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九十、推しと露店 6
しおりを挟む「ああ・・・恥ずかしかったです」
「たのちかった!」
目的地に着き、漸くオリヴェルに下ろされたデシレアが、マーユを椅子に座らせながら呟けば、マーユは両手をあげて楽しかったと笑う。
「何を言う。横抱きが恥ずかしい、マーユを抱いていて安定が悪いと言うから、きちんと立て抱きにして腕に座らせただろうが」
「オリヴェル様。抱き方、姿勢の問題ではありません。大勢の目があるところでなんて恥ずかしい、と言っているのです」
「何を今更。王城でも王子宮でもやっただろうが」
しれっと言ったオリヴェルの言葉に、シェル子爵夫人の目が輝く。
「そのお話、お茶会などでも話題ですわ。今日はそのお姿を実際に、それもこんなに近くで拝見出来て、とても光栄です。次のお茶会で、皆様にお話しするのが楽しみですわ」
「シェル子爵夫人、その、余り広めないでいただけると有難く」
「レーヴ伯爵令嬢。もう、充分に広まっていると思いますわ。今日は、下位貴族も結構来ていましたし、伯爵位以上のお嬢様方もちらほら」
そう言ってシェル子爵夫人は、意味深な目をオリヴェルに向けた。
そして、そういった話題に瞳を輝かせるのが、デシレアという生き物。
「オリヴェル様が店番をしているのですもの、お近づきになる好機!と思われたのでしょうね。少しでもお話ししたい、お姿を近くで見たい・・・分かりますわ」
「はあ。また、そうやって瞳を輝かせて・・・まあいい。だが、それは浅慮というものだな」
「ふふ。その通りですわね。メシュヴィツ公爵子息様には、レーヴ伯爵令嬢しか見えていないのですから・・・では、いただきましょう」
シェル子爵家の使用人と思しき侍女達が、テーブルに着いた面々の前に皿やカトラリーを揃えたところでシェル子爵夫人が声をかけ、皆はグラスを持ち上げる。
「皆、今日は大儀であった。乾杯」
「「「乾杯」」」
ほおお。
お仕事仕様の乾杯でしょうか。
いつもと何か、違いますよ。
大儀。
何か、凄いです。
「ああ、悪い。部下と居るような挨拶を」
思いつつデシレアが見ていたからか、ばつが悪そうにオリヴェルが言った。
「いえ、平気です。問題無しです。お仕事仕様のオリヴェル様も大好きなので」
「そうか」
「はい!どんなオリヴェル様も大好きです!」
「ふふ。おふたりは、本当に仲がいいですよね」
「っ」
いっ、いけない。
皆さんも一緒の席で堂々と告白してしまいましたよ!
いえ、嘘ではありませんが、嘘でないからこそ恥ずかしいというか・・・・・!
「夫人。これだけの品数を揃えるのは大変だったろう。感謝する」
デシレアが真っ赤になって悶えていると、場の空気を変えるかのようなオリヴェルの声がした。
「頑張ったのは、使用人達ですわ」
「でも、手配してくださったのですよね。わざわざすみません。使用人さん達もありがとうございます」
そうだ、お礼を言わねば、と復活したデシレアの言葉に、控えている侍女も警護に立っている護衛も礼を返す。
「お誘いしたのですもの。それは、きちんとしますわ」
「ひとつ、失礼な事を聞いてもいいだろうか」
「まあ、何でしょうか」
気まずそうに言ったオリヴェルに、シェル子爵夫人が首を傾げた。
「夫人は、普段侍女や護衛を連れて歩かないのか?」
先ほどまでは確かに居なかった、侍女や護衛を見て言うオリヴェルに、シェル子爵夫人は是と頷きを返す。
「ええ、その通りですわ。メシュヴィツ公爵子息様」
「何故とお伺いしても?」
「それはもちろん、自由で気楽だからです。わたくしは家族のように、友人のように思っていても、使用人は仕事として一緒にいますでしょう?それは少し、嫌なのです。窮屈な感じもしますしね。ですから、街では大抵ひとりで出歩いていますわ」
にこにこと言うシェル子爵夫人に、デシレアは焼き海老の殻と格闘しながら同意だと言葉を挟む。
「分かります。わたくしも、工房へ行くくらいの距離なら、ひとりで行動することが多いです」
「もう、絶対に、させないがな」
ひとつひとつの言葉を強く、強調するように言ったオリヴェルが、デシレアが格闘中の海老を取り上げ、器用に剥いていく。
「お、オリヴェル様」
ひいぃ!
怖いです。
怖いですよ、オリヴェル様。
いえ、仕方ないのは分かっています。
ひとりで居た結果、攫われたので何も言えません!
でも、怖いです!
魔王が海老の殻を剥いていますよ!
「子息様。そんな怖い顔をしなくても、デシーは独り歩きに慣れていますよ。猛獣が出る場所ならともかく、街でそんな警戒しなくても。小さな子どもじゃあるまいし」
過保護だと、呆れたように言ったヴィゴに、しかしシェル子爵夫人が首を横に振った。
「ヴィゴさん。メシュヴィツ公爵子息様は、ご心配なのですよ。レーヴ伯爵令嬢はお可愛らしいですから、男性も放っておきませんでしょう?それに、先だって誰とも知れぬ輩に、実際に攫われてもしまいましたし」
誰とも知れぬ輩・・・ああ、そうか。
私を攫ったのは聖女様だったけど、その馬車は隠し紋だったこともあって、聖女様が犯人だと知っているのは、極一部の人達だけだから。
「なっ!そうなのか!?デシー!」
「でち!」
ヴィゴの叫びに、マーユもデシレアを呼んで飛び上がる。
「う、うん」
「それこそ街中を歩いている時、馬車に幅寄せをされて攫われたのだそうです。ですが、メシュヴィツ公爵子息様が即座に対応されて、無事保護されたのです。何でも犯人は、メシュヴィツ公爵子息様に横恋慕している女性だったとか。でも、メシュヴィツ公爵子息様は、転移の魔法で直ぐにレーヴ伯爵令嬢の元へ行ったそうですから、見せつけられて却って悔しい思いをしたのだそうです」
何と説明したものか、と迷うデシレアに代わってそう話をしたのは、目を輝かせたシェル子爵夫人だった。
しかしてその内容は、真実と偽りが入り混じっている。
情報操作するとは聞いていましたけど、そういう事になったのですね。
嘘ばかりより、真実味が増すというか。
オリヴェル様が直ぐに私の元へ来た、という事にしたのは、私に良くない噂が立つのを抑えるためでしょうか。
女性が攫われたとなると、勘ぐられて勝手に傷物扱いされそうですから。
実際にはアルスカー様、光玉さん達と遊んでいたのですが、言えませんものね。
「デシレア。ほら」
ふむふむと考えていると、きれいに殻を剥き、程よい大きさにした海老をオリヴェルに差し出され、デシレアは深く考えることなく、それをぱくりと口に入れた。
「美味しい!」
「おいちい!」
思わず声をあげたデシレアに、マーユも反応して叫ぶ。
「俺は、何を見せられているのか」
「あ、ああ、ええと・・・マーユも海老食べる?」
「たべゆ!」
ああ。
ヴィゴの視線が呆れていますよ。
子どものように食べさせてもらってしまいましたからね。
仕方ありませんけれども!
「ふふ。ヴィゴさんも苦労なさいますね」
「なっ。夫人、どうしてヴィゴが苦労をするのですか!?わたくし、別にヴィゴに面倒を見てもらったことなど・・・」
「あるのか」
途中で黙ってしまったデシレアに、オリヴェルがそれこそ呆れたような声を出す。
「無いとは言えない過去が辛いです」
「まあ、これからは俺だけにしておけ」
「はい・・・あ、あれ・・・何故だか海老が、ぼろぼろに」
「ぼりょぼりょ」
「ご、ごめんね!マーユ。ちょっと待ってね」
焦るデシレアが新しい海老を手にするより早く、オリヴェルが海老の殻を器用に剥いてマーユに食べさせる。
「おいちい!」
「そうか。良かったな」
「んっ」
「あ、ああああ、この時間でも結構たくさんの方が食事をされているのですね」
公園内に設置されたテーブルや椅子には大勢の人が集い、楽しそうに食事を楽しんでいるし、少し離れた芝の場所では、敷物を敷いて楽しんでいる人々も見える。
ぼろぼろの海老を口に運びながら、デシレアは、誤魔化すように見た周りの幸せな様子に、思わず頬を緩めた。
「こういう催し、いいな。レーヴでも出来たらいいのに」
「やりたいね。近隣の領の方達も招いたりして。でも、もちょっと復興が進んでからかな」
言いつつ、デシレアは暫く戻っていない自領を思い出した。
色硝子の事業も軌道に乗りそうだ、って聞くし、建物も随分増えたと聞くけど。
実際は、どんな感じなのかな。
「里心が付いたか?」
「そうですね。やっぱり懐かしい、大好きな場所ですから。でも、一番はオリヴェル様の隣です」
「そうか」
「はい!私、オリヴェル様大好きなので!・・・あ」
あああああ!
またやってしまいましたよ!
皆さんの視線が生温かいです。
そして、やっぱり呆れていますよ、ヴィゴ。
「ああ。だから、俺は何を見せられて・・・ん?どうした?」
「うぃご・・こえ、どうじょ。げんき、でゆ、かい!」
「おお、ありがとな。元気の出る貝か」
がっくりと肩を落とし、死んだような目になったヴィゴに、マーユが焼いた貝を渡そうと小さな手を伸ばすのを、デシレアは不思議な思いで見る。
「マーユ?その貝を食べると、元気になるの?」
そんな貝が!?
いえ、でも普通の貝に見えるのですが。
「デシレア。マーユに負けているぞ」
デシレアが、しげしげと焼いた貝を見つめていると、オリヴェルが呆れたような声でそう言った。
「え?何のお話ですか?」
「ヴィゴは、デシレアの言動に呆れていたわけではない、ということだ」
「何を言っているのですか、オリヴェル様。ヴィゴは、私のことでは大抵呆れているのです。馬鹿だ、間抜けだ、思いつきで行動するな、ひとりで突っ走るな、とそれはもう、口煩く言われて。本当に兄か父のようです」
きっぱり言い切って、うんうんとひとり頷いたデシレアが、焼いた貝の身を取り出し、小さく切ってマーユの皿に乗せる。
「はい。マーユにも、元気の出る貝」
「あいがと!」
にこにこと笑い合うデシレアとマーユを見て、シェル子爵夫人は片手を頬に当てた。
「まあ。こういうのも、ある意味『勝負にならない』というのかしら・・・あら、ごめんなさい」
「大丈夫だ、夫人。ある意味でも、違う意味でも『勝負にならない』のだから、問題無い」
「おい、なんで子息様が答えてんだよ!」
色々刺さりまくるんだけど!と叫ぶヴィゴに、デシレアはしょうがないというような視線を向ける。
「なあに、ヴィゴ。ヴィゴはもうマーユから元気になる貝を貰ったでしょう?あ、もしかしてオリヴェル様からも欲しいの?それとも、海老が食べたいとか?確かに、オリヴェル様は、海老の殻を剥くのがお上手ね」
「えび!まあう、えび、かい、しゅき!」
「私もよ。気が合うわねえ」
「ねえ!」
「なんだ、ヴィゴ。俺からの貝が欲しかったのか?それとも、海老の殻を剥いてほしいのか?ん?どっちだ?」
「どっちでもねえよ!違うって分かってて言うんじゃねえ!」
気色悪い、とヴィゴは本気で自分の腕を擦る。
「よしっ。やったわよ、マーユ。上手に海老の殻が剥けたわ!」
「じょうじゅ!」
ぱちぱちと手を叩き、きゃいきゃいと海老や貝を食べるデシレアとマーユ、そして悪戯っぽい目で海老の殻を剥き始めるオリヴェルに、やけ食いだと皿を引き寄せるヴィゴ、ワインが美味しいとグラスを傾けるシェル子爵夫人、と混沌たる面々が食事を進めるなか。
「あ!でち!ねこしゃん!かあい、ねこしゃん!」
夢中で食べていたマーユが、はっとしたように叫んだ。
~・~・~・~・~・~・
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