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七、捕縛 2
しおりを挟む女官なら、宮中に居ても異物として排除されない。
それは確かにその通りで、その点では鷹城家の焔の読みは正しかったと言える。
しかし、夜半の宮中、しかも皇の住まう宮とは別方向にある、玉桐と凪霞の収められている棟に向かう姿は異常で、不審者そのものだった。
元より、別の建物とは一線を画すように特別な囲いがなされたそこは、常より人の出入りが禁止され、警護もより厳重な場所。
けれど今、宵闇のなか灯りを携えた女官が、女官らしからぬ大股の、きびきびとした足取りで、迷いなくそこを目指し歩いて行く。
そして石工は、その者が持つ灯りを頼りに、別方向から間合いを詰めてきている協力者と時折合図を交わしながら、ゆっくりと近づいて行った。
良かった。
ちゃんと見える。
漆黒の闇のなか、時折ぼんやりと光る物を見て、白朝は、ほっと胸をなでおろす。
石工が、今回の作戦で暗闇の中での合図に用いたのは、光る石。
そしてその光る石の話を石工にしたのは、白朝だった。
『なに?石が光る?』
『そうなの。この石、陽の当たる所に置いておくと、暗くなった時にぼんやり光るの。きれいなのよ』
元々、きれいな石だと思って手元に置いたそれが、夜になると光ると気づいたのは、織物に夢中になっている時。
灯りの届かないそこで、何かがぼんやりと光を放っている事に気づいた白朝は、季節外れの蛍でもあろうかと近づき、石がその光を発していることに気が付いた。
『なるほど。陽の光を当てておく時間によって変わるのか。面白いな』
その時は、それだけだった会話が、後日こうして作戦に組み込まれる事になるなど、白朝は想像もしなかった。
あの話をした時、既に石工はこういった使い道があると考えていたということよね。
私はただ、きれいだと思っただけなのに。
何だか悔しい。
負けた気がする。
「大丈夫。俺が居る」
悔しい気持ちを口にしそうになった白朝が、声を出さないよう、咄嗟に石工の袖を強く掴んだことで、恐ろしいのだと勘違いをしたらしい石工が優しい声でそう言い、安心させるようにしっかりと白朝の手を握る。
違う!・・・・・んだけど、安心する。
やっぱり悔しい。
悔しいけれど、石が無事に合図の役割を果たせてほっともする、しかも石工と手を繋いでいると確かに安心する、という複雑な思いをぶつけるように、白朝は侵入者を強く睨んだ。
八つ当たりな気がしないでもないけれど、でもそもそもの話、こんな風に夜半に侵入しようなんて企みをしなければ、光る石をこんな風に使う事も無かったわけなのだから・・・うん。
八つ当たりではないわね。
白朝がそう自分を納得させた時、石工がその歩みを止めた。
前方では、侵入者が玉桐と凪霞の収められた棟、その囲いの入り口へと到着している。
それにしても、この動き。
今日、この時間は、警護の者がいないと確信しているからこそ、出来る所業よね。
尤も、その自分達の味方としてこの時間の警護を排除した者が、実は皇直属の部下で、それから、これから来る役人も、そちら側が仕込んだ人員じゃなくて、こちら側が用意した人なのだけれど。
そこまでの情報は得られなかったらしい、と白朝は侵入者と、やがて動く予定の味方側の動きを見守る。
「誰だ!そこで、何をしている!」
そしてかかる誰何の声。
一気に取り囲まれた侵入者が、その灯りの元でにやりと笑うのが見えた。
「わたくしはただ石工皇子様のご命令で」
「皇子様のご命令だと?このような夜更けに、このような場所で何をするというのだ」
「それが・・・・・畏れ多くも、玉桐と凪霞を盗み出して来るように、と。それが悪だと知ってはいても、しがない女官の身では、お断りすることなど叶う筈もなく・・・・・」
よよ、と泣き伏してみせる侵入者の姿に、白朝はあんぐりと口を開けてしまう。
凄い。
あれが男性だなんて、あの歩く姿を見ていないと信じられなかったかも。
しかも、か弱そうに声を震わせて訴えかけるとか、よよ、なんて泣き方、女である私でさえ、したことない。
でも確かに、男のひとはああいうのに弱いのかも。
・・・・・私も、何かの時にやってみようかな。
そしたら石工、どうするかな?
「俺が何だって?」
「ひゅっ!」
白朝が、そんな事を考えていると、力強い石工の声がして、白朝は思わずおかしな声をあげた。
え?
なに?
心の声が漏れた?・・・・・って、違う?
侵入者に向かって言っただけ!?
混乱する白朝を余所に、石工は白朝の手を引いたまま侵入者へと向かい歩いて行く。
「な・・ぜ・・・貴方様がここに」
「何故?何故だろうな。その辺りの疑問に答えてやれるかは知らぬが、話をしようではないか・・・捕らえろ」
しかしその瞬間、石工の命で、ざっと動いた人々の間を縫うようにして、侵入者が石工へと真っ直ぐに走って来た。
その手にあるのは、隠し持っていたのだろう刃の短い武器。
「石工!」
「痴れ者!」
白朝が咄嗟に叫んだ時には、既に抜刀していた石工が、その柄で侵入者を殴り気絶させていた。
そして、無駄のない動きで気絶した侵入者に縄がかけられ、運ばれて行く。
「凄い・・・石工速い・・・ていうか、今の痴れ者って、私に言ったような気もする」
むっすりと眉を寄せ言った白朝に、石工が首を横に振る。
「そんなわけあるか。あれは、白朝に言ったわけではない。侵入者に、だ」
「分かるけど・・でも、何ていうか」
「まあ。俺の前に出ようとするなど、痴れ者ではあるが、白朝にはそうは言わない」
そう言って迷うように目を泳がせる石工に、白朝がずいと迫る。
「じゃあ、何て言うの?」
「ああ・・・・・」
「何、て、言う、の?」
腰に手を当て、逃しはしないと迫る白朝に、石工が観念したように口を開いた。
「『この莫迦!出て来るんじゃない!』だな」
迷いの様子から一転、腹を括ったかのようにしれっと言った石工に、白朝がじとりとした目を向けた。
「莫迦とは言うのね」
「当たり前だ。俺を庇うなどするな。その方が心臓に悪い」
「でも、咄嗟のことだから」
「嬉しいがやめてくれ。いや、俺がそれより早く反応すればいいことか」
より鍛錬に励もう、と呟きつつ、石工が白朝を促して歩き出す。
この後は、予め用意してある棟に潜んでいた全員で集合し、そこで待機している各家の当主も交えての報告が行われる。
「ねえ、石工。報告を今夜中に、なんてほどに急ぐ理由はなに?」
「鷹城が情報を得るより早く動く必要がある。今夜の件、あちら側の計画の失敗を鷹城が知る前に、対処したい」
「各家の当主が、こんな夜中に集合しているのよ?鷹城家も、気づくのではないかしら?」
「そこは細心の注意を払ってある。その報告も、行けば聞けるだろう」
「そっか」
「足元、気を付けろよ」
そう言うと石工はしっかりと白朝の手を握り直し、力強い足取りで進んで行った。
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