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九十五、推しとダンス

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 ええと、ここで右に回転しながらステップを踏んで・・・・・。 

 ん? 

 あれ? 

 ここのステップはどうだったっけ? 

 右足を左足の・・・と、とにかく回転して、正面を向いた所で、向こう側で同じ動きをしていたオリヴェル様と向き合って両手を取る・・・と、取れない! 

 オリヴェル様、遠い! 

 っていうか、位置がずれているの明らかに私! 

 

「申し訳ありません、オリヴェル様」 

「いや、練習を始めたばかりなのだから、気にすることは無い。にしても、豪快にずれたな」 

 慌てて駆け寄るデシレアを、オリヴェルが苦笑と共に迎える。 

「面目次第もございません。おまけに、ステップも覚えきれていなくて」 

 ため息を吐きつつ、デシレアは正直に自己申告した。 

「時間は未だあるのだから、焦ることは無い。少し、休憩にしよう」 

「はあ」 

 オリヴェルに手を取られ、談話室に向かいながらもデシレアは憂鬱にため息が止められない。 

 メシュヴィツ公爵領いにしえの、伝統のダンスの記録を発見してから暫くの時間が経ち、数多の人の協力を得て、そのダンスは見事に復活を遂げた。 

 そして、その披露目の場にはオリヴェルとデシレアの婚姻式が選ばれたのだが、このダンスが非常に難しい。 

  

 ステップが全体的に複雑なだけでなく、ステップを踏みながらの動きも多様とか。 

 何か、全然出来るようになる気がしない・・・・・。 

 

「ニーグレン公爵令嬢も帰国して、デシレアも忙しくしているのだから、今出来ないからと言って、そう落ち込むことは無い」 

「それ・・・私と同じか、それ以上に忙しいのに、もうほぼ完璧に踊れるオリヴェル様が言っても説得力皆無です」 

 そう言って再びデシレアがため息を吐けば、その余りの威力に手にしたカップの紅茶の水面みなもが揺れた。 

「え?凄いですよ。ため息で水面が揺れました。たゆたゆって・・・ああ、ここに何かを浮かべたら、たゆとう、って感じでしょうか。浪漫」 

「カップごと揺らしただけだろう」 

 何をやっているのだと苦笑され、デシレアは胸を張って答える。 

「それはもちろん、現実逃避です」 

「現実は、何も変わらないぞ」 

「う・・・分かっていますよ」 

「そうやって、いじけているのも可愛いからいいけどな」 

 隣に座るデシレアの頬をつんつんとつつき、オリヴェルは満足そうな笑みを浮かべた。 

「また出た。いじめっ子」 

「デシレア限定だ」 

「嬉しくないですよ」 

「やり返せばいいだろう」 

「やり返す」 

 デシレアが鸚鵡返しに言えば、オリヴェルがにやりと笑う。 

「ああ。特別に許してやる」 

「特別」 

「デシレア限定だ」 

「それは、嬉しいです・・・では、遠慮なく・・む。オリヴェル様のほっぺ、固いです」 

「だろうな。デシレアの頬のように柔らかくない。それに、こんな風に指も沈まないだろうしな」 

 言いながら、オリヴェルはデシレアの頬に指を埋めた。 

「どうせ丸いです」 

「丸いとは言っていないだろう。よく伸びるし、柔らかいと言っているだけだ」 

「伸びる、っていうのがもう・・・んんっ、伸びませんよ」 

「デシレア、それは少し痛い」 

「あ、すみません!つい、むきになってしまいました」 

 伸びない、と少々強く引っ張った結果、オリヴェルの頬を抓る形になってしまったデシレアが、慌ててその頬を撫でる。 

「指より、唇で労わってくれないか?そうしたら、許してやる」 

「またまた、そんなご冗談を」 

「いや。冗談ではない」 

「冗談でなかったら、本気になってしまいますよ?」 

「だから、そう言っている」 

 真顔のオリヴェルに迫られて、デシレアはたじたじとなってソファの上で懸命に仰け反り、後ずさった。 

「え・・・ええと、そういえば、もうすぐ第一王子殿下のご成婚式ですね」 

「これはまた、渾身の話題替えだな・・・だが、まあいい。その件でも、デシレアには迷惑をかけた」 

 すまなかった、と居住まいを正したオリヴェルに頭を下げられ、デシレアは慌ててその頭を持ち上げる。 

「私は図案を描いただけですから。頑張っているのは、職人さん達です」 

「デシレア」 

 内定していた第二王子カールと聖女エメリの婚姻式は、エメリが妃に相応しい所作と教養を身に付けるまで延期となった。 

 しかし、その婚姻式に向けての企画は既に動き出しており、人員の確保も終わっている。 

 そこで王家が考えたのは、その企画をそのまま第一王子の成婚式に移行するというものだった。 

 元より第二王子カールより先に成婚予定だったこともあり、今、絵皿を作る工房は大変な忙しさになっているが、その事による暴動や混乱は起こっていない、文句も出ていないとデシレアは自身も安堵したことを、もう一度オリヴェルに告げる。 

「それに、第一王子殿下ご成婚式の際、おふたりを模したケーキを販売する許可もいただきました」 

「ああ。ニーグレン公爵令嬢が、とても喜んでいたな・・・怒ってもいたが」 

 当初、第一王子の成婚式を模したケーキの販売権を貰った、とデシレアから報告を受け喜んでいたアストリッドだが、第二王子カールと聖女エメリの婚姻式が延期になった理由を聞いて怒り狂った。 

『デシレアが聖女に攫われた!?しかも、その事実は公にはしないですって!・・・まあ、百歩譲って、国民感情云々を考えれば、それは正しいわ。でも、貴方個人としては、王家を糾弾したのでしょうね?デシレアの婚約者として、デシレアのために多くのものを要求したのでしょうね!?』 

 その時の様子を思い出したのか、オリヴェルと共にその言葉を聞いていたデシレアが、くすりと笑う。 

「確かに、アストリッド様、迫力満点でしたね」 

「ああ。王家を説得して、ニーグレン公爵令嬢には伝えるようにして、本当に良かった」 

「ありがとうございました。私、アストリッド様とお話ししているうちに、ぽろっと言ってしまいそうだったので、助かりました」 

 秘密、って親しいひとには難しいですね、と言うデシレアに、しかしオリヴェルは首を横に振った。 

「いや。俺が、ニーグレン公爵令嬢にも告げた方がいいと判断したのは、デシレアの味方を増やすためだ。王家とは、デシレアが有利になる契約書を幾枚も交わしたが、年月が経つうちに、反故にしようという動きが出ないとも限らないからな。ニーグレン公爵家にも一枚噛んでもらった」 

「それって、アストリッド様は完全なる巻き込まれ。というか、利用しているようで心苦しいです」 

「だが、喜んで巻き込まれると言っていたから安心しろ。むしろ『教えてもらわなかったら、百年呪った』だそうだ」 

「百年の呪い」 

「ああ。ニーグレン公爵令嬢なら、本当にやりそうだ」 

 そう言って、オリヴェルは肩を竦めた。 

「昔から、男だったらさぞ出世しただろうと思っていたが。『王城勤務に興味は無い』などと言い放っていてな。負け惜しみと思えば、見事に事業を成功させた。しかも、婚約者は隣国の王子だ。敵にまわせば厄介だが、味方としては心強い」 

「なんか、アストリッド様とオリヴェル様って似ています」 

 前から思っていた、とデシレアが言えば、オリヴェルがその柳眉を強く寄せた。 

「笑えない冗談は、よせ」 

「すみません、今の反応も似ています・・・ぅっ、痛い、痛いです、オリヴェル様!仕返ししますよ!」 

 頬を強く抓まれ、デシレアは反撃とばかりオリヴェルの頬を抓む。 

「では、特別に両側一緒にやってやろう」 

「やめれくららい」 

「可愛い物言いだ」 

「うう・・・負けた」 

 がっくりと項垂れるデシレアの肩を、オリヴェルが、ぽんっと叩いた。 

「さあ、練習を再開しよう」 

「はいぃ」 

 デシレアは、抓られた頬の感覚が残る状態で答えると、オリヴェルに続いてソファを立つ。 

「涙目になっているぞ」 

「誰のせいですか、誰の」 

 頬を擦りながら、デシレアは隣を歩くオリヴェルを恨みがましい目で見た。 

「誰の。そうだな。可愛い反応をするデシレアのせいかな」 

「もう。またそんな冗談を・・・あ。それはそうと、私、何故メシュヴィツ公爵領伝統のダンスを廃そうとしたのか、その理由が分かったのです」 

 突然真顔になって言ったデシレアに、オリヴェルも表情を改める。 

「理由が分かった?」 

 デシレアは、禁忌の森の住人と絆を結んだ存在。 

 そして、メシュヴィツ公爵領伝統のダンスについての記録の封印は、その絆の証が鍵となっていたこと。 

 それらの事から、デシレアにだけ分かる何かがあるのかと、オリヴェルは真剣な眼差しでデシレアを見つめ。 

「はい。難し過ぎて、出来るようにならなかったんですよ、きっと。だから、滅してしまえという暴挙に走ったに違いありません」 

「・・・・・そうか。それは、凄い理由だな。うん」 

 きりりとして言い切るデシレアに、何とも言えない目を向けた。 

 

~・~・~・~・~・~・ 

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