名に同意する者は無く、和智が冷たい目を向ける。
「皆が不満、不快に思う、か。確かにな。だが、其の方が案ずることは何も無い。南雲は、こちらへ来てすぐ、皆と剣を合わせ、その実力を示している。我が家の武人たちは、それでも不満、不快と思うほど狭量ではない」
「で、ですが、わたくしは確かに南雲の姿を」
「いいことを教えてやろう。南雲は、今日の明け方。武人達と鍛錬に励んでいた。私もその場にいたからな。間違いない」
「っ・・・そんな・・・」
「和智様!出ました!」
その時、場を外していた甲斐が戻り、布に包んだ何かを和智へと手渡す。
「あったか」
短く答えた和智の動きを青い顔で見つめていた八名は、和智が鈍く光る小刀を取り出した瞬間、その場に頽れた。
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