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七十九、婚約者と聖女、そして王女 2 ~オリヴェル視点~

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「キャロリーネ。本当なのか?本当にエメリが」 

 メシュヴィツ公爵夫妻を伴って、オリヴェルが王城へと転移してすぐ始められた会合は、王家、公爵家共に衝撃の内容であったが、特に聖女エメリの婚約者であるカールは信じられない、否、信じたくない様子で、妹であるキャロリーネをじっと見つめた。 

「それは未だ分かりませんわ、カールお兄様。ただわたくしは、王家の隠し紋の入った馬車が、お菓子のお姉様を攫うのを見ました。そして今、王家に連なる者で馬車を使っているのは聖女様おひとり、という事実があるだけです」 

「では、こうも考えられないか?エメリも誰かに馬車を奪われ、利用されたと」 

 カールの言葉に、第一王子ルーヌが頷きを返す。 

「確かに、可能性としては皆無ではないな。むしろ、王家としてはその方が有難い」 

「兄上・・・・・」 

「仔細はともかく、お菓子の令嬢が攫われた、それは事実だ。ルーヌ、即刻騎士団を派遣して令嬢の捜索に当たらせろ。無論、どのような事情があろうと令嬢の安全が最優先だ。それと聖女の所在確認を急げ」 

「はっ。すぐに」 

 そう言うと第一王子ヌールは、婚約者であるノルマン侯爵令嬢の肩を、元気づけるように軽く叩いてから、退室して行った。 

 そんな当たり前な、些細ともいえる繋がりを感じさせる行動にも、オリヴェルは敏感に反応してしまう。 

 

 デシレア。 

 絶対に守ると言ったのに。 

 

『オリヴェル様』 

 容易に思い出せるデシレアの声と笑顔が、今は切ない。 

「ね、オリヴェルお兄様。オリヴェルお兄様が、お菓子のお姉様に最初に作っていただいたお料理ってなあに?」 

 悄然とするオリヴェルの手を引き、キャロリーネがそっとソファへと座らせる。 

「最初に」 

「そう。お菓子のお姉様は、お料理も上手なのでしょう?いっつも岡持の中が気になっていたの」 

 オリヴェルを元気づけるよう、殊更明るく言うキャロリーネに、オリヴェルは淡く微笑んだ。 

「ありがとう、キャロリーネ・・・そうだな。最初に作ってもらったのは、ミートパイとキッシュだった。あれが、初めて運んでもらった料理でもあったな」 

「ミートパイ。オリヴェルお兄様の好物ね。素敵だわ。他には?たくさんあるでしょうけれど、特に印象的なものとか」 

 瞳をきらきらさせて尋ねるキャロリーネに、オリヴェルは、これまでデシレアが作った様々な物を思い出す。 

「そうだな・・・改めて考えると、本当に色々と作ってもらっているのだが。やはり、バレンタインのチョコレートとケーキは格別だったな。印象深いといえば、魔法陣クッキーもか」 

「魔法陣クッキー?チョコレートとケーキは、アストリッドお姉様のお店で買えたけれど、魔法陣クッキーは知らないわ・・・あ、そういえばアストリッドお姉様が、きっとチョコレートもオリヴェルお兄様の分は、特別な物に違いないって言っていたわ。そうなの?」 

「まあ。そうなの?オリヴェル」 

 そこで、ずっと話を興味深そうに聞いていた王妃も参加し、メシュヴィツ公爵夫人アマンダも、どうなのだという視線をオリヴェルに向けた。 

「そう聞いています。見事な細工でしたよ」 

 答えつつもオリヴェルの脳裏に浮かぶのは、笑顔でオリヴェルに話しかけるデシレアの生き生きとした表情。 

 それが、想像のなかで苦悶に歪む。 

 

 デシレア。 

 今、何処に居る? 

 まさか、命の危険など感じてはいないよな? 

 

 先ほど、第二王子カールは、聖女エメリも巻き込まれた可能性を示唆していたが、それは無いだろうとオリヴェルは考えている。 

 

 前回デシレアにしたことも、カールは陛下に報告したと言っていたからな。 

 だからこそ陛下は、聖女の安全確認、ではなく、所在確認と言ったのだろうし。 

 何より、早々に亀のブローチを破棄するなど、その性能をつぶさに体験した者でなければ有り得ない。 

 しかし。 

 聖女が、デシレアを・・・・・。 

 

「父上、ただいま戻りました。それと、禁忌の森の警備から、このような報告が」 

 オリヴェルが複雑な胸の痛みに眉を寄せた時、騎士団の指揮のため退室していた第一王子ヌールが、一枚の書状を持って戻って来るも、その顔は酷く困惑している。 

「<メシュヴィツ公爵家嫡男の婚約者が、公爵家の権力を使って禁忌の森へと入った>だと?一体、何のために?」 

 渡された書状を確認するなり、国王もまた困惑の表情となって問いかけた。 

「分かりません。報告には、それだけしかありませんでしたので」 

「では、デシレアは禁忌の森に居るということですか。陛下、転移の許しを」 

「待て、オリヴェル!落ち着け!」 

 すぐにも転移しようとしたオリヴェルを、メシュヴィツ公爵が何とか押し留めた所で、侍従からの伝達が来た。 

「聖女様が、両陛下へお目通りを願い出ていらっしゃいます。至急、ご報告したいことがおありとのことです」 

 その言葉に、全員の視線が絡む。 

「聖女が戻ったか。ルーヌ、この書状を提出した者を急ぎ登城させろ。そして皆には、聖女の謁見に同行してもらう」 

「陛下!禁忌の森へ転移する許可を!」 

「オリヴェル。しかし其の方の実力では、行った事の無い場所には転移できぬのであろう?」 

 食い下がるオリヴェルに、国王が冷たいとも感じる声を出した。 

「入口までならば、任務で幾度も」 

「して、その先は?二次遭難するつもりか?」 

「っ」 

「オリヴェル、まずは聖女殿の話を聞こう」 

「そうよ、オリヴェル。デシレアを助けるためには、確実な情報が必要だわ」 

 拳を握り、歯を食いしばるオリヴェルの両側に寄り添い、メシュヴィツ公爵と夫人は、その腕をそっと擦る。 

「父上、母上」 

「ほら、顔をおあげなさい。貴方のそんな顔を見たら、デシレアが嘆くわよ。『麗しのオリヴェル様の美貌がぁ』って」 

「確かに。デシレアは、オリヴェルのこととなると瞳の輝きが違うからな」 

「・・・・・ありがとう、ございます」 

 この年になって、そして魔法師団団長という立場でありながら、両親に慰められるとは情けないとも思いつつ、オリヴェルはその温かさを有難く感じていた。 

 

 

「聖女よ、待たせたな」 

「いいえ、大丈夫でございます・・・まあ、皆様お揃いで」 

 国王、王妃に続き入室した面々を見て、聖女エメリが嬉しそうな声になった。 

「ちょうど、皆で集まっていたのでな。構わぬか?」 

「もちろんでございます。メシュヴィツ公爵家にも関わりのあることですので、むしろよろしかったかと」 

 そう言うと、聖女エメリは花が綻ぶような笑みを浮かべる。 

「して、聖女よ。報告したき儀とは何だ」 

「はい、陛下。実はわたくし、デシレアさん・・・オリヴェルの婚約者の犯罪の片棒を担いでしまいました。もちろん!わたくしの意志ではございません。そうしないと酷い目に遭わせると・・・脅されて・・・禁忌の森へ行ってしまったのです」 

 うるっ、と瞳を潤ませて言う聖女に、国王が平淡な声音で尋ねた。 

「それでは其の方は、おか・・・レーヴ伯爵令嬢が禁忌の森へ行きたがった、というのか」 

「はい。その通りでございます。わたくし、何度も思い留まるようお願いしたのですけれど、聞いていただけませんでした」 

「して、令嬢はそこで何を?何故、禁忌の森へ行きたがったのだ」 

「存じません。わたくしは、ただ脅されて馬車を乗っ取られただけですから」 

 困惑したように首を傾げる聖女エメリに、国王が質問を重ねる。 

「馬車を乗っ取られた、とは?」 

「いつものように教会へ行く途中で、急に。本当に怖かったですわ」 

「ほう、教会へ。今日はひとりで行ったのか。珍しいな」 

「はい。たまには、と思いまして」 

 言いつつ、聖女エメリが第二王子カールとオリヴェルへと視線を流した。 

 聖女エメリが教会を訪問する際、英雄と呼ばれる面々を揃えるのは周知の事実。 

 しかし、時にはひとりで行きたかったと言われれば、納得するしかない。 

「護衛は?もしや令嬢は、徒党を組んででもいたのか?」 

「陛下!護衛は悪くありません!わたくしを盾に取られて身動きできなかっただけなのです。どうか、責任を追及などされませんよう、伏してお願い申し上げます」 

 ふるふると首を横に振り、聖女エメリは嘆願するように頭を下げる。 

「それにしても不思議よのう。そうまでして王家の馬車を乗っ取ったというのに、何故令嬢はメシュヴィツ公爵家の名を使って禁忌の森へ入ったのか」 

「それは分かりませんが、お調べいただければ報告があがっている筈です」 

「報告か。確かにあがっておるな。<メシュヴィツ公爵家嫡男の婚約者が、公爵家の権力を使って禁忌の森へと入った>と」 

 そう言って、国王が手にした報告書をひらりと見せ、それを見た聖女エメリの目がきらりと光った。 

「やはり!それでは、確定ですね」 

「何が、確定なのだ。聖女よ」 

「それはもちろん、デシレアさんの罪です。聖女であるわたくしを脅し、事もあろうに王家の馬車を乗っ取ったこと、そしてメシュヴィツ公爵家の名を使って、傲慢にも禁忌の森へ入り込」 

「エメリ。もういい。もうやめるんだ」 

 揚々と言い募る聖女エメリに、第二王子カールがそっと近づき言葉を止める。 

「優しいのね、カール。でも、わたくしは大丈夫よ。デシレアさんの罪を、きちんと皆様に報告する義務があるのですもの。でも、傍に居てくれたら心強いわ」 

「エメリ」 

「分かっているから言わなくてもいいわ。恐ろしい目に遭ったわたくしを、労わってくれているのでしょう?ありがとう、カール」 

 恐ろしい目に遭ったのは事実だけれど、聖女として凛とした態度で臨む、と言い切った聖女エメリに絶句したカールに代わるよう、オリヴェルが、デシレアの岡持と亀のブローチを大切に示した。 

「これに、見覚えは?」 

「まあ!デシレアさんの物ね。もちろん知っているわよ」 

 それがどうした、と言わぬばかりの聖女エメリに、キャロリーネが口を開く。 

「わたくしが拾ったの。王家の隠し紋の入った馬車に、おか・・デシレアお姉様が攫われる際に、投げ捨てられてしまった岡持と、その後すぐ、馬車の窓から投げ捨てられた亀のブローチ。こんな風に壊れてしまって、お姉様きっと悲しまれるわ」 

 自分こそが哀しそうに言ったキャロリーネの言葉に、聖女エメリが目を瞠った。 

「え?何を言っているの?」 

「あの時わたくし街に、しかもあの場所に居たのですわ。馬車は違う所に置いて、歩いていたので、すぐに追えなかったのが心残りだわ」 

 キャロリーネの言葉に、聖女エメリが真っ青になった。 

「エメリ。本当の事を言うんだ」 

 第二王子カールに促され、俯いた聖女エメリが、次の瞬間、力強く顔をあげる。 

「わたくしは、国のため、世界のために全身全霊をかけて癒し、浄化をしたのよ!それなのに、何もしていない彼女が称賛されるなんておかしいじゃない!わたくしの思い通りにならない世界なんて何のために」 

「エメリ!」 

 ぱんっ、と音がして、聖女エメリが信じられないように第二王子カールを見た。 

「わたくしを・・殴った・・・」 

「君は、君の思い通りにするために世界を救ったのか?違うだろう?」 

 哀しみに満ちた第二王子カールの言葉と声、その表情に、聖女エメリが動きを止める。 

「聖女。デシレアは何処にいる?禁忌の森の、どの辺りで置き去りにしたのだ。頼む、教えてくれ」 

 そして膝を突き嘆願するオリヴェルを、聖女エメリは信じられないものを見るような瞳で見た。 

 

 

~・~・~・~・~・ 

エール、いいね。ありがとうございます♪ 




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