推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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百七、推しとティアラ

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「こちらでお待ちでございます」 

 式を挙げる大聖堂へ着いたデシレアは、一旦家族と別れてある部屋へと向かった。 

 メシュヴィツ公爵家から派遣されて来ている侍女が、恭しく開けてくれた扉の向こうに居るのは、婚姻式のための正装姿のオリヴェル。 

「来たか」 

「はい、来ました」 

 声を掛けられ、窓辺に立っているオリヴェルへとデシレアが歩き出せば、喜びに顔を綻ばせたオリヴェルもまた、デシレアへと歩いて来る。 

 

 おおおおお。 

 オリヴェル様、とっても素敵です。 

 素敵、眼福の極み。 

 ここから、記録に残したいです。 

 

 婚姻式と披露目の宴では活躍する予定の記録用魔道具だが、流石にこの場には設置されていない。 

 そのことを残念に思い、そして、とてつもなく長いトレーンに手こずっていると、先ほどの侍女ともうひとりの侍女が、ふたり揃ってすすっと来て、ささっと整え、美しく裾を引くようにしてくれた。 

「ありがとう」 

 感謝感激、とデシレアが礼を言えば、頭を深く下げ、そのまま退室して行く。 

「デシレア。とても綺麗だ」 

「オリヴェル様こそ、とっても素敵です」 

 この至近距離でオリヴェル様の婚姻式の正装姿を見られるなど至福の極みと、デシレアはしっかりと、その麗しい姿を目に焼き付ける。 

 「では、ヴェールを」 

 そう言うと、オリヴェルは用意されていたヴェールをそっと手に取った。 

 それに合わせ、デシレアがほんの少し膝を折る。 

 メシュヴィツ公爵家の紋が織り込まれたそれはしっとりと美しく、オリヴェルの手に依って丁寧にデシレアへと着けられていく。 

「よく似合う」 

「本当ですか?」 

「嘘を言ってどうする」 

「いえ。どうしても、衣装に負けている感が否めないかと」 

「そんなことは無い。もっと自信を持て・・・ほら、これがティアラだ」 

 言われ、オリヴェルが手にした台で輝くティアラを見て、デシレアは固まった。 

 

 凄い宝石がたくさんですよ。 

 眩しい。 

 大小様々ありますけど、一体、お幾らなのでしょうか。 

 ああ、それを考えたら、今日の私の装いは全部で・・・・・。 

 

「どうした?気に入らないか?」 

 反応が思ったものと違ったのか、オリヴェルが不安そうな瞳でデシレアの顔を覗き込む。 

「違います。そうではなく、本当に立派で美しいティアラだと思いまして」 

 ふるふると首を横に振り答えるデシレアに、オリヴェルが安堵の笑みを浮かべた。 

「デシレアに似合うものを、と職人と吟味に吟味を重ねた。絶対に似合う」 

 自信満々に言うオリヴェルが、デシレアにそのティアラを近づける。 

「りんご」 

 驚くことに、そのぐるりを飾る宝石は、どれも小さなりんごの形をしていた。 

 よく見れば、小さく輝く宝石のすべても、りんごの形を模している。 

「露店の時だったか。話をしていただろう?あれを、形にしてみた。忘れてしまったか?」 

「いいえ、覚えていますけれど。まさか、本当にりんごのティアラを作ると思っていませんでした」 

 びっくりです、そして想像と違いました、と目を丸くするデシレアを、オリヴェルは目を細めて見つめる。 

「可愛いだろう?デシレアのように」 

「っ・・・わ、私が可愛いかどうかはともかく、このティアラはとても可愛いです。家宝にします」 

「そうか。なら、俺達の家宝にしよう」 

「あ」 

 オリヴェルに言われ、デシレアはこれから<家>と言えば、自分もオリヴェルと同じメシュヴィツ公爵家なのだと気づく。 

「だが、俺が生きている間は、このティアラをデシレア以外が着けることは許さないがな」 

「またまた、そんな冗談を」 

「安心しろ。本気だ」 

 冗談めかして言うオリヴェルが持つ台の上で、陽の光を受けたティアラが煌めきを放つ。 

「本当にきれいですねえ。色々なお色がたくさんなのに、調和も取れていて見事です」 

「中央の青は譲らなかったがな」 

 濃い青、群青は、オリヴェルの瞳の色。 

 そして更に、土台の部分や縁にはオリヴェルの髪色である青銀の配色もあって、ティアラ全体でオリヴェルを表しているようでもあった。 

「ふわああ。オリヴェル様色満載ですね。本当に素敵です。ずっと眺めていられます」 

「気に入ったようで良かった。だがまあ、眺めるのはそれくらいにして、着けよう。後で、幾らでも眺めていいから」 

 そう言ったオリヴェルに頷き、名残惜しそうにしながらも、デシレアはティアラから視線を移す。 

「あの。オリヴェル様」 

「ん?」 

「ありがとうございます。本当に、幸せです」 

 頭にティアラを乗せてもらいながら言ったデシレアに、着け終えたオリヴェルが真顔で答える。 

「俺こそ幸せだ。だが、俺は欲張りらしくてな。デシレアとなら、もっと幸せになれると思っている」 

「オリヴェル様。それなら、私の方が欲張りです。だって、もっともっと幸せになれるって、信じているんですから」 

「デシレア」 

「オリヴェル様」 

 オリヴェルが、そっとデシレアを抱き寄せ、その額に口づけを落とす。 

「ドレスだけでも美しかったが、ヴェールとティアラを着けたら、より美しくなった。本当によく似合う」 

「オリヴェル様の麗しさには敵いませんが、それなりに磨いてもらいましたから」 

「何だ、それは」 

 何故か威張って言うデシレアに、オリヴェルは苦笑しつつ、そっと優しく、その頬に手を当てた。 

 

 

「ご準備、よろしいでしょうか。皆様、お待ちでございます」 

 やがて、控えめに扉が叩かれ、侍女が用意の確認を問うて来る。 

「ああ。整った。入ってもらってくれ」 

 言葉と同時、オリヴェルがデシレアの肩を抱き、皆を迎えるべく、ふたり並んで扉へと向かって立った。 

「デシレア!まあ、よく似合っているわ!とっても綺麗よ!」 

「本当に、我が家の嫁は代々美しいな」 

 扉が開いた瞬間、飛び込むようにして入って来たのは、自身も美しい正装姿のメシュヴィツ公爵夫人アマンダ。 

 そして、そのすぐ後ろにメシュヴィツ公爵エーミルが続き、更にその後ろからレーヴ伯爵家の三人が静かに入って来た。 

「マレーナ。こんなに素敵なお嬢さんを、我が家に嫁がせてくれてありがとう。必ず大切にするから、安心してね」 

「よろしくお願いします、アマンダ様」 

 一頻りデシレアを褒めた後、メシュヴィツ公爵夫人アマンダは、デシレアの母であるレーヴ伯爵夫人マレーナの手を取り親交を深めており、そんなふたりを、それぞれの夫であるメシュヴィツ公爵とレーヴ伯爵が微笑ましく見つめている。 

「姉さん。ヴェールもティアラも、本当によく似合っているよ。光に包まれているみたいだ」 

「ヴェールには、メシュヴィツ公爵家の紋が織り込まれているし、ティアラはオリヴェル様が図案も考えてくださったの」 

 幸福そうに笑い言うデシレアに、ミカルも嬉しそうに微笑みを返す。 

「りんごか。姉さんが、特に大切にしている装飾品もそうだね」 

「オリヴェル様がくださった物はどれも宝物だけれど、りんごは特別。りんごは、私の幸せの象徴なの」 

 デシレアの言葉に、そうかとミカルが笑顔で頷いた。 

「メシュヴィツ公爵子息様。姉をよろしくお願いします」 

「俺のことは、オリヴェルと呼んでほしい。義理とはいえ、今日から兄弟となるのだから」 

「ありがとうございます」 

 やや硬くなって言うミカルに、デシレアが揶揄うような笑みを浮かべた。 

「大丈夫よ、ミカル。オリヴェル様は、貴方を取って食べたりしないから」 

「分かっているよ。でも、麗しいって言葉は、本当にオリヴェル様のためにあるようだね、姉さん。凛とした強さもある美しさ、っていうか。男性らしいのに美しい。近くで話をすると尚、って感じがする」 

「でしょう?オリヴェル様は、世界で一番、麗しいのよ。言うなれば、人外。ううん、この世の者とも思われない」 

「人外、って。姉さん、言い方」 

「デシレアとミカルは、本当に仲がいいんだな。俺はひとり子だから、羨ましい」 

 ぽんぽんと言い合うデシレアとミカルにオリヴェルが言えば、即座にデシレアの答えが返る。 

「何を言っているのですか。今日からオリヴェル様も含まれるではないですか」 

「そうですよ、オリヴェル様」 

 デシレアの言葉にミカルも当然と続き、オリヴェルはその頬を嬉しさに緩めた。 

「そうか。ではミカル、義兄上と呼んでくれ」 

「え!?オリヴェル様を義兄上と呼べるのですか!?ミカルが羨ましいです。いいなあ、ミカル」 

「姉さん」 

 本気で羨ましがるデシレアにミカルが呆れた声を出し、オリヴェルは澄まし顔で続けた。 

「デシレアは『旦那様』だろう?」 

「っ!」 

 

 だ、旦那様? 

 オリヴェル様を旦那様って呼ぶ? 

 私が? 

 ほわあああ・・・・・。 

 

「ああ。姉さん、顔、顔。緩んじゃって、大変なことになっているから」 

「え!それは大変。折角の三割増しが」 

 ミカルの指摘に、慌てて表情筋を全力で動かしたデシレアを見、オリヴェルが苦笑する。 

「諦めていなかったのか、三割増し」 

「あ、それは俺が知らずに姉さんに言ってしまって」 

 オリヴェルの言葉にミカルが頬を引き攣らせながら説明し、納得とオリヴェルも頷いた。 

「なんですか、ふたりで内緒話。仲良くなるのは嬉しいですけど、仲間外れは嫌です」 

 そんなふたりにデシレアが妙な嫉妬をしている間に、式の準備が整ったと声がかかる。 

「じゃあ、姉さん。また後でね」 

「うん。ありがと、ミカル」 

 一足先に大聖堂へと向かう両家の面々を見送り、デシレアは、ふうと大きく息を吐いた。 

「デシレア。緊張しているか?」 

 先ほどまで談笑していた親族も、レーヴ伯爵を除いて、皆、先に席へと移動し再び、控室にふたりとなったデシレアにオリヴェルが案じるように問いかける。 

 オリヴェルもまた、ここからはデシレアと離れ、デシレアがレーヴ伯爵と共に自分へと歩いて来るのを待つことになる。 

 その間、デシレアの傍に居られないのが心配だとオリヴェルが言えば、デシレアは深刻な顔で頷いた。 

「とてつもなく不安ではありますが、今日の私は三割増し綺麗に見えるそうなので、それで乗り切ります」 

「ふ。そうか。俺のところに来るまで頑張れ」 

「はい!あ、と。でも、オリヴェル様の隣に並んでからの方が、三割増しは発揮された方が良かったような・・・」 

 ぶつぶつと言うデシレアに、オリヴェルが情報を渡す。 

「後ろの方の席は、並んだ俺達の顔までは見えない。だが、デシレアはずっと歩くのだから」 

「あ!そうですね。見られた時に三割増し、それ大事ですよね。『あれで、オリヴェル様に並ぶつもり?』など、言われなくて済みますから。それにしても、たくさんの人が居ると思うと、今から心臓がばくばくします」 

 緊張気味に言うデシレアの前髪にそっと触れ、オリヴェルが甘く微笑む。 

「大丈夫。俺も、心はずっと一緒にいるから」 

「オリヴェル様。頼りになります。頑張ります!」 

「・・・デシレア」 

「オリヴェル様・・・」 

「ああ・・・デシレア。父様の存在、忘れていないか?」 

 見つめ合うふたりに、レーヴ伯爵のいたたまれない気持ちを音にしたような声が届き、デシレアとオリヴェルは、はっとして動きを止めた。 

 

~・~・~・~・~・~・ 

いいね、エール、お気に入り登録。ありがとうございます♪ 
※デシレアの弟の名前はミカルです。派手に誤ってしまい申し訳ありません。
みかちゃんです。お願いします。
次回、最終回!?
少し、お時間ください。

 
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