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七十六、推しと花石

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「これが、オリヴェル様の花石はないし」 

 デシレアは、オリヴェルから渡されたそれを大切に受け取り、うっとりと見つめた。 

「とても美しいです。青い薔薇だとはっきり分かる形と色合い。やはり、オリヴェル様の魔力や魔法の才能が素晴らしいからでしょうか」 

「まあ。花石は、そもそもが魔力の結晶石だからな」 

「本当にきれい。芸術品みたい」 

 ほう、と感嘆の息を吐くデシレアの前で、オリヴェルもまたデシレアから渡された花石を見つめる。 

「デシレアの花石は、鈴蘭なのだな。何というか、嬉しい」 

「嬉しい、ですか?」 

 自分の花石が鈴蘭で嬉しい、とオリヴェルに言われる理由が分からず、デシレアは首を傾げた。 

「ああ。俺は、女性に個人として初めて渡す花束なのだから、互いの花石の花を組み合わせたいと思ったのだが、あの時はデシレアの花石を知らなかったからな。仕方なく俺の花石の青薔薇と、デシレアといえばと鈴蘭を思い描いて花束にしたのだが。それが花石であったとは、嬉しい限りだ」 

「え?初めての花束?青薔薇と鈴蘭、って、あのバレンタ・・・チョコレートをお贈りした時のですか?そういえば、青薔薇!あれは、オリヴェル様の花石だったのですね。ああ、感慨深いです」 

 改めて喜びが湧く、と幸せを噛み締めるように言うデシレアに、オリヴェルが問う。 

「ばれんた?あのチョコレートを渡す日を、そういうのか?」 

「あ、いえ。バレンタイン、といいます。そのお返しの日を、ホワイトデイ」 

「なるほど。来年もしような」 

「はい!」 

 もちろん、と頷くデシレアをオリヴェルも嬉しそうに見つめ、目を細める。 

「そうか。鈴蘭か。しかし、知らなかったとはいえ、しるしにも選んでしまったからな。驚いただろう」 

「凄い偶然でしたからね。驚きはしましたけれど、オリヴェル様が私といえば鈴蘭、とおっしゃってくださるの、凄く嬉しいですから」 

 苦笑するオリヴェルに、デシレアはそれも嬉しいと笑った。 

「それから、その。デシレアが、あの青薔薇と鈴蘭の花束を加工して、今も大切に飾ってくれていると、ノアから聞いた」 

「はい。ドライフラワーにしてみました」 

「ドライフラワーか。逆さにして、ぶら下げたのか?」 

「あ、いえ。実家にお願いして乾燥剤を作ってもらったので、それを使いました」 

 予想外のデシレアの答えと聞き慣れないその言葉に、知らずオリヴェルの眉が寄る。 

「乾燥剤?」 

「はい。硝子を作る時に使う材料を使うので、それで」 

「それは、どのような形状のものだ?」 

「ひとつひとつは、砂粒のようですね」 

 何となくの記憶で頑張って作ってもらった、とはいえ頑張ったのは主に職人さんだけれど、と屈託なく笑うデシレアの額で、オリヴェルの指攻撃が炸裂した。 

 それはもう、攻撃を受けたデシレアには、ばっちん、と音がするくらいに強く。 

「っ!痛いです!いきなり何をするのですかぁ」 

「報告されていない」 

 涙目で額を押さえ、盛大に文句を言いかけたデシレアはしかし、じろりとオリヴェルの視線が鋭く動いた結果、蛇に睨まれた蛙と化す。 

「え?だって、もうドライフラワーは完成して・・・あ、これからもお花をくださる予定があるとか!?ではでは、もっと作ってもらわねばですね!」 

 しかしてそれでめげないのがデシレアであり、がっくりと肩を落としたのはやはりオリヴェルの方であった。 

「違う、そうじゃない。その乾燥剤とやらは、ドライフラワーを作るためだけのものではないのだろう?」 

「え?ええ、まあ。衛生問題の基準を達成する必要はあると思いますが、クッキーなどの乾燥を防ぐことも可能ですね。あと、クローゼットに入れておくとか」 

 それが何か、と言わぬばかりのデシレアに、オリヴェルは頭を抱えた。 

「分かった。早急さっきゅうに伯爵、義父上と話をしよう」 

「おお。オリヴェル様に、義父上などと呼ばれたら、お父様は卒倒してしまいそうです」 

「そうか?だが、こう・・契約ではない婚約者になったのだから、おかしくはないだろう?」 

「はい、もちろんです。喜びます。畏れ多いとも思いそうですが」 

 くすくすと笑うデシレアに、オリヴェルも少し照れたように息を吐いてから、何かに気づいたように首を傾げる。 

「ん?話の流れがおかしくないか?・・・・・まあ、切り替えも大事か。それで?その、乾燥材を使って、どのようにドライフラワーを作成するのだ?」 

「花を入れた瓶に、完全に花が隠れるまで乾燥剤を少しずつ入れて作るのです」 

「ほう。見てみたい」 

「もう、乾燥材から取り出してしまっているもので良ければ」 

「完成品ということだろう?それでいい」 

「分かりました。では、私の部屋に行きましょう」 

 即座に頷いたデシレアは、オリヴェルと共に自室へと向かった。 

 

 オリヴェル様が私の部屋に来るのは、あの時以来でしょうか。 

 既に同居しているとはいえ、自分の家に招くみたいで、ちょっと緊張しますね。 

 

「こうしてデシレアの部屋へ行くというのは、緊張するな」 

 思っているところでオリヴェルにそう言われ、デシレアは破顔した。 

「私も今、そう思っていたところです。お揃いですね」 

「思考回路が似て来たのかもしれない・・・ん?それは問題なのか?」 

「聞こえていますよ、オリヴェル様。私と思考回路が似ると、何が、問題なのですか?」 

 目が笑っていない笑顔でにっこりと聞かれ、言葉に詰まったオリヴェルだが、その時丁度デシレアの部屋へと着く。 

「本日は、お招きくださり光栄の極みにございます」 

「もう、わざとらしい」 

 まるで邸に招かれたかの挨拶をしたオリヴェルに苦笑し、デシレアはささっと近づいた侍女が扉を開けると同時、口を開いた。 

「ようこそお越しくださいました、我が君」 

「っ」 

「きゃっ・・・・あ、失礼をいたしました」 

「おや、侍女さんまで驚かせてしまいましたか。でも、悪戯大成功、ですね」 

 赤くなりつつもきちんと一礼をして、ささっと場を外した侍女を見送り、ふふ、と笑うデシレアは気づいていない。 

 ここが、デシレアの寝室へと続く部屋であり、デシレアの言葉が、閨事を思わせる深読みをさせたのだということに。 

「・・・これが悪戯・・・はあ・・心臓に悪い」 

「オリヴェル様?どうぞ、お入りくださいませ」 

 一方、当然の如くその深読みに気づいているオリヴェルは、邪気の無い笑みでデシレアに入室を促され、気持ちを整えるよう、大きく息を吐いた。 

 

 

「オリヴェル様。こちらが、私の作ったドライフラワーです」 

「ほう。これは、見事だな」 

「きれいですよね。オリヴェル様に初めていただいた花束なので、大切に保管したかったのです」 

「それほど喜んでもらえて、本当に嬉しい」 

 互いの間にあるテーブル。 

 そこに置かれた、ドライフラワーとなった花束を見つめ、ふたりは笑みを交わし合う。 

「デシレアは、その・・か、過去に貰った花束はどうしていたのだ?その、乾燥材は初めて作ってもらったような事を言っていたので、それで・・・ああ、決して過去の事で苦言を呈するつもりなどなく、だな・・ただ」 

「貰ったことありません」 

「え?」 

「個人的に男性から花を贈られるというのは、オリヴェル様が初めてでした」 

 デシレアの言葉に、挙動不審に視線を動かしていたオリヴェルが居住まいを正す。 

「本当に?デビュタント以来、一度も?」 

「デビュタントどころか、その前もありませんよ・・・あ、オリヴェル様が過去にどんなお花を贈ったかなんて遍歴、言わなくていいですからね。それと、他の女性を引き合いに出すのも無しで」 

 何とも言えない表情で言ったデシレアに、オリヴェルは嬉しそうな笑みを浮かべる。 

「しようにも出来ない。言っただろう?俺も、個人的に女性に花束を贈るのはデシレアが初めてだと。という訳で、この花束は俺達ふたりにとっての特別な物だな」 

「おお、オリヴェル様と共通の特別。生涯、大切にします。私、オリヴェル様の花石は金庫に厳重に仕舞うつもりなのですが、この花束もそうした方がいいでしょうか」 

「それは、やめておけ」 

 真顔で悩み出したデシレアに、オリヴェルも負けず劣らずの真顔で即答した。 

 

 

「はあ・・・どれだけ見ていても飽きない。オリヴェル様の美しさの罪よ」 

「デシレア。誤解されるような言い回しはよせ。きちんと花石と言え・・・いや、花石と言えど俺のだと思えば複雑だが」  

 うっとりとオリヴェルの花石を見つめ続けるデシレアに、オリヴェルが苦い顔で言うもどこ吹く風。 

 デシレアは、いえいえと首を横に振った。 

「間違いではありませんので、大丈夫です。オリヴェル様ご自身も、オリヴェル様の花石もとても美しいのですから」 

「何だ、その自信」 

「だって、正解が目の前に」 

 言い切ったデシレアは、オリヴェルの花石をそっとオリヴェルの顔の横に持って行くと、いい仕事をしたと言わぬばかりの満足そうな表情で見入ってしまう。 

「はあ・・・魂抜けるくらい麗しい」 

「魂は留めておけ。しかし、花石を本人と並べる、か・・・なるほど、いいものだな。デシレアの花石もきれいだ。それに、とても好ましい」 

 デシレアの真似をして、デシレアの花石をその顔の横へ持って行ったオリヴェルは、納得と頷いた。 

「ありがとうございます。オリヴェル様の花石ほど芸術品のようではありませんが、私は気に入っています」 

 個人の魔力が結晶化した物である花石はないしは、一説によれば、それぞれの魔力の個性を表すとも言われている。 

 デシレアの花石は鈴蘭の形のようで、全体的に、葉や茎の部分までもが白い。 

 対するオリヴェルの花石は一輪の青薔薇のような形で、花の部分は濃淡のある青、そして茎と葉の部分は濃淡のある緑で彩られている。 

「この白い鈴蘭。これがあの、デシレアの優しい魔力なのだな」 

「優しい、ですか?」 

「ああ。俺を、あの薬の苦しみから救ってくれただろう?」 

 オリヴェルに言われ、デシレアは居心地の悪い思いを覚えた。 

「あれは、オリヴェル様だったからです。オリヴェル様が苦しくなくなるように、とその一心で。なので、他の人の為にも出来るかどうかと言われると、微妙、というか出来ない気がします」 

「確かに、そのような仕事に従事するのであれば、ばらつきなど出ないよう、魔力を自在に動かす訓練などが必要となるだろうが。俺は、デシレアの能力を公表するつもりは無いからな」 

「是非他の、もっと凄い方にお願いしてください」 

 切実な思いでデシレアが言えば、オリヴェルが笑う。 

「必死だな。大丈夫だ。差し迫って、ああいった魔法薬が必要となる状況でもない」 

「あんな危険な薬がしょっちゅう使われては、問題ですものね」 

「ああ。あの件以来、取り締まりは更に厳しくなったから、今のところ抜け道は無い。安心していい」 

「でも、オリヴェル様。気をつけてくださいね。ご自分がとっても魅力的な存在であると、常々ご自覚ください」 

 デシレアの言葉に、オリヴェルが片方の眉をあげた。 

「魅力的?それは、俺の立場の事を言っているのか?確かにそうだな。公爵家の嫡男で魔法師団団長、そして」 

「もう。違うって分かっているのに、言いますか」 

 呆れたように言うデシレアに、オリヴェルはしれっと答える。 

「デシレアの口から、聞きたいからな」 

「む。なんだか、意地悪です」 

 じとりとオリヴェルを見るデシレアに、益々オリヴェルが言い募る。 

「いやいや、まさか。そんなことはないぞ?」 

「どの口が言いますか」 

「俺の口はひとつだな」 

「塞ぎますよ?」 

「どうやっ・・・あ、ああ・・・だ、だが最近は羽虫達もその親も、本当に落ち着いている。これも、デシレアのお蔭だな」 

 ぽんぽんと会話するうち、思いがけない方向へと進んで焦ったオリヴェルが、慌てて話題を変えるも、デシレアは気づいてさえおらず、またもオリヴェルは、安心していいのか、肩を落とすべきなのか、という事態と相成った。 

「私の?私、何かしましたか?」 

「ああ。俺が薬を盛られた時、デシレアの献身で難を逃れたと公表したからな」 

「え?では、お薬の件をお話しに?あれ、でもさっき、公表はしないと」 

「薬の件は、公にしていない。まあ、関係者は知っているのだが」 

「メシュヴィツ公爵も、公爵夫人もご存じでしたものね。では、それ以外の方々には何とご説明したのですか?」 

 デシレアの問いに、オリヴェルはこくりと息を飲む。 

「デシレアも聞いた通り、あれは媚薬だった。だから、その・・・薬ではなく、その・・だな。ああ、だから、その・・・は、母上の言うところの『手早い方法』を用いたと、周りは思っている」 

「『手早い方法』ですか?確かに、そのようなお話を聞きましたが、それは何ですか?」 

「っ」 

 直球で聞かれ、オリヴェルは答えに窮した。 

「オリヴェル様?」 

「何だろう・・・自分が、とてもけがれた者のように感じる」 

「むむ。汚れた者、ですか?それに媚薬・・・・・あっ」 

 言葉を辿るように考えていたデシレアが、不意に耳まで真っ赤になる。 

「理解したか。そうなのだ。周りは既に俺とデシレアが、夫婦の契りを結んだと思っている」 

「それで、孫とかなんとか」 

「良かった。漸く共通の認識に出来た」 

「ううう・・・恥ずかしい」 

「別に、堂々としていればいい」 

 オリヴェルがそう言ったところで扉が叩かれ、侍女がティートロールを押して入室して来た。 

「失礼しま・・・っ、申し訳ありません。読み違えましたでしょうか?出直しましょうか」 

 しかしその侍女は、真っ赤になっているデシレアを見て、オリヴェルに指示を仰ぐ。 

「いや、大丈夫だ・・・ほら、デシレア。真っ赤な君も可愛いけれど、お茶にしよう。俺は常々、紅茶を楽しむ君も可愛いと思っていてな。ああ、食事の時も、ワインを美味しそうに飲んでいる時も・・・デシレア?」 

 さっと花石を目に触れないようにし、照れたように早口で言い募っていたオリヴェルは、ふと不審な動きをしているデシレアに気が付いた。 

「オリヴェル様。硝子の箱を作りましょう」 

「え?」 

「花石をその箱に入れておけば、汚す心配をすることなく、お茶をしながら花石を愛でることが出来ます!」 

「・・・・・」 

 これだ、と名案を思い付いたと言い切るデシレアの目は、オリヴェルを置き去りにして、きらきらと輝いていた。 

   

 

~・~・~・~・~・ 

エール、ご感想、ありがとうございます♪ 

 

 
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