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九十一、キャロリーネ様と雀さん達。
しおりを挟むはあ。
市、本当に楽しかったです。
二日間とも、ひたすら飴細工を作っていましたけれども、シェル子爵夫人のお蔭で、市の美味しい物も食べられましたし、何よりずっとオリヴェル様と一緒だったというのが至福でしたよね。
それにしても、二日目の一番目のお客様が、シェル子爵夫人とマーユだったのには驚きました。
『猫さんとは、こちらの飴のことだったのですね。それなら、わたくしは、うさぎを作ってもらおうかしら』
そう言って猫とうさぎを注文した夫人は、完成すると、何故かうさぎの方をマーユへと渡した。
『おかあしゃま、ちあうよ。まあう、ねこしゃん』
『そうね。ちゃんとお母様と手をつないでいないと、お母様間違えて食べちゃうかも』
『や!らめ!』
『それなら、手を繋いで。マーユ、お母様のうさぎ、大切に預かっておいてね』
『あい!うしゃしゃも、かあい』
・・・あれは、お見事でしたよねえ。
しっかりとうさぎの飴の棒部分を握り締め、デシレアとオリヴェルに向かってばいばいと手を振ってから、もう片方の手をシェル子爵夫人と繋いで歩いて行くマーユは可愛かった、そして、やはり母たるシェル子爵夫人は凄かった、とデシレアは回想する。
っと、今日は、キャロリーネ様のお部屋へ行くのでした。
いつもの癖で、オリヴェルの執務室へ向かおうとしていたデシレアは、目的地が違ったと方向を転換する。
そういえば、例のダンスについて、キャロリーネ様は何かご存じだったりしないでしょうか。
王家に、何か記録が残っているとか・・・ああ、でも、あれば公爵も、公爵夫人もご存じですよねえ。
極一部の方しか入る事の出来ない王城の特別図書館にだって、入館出来てしまえる方々なのですから。
メシュヴィツ公爵家、公爵領の歴史を学ぶうち、デシレアは、かつてメシュヴィツ公爵領に伝統のダンスがあったことを知った。
古の時代には領民に愛され、領主も庇護していたそうなのだが、数代前の公爵夫人が『古臭い』と言って嫌い、踊る事はおろか、曲を演奏することまでも禁じてしまったらしい。
『伝統と文化を、何だと思っているのよって言いたいわ』
そう言って、ため息を吐いていた現メシュヴィツ公爵夫人アマンダは、現メシュヴィツ公爵である夫エーミルと共に、領と領民をとても大切にしている。
そんな夫妻が探しているのが、古のダンスの曲と振り付け。
領の歴史学者や文化人も率先して協力してくれているが、失われた物を求めるのは困難を極めていると公爵夫人は言っていた。
私にも、何かお手伝い出来るといいのだけれど。
とはいえ、最近になってそのダンスの事を知ったばかりのデシレアが、ずっと探し続けているメシュヴィツ公爵夫妻に役立つ情報を持ち帰るというのは、難しい。
難易度高過ぎのミッションみたいですよ。
完遂するのは、大変に難しそうです。
私には無理そう・・・いえいえ、無理と諦めてしまっては、そこまでですからね。
それはいけません。
「ねえ、本当に。遠慮というものをご存じないのかしら?貧乏伯爵家の分際で」
「ええ。それに、ダンスだって何とか及第点、というくらいでしょう?メシュヴィツ公爵子息様に相応しくないわ」
「ですよね。アンナ様の方がずっと、お上手でいらっしゃるのに」
「まあ、皆さん。そんな風に言ったら可哀そうだわ。ダンスの女神、と褒め称えられるわたくしと比べるなんて」
「アンナ様は、ダンスへの造詣も深くていらっしゃいますものね。お美しくて、ダンスも華麗。本当に、メシュヴィツ公爵子息様に相応しくていらっしゃる」
え?
ダンスへの造詣が深い?
それは、もしかしてもしかするのではありませんか?
ダンスに造詣の深い令嬢が、想う方の領地のダンスを勉強する。
そして、思いがけず古のダンスというものを知った・・・・・。
うん!
ありそうです!
ああ、また何か雀さん達が騒いでいますよ、といつも通り令嬢達の会話を聞き流していたデシレアは、すぐさま話の中心となっている令嬢の元へと急いだ。
「突然、失礼いたします。もしや、メシュヴィツ公爵領の古のダンスについて、何かご存じだったりしませんか?」
「は?」
「ですから、メシュヴィツ公爵領の古の」
「知らないわよ、そんなもの!何なのよ、いきなり!」
「それは、すみません。ですが、オリヴェル様のお名前が聞こえましたし、オリヴェル様に相応しいほどダンスへの造詣が深いということでしたので、もしかしてメシュヴィツ公爵領のダンスについてもお詳しいのでは、と思いまして」
デシレアの言葉に、アンナと呼ばれていた令嬢がつんと顎をあげる。
「あら、メシュヴィツ公爵子息様には、貴女よりわたくしの方が相応しいというのは、事実よ」
「そうですわ!メシュヴィツ公爵子息様は、あれほどに美麗な方なのですから、アンナ様の方が」
「美麗!そうですよね!オリヴェル様は、大変にお麗しいですよね。長く一緒に居て、どれだけ見つめていても、見飽きることの無い素晴らしき美貌。あの蕩けるような笑顔を向けられると、魂が抜け出るような多幸感を覚えます。それに中身も、優しく強く逞しく最高で。本当に素敵です」
我が意を得たり、と拳を握って言いそうになったデシレアは、拳は何とか堪えるも、満面の笑みでそう言った。
「は!?何よ、それ自慢!?どうせ、笑顔を向けられたことなんて無いでしょう、って?それに、わたくしは、それほど長い時間お顔を眺めることも出来ない、いいえ、近づくことも出来ないからって、勝ち誇る気ね。でもおあいにく様。今は、そのような話をしているのではないわ。その麗しのメシュヴィツ公爵子息様に相応しいのは、貴女ではなく、わたくしだという話をしているの!」
閉じた扇をぱしぱしともう片方の手に打ち付けながら、苛立った様子のアンナが叫ぶ。
「相応しい、ですか。なるほど」
「さっきから、そう言っているでしょう!メシュヴィツ公爵子息様に相応しいのは、この、わ、た、く、し!お分かり!?」
「あの。相応しい、という基準は、色々あるかと思うのですが。オリヴェル様は『共にいて幸せを感じるのはデシレア。そして幸せにしたいのもデシレア』とおっしゃってくださるのですが、それをもって相応しいとするのは如何でしょうか」
ふむ、と考えていたデシレアの提案に、令嬢達が一斉に目を吊り上げた。
「まあっ。惚気ですの!?」
「ずうずうしい!」
「アンナ様の前で!」
「い、いえ、惚気たつもりは無くて、ですね。ただ、事実を」
おろおろと言ったデシレアに、ますます目を吊り上げたアンナが、びしっと扇を向ける。
「事実ですって!?何よ貴女なんて!大体、こちらはメシュヴィツ公爵子息様の執務室の方向ではないわ!遂に捨てられたのではなくて!?」
「いえ、違います。今日は、キャロリーネ王女殿下に招かれていますので、そちらの方へ向かうところです」
デシレアの説明に、アンナがにやりと口角をあげた。
「またそのような偽りを。王族を訪なうと騙るなど、不敬ですわ」
「偽りではありませんので、大丈夫です」
「しかも、王女殿下をお名前で呼ぶなど有り得ません」
「殿下ご本人に、許可をいただきました」
言いつつ、デシレアはキャロリーネの言葉を思い出す。
『ね!?お友達になって、そしてわたくしの事も名前で呼んでほしいの。お願いよ、お菓子のお姉様』
あの時は、私も驚きましたからね。
皆さんが、信じられなくても仕方ないでしょうか。
「まあ、未だそのような見栄を」
「みっともないですわあ」
「そのような虚栄、卑しいとさえ見えましてよ」
デシレアが思い出していると、令嬢達は侮蔑の目を向けて来た。
うーん。
話が通じませんね。
メシュヴィツ公爵領の古のダンスも、ご存じないようですし。
そろそろ、穏便に立ち去りますか。
「では、わたくしはこれで」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「そうよ、衛兵に突き出してやるわ」
「不敬罪よ!」
そう口々に言うと、令嬢のひとりがデシレアの腕を掴んだ。
えええええ。
衛兵さんに突き出すとか、脅しかと思いましたが本気らしいですよ。
こちらの腕を掴んで来るなんて、なかなかアグレッシブなご令嬢です。
キャロリーネ様をお待たせすることにはなりますが、むしろ衛兵さんの所に連れて行ってもらった方が、早く解決する気がしてきましたよ。
衛兵さんは、確認すれば私の言葉が嘘ではないと分かる筈ですからね。
そうしましょうか。
すみません、キャロリーネ様。
「デシレアお姉様!待ち切れなくて、お迎えに来てしまいました!」
「え?キャロリーネ様」
心の中でデシレアがキャロリーネに謝っていると、当のキャロリーネがにこにこと現れた。
「申し訳ありません。お待たせしてしまいましたか」
デシレアが、さっと王族への礼を取れば『え、どうして王女殿下が』と呆けていた令嬢達も慌てて礼を取る。
「皆さん。お話し中にごめんなさいね。でも、デシレアお姉様と約束しているのは、わたくしなの。お連れしてもいいかしら?それとも、未だお話がおありになる?」
「い、いいえ。王女殿下、大丈夫でございます。お話は、終わっておりますので」
「そう?それじゃ、行きましょう。デシレアお姉様」
ぎゅ、とデシレアの腕に強く抱き付き、キャロリーネは幸せそうな笑みを浮かべた。
そして、動くことも出来ない様子で、呆然とデシレアとキャロリーネを見送る令嬢達の姿が完全に見えなくなると、キャロリーネがおかしそうにデシレアの顔を覗き込む。
「もう、デシレアお姉様最高ですわ。無意識に惚気たり、マウント取ったりして」
「ええと。初めからそうするつもりは無かったのですが、考えてみれば惚気てしまったようですが、マウントとは」
「デシレアお姉様を貶しているのに、終始冷静だから相手の方が苛立っていたじゃない。それに、あの方達が絶対に見られないオリヴェルお兄様の表情のお話もされていたし。相変わらず、オリヴェルお兄様賛辞だし」
ころころと笑うキャロリーネに言われ、デシレアは、あれ、とキャロリーネの言葉に疑問を持つ。
「キャロリーネ様。いつから聞いていらしたのですか?」
「デシレアお姉様を貶す言葉を、あの方達が呟き出したところからよ。デシレアお姉様ってば、いつも通り聞き流しているようだったのに、急に近づいて行ってしまって。驚いたわ」
何か気になることでもあったのか、と言うキャロリーネにデシレアは正直に頷いた。
「はい。あのご令嬢は、ダンスに造詣が深い、というお話が聞こえて来ましたので、メシュヴィツ公爵領の古のダンスの事を、ご存じないかとお声掛けしてしまったのです」
「ああ、なるほど。あの方、ご自分でご自分のことを『ダンスの女神』と称しているものね」
「ご自分で?」
「そうよ。正確には、あの方と、取り巻きの方達というべきかしら。要は、自称ということ。そのような方が、メシュヴィツ公爵領の古のダンスのことなんて、知らなかったのではなくて?」
「はい。ご存じではありませんでした」
しょんぼりと肩を落とすデシレアの腕を、キャロリーネがぽんぽんと叩く。
「さ、このお話はもうお終い。折角なのですもの、たくさん楽しいお話をしましょう?お菓子のお姉様」
「はい。そうしましょう」
人前ではデシレアお姉様と呼び、身内だけの時はお菓子のお姉様と呼ぶ。
そんなキャロリーネへの、今日のお土産は魔法陣クッキー。
喜んでくださるといいのですが。
それを見た時のキャロリーネの笑顔を思い描きつつ、デシレアは王女宮へと足を踏み入れた。
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