推しと契約婚約したら、とっても幸せになりました

夏笆(なつは)

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九十七、推しと山芋パーティ

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「デシレア。これが山芋、で、合っているか?」 

 その日。 

 仕事を終えたデシレアが帰宅すると、山芋が待っていた。 

 否、正確に言えば、テーブルに乗った山芋を前にしたオリヴェルが待っていた。 

「はい、そうです!山芋!ああ。それにしても、山芋を前にしたオリヴェル様も素敵です。絵になります。オリヴェル様と共にあると、山芋さえ高貴に見えて来るから不思議ですね!」 

「・・・俺には、そう見えるデシレアの瞳が不思議でならない。いっそ、心配なくらいだ」 

 苦笑しつつも満更でもなさそうな様子で言ったオリヴェルは、向かいのソファに座ったデシレアへと、山芋の入った籠を押し出す。 

「ああ、愛しの山芋ちゃん。美味しく食べてあげるからね・・・ああ、可愛い。オリヴェル様、本当にありがとうございます」 

「・・・デシレア。嬉しいのは分かるが、芋に頬刷りするのは如何なものかと思うぞ。感性を疑われそうだ」 

「あ、すみません。思わず」 

 喜びのあまり山芋に頬刷りしていたデシレアは、ほほほとわざとらしい笑みを浮かべてそっと山芋を籠に戻した。 

「しかし、米というものがなければ、かるかんは作ることが出来ないのだろう?これ単体では、どうしようも無いのではないか?」 

「いいええ。山芋ちゃんがあれば、それだけで美味しい物が作れますよ。あ、そうだ!」 

 山芋を見つめ、にんまりと笑ったデシレアは、いい事を思いついたと顔をあげた。 

 その瞳は、見た事もないほどにきらきらと輝いていて、オリヴェルは思わず腰が引けるのを感じる。 

「何だ、デシレア。何を企んだ」 

「今夜は、山芋パーティにしましょう!」 

「パーティ、だと?山芋が見つかって浮かれる気持ちは分かるが、今夜は流石に無理だろう。招待状も出していないどころか、何の準備もしていないのに、一体どうしようというのだ」 

 オリヴェルに呆れたように言われ、デシレアは、ちっちっちっ、と指を振った。 

「招待状など不要です。参加者は、このお邸の住人。つまり、オリヴェル様と私と使用人の皆さんです。と言っても、使用人の皆さんはオリヴェル様と食卓を共には出来ませんから、別の場所でになってしまいますが」 

「それで、パーティ、なのか?意味が分からぬ」 

「もう、オリヴェル様。のりですよ、のり。今夜は、山芋三昧のお食事にしましょう、って言っています」 

 オリヴェルの眉間に寄ったしわを指で伸ばしながら、デシレアはご機嫌のままにそう言った。 

「なるほど。それなら理解した。しかし、三昧ざんまいというほど、山芋で料理が作れるのか?」 

「種類は然程知らないのですが、大丈夫。お腹いっぱいにはなりますよ」 

 自信満々にそう言うと、早速と山芋を抱えて運ぼうとするデシレアを、控えていたノアが止める。 

「デシレア様、そちらは私がお持ちましょう。厨房へ、お運びすればよろしいのですか?」 

「厨房にお願いします・・・って、あ!もう、夕食の仕度を始めてしまっているでしょうか?」 

「どうでしょうか。微妙な時間ですね。メニュウは、既に決めているかと思いますが」 

「そうですよね・・・オリヴェル様!もし、今夜のメニュウが決まっていたら、山芋パーティは明日でもよろしいですか?」 

「俺は構わぬが。そうなると、デシレアは今夜、山芋料理の夢を見そうだな」 

 くつくつと楽しそうに笑いながら言われ、デシレアは真顔で考えつつ頷いた。 

「仰る通りですね。流石は、オリヴェル様です。洞察力凄し。でも、料理長はじめ料理人の皆さんの料理も大好きなので、問題無しですよ。それでも、山芋料理の夢は見るかもしれませんが」 

「・・・・・ああ、その・・・一応、冗談だったのだが」 

「え!?そうなのですか!?」 

「ああ。そうだった、のだが。それほど、分かりづらかったか?」 

 心持ち、肩を落として言ったオリヴェルに、デシレアは困ったように首を竦める。 

「オリヴェル様が分かりづらいというよりは、それがもう、私の真理といいますか」 

 食べたい思いが夢を見させる、それはもう本能、とデシレアが真剣に説明しているところに、ノアが戻って来た。 

「お話し中失礼します。デシレア様。厨房では、既に本日の夕食の下拵えが済んでいる、とのことでした。いかがいたしましょうか」 

「では、長芋パーティは明日にしましょう。料理長には、後で私が言いに行きます。厨房を使わせてもらう相談もしなければならないし」 

「そうだな。長芋料理は、明日の楽しみとしよう・・・デシレア。今夜は、存分に夢を見ていいぞ?」 

「存分に、って・・・もう、オリヴェル様」 

 揶揄うように言われ、オリヴェルを叩く真似をしようとしたデシレアは、その群青の瞳にデシレアを慮る色を見つけて動きを止める。 

「大丈夫ですよ、オリヴェル様。心配無用です。今日は、きっとそういう日なのです」 

「そういう日?・・・ああ、ついていない日、ということか」 

「端的に言えば、まあ、そういうことです」 

 そう言って、デシレアは小さくため息を吐いた。 

 

 ついていないというか、まあ、仕方がないのですが。 

 今日は、シェル子爵が、領で発見した山芋らしき物を持って来てくれると分かっていたのに、お仕事で同席出来ませんでしたし。 

 漸く再会を果たした山芋ちゃんを前に、お預け状態となってしまったのも、山芋パーティは今日ではないから仕切り直しなさい、という天の思し召しですよね、きっと。 

 こういう時こそ、笑顔ですよ笑顔。 

 ええと、口角を持ち上げて。 

 

「デシレア。大丈夫か?珍妙な顔になっているぞ」 

 前向きになろう、と、なけなしの信仰心を呼び起こしていたデシレアは、オリヴェルにそう声をかけられ、口角持ち上げ作戦が失敗に終わった事実を知った。 

「珍妙な、って。仮にも女性に言う言葉ではありませんよ」 

 恥ずかしさも相まって、つん、と横を向いたデシレアに、オリヴェルは頭を悩ませる。 

「女性に向ける言葉ではない、と分かってはいるのだが・・・だがしかし。幾度考えても、やはりそれ以外に言い様が無い顔だった。それと、シェル子爵の来訪を、デシレアの都合と合わせられなかったのは、俺の仕事の関係だからな。すまないと思っている」 

 唐突に謝罪され、デシレアはぽかんと口を開けてオリヴェルを見あげる。 

「それは当然ですよね?オリヴェル様の都合とシェル子爵の都合を擦り合わせるのが最優先なのですから。確かに残念ではありましたが、そこはオリヴェル様が謝罪なさるところではありません」 

「・・・そうか。そういえば、またブロルに何か頼んだのだろう?あれは、何に使うのだ?」 

 デシレアの心情を汲み、話題を変えたオリヴェルに、デシレアはにっこりとした笑みを浮かべた。 

「あれは、おろし金です。山芋を、すりおろすのです」 

「山芋?ということは、これをすりおろすのか?」 

 怪訝な顔になったオリヴェルが、戸惑うように山芋を指し示す。 

「はい。そうすると、とろろという物になるのです」 

「それを、何に使う?」 

「いやだな、オリヴェル様ってば。もちろん、食べるのです」 

 真顔で尋ねたオリヴェルに、デシレアは、にっこり笑ってそう言った。 

 

 

~・~・~・~・~・~・ 

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