腑抜けは要らない ~異国の美女と恋に落ち、腑抜けた皇子との縁を断ち切ることに成功した媛は、別の皇子と幸せを掴む~

夏笆(なつは)

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一、当たって砕けず婚約破棄

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「よし、行くわよ」 

 自分が住まう邸の、長い廊下の端に立った白朝しろあさは、自分にそう言って気合を入れると、父が居るという部屋を目指し、長い裳裾もすそをからげて一目散に走り始めた。 

媛様ひめさま!?」 

 白朝付きの傍仕えである加奈かなが、自室とは別方向へ走り出した主に焦った声をあげ、止めようと付いて来るも、白朝の足には敵わない。 

「お父様!若竹皇子わかたけのみこ様は、お父様がわたくしにとお建てくださった花館はなやかたに、美鈴みれいをお入れになりました!のみならず苦言を呈したわたくしに『白朝の事も妃として迎えてやるのに、何の問題がある。むしろ、君が居るゆえに、正妃むかいめとなれない美鈴が哀れと思わぬのか。君には、人の心が無いのだな』とおっしゃいました!これは、明らかにわたくし及びお父様、引いては我が桜宮家さくらのみやけに対する横暴。更には、見下し、蔑みを含んだ扱いでございます!わたくし、このようなおっしゃりようをなさる若竹皇子わかたけのみこ様の元へ嫁ぎたくありません!・・・・・え」 

 『聞いてもらえそうもない話は、奇襲をかけて一気に言い切る』を信条としている白朝は、計画通りすべてを言い切り、やり切った気持ちで改めて部屋を見て、そのまま固まった。 

 

 え? 

 何がどうして、全員集結? 

 

「そうか。やはり、若竹との縁は望まぬ、か。これで、白朝の気持ちもはっきりと分かったな」 

「それはそうだろう。あれだけ酷い扱いをされれば」 

「あのような異国とつくに女人にょにんたぶらかされるなど、若竹殿も不甲斐ない」 

 白朝の言葉を受け、呑気らしくそのような事を語らっているのは、この国を動かす主要人物達。 

 幾ら顔見知り、日頃から親しくしていると言っても、見るからに重要な会合の場に乗り込んだ、今の白朝の状況はよろしくない。 

 

 ど、どうしよう。 

 とにかく、腰を低くして。 

 

 この国の中枢を担う三つの宮家すべてと、五大貴族のうち四家の夫妻が集い、極め付きには、この国最高位である今皇いますめらぎと、その正妃むかいめのひとり雪舞ゆきまいまでもが、卓を囲んで席に着いている。 

 そのような場へ突然乱入し、息巻いて叫んでしまった白朝は、青くなって顔を伏せた。 

 

 ああ、なぜなにどうして、今皇いますめらぎ様までいらっしゃるの!? 

 

 今さっき、白朝が酷いと訴えた若竹皇子は、この今皇ともうひとりの正妃むかいめ扇との間に生まれた皇子。 

 つまり白朝は、その父親に向かって息子の不貞、暴挙を述べ立てたことになる。 

 

 ああ・・・そっか。 

 このお部屋、会合もするのだったわ。 

 

 今更に思い出して遠い目になろうとも、一度口に出した言葉は戻らない。 

  

 お父様に訴えたことに後悔は無い、けれど。 

 この状況は、まずいのでは。 

 

白朝しろあさ。若竹がすまない。花館はなやかたは、和智わちが其方の為に建てたというに。それに、其方があの館をいたく気に入っておったのも知っておる。しかし、既に他の女人を入れたとなれば、今更住む気にもならぬだろう。責任をもって、若竹わかたけに買い取らせる。それで良いか?和智わち」 

 しかし、息を顰める白朝に聞こえて来たのは、そのような今皇いますめらぎの詫びと、若竹皇子が勝手をした花館はなやかたについての賠償だった。 

「構いませぬ。してすめらぎ。白朝と若竹殿わかたけどのとの婚姻も無くなったと思ってよろしいか?」 

「もちろんだ。若竹と白朝の婚姻の約束は、無効とする」 

「ありがとうございます」 

 今皇の言葉に、白朝の父である和智わちが深く頭を下げた。 

 

 ありがとうございます! 

 やったわ! 

 これで、あの腑抜ふぬけに嫁がないで済む! 

 

 父に続き胸の中で礼を言い、快哉かいさいを叫んだ白朝はしかし、次の言葉で固まった。 

「となれば、白朝媛しろあさひめ石工殿いしくどのに嫁がれるのがよかろう」 

 ふむふむと頷きながら声を発したのは、最年長の藤宮ふじのみや当主、秋永あきなが。  

「そうなれば、我が家も嬉しく思います」 

 そして、それに続いたのは、石工皇子いしくのみこの母である雪舞の生家、香城家かきけの当主、奏楽津そらつ。 

白朝しろあさ石工いしく正妃むかいめにか。それは、似合いの夫婦となろう」 

「本当に。喜ばしいことでございます」 

 ふたりの言葉を当然と受け入れた今皇いますめらぎが悠然と頷き、その隣で雪舞も口元を綻ばせる。 

「まあ、そうなるか」 

「それが順当でしょうね」 

 更には白朝の父である和智が納得と頷き、叔父であり芙蓉宮ふようのみや当主の早智はやちも追従したことで、早くもその話は纏まってしまった。 

 

 え? 

 ちょっと待って。 

 石工いしくと私が婚姻!? 

 すっごく嫌がられそうなのだけれど! 

 

 幼い頃より交流のある、近年急激に男らしくなった石工皇子いしくのみこの苦い顔を思い浮かべ、白朝は恐怖に打ち震えた。 

 

~・~・~・~・~・~・~・

ありがとうございます。

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