腑抜けは要らない ~異国の美女と恋に落ち、腑抜けた皇子との縁を断ち切ることに成功した媛は、別の皇子と幸せを掴む~

夏笆(なつは)

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二十七、舟遊び

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 からん 

 しゃん 

 からん 

 しゃん 

 

 小気味のいい音が織り小屋を満たすなか、白朝しろあさが迷いない動きで織物を創り上げていく。 

 

 からん 

 しゃん 

 からん  

 しゃん 

 

 しかし不意にその音が途切れ、心地よさに身を委ねていた南雲なぐもは、主である白朝に何かあったかと素早い動きで傍に寄った。 

 その動きに、加奈かなはぴくりと眉をあげて自分も白朝の傍へと近づく。 

白朝媛様しろあさひめさま。何か、ございましたか?まさか、ご気分でも悪くなられましたか?今日は、ひと際暑いですから、ご無理なさらず」 

 本格的な夏を迎え、窓からの風はあるとはいえ、この織り小屋も随分な暑さとなっている。 

「それは大丈夫よ。心配してくれてありがとう。何というか、今日は石工達がお休みだから、人の出入りも無いでしょう?それが、落ち着かなくて。以前通りなだけだというのに、石工達がお休みの日は、どうにも慣れないの。おかしいわよね」 

「おかしくなどありません」 

「そうですよ、媛様。おかしいことなど、何もありません。それに、石工皇子様がお休みなればこそ、この後、お屋敷にお招きくださっているのですから、お会いにはなれますよ。何も問題ございません」 

 肩を竦めて言った、白朝の言葉を即座に否定した南雲に続いた加奈が、揶揄うようにそう言って、白朝を慌てさせる。 

「な、なにも、石工に会えなくて寂しいとか・・・少しは、そう思うけど」 

 もごもごと言う白朝に、加奈が満足そうに微笑んだ後、何やら複雑な表情を浮かべた。 

「素直な媛様は、大変にお可愛らしく、このうえない眼福です。ですが、石工皇子様のお蔭で、このような白朝媛様が見られるというのは、何とも複雑な気持ちになります」 

「可愛い、って加奈」 

 呆れたように白朝が言うも、加奈は止まらない。 

「本当のことです。白朝媛様は、いつもお可愛らしいですが、石工皇子様の事を想われている時は、尚一層」 

「もう。加奈ってば」 

「それにしても、本当に素晴らしい織物です。順調な進み具合なのでしょうか?」 

 石工の事を加奈に揶揄われ、首まで赤く染めた白朝は、南雲に唐突に問われ現実へと引き戻される。 

「え?ええ・・・とても順調よ。お披露目の予定までには、織り上がり近くまでいけそうなの」 

 織物の披露目。 

 それは、豊穣祭に向けての織物を、一足早く人々に披露する場のことで、白朝は毎年、この織り小屋に多くの人々を招いていて、今年も例外ではない。 

「媛様のお披露目には、大勢の方が参加をご希望なさいますものね。誰よりも素晴らしい織物をお創りになると、それは評判ですから」 

 主の誉が嬉しい加奈が、頬を上気させてそう言った。 

「今年も、皆様をがっかりさせない仕上がりになると思うの」 

 それを受け、白朝は織り上がって行く布を静かな瞳で確認する。 

「それは。石工皇子様も、お喜びになられますでしょう」 

 瞳の動きも無く、淡々と言う南雲を加奈が何か含みのある目で見つめるも、それを音にすることは無く、彼女は、白朝に仕度をする時間だと言って立ち上がらせた。 

 

 

 

「よく来たな」 

「本日は、お招きいただきありがとうございます」 

 南雲と加奈を従えて石工の屋敷へと来た白朝は、石工自らの出迎えを受けて丁寧な挨拶をする。 

「そうしていると、途轍もなく宮家の媛らしいが、親しみはまったく感じないな」 

「気に入らないかしら?」 

「気に入らないことはないが、俺だけの時は不要だ」 

「皇子様のお屋敷でも?」 

「ああ」 

 今日は、周りに石工に仕える者達もいるため、一応、と宮家の媛らしくしてみた白朝が問えば、石工は迷いなくもちろんと答えた。 

「なら、遠慮なく」 

「皆、口が固いから心配ない。それに、主が大切に想い招いた客人を貶めるような者もいない」 

「それは、素敵ね」 

 扇や若竹の屋敷では、常に周り中から見張られているような状態で気も抜けなかった、もし言葉ひとつでも誤れば、とんでもない失態として翌日には都中に広まっていた、と白朝がため息を吐く。 

 

 まあ、若竹皇子様にも、扇様にも疎まれていたのだから、当然か。 

 

 そんな白朝を実際に見て来た南雲が案じるように見つめるのを、ちらりと確認するも何も言わず、石工は白朝を庭へと案内した。 

「凄い・・・見事ね・・・とってもきれい」 

「今が見頃だからな。白朝にも見せたかった」 

 今を盛りと咲き誇る蓮を見て瞳を輝かせる白朝を、石工も嬉しそうに見つめる。 

「本当にたくさん咲いていて、お池がお花畑のようだわ。それに、お池が広いから、向こうの方は、はっきりとは見えなくて、薄い桃色や白色が広がっているように見えて。それもまた素敵ね」 

「白朝。このままここから見つめるでも、池の縁を歩くでもいいが、今日は舟に乗らないか?」 

「舟!?私、舟好き!」 

 石工の提案に、白朝の表情が更に明るくなった。 

「では、行こう」 

 

 

「・・・風が気持ちいい」 

「水の上だからな。幾分、涼しいだろう」 

「うん」 

 蓮の花に彩られた池を、舟がゆっくりと進む。 

「何だか、水に絵を描いているようね」 

 舟が進む度に生まれる波紋を見つめて言う白朝に釣られるよう、石工もその波紋を見つめる。 

「水に絵か。思いもしなかったな」 

「舟が進たびに新しい絵が生まれて、風がそよげば、また別の絵が生まれるの」 

「人生のようだな。俺達を舟、他の人間を風に例えるなら、俺達が描く絵もあれば、他者が描く絵もあるということか」 

「自分が描く絵も、他のひとが描く絵も、それぞれの人生でそれぞれに綺麗ということね。それにしても、素敵な表現だけど、ちょっと気障?」 

「放っておけ」 

 くすくすと笑う白朝に憮然として言い、石工は水面を見つめた。 

 自身が描く絵も、他者が描く絵も素晴らしい。 

 ただ、それは互いに相手を邪魔として争うこともあるだろうということは、敢えて口にしない。 

「白朝。ずっと共に、同じ舟に乗っていような」 

「舟?それは、人生の、ということ?」 

「そうだ」 

「それは、こちらこそよろしくお願いします」 

 お道化て言う白朝は、蓮の花のように美しく、池の煌めきも相まって、石工は思わず目を細めてしまう。 

「ねえ、石工。舟の上でがくを演奏するというのも、素敵じゃない?」 

「楽か。もう一艘の舟に演奏者を乗せれば、叶うぞ」 

「それも素敵だけれど、自分達で演奏するの。私と石工とで」 

 私は筝を、石工は笛を嗜むのだから、という白朝に石工が破顔する。 

「白朝と合奏か。それはいいな。今度はそうしよう。それに、同じ邸に住むようになれば、舟だけでなく、月を見ながら、花を見ながら、誰に気兼ねすることなく奏でられる」 

「いいわね、それ。本当に楽しみ」 

 うっとりと言い、白朝は波紋を描く水面に、そっと指を触れさせた。 

  

~・~・~・~・~・ 

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