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二十二、帰還
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あの襲って来た人達、農民みたいだったわよね。
私が我儘している、私が悪い、って信じている風だったけど、あの場に扇様お気に入りの、枝田氏出身の傍仕えが居たということは、そう思い込ませているのも、私を襲撃したのも、扇様のご意思なのかしら?
それとも、枝田氏の彼の単独行動?
どちらにしても、枝田氏の彼が物陰から様子を見ていた、矢を放ったのは彼だと思われる、って報告したら皇様はまた、枝田氏の彼や扇様には追求しないと決定されたのよね。
『すまないが、何も気づいていないふりを装ってくれ』って、当然のような箝口令と、未だ泳がせておく、という不穏な言葉と共に。
それってつまり、石工が、皇様には長く探っている事柄があると言っていたことと、皇様が、扇様が先に裏切ったと言っていたことが、今回の件にも関係しているということだと思うんだけど。
未だ、教えてはもらえ無さそう。
すっごく、気になるけど。
「媛様!白朝媛様!石工皇子様がお戻りになると、早馬が参りました!」
白朝が自室で色々と考えていると、そう言いながら、加奈が嬉しそうに速足で廊下を歩いて来た。
「石工が!?無事なのよね!?」
「はい!お怪我など、無いご様子です」
「お戻りになるのは、皇様のお屋敷よね?お出迎えはしてもいいと?」
「そのように承っております。急ぎご準備を」
「お願いね、加奈!」
弾むように返事をし、白朝は急ぎ装いを整える。
石工、元気かしら。
無事とはいえ、ずっと馬で移動していたのだから疲れも・・・・・あ。
もしかして馬ではなく、愛妾となる人と一緒に輿に乗って帰って来る?
共に乗っていれば、愛妾となる存在だと周りへの宣言にもなるし、そうするかも。
だとすると、私は行かない方がいいのかな・・・・・。
いやいや、石工の正妃は私と決まっているのだから、行かないのも拗ねているみたいで良くない気がする。
堂々と、笑顔で愛妾を迎え入れるのが正妃。
・・・・・嫌だけど。
「媛様?この装いでは、お気に召しませんか?とてもよくお似合いと思いますが」
白朝が考えごとをしていると、加奈が心配そうに声をかけて来た。
「ああ、違うの。少し考えごとをしていただけよ。とても素敵に整えてくれてありがとう。では、行きましょうか」
気持を落ち着けるよう深く息を吸って吐き、覚悟を決めたように一歩を踏み出した白朝は、そのまま気づけば目的地である皇の屋敷前へと到着していた。
正妃は笑顔で愛妾を受け入れる、正妃は笑顔で愛妾を受け入れる、正妃は笑顔で・・・・・あ!
石工!
堂々たる馬上の姿がやっぱり素敵・・・それに、本当に元気そう。
「白朝!」
皇の屋敷の門の前。
そこで多くの貴族達と共に、呪文の如くに心得を唱えながら待っていた白朝は、そう言って白朝を認めるなり馬上から飛び降りた石工が、自分の方へと駆けて来るのを見て、咄嗟に自分も駆け出した。
「皇子様!よかった、無事で」
辛うじて、白朝にだけ許された皇子様呼びにとどめたものの、白朝は石工とふたりで居る時のような自然な言葉遣いをしてしまう。
「白朝」
それを咎められることもなく強く抱き締められ、石工が無事に戻った喜びに浸る白朝は、その逞しい胸から顔をあげ、石工の目を煌めきを眩しく見つめる。
「皇子様・・・本当に、元気そうでよかった」
「ああ。何処も何ともない」
ゆったりと白朝の腰に両手を回し、嬉しそうに白朝を見つめ返す石工の瞳に、暫し魅入られた白朝は、はっとしたように周りを見る。
愛妾さんは、何処かしら?
馬ばかりで、輿も見えないけど。
「はは。人前であることに気づき、今更のように気になったというところか?」
「あ、それもあった!」
愛妾と、彼女を乗せて来たであろう輿を探す事に傾注していた白朝は、石工に言われて初めて、周りが温かい、もしくは生温かい目で自分達を見守っていることに気づき赤面した。
しかし、石工と共に馬で駆けて来た面々の元には、それぞれ家族や恋人と思しき人たちが集まっているので、許容範囲だろうと白朝は自身を納得させる。
「ん?それも、とは?俺は今、周りも似たようなものだから平気だと言おうとしたのだが。それでないとすれば、白朝は、何を気にしていたんだ?他に、何かあるのか?」
「うん。愛妾さんは、どこかなと思って。それらしき輿も見えないし、まさか馬で?でも、皇子様は単独で乗っていたし。まさか自身の愛妾となる方を他の誰かに任せて、とも思ったけど、誰もそんな・・・・・皇子様?」
そこまで言ったところで白朝は、自分も白朝の探す何かを当てようと周りを見ていた石工の目に、明確な怒りが宿った事に気づき、首を傾げる。
「愛妾?念のために聞く。それは、誰の愛妾だ?」
「誰、ってもちろん、石工皇子様の」
「ほう。俺が、愛妾を持つと。白朝と婚姻の約束をしていながら、それを破るような男だと、そう白朝は言っているのか」
声を大きく張ることは無い。
しかし、その声は辺りの空気を震わせるほどの怒気に満ちている。
「わ、わたくしとの約束を破るのではなく、わたくしは正妃で、その方は愛妾として」
「白朝との婚姻も未だなのにか?」
白朝は、必死に外での話し方を保とうとするも、石工の威圧が物凄くて、耐えるのが精いっぱい。
気づけば、じりじりと後退しそうになる身体を、石工の腕ががっちりと捉えている。
「だ、だって」
「だって、何だ?」
「え、江矢氏を完全な味方とするには、婚姻が一番、で」
「ああ。此度の遠征で江矢氏を完全な味方にしてきたぞ。尤も、白朝が言うような手は用いなかったがな」
傲岸を装って言った石工の表情が、憮然としたものに変わった。
その目が完全に笑っていない事に気づき、白朝が震える。
ど、どうしよう。
本気で石工を怒らせてしまったわ。
「ともかく、父上へ帰還の挨拶に向かう」
そう言った石工は、何故か白朝の手を引いて歩き出してしまう。
「え?わ、わたくしも一緒にですか!?皇子様、わたくしは、何処かで待って」
「俺の身の潔白を証明する。愛妾など持たぬこと、始終共にいれば嫌でも分かるだろう」
四六時中、俺を見張って、その目で確かめろ。
真顔のままそう言った石工は、共に戻った隊の皆に号令を下して、白朝の手を引いたまま、皇の屋敷内へと歩を進めて行った。
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