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十七、神事の舞
しおりを挟む「今年の蛍会の神事舞は、我と雪舞と共に、石工と白朝も舞うこととする」
両親と共に呼び出された皇の宮で、皇本人の口からそう伝えられた白朝は、驚きの余り、伏せた顔をあげそうになってしまった。
神事の舞を、私と石工も?
それって、石工を日嗣皇子とすると宣言するようなものではないの。
もしかして皇様は、最初から石工を日嗣皇子にするおつもりだったということ?
蛍会の神事の舞は、皇と正妃が舞う特別な舞で、その年の豊作を願う祈りの意味が込められている。
普通の舞とは異なる動きが特徴で、手さばき、足さばき、そして首、顔の動かし方と求められる要素が多いうえに、難易度がとても高い。
そして何より、神への祈りの舞であることから、もちろん失敗は許されないし、会場中央の高い位置で舞うために集まる多くの人々の注目も集める、責任重大な役割なのである。
「父上、それは」
皇と正妃が舞う神事の舞を、皇子とその正妃候補が舞う。
それが意味するところに気づいたのだろう石工が、困惑の声をあげた。
「つまりは、そういうことだ。ふたりとも、心して臨め」
「「はい」」
つまりは、そういうこと。
その言葉の意味を、白朝は深く噛み締める。
去年の今頃、白朝は若竹の正妃となるべく過ごしていた。
若竹も、今皇の皇子。
であるならば、宮家の媛である白朝と共に神事の舞を舞ってもおかしくは無かった。
それにあの時の若竹は、白朝と婚姻の約束をしているが故に、石工よりも確実に日嗣皇子の地位に近く居た。
にも関わらず、若竹との時には神事の舞を命じられず、石工の正妃となることが決まった途端に命じられる。
その違い、理由に思い至った白朝は、皇の心中に初めて触れた気がした。
皇様は、日嗣皇子は石工と、決めていらっしゃるのね。
そしてそれは、国の為にもとてもいい事だと白朝は思う。
贅沢ばかりを求める若竹と、国や領、民を思い行動する石工とでは、上に立つ者としての器量が違い過ぎる。
「お待ちください!我が君!武那賀様!」
しかしてそこに、凄まじい形相の扇が飛び込んで来た。
その後ろには、扇付きの女官たち、更にその後ろに扇やその女官を押さえ切れなかったらしい、皇の宮の女官や侍従が続いている。
「我の宮で騒ぐな。今は大切な話し合いの最中。招かれもせぬのにやって来るのが仕事のそなたとはいえ、この場で許されるものではない」
「蛍会の神事の舞を、石工と白朝にも舞わせると聞きました!何故ですか!」
冷たい皇の声や表情もものともせず、づかづかと部屋の奥へと入り込んだ扇は、ふんっ、と雪舞に喧嘩を売るように顎を振った後、皇へと詰め寄った。
凄いわ。
皇様へ向かう前に、雪舞様に一撃を喰らわせるなんて。
私なんて、皇様のあの冷徹なお顔を見ただけで、怯えてしまうというのに。
「何故、か。其方の想像通りということだ」
「なっ」
「理解したなら、去れ」
「若竹と美鈴にも、舞わせてください!」
「何を言い出すかと思えば。其の方は、この神事の舞の大切さを・・・ああ、分かっておらぬのだったな。其方は、我の正妃でありながら神事の舞を舞うことが出来ず、我にひとりで舞わせるという屈辱を、数年に渡り味わわせてくれたのだった」
ああ、言っちゃった。
公然の秘密とはいえ、ご本人に向かって・・・って、皇様も御本人だからいいのか。
「そ、そんな昔の事をおっしゃられても、困ります」
「昔?そうか。なら、今は舞えるのか?」
「も、もちろんでございます。ですが、妾は心広き女人ゆえ、そこな雪舞に譲ってさしあげているのです」
つんと澄まして言った扇に、雪舞がおっとりと笑いかける。
「まあ、そうだったのですね。気づかず、申し訳ありません。それでは今年は、わたくしがお譲りしましょう、扇様」
「なっ・・・そ、そのような気遣いは不要」
「ですが、真相を知ってしまえば、わたくしも、心苦しいですから」
「そうだな。それが良かろう。いや、気づかず悪かった」
そして、皇までもがそう言い出し、扇は真っ青になって、手にした団扇を振り回す。
「わ、わたくしの事はいいのです!それより、若竹です!若竹と美鈴にも、舞わせてください!」
「では、練習はさせてやろう。蛍会までに舞えるようになれば、我らと共に舞うが良い」
「ありがとうございます!我が君!武那賀様!」
そう言うと、扇は勝ち誇った顔を雪舞、石工、白朝。
更には、桜宮夫妻へと、順番にゆっくりと向けて、何事も無かったかのように去って行った。
「皇も、おひとが悪い」
「そうか?普通だろう」
「雪舞様も、なかなかお強くなられましたね」
「ふふ。だって、言われたままなんて、性に合わないもの」
嵐が去った後のように呆然としている白朝の前で、両親が皇と雪舞に声をかけ、ふたりも和やかに返しているが、白朝には、その内容が一部不明。
皇様も、おひとが悪い?
お父様は、何を言っているのかしら。
「父上?和智殿?」
白朝と同じように感じたのか、石工が惑うような声をあげた。
「ああ、舞うのは其方と白朝だけになるから、安心しろ」
「どういう、意味ですか?」
「あの舞は、見るよりずっと難しい。扇が取得できないほどにな」
皇の言葉に、白朝は納得と頷く。
あの慌てようだものね。
今も舞えないのか。
そうか。
そんなに難しいのね。
「白朝、共に研鑽しよう」
「はい。よろしくお願いします。皇子様」
「そうだな。舞えねば其方らも、舞台に立たせるわけにはいかぬからな。精進してくれ」
「「はい」」
頑張って、舞えるようにならないと、石工に迷惑がかかるということよね。
恥じなんて、絶対にかかせないようにしないと・・・・・!
心の中で拳を握り、決意する白朝には、若竹が既に周りから見限られていることなど、どうでもよかった。
神事の舞を覚えられない、と捉えられている若竹と美鈴。
自分達はそうならないよう努力せねばと思う白朝に、石工がそっと囁く。
「ひとりではない。そう、固くなるな」
「皇子様に、恥じはかかせられませんから」
決意こもる白朝のその言葉に、石工がふんわりとした笑みを浮かべた。
「では俺は、白朝を落胆させないよう、努力しよう」
「皇子様・・・」
思わずうっとりと見惚れるような笑みを浮かべる石工と、魅入られたように頬を染める白朝。
そんなふたりを、皇と雪舞、和智と奈菜香藻が、優しい瞳で見守っていた。
~・~・~・~・~・~・
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