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二十九、盗難
しおりを挟む「そろそろ完成ですか?媛様」
「ええ。あと、七日ほどで完成する予定よ」
体格のいい石工のため、もう少し長く織るつもりの白朝だが、若竹ほどの体躯ならば程よい長さとなったのではないかと、これまでこつこつと織りあげて来たそれを見つめた。
「本当に見事です。石工皇子様に、よく映えることと思います」
「私もそう思うわ。早く、石工に当ててみたい。実際に、締めてみて欲しいわ」
白朝が、その心を込めて織った物を石工が身に着ける。
そう思うだけで、心が躍る。
既に、日常使いの帯を贈ってはいるものの、やはり豊穣祭のそれともなれば気持ちが違う。
白朝は、自然と弾みそうになる手を何とか落ち着かせ、今日も静かに機を織った。
「媛様。少しお待ちください」
翌日、いつものように鍵を携え、織物小屋へと向かった白朝は、緊迫した様子の南雲にその足を止められた。
「どうかしたの?」
「戸が、開いております」
「え?・・・あら、本当。少し隙間が。石工達は、今日もここには来ない予定よね?」
「はい、媛様。石工皇子様方は、昨日から三日ほど皇様の元へ通うこととなっております」
白朝の問いに即座に答えた加奈は、万一に備えて白朝の前に出た。
「そうよね。それに、鍵はここにあるのだし、そもそもみんな、勝手に入ったりしな・・・っ!」
言った瞬間、ある可能性に気づいた白朝が走り出す。
「媛様!」
「南雲を先に行かせてください!媛様!」
間髪空けずに南雲が走り出し、悲鳴のような声をあげながら加奈がその後に続く。
「媛様。未だ賊がいるやもしれません。白朝媛様。御身より大切なものはないと、お心にお留め置きください」
追いついた南雲にそう言って制されるも、白朝はいやいやをするように首を横に振り、尚も小屋へと駆けようし、再び南雲に止められるを繰り返す。
焦燥のままに動くその目には、織物小屋しか写さない。
「南雲。そんな事を言っている場合ではないのよ。織物が。石工のための織物が大変な目に遭っているかもしれないの。急がないと、大変なことに」
南雲の腕に取り込まれるように押さえられ、その腕から逃れようと藻掻く白朝になるだけ触れないようにしながらも、南雲は力を緩めることはしない。
「分かっております。この南雲が、共に参りますゆえ」
そう言うと南雲は周囲を警戒し、白朝を護りつつ小屋へと歩みを進めた。
「っ・・・南雲、あれ」
「はい。何者かが、戸を打ち破って入ったようですね」
白朝と南雲が見たのは、無残に打ち砕かれた海老錠。
それは昨日まで、しっかりと小屋を護ってくれていた筈のもので、白朝の手にある鍵でしか開かない堅固さを誇っていた。
「南雲!南雲、早く。早くしないと、織物が」
「お待ちください・・・・はい、大丈夫です。人の気配は既に無いようですが、念のため他の者も呼んで・・・っ、媛様!」
注意深く神経を張り巡らせ、内部の様子を探っていた南雲が、ほんの少しその警戒を解く。
そして紡いだ言葉。
『人の気配はしない』
そう聞いた瞬間、白朝は南雲の静止を振り切って小屋へと飛び込んでいた。
「媛様!賊はおらずとも、罠や毒物などあるやも知れぬのですから、お待ちを!」
「きゃああああああ!!」
「媛様!」
そうして脇目もふらずに豊穣祭用の織物をかけている織機へと向かった白朝は、無残に引きちぎられ、ゆらゆらと揺れる糸を目にして絶叫した。
その糸の先、間もなく完成を迎える筈だった織物は、どこにも無い。
床に打ち捨てられた杼が、名残の糸を棚引かせているのが見え、白朝の胸を更に苦しくさせた。
「媛様!一体何が・・・っ、これは酷い。媛様、お気を確かに・・・加奈!人を呼べ!和智様にも報告を!」
「分かったわ!媛様をお願い!」
気を失いかけ、ゆらりと揺れた白朝の身体を危なげなく支えた南雲がそう指示を飛ばせば、現状を把握した加奈は、案じるように白朝を見るも、傍に南雲が居ることで役割の分担と思い切り、自分は邸へと向かって走り出した。
「媛様。失礼をいたします」
呆然自失の状態で、虚ろに目を彷徨わせる白朝を抱き上げ、南雲は休憩できる場へと白朝を連れて行く。
「媛様。こちらを。口は付けていませんので、ご安心を」
仮眠も取れるその場で、南雲は腰に付けていた竹筒を外し白朝に渡そうとするも、白朝は亡羊とそれを見つめるばかり。
「水です。口にすれば、多少なりとも落ち着かれます」
のろのろと顔をあげ南雲を見た白朝の、その常には無い、魂を抜かれたかのように表情が抜け落ちた様子に胸を詰まらせながらも、優しく微笑み、安心させるよう、静かで穏やかな声をかけると、南雲は竹筒の栓を抜き、白朝の手にそっと握らせる。
「・・・・・おいしい。ありがとう、南雲」
「いえ」
こんな時でさえ、目下の者にも礼を言うのを忘れない白朝に、涙が込み上げそうになった南雲は、白朝を抱き締め慰めたい衝動に駆られるも、拳を強く握り込むことで何とか堪え切った。
「どうしてこんな・・・ひどいことを。引きちぎる、なんて」
白朝の織物は美しい。
そして、上質な糸を用いてもいる。
それこそ、売りさばけば相当な額を得ることもできるだろう。
故に盗難の危険を感じ、織物の小屋には頑丈な錠が取り付けられたし、白朝自身もその事を理解はしていた。
それでも、むしり取るような真似をされると、織物への冒涜とさえ思えて哀しみが募る。
「媛様。幸い、既に披露目を終えている織物です。盗んだ者が売りさばけば直ぐに分かるよう、手配することは可能かと。ですが、もし裏に誰かいた場合、取り戻すのは困難かと存じます」
「裏に誰か」
ただの盗人ではないのか、と白朝が鸚鵡返しに呟き首を傾げる。
「はい。そもそも、このお屋敷内に入り込むことが困難なうえ、織物小屋に掛けられていた錠は、かなり頑丈な物でした。それこそ、鋭利な武器のような物が無ければ破壊など不可能です。そして、そのような値が張る物を、ただの盗人が持つことは難しい。となれば、それを渡した人物がいるかと」
南雲の言葉に、白朝は青い顔、よく回らない頭ながらも懸命に考えを巡らす。
「この屋敷に入り込めるよう、誰か、手引きをした者が?」
「そう考えるのが、妥当です。媛様。賊が捕まるまで、絶対に私の傍を離れないでください」
「分かったわ」
未だ亡羊とした心地のまま、白朝はこくりと頷いた。
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