上 下
13 / 58

十三、薬狩り

しおりを挟む
 

 

 

「媛様、本当に素敵です。石工皇子様の為の装いと思えば、少々、いえ、かなり業腹ではありますが、媛様の美しさは天下一品です」 

「加奈」 

 自分付きの加奈の言い様に白朝が苦笑し、宥めるように名を呼ぶも加奈は止まらない。 

「ご心配なさらずとも、あの方が媛様に『天女の如く美しい』くらいの誉め言葉を使えたら、少しは認めて差し上げる所存です」 

「天女、って。私が?」 

「はい。白朝媛様は、天女の如くお美しいですから。いい加減、ご自覚ください」 

「それは、装いのお蔭でしょう」 

 そう言って白朝は、身に着けた衣や領巾ひれを、改めて確認した。 

 今日は、皇主催の薬狩り当日。 

 毎年行われるこの行事で、男は鹿の角を狩り、女は薬草を摘む。 

 そして何より、女人は美しく着飾って、男達の目を引く事に傾注けいちゅうする。 

 貴族に仕える者のなかには、そうして身分高い男性に見初められ、愛妾となることを目指す者も少なくない。 

 

 薬狩りなのに、着飾るなんて。 

 

 去年まで、若竹の婚姻相手として参加していた白朝は、そんな冷めた思いで最低限、宮家の媛としての装いをするに過ぎなかったけれど、今年は石工の為にも、周りから卑下されるような事は避けねばと、丹念に用意をした。 

 

 薬狩りなのに、なんて思ってごめんなさい。 

 同じ女人なのに、去年までの私は『綺麗だと言われたい』『綺麗だと見つめられたい』ひとがいないせいで、分からなかったのです・・・・・! 

 ・・・って、あら? 

 ということは、私、石工に綺麗だと言われたくて、綺麗だと見つめられたい、ということ? 

  

「媛様、不気味です。というか、原因が分かるだけに不快です」 

 そこまで思い、ぼぼぼと真っ赤になった白朝を見て、加奈が唇を尖らせる。 

「不気味とか不快とか。加奈。私、一応貴女の主人なのだけれど?」 

「もちろんです。生涯、お仕えします」 

 きっぱりと言い切る加奈に、白朝は首を傾げた。 

「生涯、って。加奈だって、いいひとが出来れば、婚姻するでしょう?」 

「そんな相手、いません」 

「そのうち、現れるわよ。加奈だって、美しいもの」 

「白朝媛様にそうおっしゃっていただけるだけで、私は満足です。他は、要りません」 

 白朝に従う者として、自身も見苦しくない仕度を整えている加奈は、そう言って胸を張った。 

 

 

 

「白朝。誰より大きな鹿の角を、其方に捧げよう」 

 狩りへと出立する前、石工はそう言って白朝の手をうやうやしく取った。 

「楽しみに、お待ちしております」 

 それに対し、白朝も定番である答えを返し、馬上の人となって駆け去る石工を見送った。 

「・・・・・媛様への、お褒めの言葉無し。よって、大きく減点。それにより、残念皇子様の称号を捧げましょう」 

 そんな石工の背に呪うような声をかけた加奈を白朝が諫めるより早く、けらけらと楽し気な笑い声があたりに響いた。 

「加奈。相変わらず、辛辣なのね」 

「呉羽様」 

 その声に白朝がそちらを見れば、予想通りに年上の友人と呼べるひめが居て、白朝は思わず微笑む。 

「白朝様、ごきげんよう。今日は、ご一緒してもよろしいですか?」 

「もちろん。よろしくお願いします」 

 五大貴族である紫城家しきけの媛、呉羽は、白朝よりひとつふたつ年長で、雪舞の生家である香城家の嫡男の正室となることが決まっている。 

 若竹と婚姻の約束があった頃から、白朝とは親しくしているが、若竹が美鈴に夢中になったあたりから、更に遠慮のない間柄となった。 

 人目の無いところであれば、白朝、呉羽と呼び合う仲である。 

『宮家の媛様に、申し訳ないかしら?』 

 当初、そう言っていた呉羽も、白朝が関係無いと断言したからか、はたまた周囲も認めたからか、今では白朝にとって気の置けない友人となっている。 

「そうね。まずは、この辺りを散策しがてら薬草を探して、それから、あちらの沢の方へ行きたいわ」 

「沢、ですか?何故、とお聞きしても?」 

「ええ。あちらの沢に、芹があるのを見つけたの。ですから、頃合いであれば摘みたいと思いまして」 

 正直に言った白朝に、呉羽は瞳を輝かせた。 

「芹ですか?それは、素敵です。あれはとても良い香りがしますから、石工皇子様も、さぞかし喜ばれることでしょう」 

「ふふ。呉羽様も、真殿様まとのさまにお持ちになるといいわ」 

 そう、白朝が、呉羽の婚姻の約束をした相手の名を出せば、男勝りと言ってもいい性格をしている呉羽の頬が、淡い紅に染まった。 

「白朝様、意地がお悪いです」 

「だって、嬉しいのですもの。石工皇子様の従兄である真殿様のご正室に呉羽様がおなりになれば、婚姻後も、これまでと同じようにお会いできますから」 

 呉羽が正室となる真殿は、石工の母雪舞の生家、香城家の跡取りで、石工との仲も良好。 

 となれば、その正室となる呉羽くれはと、石工皇子いしくのみこ正妃むかいめとなる白朝が親しくするのは当然のことと言える。 

 派閥によっては、距離を置かざるを得ない立場の白朝にとって、それはとても嬉しいことだった。 

真殿様まとのさまは、今年、一番大きな鹿の角を得るのは、石工皇子様だろうと仰っていたわ。そして、私もそう思います」 

「ああ。そういえば、真殿様も、ご自分の力で角を得られる方でしたわね」 

 言いつつ、白朝は白けた気持ちで若竹の事を思い出す。 

 

 若竹皇子様は、人に命じて狩った角を、さもご自分が刀を持って狩ったかのようにおっしゃって、隣にいるのが恥ずかしかったものだわ。 

 まあ、貴族にはそういった方も、一定数いらっしゃるけれども。 

 ・・・・・鷹城家の方とか、鷹城家の方とか、鷹城家の方とか。 

 

「石工皇子様は、実力者でいらっしゃるけれど、これまでは角を捧げる媛もいらっしゃらなかったから、今ひとつ勝負に真剣ではなかったそうですが、今年は全力でかかって来るだろうと、真殿様は、それはもう楽しみにしていらっしゃいました」 

「ああ、なるほど。そういうことね」 

 呉羽の言葉に、白朝は納得の思いで頷いた。 

 

 朝から、幾度となく『ありがとうございます。今年は、戦意全開で闘えます』だの、『今年は、全力で臨んでも勝てるかどうか、という勝負をありがとうございます』と、幾人もの顔見知りに言われた理由が分かったと白朝が言えば、呉羽が、それはもういい笑顔になる。 

「あの堅物の石工皇子様が、白朝媛様のことでは惚気が過ぎる、と真殿様は苦笑していらっしゃいました。とても良い傾向だと」 

「呉羽様も、真殿様と仲がよろしいようで、何よりですわ」 

「そうですね。大切にしていただいております・・・もちろん、白朝媛様ほどではありませんが」 

 揶揄うように言われ、反撃とばかり白朝が言えば、呉羽も負けじと言い返して来た。 

 白朝には、その会話すら楽しい。 

「何だか、いいわ。こういうの」 

「白朝様?」 

「だって、若竹皇子様とお約束していた時は、このような自由な気持ちは持ち得なかったもの」 

 しんみりと言う白朝の手を、呉羽は強く握る。 

「これからは、たくさんお幸せになられます」 

「ありがとう」 

「ところで、白朝様。雪舞様ゆきまいさま奈菜香藻様ななかもさまがご一緒に摘んでおられるようですが、いらっしゃらなくていいのですか?」 

 呉羽の言葉にそちらを見れば、確かに石工の母である雪舞と、白朝の母である奈菜香藻が、仲良さげに共に籠に薬草を摘んでいるのが見える。 

「そうだったわ。雪舞様は、薬狩りにいらっしゃるのだった」 

「扇様は『そのような下賤な』とおっしゃって、お姿もお見せにならないものね」 

 はっとしたように言った白朝に、呉羽も納得と頷きを返した。 

 昨年まで、若竹の母である扇は薬狩りに参加しないことから、白朝もそちらへ挨拶へ行く、合流する、という概念が無かったのだが、今年は違ったのだった、と顔色を悪くする。 

「兎も角、ご挨拶に行って来るわ。呉羽様、ありがとうございます」 

「いいえ。私も、お姿が見えたから気づいただけで・・・あ。白朝様。わたくしも、ご一緒してよろしいでしょうか」 

 突然、緊張した様子で丁寧な言葉遣いとなった呉羽を怪訝に思い、その視線を追って、白朝はなるほどと納得した。 

 そこに見えるのは、雪舞と奈菜香藻の元へと向かう香城家の正夫人、呉羽が婚姻の約束をしている真殿の、母君の姿。 

「では、未来のお義母様にご挨拶して来ましょうか」 

「ええ」 

 そう言って歩き出した白朝の半歩後ろに従う呉羽を好ましく見つめ、白朝は背筋を伸ばして夫人達が集う場所へと足を運んだ。 

 

~・~・~・~・~・ 

ありがとうございます。 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若竹侍

岡山工場(inpipo)
歴史・時代
武内新十郎は長屋暮らしをしながらも仕官を夢見て城下の道場の助っ人をしていた。腕にはおぼえがあった。 また副業で竹細工を始めた。父親が仕官していた故郷では武士の修養の一つとして竹細工を藩主が推奨していたこともあり、新十郎も幼いころから仕込まれていたのだ。 そんな生活が安定してきたころ、伊坂左内という奇妙な剣筋を使う道場破りが現れた。

和ませ屋仇討ち始末

志波 連
歴史・時代
山名藩家老家次男の三沢新之助が学問所から戻ると、屋敷が異様な雰囲気に包まれていた。 門の近くにいた新之助をいち早く見つけ出した安藤久秀に手を引かれ、納戸の裏を通り台所から屋内へ入っる。 久秀に手を引かれ庭の見える納戸に入った新之助の目に飛び込んだのは、今まさに切腹しようとしている父長政の姿だった。 父が正座している筵の横には変わり果てた長兄の姿がある。 「目に焼き付けてください」 久秀の声に頷いた新之助だったが、介錯の刀が振り下ろされると同時に気を失ってしまった。 新之助が意識を取り戻したのは、城下から二番目の宿場町にある旅籠だった。 「江戸に向かいます」 同行するのは三沢家剣術指南役だった安藤久秀と、新之助付き侍女咲良のみ。 父と兄の死の真相を探り、その無念を晴らす旅が始まった。 他サイトでも掲載しています 表紙は写真ACより引用しています R15は保険です

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

深川あやかし屋敷奇譚

笹目いく子
歴史・時代
第8回歴史·時代小説大賞特別賞受賞。コメディタッチのお江戸あやかしミステリー。連作短篇です。 大店の次男坊・仙一郎は怪異に目がない変人で、深川の屋敷にいわく因縁つきの「がらくた」を収集している。呪いも祟りも信じない女中のお凛は、仙一郎の酔狂にあきれながらも、あやしげな品々の謎の解明に今日も付き合わされ……。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...