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八十二、混沌 ~脱線しまくる話し合い~ 2

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《神の痕のある娘よ。そもそも、聖女であった其方が悪夢に悩まされるという事実。それが、そもおかしいとは思わぬのか?》 

 アルスカーの言葉に、その場の全員がはっとしたように聖女エメリを見た。 

「そうだ、エメリ。浄化の力を持つ君が、何故悪夢に惑わされるのだ?」 

 困惑したように言う第二王子カールに、聖女エメリこそは不思議そうに首を傾げる。 

「何を言っているの?カール。あれは、討伐のためだけの特別な力なのだから、消えてしまって当然でしょう?」 

「いや。僕は、今も変わらぬ加護を感じている。オリヴェルはどうだ?」 

「俺も、何ら変わらない」 

「そんなっ。それじゃあ、力が無くなったのはわたくしだけだと言うの!?そんなの酷いじゃない!」 

 魔王の討伐が終わったから、不要となったから、その力が消え去ったと思っていたらしい聖女エメリが叫ぶ。 

 

 おお、オリヴェル様には今も神様のご加護が! 

 素晴らしいです。 

 ありがとうございます。 

 どうぞ、オリヴェル様を永遠にお守りください。 

  

 そして、何があってもぶれることの無いオリヴェル至上主義者であるデシレアは、オリヴェルが今も持つ加護の存在に感激し、心のなかで感謝の祈りを捧げた。 

 そんな自分をアルスカーが楽し気に見つめていること、そして隣のオリヴェルが、そのアルスカーの視線に気づいている事実に気づく事も無く。 

「カール。其方も驚いているようだが、報告を受けていないのか?」 

「はい。何も聞いていませんでした」 

 鋭く飛んだ国王の問いに、第二王子カールも戸惑いを隠せない様子で答えた。 

「報告の必要は無いと思ったのです!討伐は見事に果たしました!故に、あの力は消失したのだと思っていたのです!まさか、こんな理不尽な奪われ方だとは思いもせず!」 

 聖女エメリの訴えに、アルスカーが呆れたような声を出す。 

《何が、理不尽じゃ。聖女の力は、そもそもが人外のものぞ。其方は、それを借り受けていたに過ぎぬ》 

「でも、神託があって!」 

《素地、適性があったのだろう。故に其方が選ばれた。それは事実じゃの》 

 確かに、と頷き言ったアルスカーの言葉に、聖女が勢いづく。 

「そうよ!わたくしは凄いの。治癒も浄化も、誰も持ち得ない力をもって人々を癒したのだから。みんな、わたくしを称賛し感謝して、崇めたのよ?あ。まさか、神ともあろう方が、そのことを妬んで」 

《その力は、そもそもが人外のものと言うたであろうに。神まで冒涜するとは、何たる奢り》 

「でも、その力を駆使したのはわたくしだわ」 

《であったとしても、所詮は借り物の力。其方は力を行使するための器に過ぎぬ。他の者とちごうての》 

 言い募る聖女に、アルスカーがゆるゆると首を横にふった。 

「他の誰とも違う、なんて当たり前でしょ。英雄のみんなだって、治癒も浄化も出来ないのだから」 

《それはそうじゃ。それこそは、神の力。もし其方が道を誤らなければ、今も持ち続けていられたであろう奇跡の力じゃ》 

 アルスカーの言葉から、聖女の力を失わなかった未来もあったと知った第二王子カールが、改まった表情で国王へと向き直る。 

「父上。気づかなかったでは済まない失態、恥ずかしく思います。そして重ねてのレーヴ伯爵令嬢への行い。その責任を取って、僕はエメリと共に離宮へ謹慎します。幽閉という形を取っていただいても構いません」 

「カール!」 

「それは!お待ちくださいませ!」 

 聖女エメリに続いて叫んでしまってから、デシレアは固まった。 

 

 ど、どうしましょう! 

 第二王子殿下のお言葉に口を挟んでしまいましたよ・・・・・! 

 でもでも、第二王子殿下と聖女様のご成婚へ向けて、既に大きな事業が動きだしているのです。 

 それに、職人さんもたくさん。 

 ここでおふたりが謹慎なさってしまえば、ご成婚式が予定通り行われなくなってしまうでしょうし、そうなれば、たくさんの方のお仕事が頓挫ということに! 

 

「そうか。おか・・・レーヴ伯爵令嬢は、二度も聖女に煮え湯を飲まされているのだったな。謹慎如きでは、腹の虫がおさまらぬか」 

「え!?違います!陛下!」 

 焦燥のままに考えていると思いがけない言葉が聞こえ、デシレアは全力で否定してから口を手で押さえた。 

 既に遅しと分かっていても、何とかしたい、その思い。 

 しかしというか、しかもというか、片手はオリヴェルと繋いでいるので片方だけ。 

  

 あ、またやってしまいましたよ! 

 しかも今度は、国王陛下! 

 ああ、本当にどうしたら・・・・・! 

 

「陛下。どうやらデシレアには、違う考えがあるようです」 

 デシレアがひとり混乱していると、オリヴェルがデシレアの手を握る力を強めてそう言った。 

 

 オリヴェル様! 

 流石です! 

 そうですよね!  

 一緒に職人さんを探してくださった仲なのですから! 

 

「おか・・・ああ。レーヴ伯爵令嬢、そうなのか?」 

 国王の言葉に息を整えて頷くと、デシレアは謹んで言葉を紡ぐ。 

「畏れながら申し上げます。第二王子殿下と聖女様のご成婚に際して、既に様々な計画が進行中でございます。それにより新しく興った事業もあり、職人も多数手配済みの状態です。もしここでおふたりが謹慎ということになり、ご成婚の式が予定通り行われないなどという事態となれば、多くの者が露頭に迷うことになります」 

 デシレアの説明に、王妃が大きく頷いた。 

「そのお話なら、聞いているわ。確かに、あれは素敵な絵皿だったわね」 

「それはそうだが・・・しかし」 

 王妃の発言に同意するも、国王は難しい顔で考え込んでしまう。 

「陛下。聖女も第二王子カール殿下も、国民から絶大なる人気があります。それを、例え表向き病気療養とするとしても、王城から遠ざけるとなれば、両陛下や第一王子ヌール殿下がふたりを疎んでいるようにも見え、反発を買うのではないでしょうか。そうなれば、矛先は両陛下と第一王子ヌール殿下へと向かい、ヌール殿下が王太子となられる際の障りともなるでしょう」 

 

 おお、冷静なる着眼点。 

 オリヴェル様凄いです、頭いい。 

 皆さん、たちまち納得のお顔になりましたよ! 

 流石です! 

 よっ、天晴あっぱれ! 

 

「何を言っているの?オリヴェル。王太子となるのは、カールよ」 

 これで安心、とデシレアが脳内でオリヴェルを絶賛していると、聖女エメリが呆れたような声を出した。 

「エメリこそ、何を言っているんだ。僕は王太子にならない」 

「え?」 

「エメリ。僕は第二王子だ。やがて王太子、そして国王となられる兄上を支えていく存在ではないか」 

「そんな。だって、神託がおりたのはカールで。カールだって、兄上でなくてよかった、って」 

「ああ、言ったよ。兄上に万が一なんてことがあれば、この国の大損失だからね・・・そうか。もしかして、あの言葉で誤解してしまったのか」 

 第二王子カールが、困ったように聖女エメリを見る。 

「カールが王太子になって、わたくしが王太子妃となる。英雄の未来とは、そういうものではないの?」 

「ノルマン侯爵令嬢の妃教育は完璧よ?聖女は、足元にも及ばないわ」 

「王妃陛下」 

 王妃の言葉に、ノルマン侯爵令嬢が嬉しそうに頬を染める。 

「何よ、この茶番。わたくしは、聖女なのに」 

「話を戻そう。改めて、聖女への罰なのだが。事業や職人の保障、それにオリヴェルの言葉にも一理ある。どうしたものか」 

 国王の言葉に、デシレアもこくりと息を飲んだ。 

 

 一体、国王陛下はどのようなお答えを出されるのでしょうか。 

 ああ。 

 職人さん達の未来に、幸あれ! 

 

「父上。聖女の最大の被害者は、レーヴ伯爵令嬢です。令嬢に、罰を決めてもらうというのはいかがでしょうか」 

 やや斜め上に祈りを捧げていたデシレアは、突然第一王子ヌールにそう提案され見事に固まった。 

 

 え? 

 私が聖女様の罰を決める? 

 そんな難しいこと、無理に決まっているではありませんか! 

 何のいじめですか、第一王子殿下! 

 

「レーヴ伯爵令嬢。難しく考えることは無い。もし提案したとしても、採用されるとも限らない。ただ、悔しさもあるだろうから、言いたいことを言う場だと思えばいい」 

 混乱気味に思っていたデシレアは、悪意のまったくない笑みを第一王子ヌールに向けられ、自分を恥じた。 

 

 申し訳ありません殿下。 

 矮小な心が、捻くれた発想を生んでしまいました・・・・・。 

 不敬です。 

 心より謝罪申しあげます。 

 本当に、申し訳ありません。 

 

「レーヴ伯爵令嬢。遠慮なく発言するといい。恨み言でも構わぬ」 

 第一王子ヌールの言葉に国王も頷き、その場の視線がデシレアに集中した。 

「デシレア。陛下もヌール殿下もああ仰っている。存分に吐き出せ」 

 思いがけず注視されることとなったデシレアは、怯えるように隣のオリヴェルを見、その目の優しさに力を貰ったと感じる。 

 

 不敬な思いを払拭するためにも、ここはきちんとお話をする必要がありますよね。 

 聖女様への罰は必要だけれど、謹慎やご成婚式の中止は無しの方向で。 

 

「皆様、お気遣いありがとうございます。わたくしとしましては、悪夢を見続けるという状態が、既に罰なのではないかと考えます。そして、謹慎するのではなく、王子妃としてこの国にこれからも尽くしていただきたく思います。そこでひとつ、アルスカー様に質問があるのですが」 

《なんじゃ?》 

「アルスカー様の悪夢の種なのですが、強弱の調整などは可能でしょうか」 

《これはまた面白いことを思いつく。可能だと言えば、どうするのじゃ?》 

 デシレアの問いに、アルスカーが楽し気に肩を揺らす。 

「はい。お妃教育や公務で評価の高かった日は、悪夢の内容をやわらかく、もしくは短くして、そうでなかった日には、その逆というように調節をするというのは如何かと思いまして」 

《なるほどの。可能じゃぞ。評価を得られなかった日には、とびきりの悪夢を延々と。なかなか楽しい罰じゃ》 

「ちょっと!何勝手なこと言っているのよ!妃教育を受けたことも無いくせに!あれ、凄く大変なのよ!無責任なこと言わないでよ!」 

 うきうきと言うアルスカーの言葉に、聖女が真っ赤になってデシレアへと怒りをぶつけた。 

「聖女様。デシレアは伯爵令嬢です。初めて会った時から、貴族令嬢としての素地はきちんとありましたわ。それに、オリヴェルと婚約してから、わたくしの厳しい教えにも耐え、わたくしの主催するお茶会や、仲間内での集まりにも参加して、きちんと評価を得ています。立派な、公爵家の嫁となるでしょう。我が家は安泰です」 

 言い切ったメシュヴィツ公爵夫人が、レーヴ伯爵夫人に柔らかな視線を送る。 

 

 メシュヴィツ公爵夫人! 

 ありがとうございます! 

 お母様も、目を潤ませるほど安心されて。 

 デシレアは、これからもがんばります! 

 

「ただ唯一」 

「はいっ!」 

 有頂天になっていたデシレアは、その続きの言葉を聞いた途端、姿勢を正してメシュヴィツ公爵夫人へと真っ直ぐに視線を向ける。 

「なかなか、お義母様と呼んでくれないのが、難点。呼んでくれたと思っても、次に会った時には戻ってしまっていて」 

 そう言うとメシュヴィツ公爵夫人は、悩まし気に、ほう、と息を吐き出した。 

 
 ~・~・~・~・~・ 

エール、いいね。お気に入り登録。ありがとうございます♪ 

 
 
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