推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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百二、第一王子殿下のご成婚 2

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「オリヴェル様・・お疲れ様でした・・・・・」 

 第一王子の成婚式という、人生最大と思われる格式高い挙式と、それに続く各国要人出席という、これまた格式高い披露目の宴を何とか乗り切ったデシレアは、王城にオリヴェルとデシレアのために用意された部屋に着くなり、エスコートしてくれているオリヴェルごとソファに倒れ込もうとして。 

「デシレア様。まずは、宝飾品の類をお外しいたします」 

「湯あみの前に、軽くお化粧をお落とししますね」 

「若旦那様は、あちらに」 

 すすっ、と寄って来た侍女達、侍従達によって、あっというまに連れ去られた。 

「デシレア。後でな」 

「はいぃ・・・オリヴェル様」 

 苦笑して言うオリヴェルに何とか答え、デシレアは侍女達の手によってあっというまに身を清められた後、ゆったりと湯船に浸かって疲れを落とした。 

 

 

 

 

「オリヴェル様。改めまして、お疲れさまでした」 

「デシレアこそ、疲れただろう」 

「はい。ですが、お湯をいただいたら、大分楽になりましたので」 

「それなら、良かった。かなり、緊張させてしまったようだから、心配した」 

 オリヴェルの言葉に、デシレアはやや頬を引き攣らせる。 

「確かに、すっごく緊張しました。口からこう、心臓が出るのではというくらい」 

 今宵の晩餐の席で、オリヴェルと反対側のデシレアの隣に着席したのは、とある国の大使。 

 大使でもあるが、その国の王弟殿下でもあり、というそのひとは、なかなかに気難しいことで有名だった。 

 つまりは、とても難しいけれど、外交を失敗する訳にはいかない筆頭のような存在。 

 何故、そのような責任重大な場所がデシレアの席となったかと言えば、それは、偶然にもデシレアが、その国の言葉を修得していたからに他ならない。 

 

 

 

 今から数日前の、その日。 

 オリヴェルは、国王陛下より、早急に彼の国かのくにの言葉を解す存在を探すよう任命を受けた。 

 聞けば、いつも彼の国かのくにの王弟の隣に着席している外務大臣の夫人が、怪我をしてしまったため、出席が難しくなったと連絡が来たとかで、時間もないなか、緊急に、せめて通訳を探す、という措置が取られることとなったという。 

 

彼の国かのくにの言葉は、母国語とは乖離かいりしているうえに珍しいからな。外務大臣夫妻以外、大臣達も、その夫人達も修得していないんだ』 

『そうなのですね。確かに、母国語とは、全然違いますものね』 

『ああ。しかし困った。通訳として宴の場に居ても恥ずかしくない所作が出来て、言葉も巧みに扱って欲しい、など。そううまく見つけられる気がしない』 

 困り切った表情で首を横に振るオリヴェルに、デシレアは、おずおずと手をあげた。 

『あのう、オリヴェル様。私、通訳くらいなら、出来るかと思います。余り、専門的な言葉は理解できない可能性がありますけれども』 

『え?デシレア。彼の国かのくにの言葉を話せるのか?』 

『はい。私が教えてもらったのは、平民も行く学校の先生だったのですが、その方が、彼の国の方に恋をして、そちらの国で暮らしてもいいから、と口説き落としたそうなのです。それで』 

 デシレアの説明に、オリヴェルはぽかんと口を開けそうになるも、なんとか堪える。 

『凄い理由だが、それでデシレアが話せるのなら御の字だ。では、早速陛下に』 

『あ!』 

『どうした?』 

『先生にお願いした方が、早いでしょうか。先生は、男爵家のご令嬢で。結局、相手の方がこちらの国に来てくださったので、連絡先、分かりますし、お願い出来るかと思います』 

 提案するデシレアに、しかしオリヴェルは首を横に振った。 

『いや。部外者は、なるべく入れたくないからな。ああ、その先生を信用するとかしないとか、ではないぞ。だが、デシレアならば、何も問題が無い。大役を押し付けることになるが、よろしく頼む』 

『オリヴェル様が、傍にいてくださるなら、頑張ります』 

『ああ。傍に居る。それに、彼の国の王弟殿下は、寡黙な事で有名だ。挨拶と、簡単な日常会話程度で問題無いと外務大臣も言っていた』 

 オリヴェルの言葉にデシレアも頷き、緊張はするものの、然程の会話は無いと安心もしていた。 

 

 

 が、しかし。 

 蓋を開けてみれば、彼の国かのくにの王弟殿下は饒舌だった。 

 そして、隣に座る夫人までもが楽し気に会話に参加し、更に話を広げていくので、デシレアは頭を高速回転させながら、持てる知識と言語を駆使して会話を繰り広げた。 

 見た目には、優雅にグラスを傾け、料理の説明をしながら己も食し、と、ありとあらゆる感覚を研ぎ澄ませて頑張った。 

 それはもう、成婚式の緊張も解けぬままに、更なる緊張を強いられながらも、笑顔で優雅に・・・そう、水面下では必死に足を動かしながらも水上では優雅さを保つ、白鳥の如くに頑張ったのである。 

 

 

「しかし、大使も夫人もデシレアとの会話を楽しんだようじゃないか」 

「ラップや岡持おかもちに興味を持ってくださっているようでした。それから、供されるお料理にも」 

「料理か。国によって評価が分かれるからな。見る限り、出席者は皆、満足しているようだったが」 

 オリヴェルの言葉に、デシレアはこくりと頷いた。 

「はい。彼の国のご夫妻は、とても気に入ったとおっしゃっていました・・・それにしても、オリヴェル様は凄いです。周りをよく見ていらして。私なんて、彼の国のご夫妻だけで手いっぱいで、周りのことなど見えていませんでした」 

 反省です、と落ち込んで言うデシレアの手を、オリヴェルがそっと握る。 

「いきなり、無理難題をふっかけられたのに、よくやってくれた。まさか、あれほど話される方とは、俺も思わなかった。というより、初めて見たぞ」 

 幾度か会う機会はあったが、と言うオリヴェルにデシレアは苦笑した。 

「話の内容は、岡持やラップですからね。自分の発案には責任を持てということだったのでしょうか」 

「確かに、デシレア以上の適任者はいないな。誰よりも詳しい」 

「ところでオリヴェル様。例のあれ、確認してみませんか?」 

「ああ、そうしよう」 

 オリヴェルの返事を受けて、デシレアは、いそいそとその箱をテーブルへと運ぶ。 

「楽しみですね」 

「デシレアが、開けていいぞ」 

「では、僭越ながら」 

 そう言うと、デシレアは見た目は保冷庫と何ら変わらないその箱を、そっと開けた。 

 そして、中からポットを取り出す。 

「おお、温かい!成功ですよ、オリヴェル様!大正解です!」 

「そうか。やはり、時を止める魔法陣だったか」 

「凄いですね」 

「ああ」 

「そうやって、あの資料を守ったのですね」 

 呟いて、デシレアはしみじみと魔法石を見つめた。 

 そこに刻まれた魔法陣は、メシュヴィツ公爵領伝統のダンスと共に入っていた、あの魔法石にあったもの。 

 初めて見た魔法陣の解析を任されたオリヴェルは、それが時を止める魔法陣なのではないかという結論に至った。 

 そして、その魔法陣を刻んだ魔法石の作成許可も国王から得たオリヴェルは、他の魔石に魔法陣を刻んだものの、作用させることが出来なかった。 

「まさか、魔法陣を発動させる魔石が限定されるとはな」 

「それを解明したオリヴェル様は、やっぱり天才です。凄いです」 

 特定の魔石に時止めの魔法陣は刻む必要があるのではないか、と予想したオリヴェルが試作した魔石が、見事にその効力を発揮した。 

「しかし、お湯がそのままお湯であり続けるかどうかで確認する、というのはデシレアに言われなければ、思いつかなかったな」 

「何とも、しょぼい感じですけれどもね・・・さ、オリヴェル様。この記念のお湯でお茶にしましょう。お祝いです」 

「祝いか」 

「もちろんです。だって、新たな魔法陣の誕生ですから・・・ん?復活といった方が正しいのかな?でも、あの魔石が壊れていたわけでもないし・・・うーん、なんだろ。時を越えて知られた魔法陣?・・・何か違う」 

「デシレアといると、本当に飽きないな」 

 呟きつつお茶を淹れるデシレアにオリヴェルが言えば、即座にデシレアがえっへんと胸を張った。 

「そうでしょう、そうでしょう。楽しい人生。これ大事」 

「これからも、期待している」 

「お任せください!・・・・って、あれ?オリヴェル様、どうして笑っているのですか?・・・あ!もしかして、またいじめっ子な揶揄いをしたのですか!」 

 はっとしたように叫ぶデシレアに、オリヴェルがにやりとした笑いを返す。 

「いやいや、そうじゃない。紛れもない本心だ・・・まあ、半分くらいは、その反応を期待していたが」 

「ぐふっ・・・期待通りの反応をしてしまうとは、不覚」 

「それも楽しいのだから、いいじゃないか。ほら、いい香りがして来た」 

 ぽんぽんと会話をしながらも動き続けるデシレアの手が、カップに紅茶を注ぐ。 

「本当に、これからも頼む」 

 デシレアが居る人生の幸せを噛みしめながら、オリヴェルは供されたカップを手に取った。 

 

~・~・~・~・~・~・ 

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