推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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百八、婚姻式

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「本日は、真におめでとうございます。こちらにて、お待ちくださいませ」 

 係の聖職者に導かれ、父レーヴ伯爵と共に扉の前に立ったデシレアは、途轍も無く緊張していた。 

  

 息を吸って・・吐いて・・・吸って・・吐い・・て・・・吐・・ああ、駄目です。 

 なんだか、うまく息が吐けませんよ。 

 深く息を吸うのも無理です。 

 うう。 

 緊張します・・・。 

 

「でち!おひめしゃま!」 

「でしー、きれい」 

「でしれあじょう、おめでとうございます」 

 その時、救世主の如き三人がデシレアの傍へと来た。 

「マーユ、フレヤ、エディ!三人とも、とても素敵で、凄く可愛い・・・ほんとに可愛い。それにエディ。今日は、一際立派な小さな紳士さんね。エディなら、マーユとフレヤのエスコートも、安心してお願いできるわ」 

 今日、デシレアの付き添いをしてくれる三人の可愛い正装姿に、デシレアはにこにこと頬を緩め、緊張が緩むのを感じる。 

 マーユとフレヤは、お揃いの可愛い白いドレスに身を包み、エディは凛々しい騎士服姿。 

 因みに、ブライズメイドはいない。 

  

 考えてみたら、私ってば未婚のお友達がいなかったのですよね。 

 

 一番の友人であるアストリッドは、先日めでたく婚約者であった隣国の第二王子エリアスと婚姻した。 

 しかしてふたりは婚姻後も両国に基盤を置き、隣国とこちらの国を行き来しているため、アストリッドは生国しょうごくで経営者として活躍し、嫁ぎ先では王子妃として政務に参画するという、忙しい日々を送っている。 

 因みに、彼女のブライズメイドはデシレアが務め、人生二度目となる王族の婚姻式でまたも心臓が出るほどの緊張を覚えたのは、デシレアの記憶に新しい。 

『え?わたくしと一緒にウェディングアイルを歩くのが怖い?ああ、緊張し過ぎるということね。そんなの、自分の婚姻式の予行練習と思えばいいのよ』 

 最初、王子妃となる方のブライズメイドは荷が重い、と辞退しようとしたデシレアに、アストリッドはからりと笑ってそう言った。 

『デシレアは伯爵令嬢で、次期公爵夫人なのだから身分としても申し分ないし、何よりわたくしが、デシレアにお願いしたいの』 

 そう言われてしまえば、緊張するから、などという理由で断れば後悔する、とデシレアは奮起して頑張った。 

  

 でもほんと、お断りなんてしなくてよかったですよ。 

 アストリッド様は、本当にお綺麗でしたし、とても素敵なお式でした。 

 

 エリアスの下へ歩みを進めるアストリッドも、自分へと歩いて来るアストリッドを見つめるエリアスも、それはそれは幸せそうな笑みを浮かべていた、とデシレアは自分もまた幸せな気持ちで回顧する。 

 そのアストリッド以外でデシレアと親交が深いと言えるのは、マーユの母であるシェル子爵夫人や、エディの母であるビルド男爵夫人、それにフレヤの母であるダールマン夫人だが、彼女達は当然の如く既婚者。 

 デシレアのブライズメイドと聞いてキャロリーネが是非にと立候補したが、流石に王女殿下に頼むのは、ということでご遠慮申し上げた。 

 結果、デシレアはかなり早い段階でブライズメイドの存在を諦め、マーユ、フレヤ、エディにだけ付き添いをお願いしたいとメシュヴィツ公爵家に相談したところ、それもひとつの形だろうと快諾してくれ、デシレアはほっとしたのだが、この三人が滅法可愛い。 

「いいですか。おふたりの後ろを、ゆっくりと歩くのですよ。大きな声を出したり、何かや誰かを指さしたりしてはいけません」 

 怖がらせないよう、聖職者が優しい笑顔で説明するのを、三人は真剣な表情で聞き、こくりと頷いている。 

「はわあ。可愛い」 

「ああ。デシレアやミカルの小さい頃を思い出す」 

 ふわふわ、ぽわんと子ども達を見守るデシレアに、レーヴ伯爵は優しい瞳を向けた。 

「デシレア。お前は、私達の自慢の娘だ。私達は、いつだってデシレアのことを愛しているよ」 

「お父様・・・・・」 

 その時、荘厳な鐘の音が響き始め、ゆっくりと扉が開いて、デシレアの前に真紅のウェディングアイルが、長いその姿を現した。 

 そして、大勢の人々が一斉にデシレアに注目する。 

 

 ふおおお! 

 視線の嵐。 

 め、眩暈が・・・・・! 

 

『デシレア。君が俺へと歩いて来るのを、楽しみに待っている。その、なんだ。婚姻式で花嫁が歩む、その一歩一歩は、これまでの人生を表すのだと聞いた。だから、その先は俺と共に歩もう』 

 余りの視線の多さに、一瞬くらりと倒れかけたデシレアの脳裏に、そう言って照れたように笑ったオリヴェルの表情が蘇る。 

 

 そ、そうですよ。 

 こんなところで倒れては、オリヴェル様にご迷惑とご心配をおかけしてしまいます。 

 それと、メシュヴィツ公爵家にも。 

 そんなことは、絶対に回避です。 

 とにかくオリヴェル様のもとへ行く。 

 それが、今の私の使命・・・・・! 

 

 やや見当はずれな決意と共に何とか自分を取り戻し、父と共にゆっくりと歩き始めたデシレア。 

 その後ろを、マーユとフレヤ、それにエディが仲良く手を繋いで歩いて行く。 

 大勢の人々がデシレアを見守るなか、最初に見えたのは、末席にいるヴィゴ達レーヴ領の領民代表。 

 

 うわあ、やっぱり物凄く緊張していますね。 

 無理もありません。 

 私も、ほぼ同じ気持ちですからね。 

 お互い、がんばですよ・・・・・! 

 

 魔獣の異常発生で大打撃を被ったレーヴ領。 

 その直後は人々の心の傷も深く、本当に復興など出来るのかという疑問の声さえあがっていた、そのレーヴ領が、今や宝石に代わるものとして定着した色硝子の製造、加工により大きな利益をあげている。 

 利益があがり、復興が進んだ結果、領は活気に満ち、人々の表情にも笑顔が戻った。 

 失われたものは返らない。 

 失われた命も帰らない。 

 それでも、残った者は前を向いて生きていくしかない。 

 領民と共に、苦難を乗り越えたレーヴ伯爵家。 

 今、デシレアに向けられる領民代表の眼差しは、心からデシレアの幸福を喜ぶあたたかなものに満ちていた。 

  

 ヴィゴ、そしてみんな。 

 本当にありがとう。 

 そして、メシュヴィツ公爵領のみなさんも、ありがとうございます。 

 

 レーヴ領の領民代表の反対側に立つのは、メシュヴィツ公爵領の領民代表。 

 こちらも、デシレアの考案した物の販路確保など、既にデシレアとも関係が深い。 

 といっても、デシレアが直接話すのではなく、オリヴェル経由であることがほとんどなのだが。 

 

 いつも、お世話になっております。 

 

 気持ちを籠めて微笑みを向ければ、メシュヴィツ公爵領の領民代表たちも、緊張のなか優しい目でデシレアを見つめ返してくれる。 

 

 ああ、やっぱり緊張しますよね。 

 私もです。 

 はあ。 

 ウェディングアイル、長い。 

 オリヴェル様、遠い。 

  

 未だ未だ多くの人の前を歩く必要が、と気が遠くなりそうなデシレアだが、周囲からは感嘆の声があがっていた。 

 公爵家に嫁ぐに相応しいと見える、誰にも貶されることのない美しい所作、湛える完璧な微笑み。 

 そうして荘厳な曲が響くなか、長いトレーンを優雅に引いて歩む。 

 

 こうして歩く一歩一歩が、これまでの私の人生。 

 オリヴェル様、本当にそうですね。 

 

 オリヴェル様が教えてくれたからこそ、感謝して歩めると思うデシレアの瞳に次いで見えたのは、少々特殊な出会い方をし、思いがけないことから事業を提携するようになった、フレヤのダールマン家、エディのビルド男爵家、そしてマーユのシェル子爵家。 

 各家の夫妻が、それぞれデシレアの後ろを歩く我が子を案じるように見つめ、デシレアへと祝福の籠った瞳を向ける。 

 他にもメシュヴィツ公爵家と関係のある男爵家、子爵家の人々からの祝福の笑みと視線を受けた先には、騎士団の礼服をきりりと着こなすクリスティアンが居た。 

 

 ほおお。 

 クリス様、礼服姿が素敵です。 

 格好いい。 

 

 マーユ達との出会いとなった、オリヴェル曰くのデシレア誘拐事件。 

 未だにオリヴェルは、クリスのことを誘拐犯だと言って憚らず、クリスもそれを甘んじて受け入れている。 

 尤も、きちんと話を知っている者達の前でだけの会話ではあるのだが。 

  

 あ、モルバリ様。 

 これからも、オリヴェル様をよろしくお願いします。 

 

 オリヴェルの補佐官であるトールも、今日は正装で夫人と共に参列してくれており、その隣では、ブロルが親しみの籠った笑みを湛えてデシレアを見つめている。 

 

 ブロルさん! 

 いつも無茶ぶりばかりですみません。 

 でも、すっごく助かっています。 

 遂には、進化系岡持などという複雑なものまで完璧に仕上げていただき、心の底から感謝しております・・・・・! 

 

 デシレアが次々に言い出す物を、自身の創意工夫も交えて造ってくれるブロルに、デシレアは心のなかで敬礼した。 

 そしてそんなブロルは、デシレアが聖女エメリに攫われた際、破損してしまった岡持を、大切に修理してもくれた。 

『デシレアさんに怪我がなくて本当に良かったです。俺では、そちらの修理はできませんから』 

 そう冗談めかして言ったブロルは、その実かなり本気で怒っていた、というのはオリヴェル談である。 

 人々の祝福のなか、デシレアがゆっくりと歩む、真紅のウェディングアイル。 

 それは、オリヴェルへと続く道。 

 オリヴェルと同じく英雄のひとりであるディックは、厳かな場に似合わない、にっ、という笑いを一瞬デシレアに見せ、隣国の第二王子エリアスと、その妃となったアストリッドは口元にやわらかな笑みを浮かべている。 

 

 アストリッド様。 

 アストリッド様がいらっしゃらなかったら、私は間違いなく露頭に迷っていましたし、オリヴェル様とお会いすることもありませんでした。 

 

 改めての感謝を込め目礼すれば、アストリッドから小さく『おめでとう』と微笑みが返る。 

 そして、自身でも手を加えたという正装を纏ったキャロリーネは、瞳を輝かせてデシレアを見つめ、第二王子カールは祝福の眼差しを、聖女エメリはやや複雑な視線を、それぞれデシレアへと向けていた。 

 

 キャロリーネ様、とても可愛いです。 

 でも、凛としていて王族らしい風格もあって、凄いです。 

 

 既に縁談もあるというキャロリーネは、その立場や能力だけでなく、容姿や性格からも引く手数多だろう、とデシレアは微笑ましく思う。 

 一方、共に英雄であるカールとエメリは未だ婚姻しておらず、エメリは第二王子の婚約者という立場のままなのだが、近頃では『実務は優秀な王太子夫妻が担うのだから、表面だけを担ってもらえばいいのではないか』という空気が王城内で流れ、ほぼその方向・・・最低限の妃教育という路線で進めるらしいとデシレアは聞いている。 

 

 つまりはあれですよね。 

 聖女として、民衆の人気を確保しておけばいいという・・・・・。 

 

 思わず遠い目になってしまいそうな事柄だが、妃教育に難航しているらしいエメリには、妥当な落としどころなのかもしれないともデシレアは思う。 

 そんなデシレアを潤んだ瞳で見つめているのは、母マレーナ。 

 

 お母様。 

 色々ご心配をおかけしましたが、デシレアは幸せになりました。 

 そして、これからもっと幸せになります。 

 

 デシレアが心無い言葉を浴びた時、手持ちのドレスや宝飾品を手放した時。 

 自分も同じ目に遭い、同じことをしたにも関わらず、幾度も謝罪の言葉を口にして、デシレアを抱き締め泣いていた母を思い出し、デシレアは瞳が涙で潤むのを感じた。 

 

 ミカル。 

 お父様とお母様をお願いね。 

 

 幼い頃『ねえたま、ねえたま』とデシレアの後を付いて歩いていたミカル。 

 今、マレーナと共に立つミカルはとても凛々しく、頼り甲斐のある次期領主と見え、あんなに小さくて可愛かったミカルが、とデシレアは胸が熱くなった。 

 そして、ミカルは学園へ通えることが、デシレアは何よりうれしい。 

 感慨深く母マレーナと弟ミカルを見つめたデシレアは、次の瞬間、その表情をきりりと改めた。 

 

 メシュヴィツ公爵、そして公爵夫人。 

 本日より、改めてお願い申し上げます・・・・・! 

 

 嫁として、拙いながらも研鑽していく所存、と心の内で決意表明をし、国王、王妃へも目礼をしたデシレアの、その数歩先で待つオリヴェル。 

 やわらかな笑みを浮かべたその瞳は、真っ直ぐにデシレアを映している。 

 

 オリヴェル様。 

 

 デシレアの推しであり、生きがいであり、今では命とも思うオリヴェルが、ゆっくりとデシレアへと手を伸べる。 

 あと三歩、あと二歩・・・あと一歩。 

 そして止まる歩み。 

 オリヴェルのもとへと辿り着いたデシレアは、万感の思いを込めてその手を取った。 

 

 

 

~・~・~・~・~・ 

いいね、エール、お気に入り登録、ありがとうございます。 

お、終わりませんでした・・・・・! 

あと一話、お付き合いくださいますと嬉しいです。 

 
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