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八十五、推しと露店

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「これが、屋台の完成予定図か」 

「はい。色々な案が出ましたが、最終的に屋根付きの物にしました。その方が、飾り付けも自由に出来るということで」 

 キャロリーネと相談に相談を重ねて完成した図を、デシレアは嬉しくオリヴェルに見せる。 

「売る品物の数は、予定に達したのだったか」 

「はい。キャロリーネ様は、本当にきれいに早くお刺しになるので、クッションカバーなども、かなりの数用意出来ました。それに、お城の侍女さん達も、オリヴェル様のお邸の侍女さん達も率先して手伝ってくださったので、縁飾りにレースを付けたりなどして、かなりの完成度です」 

「デシレアが刺した物は、俺が買う」 

 そう言い切るオリヴェルは、一時の危うさを無事脱却し、デシレアの姿が見えなければ不安で執務も手に付かない、という状況ではなくなった。 

 しかし、その代わりのように、一緒に居られる時間は必ず隣に座るか、膝に乗せるかするのが日常となった。 

 なので、今もこうして昼食を届けに来た後の休憩時間、デシレアの隣には、オリヴェルが覆いかぶさるように共に図を見て張り付いているのだが、デシレア自身幸せであるし、周囲は既に慣れてしまったので、何の問題も起こっていない。 

「え。それは駄目です」 

 当然と言ったオリヴェルに、そのような体勢でありながらもデシレアは毅然と言い切った。 

「何故」 

「キャロリーネ様もおっしゃっていたように、今回は、本当に欲しいと思った方に買っていただきたいので」 

「ならば、俺にはその資格がある。誰よりもデシレアの品を欲しいのは、俺だ」 

 オリヴェルが胸を張って堂々と言うも、デシレアは、そうではないと首を横に振る。 

「オリヴェル様は、私が刺したから欲しいとおっしゃってくださるのであって、その品その物を欲しいと思っている訳ではありません」 

「む。しかし、客として訪えば、買うのは自由なのではないか?」 

「確かにそうですね・・・では、こうしましょう。オリヴェル様には、私が刺した物がどれかお教えしません。そのうえで、欲しいと思われた物をお買い求めください」 

 デシレアの提案に、オリヴェルがむっすりと黙り込んだ。 

 

 え? 

 お口がへの字に! 

 可愛いです、オリヴェル様! 

 

「オリヴェル様。私の刺した物など、さしたる物でもありません。キャロリーネ様もおっしゃっていたではありませんか。私の刺繍の腕は、そこそこ、ほどほどなのです」 

 可愛い、可愛いと愛でてしまいそうになりながら、何とか冷静に言葉にしたデシレアに、しかしオリヴェルは尚も言い募る。 

「だが、俺はデシレアが刺した物が欲しい。ずるいだろう。他の人間は買えるのに、俺は買えないなど」 

  

 わあ! 

 ずるい、ですって! 

 拗ねているオリヴェル様、ほんとに可愛い! 

 理由が私の刺した物が欲しいだなんて、それもまた可愛い! 

 

「買わずとも、幾らでもお作りしますよ。オリヴェル様のためなら」 

「っ!俺のために。そうか。俺を想って俺の為に刺してくれるというのは、いいな」 

「特別仕様で、精一杯お作りします」 

「それなら、魔法師団のマントに刺繍してくれ」 

「え」 

 にこにこと笑って『オリヴェル様可愛い』を心の中で連発していたデシレアは、オリヴェルの提案に固まった。 

 

 なんでしょう。 

 今、とんでもない言葉が聞こえた気がしますよ。 

 オリヴェル様の、魔法師団のマントに刺繍? 

 誰が? 

 私が? 

 そんな、恐ろしい・・・畏れ多い・・・。 

 

「ところで、だ。今回は出店もするが、幸いにして、店番が居ればデシレアが必ずしも居る必要は無いだろう?それに今回の市は、前回のように祭り独特の花冠や帽子といったものこそ無いが、珍しい品もたくさんあるらしい。地図は、当日にならねば配布されないが、俺は関係者だからな。こうして先んじて・・・デシレア?どうした?」 

 関係者特典として先に手に入れた地図を揚々と見せようとして、オリヴェルはデシレアの様子がおかしいことに気が付く。 

「あの。オリヴェル様のマントに私が刺繍など、何のじょうだ」 

「お菓子のお姉様!お願いがあるの!」 

 青い顔でデシレアが言いかけた時、キャロリーネが勢いよく飛び込んで来た。 

「キャロリーネ」 

「ごめんなさい、オリヴェルお兄様。とっても急いでいたので!」 

 行儀が悪い、とじろりと睨むオリヴェルに『許されて』とぺこりと頭を下げ、キャロリーネはデシレアの正面に座る。 

「お菓子のお姉様。もうひとつ露店、出しませんか?」 

「え?」 

「キャロリーネ」 

 突然の事に付いて行けないデシレアと違い、何か思い当たる節があるらしいオリヴェルが再び咎めるような声を出すも、キャロリーネの勢いは止まらない。 

「あのね、お菓子のお姉様。わたくしの知り合いが出店予定だったのだけれど、ぎっくり腰になってしまって、当日露店に立つことが出来なくなってしまったの。このままでは、場所代が赤字になってしまうから、それで」 

「キャロリーネ。それを、デシレアに肩代わりさせるつもりか?」 

「だって!開催の初日も迫っていて、今からでは代わりのお店を募るのも難しい、って聞いて。そ、それに場所が空いてしまうのも良くないから」 

 キャロリーネの言葉に、デシレアは漸く事の次第を理解した。 

 

 なるほど。 

 出店予定の何方どなたかが、ぎっくり腰になってしまわれたということですか。 

 そういえば、平民の方にも知り合いが多いとおっしゃっていましたね。  

 相手は、キャロリーネ様が王女殿下だと気づいていないとも。 

 好かれているからこそ、何とかしたいのでしょうね。 

 今回の場合、場所が空いてしまうのは良くないというのにも、一理ありますし。 

 

「今から代わりを探すのが難しいのは、準備期間がほぼ無いこと、そして何よりも、募集をかけて多くが希望して来た場合、どうするかという問題があるからだ」 

「分かっているわ。だからこそ、その事を知っているオリヴェルお兄様が動いていないということも。だけど、お菓子のお姉様の飴なら」 

「デシレアの飴?」 

 そのひと言にぴくりと反応したオリヴェルを見て、キャロリーネが大きく頷いて膝を進める。 

「そうよ。わたくし、アストリッドお姉様にいただいたことがあるの。とても美しい飴細工だったわ。あれなら」 

「それは駄目だ」 

「え?」 

「俺も、見せてもらう約束を未だ果たせていない」 

 乗り気に見えたオリヴェルの思わぬ発言、思ったのと違う方向に進んだ話に、キャロリーネは呆然とオリヴェルを見た。 

「ですが、オリヴェル様。場所に空きがあるとよくない、というのも事実ではないでしょうか」 

「心配せずとも、開催側で何らかの処置を取る」 

 

 ですよね! 

 何の対策も無しに、オリヴェル様がいるはずありませんよね! 

 流石です! 

 オリヴェル様!  

 ・・・・・と、ではなくて。 

 

「それはもちろんそうなのでしょうが、その場所を私が買って出店して利益をあげれば、すべて解決となりませんか?」 

「デシレア」 

「そうすれば、元々その場所に出店予定だった方には場所代が戻りますし、私はそこで品物を販売するのですから、普通に利益も見込める可能性があります」 

 デシレアの言葉に、オリヴェルが難しい顔で腕を組んだ。 

「それで、利益が出なかったら?君は、慈善事業でもするつもりなのか?」 

「うっ・・・言葉無し」 

「はあ。そこは、必ず利益を出す、と言え」 

 ぎろりと睨まれつつ鋭く言われ、言葉を詰まらせたデシレアに、オリヴェルがため息を吐いた。 

「そんな自信はありません」 

「なら、首を突っ込まないことだ」 

「オリヴェルお兄様!わたくしが必要経費を出します。それで、お菓子のお姉様に飴細工を作っていただいて」 

「いや。経費は、俺が出す。その代わり、俺も一緒に行く」 

「へ?」 

 仕方が無い、と顔に書いてあるようなオリヴェルに言われ、デシレアはぽかんとオリヴェルを見た。 

「間抜けな顔をするな。いや、そういう顔も可愛いが・・・兎も角!空いた場所は俺とデシレアの露店とする。いいな?」 

「ありがとう、オリヴェルお兄様。お菓子のお姉様も」 

「分かってはいるようだが、今回は特別だからな。いつでも、誰でも救えるなどと思うな」 

 厳しい声で言ったオリヴェルに、デシレアとキャロリーネは揃って頷きを返す。 

「でも、お願いしたわたくしが、何もしないというのも心苦しいわ」 

 しょんぼりと言ったキャロリーネに、デシレアがひとつの案を思いついたと口にする。 

「それなら、刺繍の方のお店で一定額以上買ってくださったお客様に、飴の無料券をおまけで付けるというのは、如何でしょう。売り物の飴より小さな物にすれば、問題ないかと思うのですが」 

 窺うようにオリヴェルを見たデシレアは、問題無いと頷きを返されてほっと安堵の息を吐く。 

「どの程度の購入金額で、どのくらいの大きさの飴をおまけとするのか、検証しなければ」 

「すみませんが、お願いします。飴細工は一生懸命作りますので」 

「それは期待している。時にデシレア、その飴細工なのだが、作った物を並べるだけのつもりか?」 

「はい。そのつもりですが」 

 工房、は改装中だけれどお邸で作って、と不思議に思いながらも答えたデシレアに、オリヴェルが更に問いかける。 

「露店で、直接作ることは可能か?」 

「露店で、ですか?飴を溶かすのに火を使うのと、飴細工を描くのに鉄板や道具が必要ですけれど、それさえあれば」 

「では、その場で作りながら売ろう。客の注文を受けながら」 

「それは素晴らしいわ!オリヴェルお兄様天才!」 

「ちょ、ちょっと待ってください」 

 はしゃぐキャロリーネと、いい案を出したと言わぬばかりのオリヴェルに、デシレアが待ったをかける。 

「何だ?」 

「何か問題がある?お菓子のお姉様」 

 くるりとふたり同時に振り向かれ、デシレアは慄きながらも言葉を紡ぐ。 

「私、人前で作ったことがなくて、ですね」 

「別に、無理難題を言われたら断ればいい。俺が傍に居る」 

「それは、心強いです、けれども」 

「嫌か?」 

「嫌では、ないです・・自信が無いだけで」 

 そう言ったデシレアに、オリヴェルが眼鏡の細い縁をくいっと持ち上げ、にやりと笑った。 

「デシレア。その飴細工を包むのに、デシレアラップの透明なのを使ってみよう」 

「あ」 

 最近出来た、デシレアラップの透明な物。 

 これまでよりも安価で薄いそれは、再利用できないのだけが難点。 

 しかしながら、実際に飴を包んでみせれば、その素晴らしさは必ず伝わる筈。 

「やってくれるか?」 

「はい。がんばります」 

 

 流石です、オリヴェル様! 

 この機に宣伝をしようという発想、私にはありませんでした! 

 脱帽です! 

 

「オリヴェルお兄様、好機を逃さないの素敵です。勉強になります」 

「ですよね!キャロリーネ様。オリヴェル様は、いつだって素敵なのです」 

 脳内でオリヴェルを絶賛している最中に、聞こえて来たキャロリーネの言葉。 

 その言葉にデシレアは、我が意を得たりと頷き、同士様、と輝く瞳、上ずる声でキャロリーネを呼んだ結果。 

「お菓子のお姉様、それは違うわ」 

 速攻で、きっぱりばっさり切り捨てられた。 

 

~・~・~・~・~・~・ 

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