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七十七、聖女様と禁忌の森

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「それでは、引き続きよろしくお願いします」 

「はい!」 

「差し入れ、ありがとうございました」 

 店舗と共に改装している工房を後に、デシレアはゆっくりと歩き出す。 

 

 前も素敵だったけれど、益々素敵な工房になりそうですよね。 

 保冷庫も、より性能の良い大きな物を置いてもらえるということですし、素敵なオーブンも。 

 

 デシレアは、ほくほくとメニュウについても考える。 

 新しい工房で最初に作る新作は、コーヒーゼリーパフェ。 

 こちらは、ゼリーと飾りの菓子類は工房で作り、最終的な飾り付けは店舗でしようと決めているデシレアだが、未だ肝心の飾り付けを決めていない。 

 

 少し崩して盛るのもいいですし、真四角のブロックのようにして積むのもいいと思うのですよね。 

 それに、クリームとアーモンドを飾るだけのシンプルな物もいいですし、果物など乗せるのも素敵だと思うし、クッキーを乗せてもいい。 

 うーん、迷いますね。 

 一度、アストリッド様に相談しましょうか・・・っ! 

 

「危ない!」 

 思いつつ歩いていたデシレアは、走って来る馬車の前に男の子が飛び出しそうになっているのに気づき、慌ててその子どもを抱き留めた。 

「あっ」 

 目の前を馬車が通り過ぎ、驚いたのだろう男の子が固まってしまう。 

「大丈夫?」 

「う、うん・・・おねえちゃん、ありがとう」 

 震える声で、それでもお礼をきちんと言う男の子の頭を、デシレアはそっと撫でた。 

「気を付けてね。おうち、帰れる?」 

「あそこ、おかあさん、いる」 

 そう言われてデシレアが顔をあげて見れば、買い物をしていたらしい女性が、慌てて走って来るのが見えた。 

「おかあさん・・・このおねえちゃんに、たすけてもらった」 

「見ていたわよ・・・!本当にもう」 

 母親に抱き締められて安心したのだろう、男の子が声をあげて泣き出してしまう。 

「本当に、何とお礼を言っていいか。ありがとうございました」 

「いいえ。間に合ってよかったです」 

 深々と頭を下げ、何かお礼を、という母親に、大丈夫だからと微笑んで、デシレアは放り出してしまった岡持を拾うと、その場を後にした。 

 

 エディくらいの男の子でしたね。 

 そういえばエディ、この間お邸に来た時『でしれあじょう』と言っていましたよね。 

 男爵や夫人に呼び捨ての件を謝られてしまいましたので、ご両親から言われてしまったのでしょうが、それこそ、小さな紳士さん、という感じで可愛かったです。 

 

「・・・っあぶなっ!」 

 呼び捨ても可愛かったですが、これも貴族の教育なのでしょうねえ、などとデシレアが思いつつ歩いていると、馬車が幅寄せをして来てふらついてしまう。 

「なっ!?」 

 そして、馬車の扉が開いたと思った瞬間、屈強な腕に囚われて馬車へと乗せられてしまった。 

 派手な音がして、岡持おかもちが石畳に投げ出される。 

 

 私の岡持! 

 ああ、迷ったのですよね。 

 オリヴェル様専用とするかどうか。 

 結果、差し入れに使ってしまいましたから、天罰が下ったのでしょうか・・・・・! 

 

 少々混乱気味に思ったデシレアの視界に、先に馬車に乗っていた人物の姿が映った。 

「せ・・っ」 

 その相手にデシレアが驚き声をあげかけるも、それを騎士に遮られ、その人物、聖女に依って亀のブローチを取り上げられ、馬車の外へと捨てられてしまう。 

「こんにちは、デシレアさん」 

 

 せ、聖女様。 

 

 そこで漸く声を出した聖女エメリは、にっこりと可愛い笑顔を浮かべた。 

「この間のことで、わたくしカールに叱られてしまったの。それに、折角の計画もオリヴェルに潰されてしまって」 

 

 そ、それは自業自得というか、当たり前だと思います、聖女様! 

 私も、無実の罪で裁かれたくなどありませんので! 

 

「それでね、わたくし考えたの。貴女がいなくなれば、オリヴェルも目が覚めるでしょう、ってね。わたくしだって、本当はこんなことしたくなかったのよ?だから、さっさと身を引いておけばよかったのに。でもまあ、わたくしからオリヴェルを奪った貴女が悪いのだから、仕方が無いわよね」 

 聖女エメリが何を言っても、ハンカチで口元を縛られたデシレアが言葉を返すことは出来ない。 

 

 この馬車、どんどん人通りの無い方へ向かっていますよ。 

 もしかしてそこで、ばっさりさっくり・・なんてことになるのでしょうか。 

 

 デシレアは、騎士の腰にある立派な剣を見て、ぶるりと身を震わせた。 

「あら、可愛い。でも大丈夫よ。剣で殺したりしないわ。もっと素敵な方法なの」 

 うっとりと言う聖女エメリに、無表情の騎士。 

 

 この隊服は近衛。 

 王族に絶対服従の方達。 

 

 今朝、笑顔のオリヴェルを笑顔で送り出した、あれがオリヴェルの姿を見た最後になるのか、とデシレアは走馬灯の如く、これまでのオリヴェルを振り返る。 

 

 まずは、笑顔のオリヴェル様。 

 あ、笑顔とひと言で言っても、色々な表情がありますよね。 

 ちょっと困ったみたいに笑うのも素敵ですし、苦笑しているのも渋くて素敵。 

 ん? 

 そういえば、全開の笑顔って見た事ないかも。 

 にやりとか、してやったりの満面の笑みならありますけれど、豪快に笑うオリヴェル様・・・・・うん。 

 想像も出来ません。 

 

 生きて帰ることが出来たら、くすぐってでも豪快な笑いを引き出そう、とデシレアが決意した所で馬車が停まり、ハンカチを外された。 

「ここって、禁忌の森」 

「ええ、そう。ここへ自ら来た貴女は、禁忌の森へと入り、発狂してしまうのよ。可哀そうに」 

 聖女エメリに言われ、デシレアはこくりと息を飲む。 

 禁忌の森。 

 そこは、土地自体が魔力を有していて、踏み込んだ人間の精神を狂わせると言われている場所。  

 そして、それほど危険でありながら、王都にほど近い場所にあるため、万が一にも誤って人が踏み込むことのないように王城並みの警備が整ってもいる。 

「安心して。警備も越えて行けるように命じてあるから。貴女はね、メシュヴィツ公爵の名を使って、厳重な警備を突破してしまうの。もちろん、貴女の我儘でよ?これって、メシュヴィツ公爵家にも凄く迷惑なことよねえ」 

  

 そんな。 

 何とか、逃げないと。 

 馬車から下ろされたら、とにかく走って。 

 

「あ、安心して。森の中央まで送ってあげるから」 

 そんなデシレアの考えを読んだかのように、聖女エメリがにこりと笑った。 

 

 凄いですよ。 

 こういう時にも、嫌味な笑いではなく、にこりと可愛い笑みを浮かべることが出来るなんて。 

 あ、聖女様も演技派ということでしょうか。 

 

 思ううちにも、警備を突破したらしい馬車が再び動き出し、薄明るい森のなかを進んで行く。 

 

 またも森で迷子ですか。 

 ここから徒歩では帰れませんよね。 

 たくさん別れ道がありますよ。 

 とても覚えていられません。 

 

 ここが禁忌の森だという恐怖から逃れるように、その移動距離と道程を思い返しつつ、デシレアは外を見た。 

  

 でも、きれいな森です。 

 陽の光・・ではないようですが、何となく明るいですし。 

 白い木の幹とか、つやつやの葉っぱとか、神秘的な雰囲気があります。 

 

「っ!」 


 はふぅ、危ない。
 危うく舌を噛むところ・・・。


 その時、がたんっと馬車が揺れて停まり、御者の慌てたような叫びが聞こえた。 

「何か生き物が出て来ました!」 

「何かってなに・・・きゃあ!」 

 

 え? 

 これって、光の玉でしょうか? 

 なんだか、きれいですね。 

 

 御者の返事もないうち、馬車の中に突然光の玉が幾つも出現し、聖女が悲鳴をあげる。 

「聖女様、浄化を」 

「もうそんな力無いわよ!そんなことより、外に出るわよ!早く手を!」 

 騎士の言葉に聖女エメリが叫び返し、慌てた様子で騎士の手を借りて馬車を下りた。 

「うーん。浄化が必要なものには思えないのですが」 

 むしろ清らかだと思うデシレアの前で、光の玉が輝きを増し、何かを示唆するように動き回る。 

<そと、そと、そと> 

「え?」 

 脳裏に直接響くような声で外と囁かれ、デシレアが言われた通り窓から外を見れば、抜剣した騎士が聖女エメリを背に庇い、青銀色をした狼のような生き物と対峙していた。 

 

 きれいな狼さんですね。 

 まるで、オリヴェル様の色のようです。 

 ・・・って、ええ!?

 逃げないと、殺されてしまいますよ・・・・・! 

 

「殺しては駄目です!」 

 騎士の剣から青銀色の狼を守るように馬車から飛び降り、そのまま走ったデシレアは、青銀色の狼を背に庇う。 

「何よ貴女、邪魔する気!?」 

「青銀色の、オリヴェル様と同じ色の狼さんが普通な訳ありません!聖獣かもしれないではないですか!」 

「聖女の私に歯向かうのよ!?邪悪に決まっているわ!」 

「聖女様!馬車の向きが!」 

 聖女が青銀色の狼を悪と決めつけたその時、御者が驚きの声をあげた。 

 

 え? 

 馬車が、森の外側に向いている? 

 え? 

 なんで? 

 

「やはり聖女は救われることになっているのね!帰還するわよ!」 

 嬉しそうに言った聖女エメリは、そそくさと騎士と共に馬車に乗るとデシレアを振り返り、傍に居る青銀色の狼に怯えたように顔を歪めながらも、デシレアには満足そうな笑みを見せた。 

「それでは、さようなら・・・永遠にね」 

 言うが早いか、馬車は車輪を軋ませながら全速力で去って行く。 

「永遠にさようなら、って・・・えええええ。これぞ、置き去り」 

<ありがと、ありがと、ありがと> 

 走り去る馬車をデシレアが呆然と見送っていると、ふわふわとした金色の玉がデシレアの周りを飛び、青銀色の狼がデシレアに頭を擦り寄せて来た。 

「わっ。もふもふで気持ちいい!」 

<たのしい、たのしい、たのしい> 

 デシレアが青銀色の狼を撫でるのに合わせるよう、光の玉も、ふよふよ、くるくると回る。 

「はい、光玉さん達も、とってもきれいです。ふふ、本当に楽しいですね」 

 しばらくそうして戯れていたデシレアは、ふと我に返って辺りを見渡す。 

「そろそろ帰らないと、オリヴェル様が心配しますね。結構な距離を歩かないとですし。遊んでくださって、ありがとうございました」

<おくるよ、おくるよ、おくるよ> 

「え?送ってくださるのですか?それは、心強いです」 

 これで迷子の心配は解消、とデシレアが笑顔で光の玉にお礼を言えば、光の玉が返事をするように点滅する。 

《デシレア。我が名は、アルスカー。礼を言う》 

 すると今度は脳裏に女性の声が響いて、デシレアは発生源と思しき青銀色の狼を見た。 

「はい。狼さんは、アルスカー様とおっしゃるのですね。こちらこそ・・・・って、あれ?どうして私の名前を?」 

《人の心を見るなど、妾には造作も無い》 

「なるほど。流石禁忌の森にお住まいの狼さんです。お姿も、とてもお美しいですし」 

《これはまた。怖くはないのか?》 

「怖くないですよ。オリヴェル様と同じお色の狼さんなので」 

 瞳も同じ群青とは、と感激さえしているデシレアを、アルスカーは呆れたように見た。 

《単純。まあ、だが悪くない。光達も其方を気に入ったようだしな。いいだろう、特別に絆を結んでやる》 

「絆、ですか?」 

 デシレアが混乱しているうちに、アルスカーはデシレアの左手のひらに舌を寄せ、光の玉達がそこへ終結する。 

「わあああ・・・きれい・・」 

 その幻想的な様子にデシレアが魅入っていると、自身も発光しているアルスカーが顔をあげた。 

 光の玉達も再び自由に飛び回りはじめ、一体何が起こったのか、と痛みも何も感じない手のひらをデシレアが見れば、そこには見事な青いシッパの花が浮かび上がっていた。 

「凄い・・・魔法みたい」 

《みたい、ではなく魔法だ》 

「そうなのですね。本当にきれいです。洗ってしまうのが勿体ないくらい」 

《安心しろ。洗ったとて落ちはしない》 

 うっとりと自分の手に咲いたシッパの青い花を見つめるデシレアに、アルスカーが声をかける。 

《ところで、ここでの時間の流れは外界とは違うておっての。其方が来てから、外では既に数日の時が経っておる》 

「え」 

 アルスカーの言葉に、デシレアは固まった。 

 

 数日? 

 ということは、私は立派な行方不明者。 

 ・・・・・いえ、ちょっと待って。 

 聖女様が、不穏な事を言っていましたよね。 

 ということは私ってば、行方不明者にして、犯罪者となってしまっているとか!? 

 そんな、皆様にご迷惑が! 

 

《ふむ。ここで何があったのかの説明も必要であろう。妾も共に行ってやる。なに、面白いことになっているようだからの、その場へと赴くとするか》 

「あの、アルスカー様・・・・っ!」 

 一体何処へどうやって移動を、と聞く時間もあればこそ、デシレアはその一瞬後には、とても眩しい場所に立っていた。 

 

 え? 

 ここは何処? 

 

「デシレア!」 

 眩しさに目を細めていたデシレアは、何とか開いたその目の前にオリヴェル様が出現した、と思った時には、その強い腕に引き寄せられていた。 

 



~・~・~・~・~・
エール、ありがとうございます♪


 
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