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四、密告
しおりを挟む「何事だ?」
「え?南雲?」
予想と違う光景に困惑の声をあげた石工に続き、その背に隠れつつ、顔だけだけ出して外を見た白朝も驚愕に目を見開いて、その人物の名を呼んだ。
「奴・・・若竹の右腕が、何用だ」
不快さを露わにした石工の声に、膝を突き、胸の前で腕を組んだ状態で頭を下げている南雲が、更に深く頭を下げる。
「此度の件では、若竹皇子様をお諫めしきれず、白朝媛様におかれましては、大変なご苦労の果て、最悪の結果となってしまいましたこと、若竹皇子様のお傍に在った者として、誠に申し訳なく」
「だからといって、このような場でこのような事をするか?却って白朝の迷惑になるとは思わぬのか」
厳しい石工の声にも、南雲は粛々と答える。
「私如きが桜宮家の媛様に謝罪など、烏滸がましく望まれぬとは分かっております。ですが」
「分かっていて、それでも来た理由は何だ?」
「石工?」
鋭く抉るような石工の声に白朝は驚くも、南雲は流石と感服した。
「はい。畏れながら申し上げます。若竹皇子様、そして皇子様の母君であらせられる扇様は、美鈴を桜宮家の養女にせんと、画策しております」
「なっ」
「それは、確かか」
「はい。そうなれば、美鈴を若竹皇子様の正妃と出来るうえ、若竹皇子様が日嗣皇子となれるからと」
顔をあげないままに告げた南雲に、白朝は言葉もなく固まってしまう。
え?
桜宮には私という直系が居るのに、その存在は丸っと無視なの?
そこは藤宮とか芙蓉宮の養女にして、若竹の正妃にして、っていう方が普通ではないの?
まあ、芙蓉宮家は早智叔父様が、私を苦しめた元凶を養女にするとは思えないし、藤宮の秋永様も若竹に見切りを付けていたから・・・・ん?
あら?
それで、だからこその、まさかの我が家?
それって既に、背水の陣なのでは。
「藤宮でも芙蓉宮でもなく、桜宮だと?何処にも相手にされないからといって・・・白朝を何だと思っているのだ」
白朝が、背水の陣たるその状況で何を、と考えていると、石工も同じことを考えたのか眉間にしわを寄せ、吐き捨てるようにそう言った。
「畏れながら、白朝媛様の実力を分かっている、そして周りの状況が見えているが故に、扇様は、桜宮家を選んだものと思われます」
「若竹を日嗣皇子とするため、白朝ごと俺を排除する、ということか」
石工の言葉に、南雲が頷きを返す。
「はい。宮家はいずれも、既に若竹皇子様を見限っておられます。のみならず、五大貴族も、扇様のご実家である鷹城家を除いて、宮家と意志を同じくされています。そして今皇も、その考えを支持しておられる。このまま白朝媛様が石工皇子様の正妃となられれば、どの家の反対も無く、石工皇子様が日嗣皇子となられます。故に、焦りがあるのでしょう」
・・・・・扇様か。
若竹の母君だけど、今皇の寵愛は雪舞様に向いているから、その焦りもあるのでしょうね。
白朝の義母となる予定だった扇は、五大貴族のひとつである鷹城家の出身で、今皇の最初の正妃であるが、なかなか子に恵まれず、今皇は新たに、同じく五大貴族である香城家の雪舞を娶った。
その際、通例であれば側妃として召されるところ、今皇は、扇に子が無い事を理由に、雪舞も正妃として丁重に迎え入れた。
怒り狂った扇は、実家である鷹城家も巻き込んで抗議をしたが、各宮家や鷹城を除く五大貴族が今皇に付いた事で口を噤むしかなかったものの、天は彼女に味方をしたのか、それから間もなく扇は懐妊した。
『妾を嘲るからじゃ』と得意満面だった扇だが、その数日後には雪舞の懐妊が判明、然程の日を空けずして、ふたりはそれぞれ皇子を生んだ。
『日嗣皇子となるのは、我が子若竹』っていうのが、扇様の口癖だものね。
今のこの状況は、絶対に面白くないはず。
このままいけば、平穏に石工皇子が日嗣皇子となるものの、それを面白く思わないのが若竹を擁する扇と、扇の生家である鷹城家。
「若竹皇子様と扇様は、時流に逆らって日嗣皇子を若竹皇子様にすべく、鷹城家の協力のもと、石工皇子様と白朝媛様を陥れる準備をなされております」
この南雲の密告が事実なら、先ほど石工の言った『白朝ごと俺を排除する』というのは、相当な信憑性を帯びて来る、と白朝が思ったその時、石工皇子が、常に佩いている刀をすらりと抜いた。
しゃらり、と金属の触れ合う音がして、抜き身の刃が光を反射して輝く。
わああ。
刀って怖いけど、凄くきれい。
刀など持ったことが無いのでは、そもそも、常に刀を佩いている力も無いのでは、といった風情だった若竹と居た時には、見ることもなかったそれに、白朝は自然と目を奪われる。
「その話に偽りあった時には、何とする?」
その場に響く、凛とした石工の声。
そして、その刃で顎を持ち上げられた南雲が、真っ直ぐに石工をみあげる。
「この首如きでは納得されませんでしょうが、他に差し出すものもございません。ただ、真実ですと申し上げる以外、言葉を知りません」
「・・・いいだろう。和智殿も共に話を聞く。それでいいか?」
「はい。仰せのままに」
「白朝。恐ろしい物を見せてしまった。すまない。大丈夫・・・のようだな」
南雲の瞳の動きを見、今後の動向を定めた石工が刀を鞘に戻し、間近で武器を見せてしまった白朝を慮るも、当の彼女は輝く笑顔で刀の動きを見つめている。
「はい。問題ありません。刀って、恐ろしいものだと知ってはいますが、美しくもあるのですね」
「ああ。まあ、恐ろしくないのなら良かった」
苦笑する石工に、白朝は全然と首を横に振った。
「以前から、鞘は見事だと思って見ていたのですが、陽に輝く刀身があまりに見事で見惚れてしまいました」
「興味があるなら、今度ゆっくり見せてやる。だが、俺のいない所では抜くなよ?」
美しいとはいえ、切れ味は抜群だからな、と真顔で言う石工に白朝はもちろんと頷きを返す。
「はい!お約束しますので、見せてくださるというお約束も守ってくださいね!」
そう強請るように言って明るく笑う白朝を、南雲は驚きの瞳で見ていた。
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