推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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番外編 星空小夜曲(セレナーデ)

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「うわあ・・・オリヴェル様。ほんとにきれいな星空ですねえ」 

 オリヴェルの私邸の最上階、その一室にある広いベランダから夜空を見上げ、デシレアが感嘆の声をあげる。 

「ああ。見事だな。それに、こんな風に穏やかな気持ちで星を見るのは、いいな」 

「しかも、隣に私。最高ということですね。うん、うん」 

 その言葉から、オリヴェルが星を見ると言えば、戦闘に際し天気がどうであるかを見ることが多かったのだろうと察したデシレアは、その心を軽くしようと、殊更お道化た声を出した。 

「その通りだ。同じ夜空でも、ひとりで見上げたのでは、これほど満ち足りた気持ちになどなれない。まあ、それは昼間の空であろうと、夕景であろうと同じだがな」 

 しかし、予想外に真顔でそう答えられ、デシレアは照れまくってしまう。 

「ふおお・・・・・オリヴェル様。それ、私の台詞ですよ。私は、オリヴェル様と一緒なら、例え絶海の孤島にいようと最高に幸せなのですから」 

「絶海の孤島」 

「そうですよ。でも、絶海の孤島から見る星空もきれいでしょうね。きれいな星空に波の音。ざぱーん、きらきら、ざぱーん、きらきらって。目でも耳でも楽しめそうです」 

 のほほん、うっとりと言うデシレアを、オリヴェルは呆れの混じった顔で見つめる。 

「それは綺麗だろうが、その他が色々大変だと思うぞ」 

「まあ、絶海の孤島ですからね。完全なる自給自足。漁をして狩りをして、採集して・・・あ、そういえばオリヴェル様。私の記憶のなかに、星空に関するお話があるんですよ」 

「・・・・・」 

「オリヴェル様?」 

 沈黙してしまったオリヴェルを、デシレアが不思議そうに見つめれば、オリヴェルこそは不思議なものを見るように、デシレアを見つめ返した。 

「デシレアがいきなり話題を変えることにも、慣れたつもりでいたのだが。未だ甘かったか」 

「どうしたのですか、いきなり」 

「いきなりは、デシレアだろう。絶海の孤島での狩猟、採集の話から、何故星空の物語になる」 

「それは。思い出したから、としか。今、星空を見ていますし、絶海の孤島で見る星空も想像したから、でしょうか?」 

 自身も首を傾げて言うデシレアに、オリヴェルは深い溜息を吐く。 

「まあ、いい。それで、星空の物語というのは?」 

「簡単に言えば、働き者の男女が婚姻した途端怠け者になってしまい、その罰として大きな川で隔てられて、年に一度しか会えなくなるお話です」 

「・・・身も蓋も無い話だな。というか、それだけを聞けば当然というか」 

「そうですよね。でも、結構ブラック・・ええと、働かせ過ぎとか、そういった内容もあったりするんですよ」 

 七夕のお話は、色々あったなと思い返し、デシレアは言葉を繋いだ。 

「それにしても、男が情けないだろう。川で隔てられたくらいで。自分で何とかすればいいだろうに」 

「あ、そういうお話もありますよ。女性の方が先に天に帰って、それに追いつくために努力するのです。まあ、先に男の方が、衣を盗んでいたりするのですが」 

「窃盗か」 

「ああ、確かに・・・でも、そのお話は行事にも関係していて、その日は笹飾りをするのです。丁度、今くらいの時季です」 

 大きな笹に飾る街中のもの、家で飾る小ぶりのもの、と思い出し、デシレアは知らず微笑む。 

「笹飾り?」 

「笹という、ええと木のような植物に、色々な飾りを付けるんです。西瓜とか、茄子とかきゅうりとか。後は、豊漁を願って網の細工とか、裁縫が上手になるようにと三角の飾り、天の川・・・あ、そのふたりを隔てた川を模したものとか」 

「天の川、というのか。その川は」 

「はい。それが、空に見える星の川です」 

 デシレアの説明に、オリヴェルが改めて星空を見た。 

「つまり、それで星空の話と言ったわけか。なるほど、星の川」 

「でも、一年に一度しか会えないなんて。もし私がオリヴェル様とそんな風に引き離されたら、哀しくて死んでしまうかも」 

「別に、問題無いだろう」 

「え」 

 あっさりと言ったオリヴェルに、デシレアがぴしっと固まる。 

 

 え、オリヴェル様。 

 私がいなくなっても、何の問題も無いと? 

 それこそ、哀しくて死す。 

 

「何を驚いている。そのように引き離されたとしても、俺が迎えに行くから問題ない」 

 オリヴェル様に不要と言われたと嘆き、よよ、と泣き伏しそうになったデシレアに、オリヴェルが当然と言葉を続けた。 

「迎えに?」 

「そうだ。因みに、川で引き離された時、その場に残るのはデシレアの方か?それとも俺の方か?ああ、物語では、その場に残るのは女性か、男性かと聞いている」 

 ふたりの間に突如として川が出来る、と想定したオリヴェルが問うのに、デシレアは首を傾げた。 

「東西に分かたれる、というのは読んだことありますし、マナー違反で別れさせられるお話では、女性の家に招待されていたので、残るのは女性、でしょうか。でも、あまりそういうのは、はっきり書かれていなかったような」 

「そうか。俺が知っている場にデシレアが居るのなら、瞬間移動で迎えに行けるし、そうでなくとも川の上を風魔法を用いて移動すればいい。安心しろ」 

「風魔法で、ですか?」 

「ああ。風を足元に出現させて、それに乗り移動する手段がある」 

「へえええ。凄いです、オリヴェル様」 

 目をきらきらさせて言うデシレアに、オリヴェルが満更でもなさそうな表情を浮かべる。 

「興味があるなら、今度体験させてやる」 

「お願いします!」 

「だが、条件がある」 

「条件。何でしょうか」 

 一も二も無く願い出たデシレアに、オリヴェルが悪戯っぽい目を向けた。 

「俺と一緒に、その笹飾りとやらを作ってくれ」 

 

 

 

「ほおお。立派な笹飾りになりましたね」 

「ああ。壮観だな」 

 テラスに置かれた大きな笹、正確に言えば笹に似た植物、名付けて笹もどきは、色とりどり、様々な飾りに彩られている。 

「使用人の皆さんも、楽しそうでしたね」 

「そうだな。細工物など、デシレアの手本を見て、目を輝かせて作っていたからな」 

 本当なら、自分とデシレア、ふたりで作るはずだった細工物。 

 しかしそれらは、使用人達も一緒になって作る、交流の場となってしまったとオリヴェルは顔をひくつかせるが、元よりデシレアは気づいていない。 

 そもそも、使用人達が一緒にやりたいと目で訴え始めた時、却下だと目力強く排除しようとしたのだが、それは当のデシレアの介入によって失敗に終わった。 

『よかったら、みんなで作りましょうか』 

 そう言ったデシレアは可愛かったが、ふたりの時間が、とオリヴェルは思わず遠い目をしてしまう。 

「短冊もみんな書きましたし。またやりたいと言ってくれて、嬉しかったです」 

「そうだな。俺も、存外楽しかった。しかし、これにシェル子爵たちが喰いつくとは思わなかったが」 

 立派な笹もどき飾りを見あげ、オリヴェルが苦笑した。 

「確かにそうですね。マーユ達は、飾りを作るのを好みそうだとは思いましたが、まさか事業に組み込むことになるとは思いもしませんでした」 

 七夕飾りの材料となる紙は、様々な色があり且つ小さめで均等なものがいいと思ったデシレアが、折り紙を作ってほしいとシェル子爵に依頼したのだが、その時点で既に興味を持たれ、あれよあれよという間に、ビルド男爵家やダールマン家をも巻き込んでの事業と相成ってしまった。 

「まあ、デシレアだからな」 

「なっ。酷いですよ、オリヴェル様。それは、冤罪というものです。私はちゃんと、オリヴェル様の許可を貰ってから、折り紙のお願いをしました。落ち度はありません」 

 諦めたように言うオリヴェルに、勝手な行動はしていない、とデシレアが胸を張る。 

「まあ。確かに今回は、俺も予想外だった」 

「ですよね。まさかでした・・・あ、そういえばオリヴェル様。折り紙細工を絵のようにするのも楽しいですよ」 

 またもというか、凝りもせず話題を変えたデシレアは、何を想像しているのか、その瞳をきらきらと輝かせている。 

「デシレア・・・そういうところが。まあ、いい。それも、彼等に教えてやれ」 

 例えば、海の絵で蟹だけ折り紙細工にするとか、と楽しそうに話し出したデシレアに、オリヴェルが苦笑しながら言った。 

「では、一枚作ってみますね。あ、団扇・・・ええと、扇のようなものに、折り紙でちぎり絵をするのも楽しくて」 

 ぽんぽんと浮かんだものを口にしていくデシレアと、それを聞きながら構想を固めていくオリヴェル。 

 そんなふたりを、笹もどき飾りが優しく見つめていた。 

 

 

 因みに。 

 その笹もどき飾りで揺れる短冊に書いた、デシレアの願いは何かというと。 

 

『・・・・・』 

 完成した短冊を手に固まったオリヴェルに、デシレアが何かあったかと声をかける。 

『オリヴェル様?どうかしたのですか?』 

『いや。デシレア。短冊には、願い事を書くのではなかったのか?』 

『そうですよ。短冊には願い事を書くのです』 

 えっへんと言いそうなデシレアに、オリヴェルが困惑の目を向ける。 

『しかし、これは』 

『私の願い事が、どうかしましたか?』 

『俺には、願い事ではなく、ある種の宣言のように読めるのだが』 

『ああ。だって、迷ってしまって』 

 自覚はあるのか、デシレアがかしかしと自分の頬に爪を当てた。 

『迷うほど願いがあったのか』 

『はい。当然のこととして<オリヴェル様の傍にいられますように><オリヴェル様が幸せでありますように><オリヴェル様が笑顔で過ごせますように>それから・・・と色々迷いまして。幾枚書いてもいいかとも思ったのですが、一枚にありったけの願いを込めた方がいいという結論に至りました」 

 きりりと言うデシレアに、オリヴェルが眼鏡の細い縁をくいっとあげる。 

『それで、宣言になったと。ふむ。俺もそうすればよかったか』 

 そうすれば、揃いだった、と真顔で言うオリヴェルの手にあるデシレアの短冊。 

 そこに、堂々たる筆圧で書かれた言葉。 

 それは。 

《オリヴェル様、大好き!》 

 

 デシレア。 

 どこまでもぶれないオリヴェル推しの、迸る本心だった。 

 

~・~・~・~・~・~・~・
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