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十六、護衛
しおりを挟む「白朝。迎えに来たぞ」
薬狩りから、少し経ったある日。
自分の織物小屋にて、石工に贈る帯の糸掛けをしていた白朝の元に、その石工がやって来た。
「迎え?今日、何か約束をしていた?」
「いや。和智殿が、白朝も呼ぶというので、俺が迎えに来た・・・これは?」
答えつつ、石工が一台の織機に掛かっている、織りかけの布を見つめる。
「それは、石工の普段用にと思って織っているものよ。心配しなくても、若竹皇子様の図案の使いまわしではありません」
つんと澄まして言った白朝に、石工はほっと息を吐き出した。
「そうか。無理をさせたようで申し訳ないが、嬉しい」
「・・・もう。少し意地悪く言ったのに、そんな風に素直に言われると引っ込みがつかないじゃない。もっと違う反応をすると思ったのに。どうしたらいいのよ」
「そんな風に、少し困った表情も可愛いな」
真顔で言う石工に、しょうのない、と白朝は肩を竦める。
「あのね。そんな風にぬか喜びさせて、実はお父様の図案の使いまわしです、なんて言う作戦だったらどうするの」
「そうなのか?」
「違うけど」
白朝の答えに、石工が嬉しそうに笑った。
「やはりな」
「やはりな、って。え?どういうこと?」
「今の白朝は『実は誰かの使いまわしでぬか喜びさせる』という表情では無かった、ということだ」
石工の答えに、白朝が怪訝な表情で眉を寄せる。
「私の表情?」
「ああ。俺を揶揄う時には、もっと期待に満ちた、わくわくとした目をしていて可愛い」
「んん?それって、私の悪戯やら何やらを、分かっていてのってくれている、ということ?もしかして、馬鹿にしている?」
「いいや。とても楽しんでいる」
飄々と答えた石工に、白朝がぷくっと膨れた。
「充分、馬鹿にしているじゃないの」
「そんな風に、怒った顔も白朝は可愛いからな。一緒にいるのが楽しいもので、つい。まあ、本気で怒っているわけではない、と分かっているからこその余裕かもしれないが」
そう言った石工に、白朝が人の悪い笑みを浮かべる。
「ふうん。なら、本気で怒りましょうか?」
「やめてくれ。そんな悪い笑顔も可愛いが」
「・・・石工。私のこと、可愛い可愛い言うけれど、結局、言いたいだけなのではないの?どんな表情をしても、可愛いと言いそうだわ」
「当たり前だろう。白朝は、どんな表情をしていても可愛い」
げんなりとした表情の白朝に、石工は真顔で答えた。
「わたくし専属の護衛、ですか?お父様」
石工と共に白朝が向かった部屋には、桜宮家当主の和智とその室である奈菜香藻が居て、さんざん白朝と石工を揶揄ってから、そう本題を切り出した。
「そうだ。薬狩りでの一件で、あの異国の女は、莎緒を突き倒したうえ、お前ごと蹴ろうとまでした。にも関わらず、若竹殿は、こちらが悪いと判断され、捨て台詞まで残されている」
言葉遣いは丁寧だが、和智の若竹への不満と不審が滲み出ていて、白朝は知らず背筋を伸ばす。
「確かに『覚えていろ』と言われましたが」
「何があっても、ご自分が日嗣皇子となると信じておられる様子だ。玉桐と凪霞の一件では失敗したが、未だ余地ありと繰り返し石工殿を嵌めようとするに違いない」
「その弱点となり得るのが、わたくしということですね」
父、和智の考えを読みとり、白朝は大きく頷いた。
「そのようなこと、この国のためにも万が一にもあってはなりません。もちろん、もしもの時には、石工皇子様にご迷惑が掛かる前に、この喉を」
「待て!俺は、そんな話はしていない!俺は、あの若竹の様子では、白朝にも何か仕掛けてくるやもしれぬから、その時に俺が傍に居るとは限らぬ、むしろ俺と離れている時を狙うだろうと予測したがゆえに、白朝の傍に護衛として武人を置くことに賛成したのだ。その白朝が、もしもの時には喉を、など。考えたくもない。二度とそのような発言はするな」
白朝の両肩に手を置き、必死の形相で迫るように言われ、白朝は目を見開いて石工を見つめる。
「二度と言わぬな?否、二度と考えもせぬな?」
余りの迫力ある問いかけに声もだせず、ただこくこくと白朝が頷けば、石工は満足そうな笑みを浮かべた。
「それでいい」
そんなふたりを見ていた奈菜香藻が、おっとりと口を開く。
「白朝が幸せそうで、嬉しいですわ」
「それはそうだが、何やら複雑だ」
「ふふ。世の父というのは、そういうものだそうですよ」
「確かに。俺も、君の父上に良く言われた」
最後は遠い目になった父の言葉で途切れた、白朝の両親の会話に、石工がぴくりと眉を動かす。
「ということは、俺も将来、娘のことでそう思う、と」
そんな石工に、白朝がため息を吐いた。
「石工。気が早いわ」
「ああ、そうか。そうだな。まずは、白朝によく似た可愛い媛が生まれるところからなのだから・・・可愛いだろうな」
可愛い媛、かあ。
その可愛い媛、というのは石工の子どもということよね。
石工の子ども。
可愛いだろうな。
媛はもちろんだけど、皇子ともなれば石工によく似た子がいいな。
逞しく賢く優しくて・・・・って。
あれ?
石工の子を産むのって、まずは、私なのでは?
にこりと石工に笑い掛けられ、にこりと笑い返した白朝は、遅れて首を傾げ、そこまで考えが及ぶと首まで真っ赤に染めた。
気づけば和智と奈菜香藻は、それはもう生温かい目で白朝を見ている。
「あ、あの、お父様!それで、わたくしの護衛をしてくださるのは」
「南雲だ」
何ともいたたまれない気持ちになった白朝の問いに、その内心までも見透かしたように微笑む両親に代わり、石工がそう答えた。
「南雲?」
「ああ。こちらが示したすべての試験、試練に合格した。彼なら、どのような場面でも白朝を護ってくれるだろう」
石工の言葉は、白朝にもよく理解できる。
南雲は、文においても武においても優秀であることは間違いがない。
それは、共に若竹の元で執務に励んだ白朝も良く知っている。
「ですが。南雲は、その事に納得しているのですか?」
ただひとつ、白朝が懸念するのは、それが南雲の意志であるかということ。
無理矢理、若竹に仕えさせられた過去がある彼なので、漸くその束縛から逃れた今、自由にしたいのではないかと難じる気持ちが、白朝には強い。
「南雲本人の望みだ。叶うならば、白朝の傍で仕えたい、と」
「『若竹皇子様を裏切った自分を、お傍においてくださるなら』と言っていた。お前次第だ」
石工に続き、和智もそう言って白朝の反応を見た。
南雲は、若竹を裏切って石工と白朝にその計画を密告した。
故に、信頼が失墜しているのも覚悟の上だと言っていたと聞かされ、白朝は首を横に振る。
「南雲は、簡単に裏切るような者ではありません。あれは、特殊な条件下にありました。ですから、信用ならないなど、そのような思い、微塵もありません」
「では、南雲が護衛ということでいいか?」
「はい。お願いします、お父様」
「分かった・・・南雲、入室を許可する」
父、和智の言葉に、控えていたらしい南雲が、素晴らしい動きで入室した。
「これから、よろしくね」
「誠心誠意、お仕えします」
そう言って南雲は、白朝の前でその面を恭しく伏せた。
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